なさ)” の例文
「そうだよ。おまえは善良ぜんりょう忠実ちゅうじつな友だちだ。けれどなさけないことにはほかのものがいないでは、もうたいしたことはできないのだ」
大人おとな大人おとなしかりとばされるというのは、なさけないことだろうと、人力曳じんりきひきの海蔵かいぞうさんは、利助りすけさんの気持きもちをくんでやりました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
せんと思ふ所にかくの如く住持ぢうぢなさけ深く教へてくれける故大いに悦び拜々有難う御座りますといひつゝ彼の位牌壇よりかべに有る足溜あしだまりへ足を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし、わたしは、このなかなさけあるひとさまのすくいにすがらなければ、このでどうしてらしてゆくことができましょう……。
ある冬の晩のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
私は最後の甘干を食っても、まだ日が暮れないのを見て、泫然げんぜんとして思わず泣きました。東風君、僕は実になさけなくって泣いたよ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は諒解りょうかいに苦しんだ。彼の鼻の先に男や女がとおるのである。それにもかかわらず、誰もこっちを向いてくれない。こんななさけない話はなかった。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『あァ、公爵夫人こうしやくふじん公爵夫人こうしやくふじん!あァ、辛抱しんばうしてつてたら此麽こんななさけないやしなかつたらうに!』とつぶやきながら、大急おほいそぎでけてました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
保名やすななさぶかさむらいでしたから、かわいそうにおもって、家来けらいにかつがせたはこの中にきつねれて、かくまってやりました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ほんとうになさけないと思いながらはい込んで行きましたら犬神はうしろからすなきつけてい込むようにしました。
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「ま、お前はなんてなさけないまねをするの。チンチンなんかよして威勢のいいところをやらなくちゃ駄目じゃないの」
ホントに考えてみれば今の女子教育はなさけないほど迂闊うかつですね。といってそういう私もお米の事を少しも存じません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
桑名でああいう援護えんごをうけて、またまた、この御岳みたけでも、同じ五三のきりまくのかげに、武士ぶしなさけをうけようとは。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はしばらくたちどまつてぢいとそれらの顏々を見まもりました。なんとなくあさましいやうな、なさけないやうな氣がしみ/″\として來て、思はずらず顏がそむけられました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
昔にまさる両親の処置のなさけなさ、かかる家庭にあるも心苦しくて他出たしゅつすることの数〻しばしばなりしにつれて、覚えずも魔の道に踏み迷い、借財山の如くになりてついに父上の怒りに触れ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
男優E (平然として)待てば海路の日和、旱天の驟雨にはかあめなさけは人の為めならず……。
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ぼくはそのためにも「しるこ」のないことをなさけないことの一つにかぞへざるをない。
しるこ (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ルピック夫人——なさけない子だよ、お前は……。こんなこといってたら、きりがありゃしない。まるで、母さんの前じゃ口がきけないみたいじゃないか。だけどね、今は二人っきりだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
けれども、それが彼女かれには、なんとなく、なさけないやうながするのであつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
ステーションを幾つか通越したが、長いこと停車してゐた処もあるし、き発車した処もある。其中に日が暮れて、技師のなさけで物を食はされたから、ミハイロは丁寧に辞儀をして礼を言つた。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
四民平等の世の中なのに——おれはいけない。なあんだ、当り前だと思いながら、なさけないことに町人根生こんじょうがぬけないのだな、心ではそう思いながら、つまらない奴に、自然と頭が下がりやがる。
七時半頃になつて街へ出たが、まだ飾瓦斯かざりがす飾提灯かざりぢやうちんもちらほらよりついて居ない。サン・ミツセルのとほりに並んだ露店が皆ぶん廻し風の賭物かけもの遊びの店であるのに自分は少しなさけない気がした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
なんとなればことわざにも、「なさけ」という通り、人情が敦厚とんこうなれば、——もっとくだいていえば親切とか思いやりとか誠とかがあると、人世はうるわしきもの、生ける甲斐かいあるもののように思われる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
おやにさえそむいて折角せっかく三浦みうら土地とちみとどまりながら、自分じぶんついなん仕出しでかしたこともなかった! んという腑甲斐ふがいなさ……んという不運ふうんうえ……口惜くやしい……かなしい……なさけない……。
自分じぶん學校がくかうもんはした。そしてうちにはかへらず、田甫たんぼた。めやうとおもふてもなみだまらない。口惜くやしいやらなさけないやら、前後夢中ぜんごむちゆうかはきしまではしつて、川原かはらくさうち打倒ぶつたふれてしまつた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
なんだ なさけないこゑを出すね
きっと、なさけをらぬ主人しゅじんは、「子供こどもむとやっかいだから、てていこうよ。」といって、あとのこしたのでありましょう。
ねこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはほんとになさけなくなって、目にいっぱいなみだをうかべていた。するとヴィタリス老人ろうじんが軽くなみだの流れ出したほおをつついた。
その君江なる女がまた愉快な女で、金の女房然にょうぼうぜんとしているかと思えば、身体に暇があると、誰彼なしに愛嬌あいきょうをふりまいたり、なさけを尽したりした。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あああ、八年の間、夜ひるないでめんどうを見てやってそのおれいがこれか。ああなさけない、もう世の中はみだれてしまった。ああもうおしまいだ。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
宰相さいしょうたいそうなさぶかい人でしたから、はちかつぎがかわいそうな姿すがたで、いちばんつらいふろばんのしごとをしているのをて、いつもどくおもっていました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
どうも痛いの痛くないのって、餅の中へ堅く食い込んでいる歯をなさけ容赦もなく引張るのだからたまらない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
殺す心の其方そなさんもなさないぞや恨めしやと勃然むつくと立てば三次は驚きヤア/\姉御あねご此私このわし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なさけないやつ、意気地いくじのないやつ、なまけもの、こしぬけ腑抜ふぬけ、お天気な少年!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たまに男の方から、なんでもないお愛想を云つていたゞきますと、もう、それだけで、気持が浮き立つといふなさけない状態が、あれでも、二年ほどは続きましたか……。丁度、その頃でございました。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ただ、こうしてあるいていて、ありがたくも、うれしくも、またかなしくもしみじみとかんずるのは、ひとなさけであるとおもいました。
薬売りの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たしかにこれはかしこいやり方ではあったけれど、なさけないことに親方は、これがどんな意外な結果けっかを生むかさとらなかった。
「お延、叔父さんはなさけない事になっちまったよ。日本に生れて米の飯が食えないんだから可哀想かわいそうだろう」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(おい、なさけないこと云うじゃないか、おいらはひどくえてんだ。ちっとオートでもえよ。)
バキチの仕事 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「もしもし、たびものでございますが、山道やまみちまよって、もうつかれて一足もあるかれません。どうぞおなさけに、しばらくわたくしどもをやすませていただきとうございます。」
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
と、そこまでは、威勢いせいのいい声を出して、見得みえを切ったが、その後で、急になさけない声になって
さるべきの處物頭役大橋文右衛門のなさけにて助けられ廿兩の金子をめぐくれ候を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なさ容赦ようしゃもなくねじあげられてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いっしょにたたかって、いっしょににたいものだ。」と、徳蔵とくぞうさんに、いいました。もとよりあたたかな、まことなさけをった徳蔵とくぞうさんですから
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはひじょうに高慢こうまんな先生であった。だから生徒せいとの質問に答えることができないのがなさけなかった。しかもかれはけっしてわたしを容赦ようしゃしはしなかった。
もしや四時までに全快して約束を履行りこうする事が出来なかったら、気の狭い女の事だから何をするかも知れない。なさけない仕儀になって来た。どうしたら善かろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、つよいばかりが武士ぶしではありません。八幡太郎はちまんたろうこころのやさしい、神様かみさまのようになさけのふかい人だということは、てきすらもかんじて、したわしくおもうようになりました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
仏は、そこへ並べられたバッグを見たが、一向見覚みおぼえがないものだった。記憶の消滅のなさけなさ。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きました。もう一人ひとりむすめは、かみすくない、ちぢれたでありました。そのむすめは、いたって性質せいしつ善良ぜんりょうな、なさけのふかでありました。
夕焼け物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あの男が牢屋ろうやから出ていればきっとぼくをつかまえるにちがいない。ああ、このなさけない頭、かわいそうな頭、あの男はどんなにそれをひどくぶったことだろう。
毛筋ほどな細い管を通して、とらえがたいなさけの波が、心の底からかろうじて流れ出して、ちらりと浮世の日に影を宿したのである。往来にころがっている表情とは違う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)