うら)” の例文
女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足もみ出すことができないものですから、うらめしそうに岩をにらみつけながら
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
日頃うらんでいたおせいが、この上二重三重の不倫を犯したとしても、まだおつりが来る程有難く、かたじけなく思われたに相違ない。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この冷やかな調子と、等しく冷やかな反問とが、登場の第一歩においてすでにお延の意気込をうらめしくくじいた。彼女の予期ははずれた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
格別に受居しこと成れば勿々なか/\以て意趣いしゆ意恨いこんなど有べき樣御座なく候により私しに於て更々さら/\うらみとは存じ申さず候ついては格別の御慈悲じひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つまり光子さんにはそういううらみあるとこいさして、市会議員に頼まれたもんですから、どんな悪辣あくらつなことかてしかねへんのです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
先刻、今井田が来ていたときに、お母さんを、こっそりうらんだことを、恥ずかしく思う。ごめんなさい、と口の中で小さく言ってみる。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その返事は極めて尋常に極めておとなしく書いたのであつたが何分それでは物足りないやうに思ふてまた終りにうらみの言葉を書きて
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
たしか左樣さうつてりまするけれどいますこしもうらことをいたしません、なるほど此話このはなしをかしてくださらぬが旦那樣だんなさま價値しんしやう
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひきおこすから困る。雨の日など、折角せっかくターキーが送ったブロマイドが泥だらけじゃ、申訳ない。若い女の子にうらまれては、ワシャつらい。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
その時私は妹が私をうらんでいるのだなと気がついて、それは無理のないことだと思うと、この上なくさびしい気持ちになりました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
平凡な言葉にかえって無限のうらみがこもっている。きのうの日暮れまで働いていた人が、その夜の明け明けにもはや命が消える。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
勘次かんじ追憶つゐおくへなくなつてはおしな墓塋はかいた。かれかみあめけてだらりとこけた白張提灯しらはりちやうちんうらめしさうるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
土地に馴染なじみがあるわけではなし、仕舞には、医者どのさえ診に来てくれはしなくなった。うらめた身ではねえ、喧嘩にもならねえ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
だれ戦争せんそうまうけ、だれなんうらみもない俺達おれたちころひをさせるか、だれして俺達おれたちのためにたたかひ、なに俺達おれたち解放かいほうするかを
今となつてみると、新雪の輝やく富士山がよく見えぬからと言つて、出洒張でしやばつた杉木立の梢をうらんだのは、勿体もつたいない気がする。
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
無論、寄手のうちに交っている切支丹宗門の者や徳川幕府にうらみを含んでいる者は、一揆の長く持ち堪えることを望んでいたかも知れない。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「うん。もっともじゃ。なれども他人はうらむものではないぞよ。みなみずからがもとなのじゃ。恨みの心は修羅しゅらとなる。かけても他人は恨むでない。」
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わが御主君たるゆえに、非には目をふさぎ、理には事を曲げて、いて忿怒ふんぬの言をろうし、信長公を故なくうらむ仔細では断じてございませぬ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『僕も不幸にして郡視学を叔父に持たなかつた』とかなんとか言ひたい放題なことを書き散らし、普通教育者の身をうらのゝし
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
良心の苛責かしゃくになやまされるわけだが、何十分の一ぐらいの責任しかないのだから、あまりうらむな怒るなと了解りょうかいを求めている。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
本懐! ……貴殿にとっては拙者は、父の敵でござろうが、拙者にとっても貴殿は、父の敵の嫡宗ちゃくそううらみがござる! 果たし合いましょうぞ!
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
万象眠る夜の床 人にはれし人の子の 天地をうらむ力さへ 涙と共にれはてて むなしく急ぐ滅亡を 如何に見玉ふ我神よ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
山谷が驚いて豹一の顔を見ると、怖いほど蒼白あおじろみ、唇に血がにじんでいた。子供に似合にあわぬうらみの眼がぎらぎらしていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
ときどきは鬱々うつうつとして生命を封付けられるうらみがましい生ものの気配けはいが、この半分古菰ふるこもを冠った池の方に立ちくすべるように感じたこともあるが
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのとき、子供こどもらはうらめしそうに、こちらをたが、いずれも顔色かおいろあおく、手足てあしがやせて、草履ぞうりきずってあるくのも物憂ものうそうなようすであった。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
元来平和な白は、おまえが意地悪だからと云わんばかりうらめしげな情なげな泣き声をあげて、黒と共に天狗犬に向うて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つりこまれて一緒に笑い出した友だちが、しまいにはおなかを痛くして、わけもなしにはらを立てて、こううらみがましく福子を責めることさえあった。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
金蔵は、いちずに何をかうらうらんで鉄砲を習い出したが、今が今、そのくわだてのおそろしさに我と慄えてしまったのです。
彼が罪なくて牢獄の人となった時には勿論もちろん人をうらまなかった、弟子などがあつまって来て、しきりに弁護せよ弁護せよと勧告するけれど断乎だんことしてうけがわない。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
長吉ちやうきち後姿うしろすがた見送みおくるとまたさらうらめしいあの車を見送みおくつた時の一刹那せつな思起おもひおこすので、もうなんとしても我慢がまん出来できぬといふやうにベンチから立上たちあがつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
といいざまヒュウ/\と続けちに十二三もちのめせば、孝助はヒイ/\と叫びながら、ころ/\ところげ𢌞り、さもうらめしげに源次郎の顔をにらむ所を
かれらはいいつけられて為朝ためともちにたというだけで、もとよりおれにはあだもうらみもないものどもだ。そんなもののいのちをこの上むだにとるにはしのびない。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その眼は情熱に輝きみちみち、その唇は何とも形容の出来ないうらみに固くとざされて、その撫で上げた前髪のぎわには汗の玉が鈴生すずなりに並んで光っていた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思えば、名あるお武家さまを縁者えんじゃに持ちたいなどと大それた望みを起したお父つぁんやおっかさんがうらめしい。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どうかうらみを返してやりたい、——わたしは日毎にせ細りながら、その事ばかりを考えていました。するとある夜わたしの心に、突然ひらめいた一策があります。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たう秦韜玉しんたうぎよく村女そんぢよに、もつともうらむは年々ねん/\金線きんせんつくらふ他人たにんためよめいり衣装いしやうつくるといひしはむべなる哉々々かな/\/\
世をうらむ、人間五常の道乱れて、黒白あやめも分かず、日をおおい、月を塗る……魔道の呪詛のろいじゃ、何と! 魔の呪詛を見せますのじゃ、そこをよう見さっしゃるがい。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とさもうらめしそうに、しかも少しそうはさせませぬという圧制あっせいの意のこもったようなことばの調子で言った。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
勿体もったいねえから中央気象台にも教えてやろうか! と思わぬでもなかったが、いつかウソをいて、私を逗子ずしひでえ目に遭わせたうらみがあるから、止めにしてくれた。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
わしの父、父の父、またわしのあずかり知らない他人、その祖先、無数の人々の結んだうらみが一団になって渦巻いている。わしはその中に遊泳ゆうえいしているにすぎない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
わたしばかりがあなたを恋している、あなたがわたしを恋するというのは口先の気休めに過ぎぬという大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめうらみも、そこから解せられなくてはなるまい。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
女の目に涙のしずくが宿りました。女の目に涙の宿ったのは始めてのことでした。女の顔にはもはや怒りは消えていました。つれなさをうらむ切なさのみがあふれていました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そうしたとき母は従順に父の衣類を壁の釘に掛けたりなんかしていたが、たもとの中からお菓子の空袋からぶくろ蜜柑みかんの皮などを取り出して、うらめしそうに眺めながら言うのだった。
けっして品物の安否あんぴを無視したわけではないが、結果から見て、その行為は品物の安否を無視したことになり、所有者のうらみを買いこそすれ、感謝されはしないであろう。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
みだりにこれを譴責けんせきし、はなはだしきは師友をうらむるのやから少からず、迷えるのはなはだしきにあらずや。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
樹の鳴る音、枝のたわむ音、葉の触れ合ふ音、あらゆる世の中の雑音ざふおん、悲しいとかわびしいとかつらいとかうらめしいとかいふ音が一斉に其処に集つてやつて来たやうにかれは感じた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
宿屋の一室に端座たんざし、過去を思い、現在をおもんばかりて、深き憂いに沈み、婦女の身のとど果敢はかなきを感じて、つまらぬ愚痴ぐちに同志をうらむの念も起りたりしが、た思いかえして
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「藤原宿奈麿すくなまろ朝臣の妻、石川女郎いらつめ愛薄らぎ離別せられ、悲しみうらみて作れる歌年月いまだつまびらかならず」という左注のある歌である。宿奈麿は宇合うまかいの第二子、後内大臣まで進んだ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
半狂亂の母親を相手に、のろひとうらみの數々を聞かされるのは、とても我慢が出來ません。
... 許してくれ給え。お登和さんの御馳走で食傷しょくしょうしてもサラサラうらみと思わんからね」中川
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)