往来おうらい)” の例文
旧字:往來
あるのことです。わたしは、やはりこうして一人ひとりさびしく往来おうらいうえっていました。けれど、いぬ一ぴきその姿すがたせなかったのです。
子供の時分の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
小さい人はその底の一部分を、黒くなって、寒そうに往来おうらいする。自分はその黒く動くもののうちで、もっとも緩漫かんまんなる一分子である。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしたちがいよいよ芝居小屋にはいったとき、広告屋こうこくやはたいこをたたいて、最後さいごにもう一度村の往来おうらいを一めぐりめぐり歩いていた。
どのテーブルにもアペリチーフのさかずきを前にした男女が仲間とおしゃべりするか、煙草たばこの煙を輪に吹きながら往来おうらいを眺めたりしている。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それにまわりの人々の自分に対する言葉のうちにもそれが見える。つねに往来おうらいしている友人の群れの空気もそれぞれに変わった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どんなときでも、どういうことをしてる時でも、たとえば片足かたあしでとびながら往来おうらいを歩きまわっている時でも——祖父そふの家のゆかにねころがり
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
かすみせきには返りざきの桜が一面、陽気はづれの暖かさに、冬籠ふゆごもりの長隠居、炬燵こたつから這出はいだしたものと見える。往来おうらい人立ひとだちだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小石川水道端すいどうばたなる往来おうらいの真中に立っている第六天だいろくてんほこらそば、また柳原通やなぎわらどおりきたな古着屋ふるぎやの屋根の上にも大きな銀杏が立っている。
町なかの往来おうらいは、おおぜいの人で、ごったがえすようなさわぎでした。そこへ、ひとりの男が馬にのってやってきて、こうふれまわりました。
いや其様そんなことを云うまでもなく、釈迦しゃかにさえも娑婆往来おうらい八千返はっせんぺんはなしがあって、梵網経ぼんもうきょうだか何だったかに明示されている。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
町は一どきに目がさめたように活気かっきづき、町の人々はむねがわくわくして仕事など手につかず、みんな往来おうらいへ出て、目をみはって行列を見ています。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
その夜、父は私を縁日えんにちにつれて行ってくれた。家の前の路地を出外ではずれると、「さあおんぶしてやろう」と父は往来おうらいにしゃがんで私をその背にのせた。
街道にはもう往来おうらいも絶えた。おもてもうす暗くなつた。亭主もいよ/\思ひ切つて店を仕舞はうとするところへ、いつもの女の影が店のまへにあらはれた。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
往来おうらいの人たちは、ふしぎな看板かんばんとおもしろそうな口上こうじょうられて、ぞろぞろ見世物小屋みせものごやめかけてて、たちまち、まんいんになってしまいました。
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ふしぎな独楽こま乱舞らんぶを、かれの技力ぎりょくかと目をみはる往来おうらいの人や行路こうろ閑人ひまじんが、そこでバラバラとぜに拍手はくしゅを投げる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来おうらいへとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして格子戸を開けて、ひしゃげた帽子を拾おうとしたら、不思議にも格子戸がひとりでに音もなくひらいて、帽子がひょいと往来おうらいの方へころがりだしました。
僕の帽子のお話 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
白は客の顔をうつしている理髪店りはつてんの鏡を恐れました。雨上あまあがりの空を映している往来おうらいの水たまりを恐れました。往来の若葉を映している飾窓かざりまど硝子ガラスを恐れました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春鴻しゅんこうの去るが如く、春燕しゅんえんの来るが如く、参勤さんきん交代の制によりて、江戸とその領地との間を去来したるの外は、日本国内の往来おうらい交通すら殆んど自由ならざりしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
あがり口のあさ土間どまにあるげたばこが、門外もんがい往来おうらいから見えてる。家はずいぶん古いけれど、根継ねつぎをしたばかりであるから、ともかくも敷居しきい鴨居かもいくるいはなさそうだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
前が阿波屋と云う下駄屋で、狭い往来おうらいはコンクリートの固い道だった。荷車に花を積んだ花売りが通る。赤い鉢巻きをした黒い牛が通る。朝の往来はすがすがしかった。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
地元じもとさとはいうまでもなく、三近郷近在きんごうきんざいからもたいへんな人出ひとでで、あのせま海岸かいがん身動みうごきのできぬ有様ありさまじゃ。往来おうらいには掛茶屋かけちゃややら、屋台店やたいみせやらが大分だいぶできてる……。
その前には、りっぱなおくさんが四人すわっていて、はいってくる人ごとに、お菓子をやっている。入口のドアは、たえまなしにあいて、おおぜいの人が往来おうらいからはいって行く。
彼等の通学せし頃さへ親々は互にらで過ぎたりしに、今は二人の往来おうらいやうやうとくなりけるに及びて、にはかにその母のきたれるは、如何いかなるゆゑにか、と宮も両親ふたおやあやしき事におもへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのうち往来おうらいの人たちが、きゅうに、なにかさけびながら、いっさんにかけだしていった。
その女は、どんなに大きなものがかけこんだか、まるで気もつきませんでした。晩になってはじめて、わたしは外へ出ました。月の光の中を、わたしは往来おうらいじゅうかけまわりました。
痴川は今度は伊豆を笑わせまいとして一途いちずに頬っぺたをひねったりしていたが、漸く手を離して立ち上って、尚き足らずに数回蹴飛ばしてから、自分の家へ戻らずに往来おうらいの方へ出て
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
んでもねえ。駕籠かごひとかつぐひとさきァおきゃくのままだが、かついでるうちァ、こっちのままでげすぜ。——それたけ、なるたけ往来おうらい人達ひとたち目立めだつように、こしをひねってあるきねえ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
向うは往来おうらい三叉みつまたになっておりまして、かたえは新利根しんとね大利根おおとねながれにて、おりしも空はどんよりと雨もよう、かすかに見ゆる田舎家いなかや盆灯籠ぼんどうろうの火もはや消えなんとし、往来ゆきゝ途絶とだえて物凄ものすご
かれひるには室内しつないまどからまど往来おうらいし、あるいはトルコふう寐台ねだいあぐらいて、山雀やまがらのようにもなくさえずり、小声こごえうたい、ヒヒヒと頓興とんきょうわらしたりしているが、よる祈祷きとうをするときでも
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これは、河内かわちで出来る『八代やつしろ』という変り蜜柑で、鍛冶屋や鋳物師いものしの二階の窓から往来おうらいへほおる安蜜柑じゃねえ。……ご親類の松平河内守まつだいらかわちのかみから八日祭のおつかいものに届いたものに相違ない。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どうしようと思ったとたんに、ふといいことを考えついて、紳士の頭が横に傾いた拍子に、風に吹き飛ばされたふうをして、ふーっと往来おうらいに飛び降りて、ころころと転がって逃げ始めました。
不思議な帽子 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
往来おうらいにはつめたい風が吹いているし、今はもうれの売出うりだしの時節じせつです。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
一三 この老人は数十年の間山の中にひとりにて住みし人なり。よき家柄いえがらなれど、若きころ財産を傾け失いてより、世の中に思いをち、峠の上に小屋こやを掛け、甘酒あまざけ往来おうらいの人に売りて活計とす。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
思わずのぞくと、かみももわれにゆったひとりの少女が、ビラビラかんざしといっしょに造花のもみじを頭にかざり、赤い前かけに両手をくるむようにして、無心な顔で往来おうらいのほうを向いて立っていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「みんな、どうしたんだろう。」と、往来おうらいうえをあちらこちらまわしていました。けれど、一人ひとり子供こどもかげえませんでした。
金色のボタン (新字新仮名) / 小川未明(著)
あたかも往来おうらいは歩くにえん、戸外はいるにしのびん、一刻も早く屋根の下へ身を隠さなければ、生涯しょうがいの恥辱である、かのごとき態度である。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひょうが往来おうらいに深くもっていた。リーズはうすいくつで、その上を歩くことができなかったから、わたしは背中せなかに乗せてしょって行った。
もうしばら炬燵こたつにあたっていたいと思うのを、むやみと時計ばかり気にする母にせきたてられて不平だらだら、河風かわかぜの寒い往来おうらいへ出るのである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある時長い間往来おうらい杜絶とだえて居た両親の家に行き、突然ひざまずいて、大真面目まじめに両親の前で祈祷したりして、両親をかえって驚かしたこともありました。
それからむすめだの、子供こどもたちだの、職人しょくにんだの、小僧こぞうだの、女中じょちゅうだのをびましたので、みんな往来おうらいて、とりながめました。
こういってさわいでいるうちに、おぎゃあともいわずに赤ちゃんが、それこそころりと、往来おうらいさきに、まるい石ころがころげ出すようにして生まれました。
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
とり逃がした怪人物をあきらめたようなことをいいながらも、まだかれの目は往来おうらいへいそがしく動いていた。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この早駆はやがけ勝負のまえには、奉行ぶぎょうの方から騎乗随意きじょうずいいといってきたくらいであるから、とうぜん、騎馬きば往来おうらいは自由なところと考えていたが、このあんばいだと
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人をふきとばしそうなサイレンをならしている自動車じどうしゃ往来おうらいいっぱいになってがたがたはしってくる乗合自動車のりあいじどうしゃ、うるさくベルをならしながらとびまわる自転車じてんしゃなどで
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
人の往来おうらいは織るようで、申しては如何いかがですが、唯表側だけでしょうけれど、以前は遠くながめられました、城の森の、石垣のかわりに、目の前に大百貨店の電燈が、紅い羽
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが外へ出て見ると、その晩はちょうど弥勒寺橋の近くに、薬師やくし縁日えんにちが立っている。だからふた往来おうらいは、いくら寒い時分でも、押し合わないばかりの人通りだ。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おや、また往来おうらいだ。なんてまあ広い通りだろう。うかうかすると、ひきころされてしまうぞ。なにしろ、みんな夢中むちゅうで、わめいたり、走ったり、車をとばしたりしているからな。
逗留客が散歩に出る。芸妓げいしゃが湯にゆく。白い鳩がをあさる。黒い燕が往来おうらいなかで宙返りを打つ。夜になると、蛙が鳴く。ふくろうが鳴く。門附かどづけの芸人が来る。碓氷川うすいがわ河鹿かじかはまだ鳴かない。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まずくつやと仕立屋したてやが、それから町じゅうの人が、下の往来おうらいに出てきました。それから、いすとテーブルがもち出されて、ろうそくが、それは千本という数ものろうそくがともされます。