可惜あたら)” の例文
十五町歩の林檎園に、撰屑よりくづの林檎の可惜あたら轉がるのを見た。種々の林檎を味はうた。夜はY君の友にして村の重立たる人々にも會うた。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
十五町歩の林檎園に、撰屑よりくずの林檎の可惜あたらころがるのを見た。種々の林檎を味わうた。夜はY君の友にして村の重立たる人々にも会うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
……可惜あたら、あなたほどな人物を、七年もこの地の牢城長官の小使みたいに朽ちさせておくのは勿体もったいないし、また将来とても、とうてい
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
可惜あたら、鼓のしらべの緒にでも干す事か、縄をもって一方から引窓の紐にかけ渡したのは無慙むざんであるが、親仁おやじが心は優しかった。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御邊ごへん可惜あたら武士を捨てて世をのがれ給ひしも、扨は横笛が深草の里に果敢はかなき終りをげたりしも、起りを糾せばみな此の重景が所業にて候ぞや
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
可惜あたら非凡の天才も空しく獄裡の骨となりおわり、明教を垂れて万世を益することが出来なかったかも知れないのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
意味も分らぬ言葉をもてあそんで、いや、言葉にもてあそばれて、可惜あたら浮世を夢にして渡った。詩人と名が附きゃ、皆普通の人よりまさってるように思っていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
人をだまいて可惜あたらしき若き命をむざむざと枯木の如くちさす教……(やうやう夢幻的になり)それがし在家の折柄は蝴蝶は花に舞ひ戯れ、鳥が歌へばわが心
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
いま松野まつのてゝ竹村たけむらきみまれれにまれ、开所そこだめなばあはれや雪三せつざうきやうすべし、わが幸福かうふくもとむるとて可惜あたら忠義ちうぎ嗤笑ものわらひにさせるゝことかは
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
放浪者は腕を組合せたまま肩をすくめて、電車にも乗ろうとしないで灯影の少い街に向って消えてゆく。可惜あたらかわした上衣の襟に袖に、降りそそぐ氷雨をまともに受けて。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
しかれども用語、句法の美これに伴はざらんには、可惜あたら意匠の美を活動せしめざるのみならず、かへつてその意匠に一種厭ふべき俗気を帯びたるが如く感ぜしむることあり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こうして数十百年を経たであろう可惜あたら良材が空しく朽ち果ててしまうのは勿体ないことだ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
肝腎のこの艶蒐集も偏奇館炎上とともに失せ可惜あたら佳人の面影は戦火に灰燼となつた。
永井荷風 (新字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
可惜あたら二十一の花を散らした原因はこんなところにあつたのかも知れないのです。
そんなことがあってはならぬと思うから、可惜あたらものをつい割ってしもうた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
可惜あたら舟を出して彼岸に到り得ず、憂くも道に迷ひて穢土ゑどに復還るに至る。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
と、そんな悔いさえ交じって、可惜あたら、棒に振った生涯が、腹が立って、たまらない。——しかし自分だけは、多少はやりかけた、となぐさめた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いっその事小説家になって了おう。法律を学んで望み通り政治家になれたって、仕方がない。政治家になって可惜あたら一生を
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ああ是れ皆此の身、此の横笛のせしわざやいばこそ當てね、可惜あたら武士を手に掛けしも同じ事。——思へば思ふほど、乙女心をとめごゝろむねふさがりてくより外にせんすべもなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
黒き人影あとさきに、駕籠ゆらゆらと釣持ちたる、可惜あたらその露をこぼさずや、大輪おおりんの菊の雪なすに、月の光照り添いて、山路に白くちらちらと、見る目はるかに下りきぬ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きみゆゑこそ可惜あたら青年わかもの一人ひとり此處こヽにかくあさましきていたらくと、まど小笹をざヽかぜそよともげねば、らぬ令孃ひめ大方おほかた部屋へやこもりて、ことなどにいよいよこヽろなやまさせけるが
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大きな男でしたが、火葬されたので、送葬そうそう輿こしは軽く、あまりに軽く、一盃機嫌でく人、送る者、笑い、ざわめき、陽気な葬式が皮肉でした。可惜あたらおとこをと私はまた残念に思うたのでありました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いくら今の鍛冶が、小賢こざかしく、真似てみても、もう二度と、この日本でもできない名刀を——実に、可惜あたらくやしいことじゃございませんか
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何事ぞ、眞の武士の唇頭くちびるぼすもいまはしき一女子の色に迷うて、可惜あたら月日つきひ夢現ゆめうつゝの境にすごさんとは。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
心状しんじやうのほどはらず、中間ちうげん風情ふぜいには可惜あたら男振をとこぶりの、すくないものが、身綺麗みぎれいで、勞力ほねをしまずはたらくから、これはもありさうなことで、上下じやうげこぞつてとほりがよく、千助せんすけ千助せんすけたいした評判ひやうばん
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
終ひに何物の業とも知れで、一月の後には風説もあとなく成りぬ、疵は猶さら半月の療治に可惜あたら男の直打も下らず、よし痕は殘るとも向ひ疵とてほこられんか可笑をかし、才子の君
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
日本に可惜あたらきずの随一にかぞへてゐられる。
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
わしはもうお側から離れずにいたが、叱咤しったを聞くにつけ、自分の生命いのちも、可惜あたら、むだな所では取落すまいと思った事だった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おくるや可惜あたら若木わかきはなにおくれてぬべきやまひいえたるものゝわづ手内職てないしよく五錢ごせん六錢ろくせん露命ろめいをつなぐすべはあらじをあやしのことよとたづねるに澆季げうきとはくものゝなほ陰徳者いんとくしやなきならで此薄命このはくめい
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ながむれば、その浅葱あさぎの紐が、丈なる髪を、肩のあたりで仕切ったので、乱れた手絡てがらとは風情異り、何となく里の女が手拭を掛けたよう、品を損ねて見えたので、男は可惜あたらしく思ったろう。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可惜あたら、おぬしほどな才をこの世にもって生れながら、その百分の一の思いも世に果さないでは、死にたくないが当りまえじゃ
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子爵ししやくきみ最愛さいあいのおもひものなど、桐壼きりつぼ更衣かういめかしきがたなるが、此奧方このおくがたねたみつよさに、可惜あたらはなざかり肺病はいびやうにでもなりて、形見かたみとゞめし令孃ひめならんには、父君ちヽぎみあいいかばかりふかかるべきを
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
初めて、兼好が見たときから、擦過傷らしいあとは気になっていたが、いま見ると、眼は無事らしいが、可惜あたら、瞼のあたりが薄紫に変じている。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見る目は人のとがにして、有るまじき事と思ひながらも、立ちし浮名の消ゆる時なくば、可惜あたら白玉のきずに成りて、其身一生の不幸のみか、あれ見よ伯母そだてにて投げやりなれば、薄井の娘が不品行ふしだら
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼も、この日、この戦場で、秀吉子飼のひとり、加藤孫六の手に討たれ、可惜あたら、三十八歳の有為を、ぬぐい得ない汚名と、取り換えてしまった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
づからなる名譽めいよはあれど、こひ本尊ほんぞんあればわきだちにれるなく、一しんおもひみてはありむかしのさとしならで、可惜あたら廿四の勉強べんきやうざかりを此体このていたらく殘念ざんねんともおもはねばこそ、甚之助じんのすけ追從つゐしようしあるきて
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
可惜あたらな奴よ。なんでれは公卿に生れず、鎌倉武士などに生れついた。生れ直せ。まだ青い若入道、時しあれば、生れ直せぬこともないわさ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ますにわたかぜさだかにきこえぬさて追手おつてにもあらざりけりおたか支度したく調とゝのひしか取亂とりみださんはのちまでのはぢなるべし心靜こゝろしづかにといましめることばふるひぬいたましゝ可惜あたら青年せいねんはなといはゞつぼみえだいまおこらん夜半よは狂風きやうふう
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
可惜あたら、胸と胸を打ち割って、語りあえば分る——敵ならぬ敵と、かくも死闘して、かくも長い月日をここに費やすとは」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほかならぬ佐々介三郎の思い極めたこと、おれの諫めなどは、むだとは思うが、可惜あたら、犬死する愚を、見ているに忍びぬ。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひそかに京都へ引っ返して、六波羅の近傍を彷徨さまよっていたところ、たちまち平家の捕吏に発見されて、六条河原に曳き出され、可惜あたら二十歳はたちの春を
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを余りにはっきりと呉に援けを約されたのは、この千載一遇の好機を可惜あたら、逃がしたようなものかと存ぜられます。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さては、昨夜の山伏の詭計きけいだったか。浅ましくもまた、卑劣な賊めら。人を見損のうて、可惜あたら一命をむだにするな」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人寿天運じんじゅてんうん、ぜひなきところ。しかし名匠の作は、流玩転賞るがんてんしょうが原則である。可惜あたら、兵火の犠牲になすべきではあるまい。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おお皆の者、無用な血を浴びて可惜あたら命を棄てまいぞ、まずその太刀を双方とも退いたがよい。って退くの退かぬという者あらばわらわ対手あいてじゃ!」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天下には、可惜あたら、そういうかどが取れないために、折角の偉材名石でありながら、野にうもれている石が限りなくある。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きょうの如月きさらぎ碧空あおぞらを見るようなひとみも、あかくちも、白珠の歯も、可惜あたら、近日のうちには、土中になる運命のものかと思うと、見るに耐えないのであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ただ、寺域は広い。伽藍がらんも多い。やるとなれば、もう一応、河尻かわじり殿へ沙汰して、これへ人数および、万全を尽さぬと、可惜あたら野鼠のねずみを逃がすおそれもある」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
可惜あたら、醜いものにする迄もない。考えれば自分というものも、ぽつんと、生れて消えるだけの一個ではないはずだ。先祖もある、これからの子孫もある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「てまえは人相でおざりませぬゆえ、あたらぬかもしれず、中らぬことを祈ってはおれど、御領主さまのどこかには、可惜あたら、死相のかげがみえまするで……」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)