なかば)” の例文
旁々かたがたの手を見れば、なかばはむきだしで、その上に載せた草花の束ねが呼吸をするたびにしまのペチコートの上をしずかにころがッていた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その主觀の情は、唯なかばおほはれてかすかに響きいづるのみ。(同所)是れ豈逍遙子が所謂、我を解脱して世間相を寫すものにあらずや。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
池中に立枯れの木が林立して、特異の景観を作っていた大正池も、十年余りの間に池のなかばは埋もれ、枯木の数も少なくなっていた。
その不審をうたれた男というのは安宅真一のことだった。彼は妾と始めて話をしたあの日、話なかばに急病を起して座敷に倒れてしまった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
針金が手の平に食い入って、やすりの様に骨をこすった。畸形児はなかばも滑らぬ内に、痛さに耐え難くなった。もう針金を握る力がなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
井戸一ツ地境じざかいに挟まりて、わが仮小屋にてそのなかばを、広岡にてその半ばを使いたりし、ふたは二ツに折るるよう、蝶番ちょうつがいもてこしらえたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さう云ひながら、老人は勝平の身体からだなかば抱き起すやうにした。が、巨きい身体は少しの弾力もなく石の塊か何かのやうに重かつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
如何なる故にかありけむ、その亡骸なきがらみる/\うちに壊乱えらんして、いまだその絵のなかばにも及ばざるに、早くも一片の白骨と成り果て候ひぬ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その自動車は隣字の小さな温泉場に春なかばから秋なかばの半年だけ三四台たむろしてゐる、勿論中産以下の、したがつて村大半の百姓には雇へない。
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
山水もはた昔時に異なりて、豪族の擅横せんわうをつらにくしともおもはずうなじを垂るゝは、流石さすがに名山大川の威霊もなかば死せしやとおぼえて面白からず。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
その小さな石塔が持つて来た沢山の花になかばうづもれてゐるのがあるだけだつた。ダリアの黄。シネラリアの薄くれなゐ。えぞ菊の紫。
草みち (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
Aが思わず声をあげようとした時、他の見えない左手でかけ蒲団をひきずり上げたと見え不意に銃口も頭もなかば以上蒲団におおわれました。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
始はなかば衛生のためなどといふて居つたものもあつたが、段々柔かい飯を食ひなれると、柔かい方がうま味があるやうに感じて来たのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もともとお蔵屋敷のものといえば、武士であってなかば町人のような、金づかいのきれいな物毎ものごとに行きわたった世れた人が選まれ、金座、銀座
宣告の際に物優しい判事は獄則を恪守かくしゅして刑期のなかばを過したなら仮出獄の恩典に浴することも出来るということを告げたということである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
夕日は丁度汐留橋しおどめばしなかばほどから堀割を越して中津侯なかつこうのお長屋の壁一面にはげしく照り渡っていたが、しかし夕方の涼風は見えざる海の方から
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おくみは馴れない手附をして、なかば冷くなつた紅茶を飲みながら二人のお話を聞いてゐた。青木さんはサンドヰッチを一つ二つおあがりになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
その挙動がほど不思議に見えたのであろう、主人あるじは私の顔をジロジロて、「あなた、どうかましたか」私はなかばは夢中で
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かしらだったのがなかば恐る恐るこう御答え申し上げますと、若殿様は御満足そうに、はたはたと扇を御鳴らしになりながら、例の気軽な御調子で
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わが生活の内容を構成かたちづくる個々の意識もまたかくのごとくに、日ごとか月ごとに、そのなかばずつを失って、知らぬ間にいつか死に近づくならば
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう十月のなかばで、七輪のうえに据えた鍋のおつゆ味噌みその匂や、飯櫃めしびつから立つ白い湯気にも、秋らしい朝の気分が可懐なつかしまれた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この時貫一は始めて満枝のおもてまなこを移せり。ももこびを含みてみむかへし彼のまなじりは、いまだ言はずして既にその言はんとせるなかばをば語尽かたりつくしたるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
木立生ひ繁るをかは、岸までりて、靜かな水の中へつづく。薄暗うすぐらい水のなかば緑葉りよくえふを、まつさをなまたのなかば中空なかぞらの雲をゆすぶる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そのさま人のつくりたる田の如き中に、人のうゑたるやうに苗にたる草ひたり、苗代なはしろなかばとりのこしたるやうなる所もあり。
詩的な感情に助けられてなかばは慰められるのが常であるのに、その時の気持ちは少しもそんな余裕を許さなかったからである。
ひと無茶苦茶に後世を呼ぶは、なほ救け舟を呼ぶが如し。身のなかばはや葬られんとするに当りて、せつぱつまりて出づる声なり。
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
醒して晴天だと彼はなかば夢中で跳ね起きて(そんな姿で往来に駆け出しても誰も異様とも思はない夏の小さな村ではあつたが)
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
首里市から陸上一里半海上一里半の東方にある久高くだか島では、島の女のすべてが、一生涯のなかばは、神人として神祭りに与かる。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
長崎屋藤十郎の門まで行くと、十二間間口のなかばまで大戸をおろし、出入りする人の顔付もひどく沈み切って、家の様子も何となく陰気である。
かゝる織物かけられしことなし、たとへばをりふし岸の小舟のなかば水に半くがにある如く、または食飮くひのみしげきドイツびとのあたりに
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
夜半の頃おい神鳴り雨過ぎて枕に通う風も涼しきに、家居続ける東京ならねばこそと、なかばは夢心地に旅のおかしさを味う。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なかば目をとぢて怠屈たいくつさうに椅子にもたれて居た検事は、立つて論告をした。被告の控訴は理由がないから棄却せられたしと云ふ丈のものであつた。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
後向うしろむきにりてなほ鼻緒はなをこゝろつくすとせながら、なかば夢中むちう此下駄このげたいつまでかゝりてもけるやうにはらんともせざりき。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『風流懺法』に書いた名前の舞子はなかば以上顔を見せた。けれどもそれは舞子たちのみであって、姉さんたちの芸子は新らしい顔ばかりであった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
六千四百とん巨船きよせんもすでになかばかたむき、二本にほん煙筒えんとうから眞黒まつくろ吐出はきだけぶりは、あたか斷末魔だんまつま苦悶くもんうつたへてるかのやうである。
泉鏡花氏の書いたものによると、「正月はどうこまで、からから山のしいたまで……」という童謡を「故郷のらは皆師走しわすに入って、なかば頃からぎんずる」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その棺を山へきあげなかばは土中へ埋め半は上より出す。棺の上には内地の神祠の勝男木かつおぎの如きものを上げ置くなり云々。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
曲者はこれを取られてはならんと一生懸命に取返しにかゝる、るまいと争う機みに、何ういう拍子か手紙のなかば引裂ひっさいて、ずんと力足ちからあしを踏むと
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
笏と同じい年頃のその家の主人は、なかば好意をさしはさんでなかばけげんな人見知りな表情で、じろじろ笏の顔を凝見みつめた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この密意を解き得たら、工藝の意義の残りのなかばを知り得たとも云えよう。ここは凡夫衆生の道であるから、選ばれた天才に委ねられた世界ではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
戸畑とばた駅は、閑散である。九州鉄道の幹線が開通し、この戸畑町に停車場が出来たのは、三年ほど前、人口も、六千人になかば満ちているにすぎなかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ある評家は胡麻塩頭のアカデミシヤンが是丈これだけ涙つぽい戯曲を書いた事は近頃の成功だとなかば冷笑的ではあるがめて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
主人は地方の零落れいらくした旧家の三男で、学途にはいたものの、学費のなかば以上は自分で都合しなければならなかった。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
このちひさなそばつてても仕方しかたがないと、あいちやんは洋卓テーブルところもどつてきました、なかばかぎ見出みいだしたいとのぞみながら、さもなければかく
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ひろくもないはたけのこらずが一くはれるのでおの/\たがひ邪魔じやまりつゝ人數にんずなかば始終しじうくはつゑいてはつてとほくへくばりつゝわらひさゞめく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なかば夢中になって、彼をまるで猫や犬のように罵り散らしながら、自分の前かけや袖口を歯でブリブリと噛み破る。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「若菜集」にはまた眞白く柔らかなる手にきばんだ柑子かうじの皮をなかばかせて、それを銀のさらに盛つてすゝめらるやうな思ひのする匂はしくすゞしい歌もある。……
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
こんな風で何時いつしか秋のなかばとなった。細川繁は風邪かぜを引いていたので四五日先生を訪うことが出来なかったが熱も去ったので或夜七時頃から出かけて行た。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
朝廷においてはその権のなかばを譲りたまうことなれば、こころよく許可したまうべきやいなや、いまだ知るべからず。
が古い時代においては、すなわち平安朝なかば以前においては、こういう区別が儼然げんぜんとして存している。そのどちらを使うかは語によってちゃんときまっている。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)