あお)” の例文
「たいへんにせいるな。」と、つきはいいました。馬追うまおいはびっくりして、二ほんながいまゆうごかして、こえのしたそらあおぎながら
酒屋のワン公 (新字新仮名) / 小川未明(著)
男女の別は、男は多くあおぎふし、女は多くうつふしになりたるなり。旅店のうしろなる山に登りて見るに、処々に清泉あり、水清冽せいれつなり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
じいさんはぷっとすまして、片っ方のほおをふくらせてそらをあおぎました。それからちょうど前を通って行く一本のでんしんばしらに
月夜のでんしんばしら (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしてシンプソン病院を辞去じきょしたのであるが、彼は寒夜かんやの星をあおぎながら、誰にいうともなく、次のようなことをつぶやいたのだった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
述作じゅっさくの際非常に頭を使う結果として、しまいには天をあおいで昏倒こんとう多時にわたる事があるので、奥さんが大変心配したという話も聞いた。
福田氏が警察の助力をあおいだことも知らぬ筈はなく、便々べんべんと十一月廿日を待って、相手の警戒網を完成させるはしないであろう。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ト云うと天覧をあおぐということが無理なことになるが、今更野暮やぼを云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。」
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうして適当な御判断をあおぎたいのですが……しかし……私がこの事を先生にお話した事が世間に洩れますと非常に困るのです。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
合天井ごうてんじょうなる、紅々白々こうこうはくはく牡丹ぼたんの花、胡粉ごふんおもかげ消え残り、くれない散留ちりとまって、あたかもきざんだものの如く、髣髴ほうふつとして夢に花園はなぞのあおぐ思いがある。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帝室ていしつをば政治社外の高処こうしょあおたてまつりて一様いちようにその恩徳おんとくよくしながら、下界げかいおっあいあらそう者あるときは敵味方の区別なきを得ず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「あのあおむけている首筋くびすじてやろうか。だいぶあつよろいているが、あの上から胸板むないたとおすぐらいさしてむずかしくもなさそうだ。」
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
反絵はふと上をあおぐと、榧のこずえの股の間に、奴隷の蜥蜴とかげ刺青ほりものが青いこぶのように見えていた。反絵は蜥蜴をねらって矢を引いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
身のなり、顔はうつむかず、余りあおのかず、胸を出さずして腹を出し、腰をかがめず、膝を固めず、身を真向にしてはたばり広く見する物也。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
可哀そうに、彼女はぐったりとあおのけに首を垂れ、その碧眼あおめは、眼瞼まぶたをあげられたまま、きょとんと私の方を見ています。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
学費をあおぐ恩家のお嬢さんをも、テニスのラケットで無雑作にたたいたり、真佐子、真佐子と年少の女並に呼び付けていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
で、一々これをあおているうちに、私は思わずアッと叫んだ。と云うのはほかでもない、の恐しい貴婦人の顔が活けるが如くに睨んでいるのだ。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
血はこおッてしまっている。うつろな眸が三名の将をあおに見た。その顔に覚えはある。——中院ノ中将定平、結城ノ判官親光、伯耆守ほうきのかみ長年なのだ。
きた相手あいてにいうごとく、如何いかにもなつかしそうに、人形にんぎょうあおいだおせんのには、なさけつゆさえあだ宿やどって、おもいなしか、こえは一にふるえていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
紀井から大和と、次第に北朝軍の手の届かない奥吉野の山間僻地へきちのがれ、一の宮を自天王とあがめ、二の宮を征夷せいい大将軍たいしょうぐんあおいで、年号を天靖てんせいと改元し
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それはさてき、みことはそのさい二晩ふたばんほどおとまりになって、そのままおかえりになられましたが、やがてみかどのお裁可ゆるしあおぎてふたた安芸あきくににおくだあそばされ
さもあらばあれ、われこの翁をおもう時は遠き笛のききて故郷ふるさと恋うる旅人のこころ、動きつ、またはそう高き詩の一節読みわりて限りなき大空をあおぐがごとき心地す
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
幼少の時ならば知らず、相当の年齢に達した時には、母とあおいでいる人が、自分の生みの母親でない場合、その事は、何となく察せられるものではなかろうか。
その水はどこからあおぐかというと、御殿の所から二、三丁も下へ降り、それからまた平地を二丁ばかり行ってはるか向うに流れてある川端かわばたいどから水を運ぶのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
殊に、あの日、塔上にあおいだ万国旗のなかの、日の丸の、きわだった美しさは、幼いマルキストではあったぼくですが、にじむような美しさで、ひとみにのこりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
わらだけは勿論この附近の農村一帯から集めてくるが、古襤褸ふるぼろの多量は大阪を経由し、殊に古麻布ふるあさぬのを主として東北の寒い地方から、あおいでいるというのが意外であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
未明に鉄舟寺を辞すると、まず竜華寺りゅうげじの日の出の富士ふじあおぎ、三保みほ松原まつばらで海気を吸い、清水駅から汽車で御殿場ごてんばに出て、富士の裾野すそのを山中湖畔こはんまでバスを走らせた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
すると太郎は眼を閉じたまま顔を高く上へ向け、さもさも高い大木をあおぎ見るような様子をしたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
われらの衣食住はその資源を植物にあおいでいるものが多いことを見ても、そのわけがうなずかれる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ことに東山のほとりのこととて人の足音もふっつりと絶えていたが、蒼白あおじろもやの立ちこめた空には、ちょうど十六、七日ばかりの月が明るく照らして、頭をあおのけてながめると
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
実枝は重吉の横顔をふりあおいでそういうと、重吉は立ちどまって、おう、おうとうなずき
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
オットセイと称して浴槽の中へあおのけのままおどり込み、頭から、足からザブンザブン飛び込むこと十数回、危うく浴構内の土左衛門さんとならんとせしところを三人して引挙げ
上眼うわめをつかってあおのけになって居るから、はてなこれは変死だなとく見ると、自分の縁類なる東浦賀の大ヶ谷町おおがやまちの吉崎宗右衞門と云う名主役の娘おみわで、浦賀で評判の美人だから
漸々だんだん自分の行末いくすえまでが気にかかり、こうして東京に出て来たものの、何日いつ我がのぞみ成就じょうじゅして国へ芽出度めでたく帰れるかなどと、つまらなく悲観に陥って、月をあおぎながら、片門前かたもんぜんとおりを通って
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
杢助はふんといって、きせるを放りだし、大きな欠伸をしてあおのけになった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
茂七は始めて平次の顔をあおぎました。何やら疑惑が、その眼の中に動きます。
そして夕風のぱったりぐような晩には、暑さはかえって真夏よりも烈しく、夜ふけの空にばかり、やや目立って見え出す銀河の影をあおいでも、往々にして眠りがたい蒸暑むしあつさに襲われることがある。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
筆を投じてあおす。験温器を挟み見るに卅八度一分に上る。此の如きは余にありては高き熱にあらねどこの頃の衰弱はこれほどの熱にもくるしめられて二、三時間は、うめきつ、もがきつするなり。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と、そう言いながら、チラと、若者をあおいで、すらりと身を起した。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
保吉はひたいに手をかざしながら、頭の上へ来た飛行機をあおいだ。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すぐさま中央署へ通知して助力と指揮をあおいだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
あおぎ見るも いまなみだ
七里ヶ浜の哀歌 (新字新仮名) / 三角錫子(著)
あおぎ見るあめ香具山かぐやま
「さびしいか?」といって、わずかにつきは、こえをかけてやりましたが、あざらしは、かなしいむねのうちを、そらあおいでうったえたのでした。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
(遠い路だ——)あおぐと、夜空を四角に切り抜いたようなツルマキ・アパートが、あたりの低いひさしをもった長家の上に超然とそびえていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
云ひも終らず一間余り走り退くよと見えけるが、再び大刀を振り上げし喜三郎は、そのまま虚空にのけぞりて、仏だふれにあおのきたふれつ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これにりて須坂を出ず。足指漸くあおぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。ところどころに清泉ほとばしりいでて、野生の撫子なでしこいとうるわしく咲きたり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ぼっとなって、辻に立って、前夜の雨をうらめしく、空をあおぐ、と皎々こうこうとして澄渡すみわたって、銀河一帯、近い山のからたまの橋を町家まちやの屋根へ投げ懸ける。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一条いちじょうの径の細くすぐなるを行き尽さざる此方こなたから、石に眼を添えてはるかなる向うをきわむる行き当りに、あおげば伽藍がらんがある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわんやその国に一個の首領しゅりょうを立て、これを君としてあおぎこれを主としてつかえ、その君主のために衆人しゅうじんの生命財産をむなしうするがごときにおいてをや。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
椅子の背へあおのけに頭をたせ、肱掛けに手をおいたまま、何の感動もないような風で耳を傾けていたが、やがて女が静まるのを待って問いかけた。
暗中の接吻 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)