わたくし)” の例文
わたくしやうやくほつとしたこころもちになつて、卷煙草まきたばこをつけながら、はじめものうまぶたをあげて、まへせきこしおろしてゐた小娘こむすめかほを一べつした。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
誠に有難ありがたい事で、わたくしもホツといきいて、それから二の一ばん汽車きしや京都きやうと御随行ごずゐかうをいたして木屋町きやちやう吉富楼よしとみろうといふうちまゐりました
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
もうしまして、わたくしいまいきなりんでからの物語ものがたりはじめたのでは、なにやらあまり唐突とうとつ……現世このよ来世あのよとの連絡つながりすこしもわからないので
「御立腹の段は誠に御尤ごもつともで、わたくしに於ても一々御同感で御座りまする、が、だ何分にも篠田が青年等の中心になつて居りまするので」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
銃口つつぐちわたくしの胸の処へ向きましたものでございますから、飛上って旦那様、目もくらみながらお辞儀をいたしますると、奥様のお声で
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おや、此所ここにいらっしゃるの」と云ったが、「一寸ちょいと其所そこいらにわたくしくしが落ちていなくって」と聞いた。櫛は長椅子ソーファの足の所にあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、貴方あなた時代じだいやうとすましてもゐられるでせうが、いや、わたくしふことはいやしいかもれません、笑止をかしければおわらください。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
さては我にとてにはあらざりしか。我は決してわたくしすることなかるべしといひぬ。我は分れて一間を出でしとき夢みる人の如くなりき。
わたくしじゆく御存知ごぞんちとほ高等女學校卒業以上かうとうぢよがくかうそつげふいじやう程度ていどもの入學にふがくせしめるので、女子ぢよし普通教育ふつうけういくはまづをはつたものとなければなりません。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
子供こどもには、はなしたあとでいろ/\のことはれて、わたくしまたむことをずに、いろ/\なことこたへたが、それをこと/″\くことは出來できない。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
早く銘々の旧藩地に学校を立てなば、数年の後は間接の功を奏して、華族のわたくしのためにも藩地の公共のためにも大なる利益あるべしと。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
『はゝゝゝゝ。きみはまだわたくし妻子さいし御存ごぞんじなかつたのでしたね。これは失敬しつけい々々。』といそがはしく呼鈴よびりんらして、いりきたつた小間使こまづかひ
いては今日わたくしの机の抽斗に百円入れて置きましたそれが、貴女のお帰りになると同時に紛失したので御座いますが、如何いかがでしょう
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わたくしは鰐淵の手代なのですから、さう云ふお話は解りかねます。遊佐さん、では、今日こんにちはまあ三円頂戴してこれに御印をどうぞお早く」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼処かしこにて恋人のふみる人もあるべしなど、あやにくなることの思はれさふらて、ふと涙こぼさふらふなど、いかにもいかにも不覚なるわたくしさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「ではだれでも三晩みばんあいだわたくしをお部屋の外へ出さないように、寝ずの番をして見せる人がありましたら、その方のお嫁になりましょう。」
ぶくぶく長々火の目小僧 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「ありますとも、まあ、わたくしの家へいらっしゃい、あなたのお話をうかがいましょう、すぐそこです、人の家の二階を借りてるのです」
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ああありがたや、山猫さま。わたくしのようないくじないものでも助かりますなら手の二本やそこらはいといませぬ。なまねこ、なまねこ。」
蜘蛛となめくじと狸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これらの特権階級がそのわたくしの奢侈のゆえに民衆に与える損害は、現在の資本家階級のそれに比して実に言うに足りない微弱なものである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
さても出来でかしたり黄金丸、また鷲郎も天晴あっぱれなるぞ。その父のあだうちしといはば、事わたくしの意恨にして、深くむるに足らざれど。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
欣〻にこにことして投出なげだす、受取る方も、ハッ五万円、先ずこれ位のものをお納めして置きますればわたくしも鼻が高うございますると欣〻にこにこして受取る。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
俺は盗んだ金を一厘だってわたくししたことがない。俺は必要のない人のものを奪って、必要のある人に融通しているに過ぎんのだ。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
わたくし此時計に心覚えがございますの。持主の方も存じてをりますの。お名前は、一寸申上げ兼ますが、ある子爵の令嬢でいらつしやいますわ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
うしまして、わたくしこそ……。』と、つた帽子の飾紐リボンに切符を揷みながら、『フム、小川の所謂近世的婦人モダーンウーマンこのひとなのだ!』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ああいふ女は、物を考へる折には「わたくし」といふ事を忘れて、新聞の論説などと同じやうに「We」といつて考へ出すことになつてゐるから。
こたへてわたくし夫婦八ヶ年浪人の身の上ゆゑ油屋五兵衞方へ衣類いるゐ大小等だいせうとう質物しちもつあづおきし處約束の月切つきぎれに相成質屋しちやよりは度々たび/\催促さいそくなれども其品々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いや、言ううちに、妙庵みょうあん、妙庵、ハヤが餌を悉くわたくし致しおったぞ。ほら、ほら、のう不埒ふらちないたずら共じゃ、早うつけ替えい
六波羅奉行所とは、となえなかった。みゆるしにも職制にもよらず、占領下さっそくな行政の一役所としてわたくしに設けたものであったからである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしの兄は母に次いで中々上手でしたが、私も父の死ぬ一、二年前頃から、言はれる言葉を聴き分ける事だけは出来ました。
父八雲を語る (新字新仮名) / 稲垣巌(著)
ひとり造化は富める者にわたくしせず、我家をめぐる百歩ばかりの庭園は雑草雑木四時芳芬ほうふんを吐いて不幸なる貧児を憂鬱ゆううつより救はんとす。花は何々ぞ。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わたくし、専門のことはよく分りませんが、山村の舞と云うものは、あれは実に結構なものですな。何でも彼んでも東京の真似まね
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此の立つはわたくしならず、人ひとりるとにあらず、皇国すめぐにをただに清むと、正しきにただにかへすと、心からいきどほる我はや。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかしおっかさんを大事にして、わたくしにもよくしてくれる、実に罪も何もないあれを病気したからッて離別するなんぞ、どうしてもわたくしはできないです。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
わたくしどもでは皆さんの御便宜を図って、羅紗屋と特約を結んで、精々勉強いたしますから、どうぞ御贔屓に……スタイルもごく斬新ざんしんでございます」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まだ御造営の方へ納めない前にわたくしに陳列してこの製作を公衆へ発表するということは、どうも僭越せんえつなことではないかと気遣う向きもありましたが
嗚呼あゝ天地味ひなきこと久し、花にあこがるゝもの誰ぞ、月にうそぶくもの誰ぞ、人世の冉々ぜん/\として減毀げんきするをし、ちうとして命運のわたくししがたきを慨す。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
なんでもこのはなしはさほど古いことではないのでしょう、わたくしはその村で、そのおうちと近しくしている方からききました。
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
アアそれ程までにわたくしを……思ッて下さるとは知らずして、貴嬢あなたに向ッて匿立かくしだてをしたのが今更はずかしい、アア耻かしい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何処どこに有ったのです、そんなものが……。」と、皆口々に問い寄るので、忠一はその概略を説明した上で、これは何人なんぴとわたくしすべきもので無い
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「なんとおっしゃっても、わたくしは、手術しゅじゅつけるのがおそろしいのでございます。」と、婦人ふじんは、ひかるメスを、はさみをかんがえると、ぶるいをしました。
世の中のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
実は先生、これまで、だれに話しても、せせらわらって相手にしてくれませんが、先生ならばきっと、わたくしの考えにご同意くださるだろうと思います。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
いくら鴎外にわたくしがなかったといっても、こまやかな夢を持たずに、あれだけの秀抜な芸術は創造されなかったであろう。
「ヘイ、なにがなんだか、おっしゃることがいっこうにわかりませんで、ヘイ。わたくしは作爺と申す名もないもので……」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わたくしどもはそれで石鹸せっけんをつくります。椰子蟹はこのコプラを喰べて生きていますから、椰子蟹という名がつきました。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
わたくしもしばしばこの保険会社の人に押込まれて、何々保険会社から入れと言うて来るかと思うと、直後すぐあとから他の会社から来る、中々勉強するものである。
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
旦那、わたくしどもでは、萎れた花なんて置きませんです。うちの品はみんな新しい若い、愛の充ちた花で、蘆や薄荷のしげみの中で、水に浸つて生きてをります。
わるい花 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
ああ宜くわたくしを高坂の録之助ろくのすけと覚えてゐて下さりました、かたじけなう御座りますと下を向くに、阿関はさめざめとして誰れも憂き世に一人と思ふて下さるな。
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お前はよく知ってたはずだ、ただ戻ってきさえすればよかったのだ、わたくしですと言いさえすればよかったのだ。お前はこの家の主人となる身だったのだ。
すでに五軒も十軒も成功をした例があり、大膳坊が掘り出した金をわたくししたといふ話も聽かないのですから、正面から反對する理由は一つもなかつたのです。
わたくしは一時に五百発の弾丸たまを打ち出す銃をお目にかけることにいたしましょう。それは弾丸たまが豆のように飛び出します。さてそれから大砲も備えましょう。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)