けもの)” の例文
旧字:
そこで、その啼声だが——聞いた者の話では、人でなく、鳥でなく、虫でなく、どうもけものの声らしく、その調子は、あまり高くない。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そう云って、多田刑事は、小さい紙片しへんを手渡した。警部はけもののように低くうなりつつ、多田の聞書というのを読んだ。「よし、会おう」
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そも/\くま和獣わじうの王、たけくしてる。菓木このみ皮虫かはむしのるゐをしよくとして同類どうるゐけものくらはず、田圃たはたあらさず、まれあらすはしよくつきたる時也。
博識家ものしりめいた言ひ振りだが、吾々の祖先は今の婦人と同じやうな着方をしたもので、いつもけものの皮にばかりくるまつてゐた彼等は
この小さな、緑色に繁茂しげり栄えた島の中には、まれに居る大きなありのほかに、私たちを憂患なやまとりけもの昆虫はうものは一匹も居ませんでした。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
果して、一人の若者が、月光の中へ現われた。肩に何かまっている。長い太い尾をピンと立てた、非常に気味の悪いけものであった。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ローズ・ブノワさんは動物どうぶつきで、動物どうぶつの方でもローズ・ブノワさんがきです。だからこそとりけもののいうことがわかるのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
彼の叫びと呪いの声は絶えず聞こえたれど、その声は人ともけものとも分かぬ一種の兇暴獰悪ねいあくの唸り声に圧せられんとしつつあるなり。
五日、七日なぬか二夜ふたよ、三夜、観音様の前にじっとしていますうちに、そういえば、今時、天狗てんぐ※々ひひも居まいし、第一けもの臭気においがしません。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜叉やしゃけもののたましいを一つに持つような体熱からまだめきれないでいるにしても——余りに思いきった殺戮さつりくに眼がくらむ心地がする。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大体だいたいおいもうしますと、天狗てんぐ正体しょうたい人間にんげんよりはすこおおきく、そして人間にんげんよりはむしけものり、普通ふつう全身ぜんしんだらけでございます。
山となく、野となく、人でもけものでもあらゆるものを乗り越え踏みつけ、唯真直に一文字に存分に駈けて駈けて駈けぬいて見たくなった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けものきばをならべるように、とお国境こっきょうほうからひかったたか山脈さんみゃくが、だんだんとひくくなって、しまいにながいすそをうみなかへ、ぼっしていました。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
良人の父親とみにくいちぎりを結ぶにいたっては、けものにもひとしいと云う事は、いくら無智むちな女でも知っているはずであるのに……。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そして牢屋のほうでは、ふしぎにも、数かぎりない鳥やけものがやってきて、牢屋から森まで、すっかりせんりょうしてしまっています……。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
章一のすぐうしろを歩いていた一人の遊人あそびにんは、章一の倒れた時その脚下あしもとから一ぴきの猫のような小さなけものの飛びだして走ったのを見た。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まあ、おたがいに自分じぶんまれついた身分みぶん満足まんぞくして、けもの獣同士けものどうしとり鳥同士とりどうし人間にんげん人間同士にんげんどうしなかよくらすほどいいことはないのだ。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
で、もしも或る不吉なけものが道を横切るようなことさえなかったなら、この素敵もない金額はどこまで殖えて行くとも見当がつかなかった。
鳥もけものひとしく涙を流している涅槃像だけに、質屋にかかっているのは情ない。作者はそれを「世のさまや」と歎じたのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
この木彫きぼり金彫かねぼりの様々なは、かめもあれば天使もある。羊の足の神、羽根のあるけもの、不思議な鳥、または黄金色こがねいろ堆高うずたかい果物。
古代スメリヤ人が馬というけものを知らなんだのも、彼等の間に馬という字が無かったからじゃ。この文字の精霊の力ほど恐ろしいものは無い。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
これは草でも、木でも、虫でも、鳥でも、けものでも、人でも、その点はなんら変わったことはない、つまり生物はみな同じだ。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
言葉でもろくに通じないくらいだのに、男は烏帽子えぼしもかぶらず女はかみもさげず、はだしで山川を歩くさまはまるでけもののようではありませんか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
遠ざかりながら人の声ともけものの声とも知れぬ音響がかすかに耳に残って、胸の所にさし込んで来る痛みを吐き気のように感じた次の瞬間には
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「如何でござるな。」郎等の話を聞きをはると、利仁は五位を見て、得意らしく云つた。「利仁には、けものも使はれ申すわ。」
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
見ると、その白いやわらかな岩の中から、大きな大きな青じろいけものの骨が、横にたおれてつぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
或日黄金丸は、用事ありて里に出でし帰途かえるさ、独り畠径はたみち辿たどくに、見れば彼方かなたの山岸の、野菊あまた咲き乱れたるもとに、黄なるけものねぶりをれり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
けもののようなおめきとともにたたら足を踏んで縁にのめり出たが、あらためるまでもなく、傷は、右膝に食い入ったばかりで、骨には達していない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
貴女に取つてはほんにどうでもよいやうな小さいけものですけれど、私にしたらどんなに孤独慰められるか、………私、弱虫と思はれたくありませんが
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此方こち向けば子鴉あはれ、其方そち向けば犬の子あはれ。二方ふたかたの鳥よけものよ。ひとしけくかはゆきものを、同じけくかなしきものを、いづれきいづれ隔てむ。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それが、寝まき姿のしどけないなりをして、不意にこの場へ現われて呼びかけたのは、人でなくしてけものでありました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幕がいた。覿面てきめんに死と相見ているものは、姑息こそくに安んずることを好まない。老いたる処女エルラは、老いたる夫人の階下の部屋へ、檻のけものを連れて来る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たとえば一箇のけもの相搏あいうって之を獲ようとして居る間に、四方から出て来た獣に脚をまれ腹を咬まれ肩をつかみ裂かれ背を攫み裂かれて倒れたようなものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なにかここにある物をあそこまで運んで行きたいと思う場合、鳥やけものありはち蜻蛉とんぼなども、足でつかんだり口にくわえたりして、持ちあるくことまではする。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
人間も米を食ったり、鳥を食ったり、さかなを食ったり、けものを食ったりいろいろのあくもの食いをしつくしたあげくついに石炭まで食うように堕落したのは不憫ふびんである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御衣は柿色かきいろのいたうすすびたるに、手足のつめけもののごとくひのびて、さながら魔王のかたち、あさましくもおそろし。そらにむかひて、一二九相模さがみ々々と、ばせ給ふ。
そのあたりの国じゅうで生きたけものの皮をいだり、獣をさかはぎにしたものをはじめとして、田のくろをこわしたもの、みぞをうめたもの、きたないものをひりちらしたもの
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
さらによく見るとその炉端ろばたには、鳥の羽根や、けものの毛や、人間のほねらしいものが散らばっていた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
が、男はお梶の傍を、影のようにすりぬけると、灯のないやみを、手探りに廊下へ出たかと思うと、母屋の灯影を目的めあてけもののように、足速く走り去ってしまったのである。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けものを見ても分かる、とら獅子ししくまなどのごとき猛獣は年々その数が減じつつある。もし統計を取ることが出来れば、彼らの減少率のはなはだ迅速じんそくなることを示すであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
村の人たちは、あれできんさんはいい人だといっていた。が正九郎しょうくろうけもののようにおそれていた。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「床の荒い格子の側に、何んか人間の踏みつけた足跡があり、その格子はとても人間は潜れませんが、朝の日の這い込むのにすかして見ると、けものの毛が少し付いて居ましたよ」
朝まだきそとさふらふに、左右なる砂山に数多あまた鴨の居る如く見えて駱駝らくだの眠り居るが見え申しさふらふ。やや日たけけば、そのけものにうち乗りて往来ゆききするアラビヤ人なども多く見えさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼は疲れて、青い顔をして、眼色は病んだけもののやうに鈍く光つてゐる。不眠の夜が続く。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
ところが、翌朝早くキーシュは悠々ゆうゆうと村の中へ入って来ました。きまりの悪そうな顔などしていません。背中には殺したけものから切りとったばかりの生々なまなましい肉を背負っています。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
地理は氷解、水ぬるむ、春水、春山の類をいふ。動物は大略けもの、鳥、両棲りょうせい爬虫はちゅう類、魚、百虫の順序を用ゐる。植物は木を先にし草を後にす、木は花木を先にし草は花草を先にす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これを持って熊かしゝかは知らぬが殺して出よという、神様のおつげか知らん、あゝ有難し有難し、いやしかし此の穴の深さはのくらいあるか知れぬ、ことけものも沢山いる様子ではあり
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
枯木を杖にして道をたどっているのではあるまいか。そうして見れば人であろうか。それとも飢え衰えたけものであろうか。鶴見はその後影うしろかげを見送っている。それがだんだん小さくなる。
狩人や漁師はけものり、うおりますけれども、その獲物のみでは生きて行かれず、必ずこれを以てやはり農民の米を貰わなければならぬ。それで彼らを乞食と云ったものとみえます。
そして、さういふ人間を裏返してみると、多くはけもののやうに見えるものである。
荒天吉日 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)