たぬき)” の例文
ただたぬきと赤シャツは例外である。何でこの両人が当然の義務をまぬかれるのかと聞いてみたら、奏任待遇そうにんたいぐうだからと云う。面白くもない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠近おちこちの森にむ、きつねたぬきか、と見るのが相応ふさわしいまで、ものさびて、のそ/\と歩行あるく犬さへ、はりを走る古鼠ふるねずみかと疑はるゝのに——
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして一本の大きな枝の上に、たぬきがちょこなんと後足で座って、まるいお月様を眺めながら、大きな腹を前足で叩いているのです。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かはつてかへつてたのはくま膏薬かうやく伝次郎でんじらう、やちぐさんだかさかむたぬき毛皮けがはそでなしをて、糧切まぎりふぢづるでさや出来できてゐる。
たぬき真物ほんものになって、ツイ、うとうととした平次、ガバと飛起きて行って見ると、お静は流し元に崩折くずおれて、顳顬こめかみを押えております。
西のはずれでたぬき膏薬こうやくなぞを売るように、そこには、名物くりこわめしの看板を軒にかけて、木曾路を通る旅人を待つ御休処おやすみどころもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
泥酔でいすいしたあくる日いちにち、僕はきつねたぬきにでも化かされたようなぼんやりした気持ちであった。青扇は、どうしても普通でない。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
『高家のたぬきめ。御当家に何かふくむ所があるに違いない。勅使のお附添つきそいに今訊いてみれば、精進日などとは、真っ赤な嘘だっ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを解釈するものは小豆洗婆あは即ちたぬきであって、あの小豆を洗う音は狸がその尻尾を水の中につき込んでザックザックとやるのである
四国には、犬神のほかにたぬきつきと天狗てんぐつきとがある。例えば、讃岐さぬきのごときは犬神もあるが、むしろ狸つきが多い。しかし狐つきは全くない。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
変な顔の人を見ると北海道のたぬきみたいだと言う。その北海道産の狸を飼ったことがある。茶色の毛並でなるほどへんな顔だ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
それではわたしのお城のお庭に来て住みなさい。そこには狐もたぬきも決して入れないことにする。又お前が飛ぶも、歩くも自由にして決して妨げない。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
伝研の構内には、昼間でもたぬきが出るといわれる欝蒼うっそうたる大森林にとりまかれ、あちこちにポツンポツンと、ヒョロヒョロした建物が建っていた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
同じ穴のたぬきじゃあねえか。おせい様は金を持っていなさるうえに、あんまり締まりのいいほうでもねえからな。読めたぜ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
が、かれはたしていたちたぬきか、あるいは人の悪戯いたずらかと種々いろいろ穿索せんさくしたが、ついに其正体を見出し得なかつた。宿やどの者はあくまでも鼬と信じてゐるらしいとの事。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
赤い手の長い蜘蛛くもと、銀いろのなめくぢと、顔を洗ったことのないたぬきが、いっしょに洞熊ほらくま学校にはひりました。洞熊先生の教へることは三つでした。
洞熊学校を卒業した三人 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
時々そのお祖母さんの寝顔がたぬきに見えて、夜中に泣き出すこともあったけれど、年中とまりがけで遊びに行っていた。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それは雪中にたぬきの歩いて居る処で、弓張月ゆみはりづきが雲間から照して居る。狸を真中に画いてその前後には枯茅かれかやの如きものに雪の積んだ処があしらつてある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
きつねたぬきじゃあるまいし、そんな寸分違わぬ人間が、この世に二人いてたまるものか。気違い沙汰も大抵にするがいい
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また伐木坊きりきぼうという怪物が山中に住み、毎々大木を伐倒す音をさせて、人を驚かすという地方もあり、たぬきが化けてこの悪戯をするという者もありました。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その自動車から毛皮にくるまって降りて来た背の低いたぬきのようなレデーのあとから降りて来たのがすなわちこの際必要欠くべからざる証人社長池田君で
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女は、蚊遣りの煙が余りこもると咽喉のどを痛めそうなので、起きて、素焼のたぬきの容器に這入った線香の火を消した。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ゼロを見たんですよ。この通りは狸穴といって、たぬきばかりんでいたらしいんだが、それがいつの間にか、人間も棲むようになって、この通りですからね。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と女探偵は、次第次第に外務次官令嬢に深入りしていったが、こんな会話のやり取りほど、世にも実意のない、きつねたぬきの化かし合いはなかったであろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
四面しめんみな山にて老樹らうじゆ欝然うつぜんとして翳塞おほひふさぐなかこの美人びじんを見ること愕然びつくりし、是たぬきにあらずんばかならず狐ならんといひければ、岩居がんきよともだちと相顧あひかへりみうつわらふ。
「あとのは損得とも云うだ」と長が口を添えた、「何年かめえに百万坪でたぬきを捕ったやつがいただよ、そいつはそれからたぬきって綽名で呼ばれてるだ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たかだのきつねだのたぬきだのいるところを通って、猿が歯をむいたり赤い尻を振り立てているところを抜けて、北極熊や北海道の大きな熊のいるところを通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「なにまるでたぬきが物を言うようで、分かりゃあしない。むにゃむにゃのむにゃむにゃさんなのとはなんだい」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
どうして食つたと云ふのですか? それはたぬき悪企わるだくみです。婆さんを殺した古狸ふるだぬきはその婆さんにけた上狸の肉を食はせる代りに婆さんの肉を食はせたのです。
教訓談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中にきつねたぬきがつたって来て、このきんぺんの田畠たはたを荒らすことはうけあいだね」
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
あのやうなたぬきの忘れられぬは何の因果かと胸の中かき廻されるやうなるに、我れながら未練ものめとしかりつけて、いやれだとてその様に何時いつまでも馬鹿ではいぬ
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
よしんば、それがたぬききつね悪戯いたずらにもせよ、人間の死骸とあれば知らぬふりをしておる訳には行かない。
今まできつねたぬきのいそうな原の中が急にこうにぎやかになったのであるから、評判が次第に高くなって、後にはこの原へ通う人で西町の往来は目立つようになって来ました。
われに計略はかりごとあり、及ばぬまでも試み給はずや、およきつねたぬきたぐいは、その性質さがいたっ狡猾わるがしこく、猜疑うたがい深き獣なれば、なまじいにたくみたりとも、容易たやすく捕へ得つべうもあらねど。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
たぬき毛皮けがは大變たいへんやくつもので、値段ねだんたかいのです。きつねたぬきむかしひとばかすものとしんじられたりしましたが、けつしてそんなばかげたことがありるわけもありません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
たぬき狩りじゃ。奇態とあの境内へ夜な夜なムジナ、マミのたぐいがいたずらに参るのでな、尊い御神域を
「新井田の方はあと廻わしだ」そう彼はまた独りごちて、たぬき小路のいきつけの蕎麦屋そばやにはいった。そして煮肴にざかな一皿だけを取りよせて、熱燗を何本となく続けのみにした。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今戸焼のたぬきみたいだ。どうせそんなものよ。ねえ、カンノン様。私はあんたなんか拝む気はないのよ。もっといじめて下さい。御利益と云うものは金持ちに進上して下さい。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
飴屋あめやなどは荷を下して、笛を吹いて子供を寄せて、そこで飴細工をするのでした。たぬききつねなどを、上手じょうずにひねって造ります。それに赤や青の色を塗り、棒に附けて並べます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
次第に眷属けんぞくが集まって来て、荘厳を極めた天狗の宮は、獣の糞や足跡で見る蔭もなく汚されてしまい、窩人達の家々にはたぬきむじなが群をなして住み子を産んだり育てたりした。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我に二六かてからんとならば二七力量りきりやうの男どもこそ参りつらめ。你がやうの二八げたるさましてねぶりをおそひつるは、きつねたぬきなどのたはむるるにや。二九何のおぼえたるわざかある。
「まだ云ってやがる、なに云ってやがるのだ、こんなうまい鮒をおいてってたまるものけい、ふざけやがるな。たぬきか、きつねか、口惜くやしけりゃ、一本足の唐傘にでもなって出て来やがれ」
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
地獄谷に真蘂とは、これは差向き落首らくしゅの種になりそうな。あのたぬき和尚、一思いに火の中へとは考えたが、やっぱり肩に背負って逃げだして、あとから瑞仙ずいせん殿に散々に笑われたわい。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
「おたき、眉毛が立ってたぬきのように見えてじじむさい、それだけは剃ったがよい。」
中年の恋などとたぬきも目に涙だなんて駄句っているようじゃ駄目だね。箱庭趣味だよ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
「坊や、もう段々お昼になつて来るから、寝んねするんだよ。昨晩ゆふべく遊んだネ。たぬきを脅かしてやつたツて、りやア偉かつたネ、坊やは小さくても猪だから、狸位何でも無いネ。」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
猪に続いて哀れなるは、たぬきであらう。狸公も、団栗を食料として命をつないでゐるのである。人間界に、団栗酒醸造のことあるを知るや知らずや、狸公の身の上も、少からず心配になつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
だい三の化物ばけもの本體ほんたい動物どうぶつで、その目的もくてきによつて惡戯あくぎためと、復仇ふくしうためとにわかつ、惡戯あくぎはう如何いかにも無邪氣むじやきで、きつねたぬき惡戯あくぎ何時いつでもひとわらひのたねとなり、如何いかにも陽氣やうき滑稽的こつけいてきである。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
人間が自然に各様式の風貌ふうぼうを以て生れては来るのであるが、便宜上馬に類する者、たぬきに類するものきつねに類するものを集めて、狸面、狐面と区別すると、説明がしやすいからだろうと思う。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
聞時はしきりににくく思はれ他人ひとの事にても何分なにぶんすて置れぬ性質せいしつなり是犬はやうにして正直なるけものゆゑねこたぬき其外そのほか魔性ましやう陰獸いんじうを見る時は忽地たちまち噛殺かみころすが如しおのれせいはんして陰惡いんあくたくむものは陽正やうせいの者是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)