さゝや)” の例文
いや、己が考えたのではなくて、こんな思想が、何処どこからともなく、自分の耳へひそひそとさゝやかれるような気持ちがし始めたのだ。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それむかぎしいたとおもふと、四邊あたりまた濛々もう/\そらいろすこ赤味あかみびて、ことくろずんだ水面すゐめんに、五六にん氣勢けはひがする、さゝやくのがきこえた。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そつとさゝやく者があります。振り返ると喜八の女房のお留が、今日を晴と着飾り乍ら、何んとなく物々しい眼を光らせて居ります。
俊男はまた頽默ぐつたり考込むだ。絲のやうな雨が瓦をすべツてしづくとなり、あまおちに落ちてかすかに響くのが、何かこツそりさゝやくやうに耳に入る。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
新造が傍に居りますときは左様そうでもありませんが、差向いになると身請の相談で、ひそ/\とさゝやいているのは誠に親密らしい。
樹木じゆもくみなたがひいてさゝやきながら、いくらかあかるさをもさまたげて濃霧のうむからのがれようとするやうに間斷かんだんなくさわいだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それに応ずるやうに、信一郎の良心が、『貴様は卑怯だぞ。貴様は卑怯だぞ。』と、低く然しながら、力強くさゝやいた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
寢入るまで、半時間もさゝやき合つてゐた。彼等の話の斷片を聞き取つた。全くはつきりと、その話の眼目を推量出來た。
その場の母の姿に醜悪なものを感じてか父は眉をひそめ、土瓶どびんの下をきつけてゐた赤いたすきがけの下女と母の色の黒いことを軽蔑けいべつの口調でさゝやき合つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
我が大詩人を知らないとはしからんと同行の内藤理学士にさゝやながら、内にはひつて門番コンシエルジユの婆さんに尋ねると、愛嬌あいけうの好い田舎気質ゐなかかたぎを保つて居る婆さんは
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
小作人のあるものは、「ひよつとしたら、若旦那の計画もくろみがうまく成功するやうな事になるのではないか。」などと、愚かな心配をしながらさゝやき合つたりした。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
寄せ何か祕々ひそ/\さゝやきければ二人はハツと驚きしが三次はしばし小首をかたむ茶碗ちやわんの酒をぐつと呑干のみほし先生皆迄のたまふな我々が身にかゝる事委細承知と早乘が答へに長庵力を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なかには何かひそひそ小声でさゝやくものもあつたが、滑稽作家はこの様子を見て、可笑をかしさにたまらぬやうに、つとち上つてけぶりの中から次のしつに逃げ出して行つた。
彼女は全く此の老母を自慢させるに不足のない女だつた。彼の心はさゝやいた。あまりのことに囁いた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
骸骨がいこつんなに歩きます。」彼れは弁解するというより、寧ろ、陳謝する如く、そう私へさゝやいた。私はその一言を聴くと、最早んな難詰の言葉を見出す力をも失った。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
そして輕く尻餅を突いて、そして、そして、「許して下さい。」とさゝやいて、暗の中から眞白な手を延べる。……噫、彼奴、彼奴、小野山の奴、アノ畜生が來た許りに……。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そらおそろしくおもふのでつたが、また剛情がうじやう我慢がまんなる其良心そのりやうしんは、とはみづからはいまかつ疼痛とうつうかんがへにだにもらぬのでつた、しからば自分じぶんわるいのではいのであるとさゝやいて
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼女は、その杖から逃れるやうにして、線路の傍の、落葉の上に坐つた、かわいた落葉は、彼女の手のしたに靜かなさゝやきをつたへた。風が冷たく、彼女の身體をふるはした。
幸福への道 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
希望は吾人にさゝやきて曰ふ、世は如何いかに不調子なりとも、世は如何に不公平、不平等なりとも、世は如何に戦争の娑婆しやばなりとも、別に一貫せるコンシステント(調実)なる者あり。
最後の勝利者は誰ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
話の間に声が叫ぶやうに高くなるかと思へば、又さゝやいて聞かせるやうに細くなつた。
折柄傍らなる小門の蔭にて『横笛』と言ふ聲するに心付き、思はず振向けば、立烏帽子に狩衣かりぎぬ着たる一個のさむらひの此方に背を向けたるが、年の頃五十計りなる老女と額を合せてさゝやけるなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
『そら、あつたこともあるか知りまへんが、今はあれしまへん。うそと思ふんなら、うちへ來て見なはれな、阿母おかあはんと、ども二人と四人家内よつたりがないだすがな。』と、これだけはさゝやくやうに低く言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
なん圖星づぼしであらうが?……(ロミオらに對ひ)ようこそ! 吾等われらとても假面めんけて、美人びじんみみりさうなはなしさゝやいたこともござったが、あゝ、それは過去むかしぢゃ、とほい/\過去むかしぢゃ。
ちやうさん、ぼくは役者だよ。」と顔をさし出して長吉ちやうきち耳元みゝもとさゝやいた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
意外にも市村弁護士の口を通して、丑松の耳に希望のぞみさゝやいた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夫人ふじん病人びやうにんみゝもとにくちせてさゝやくやうにたづねた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
その時一人の刑事が、検事のそばへきて何かさゝやいた。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
さゝやくあまき声も無し。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
副社長がさゝやくのだ。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「あの、後程のちほど内證ないしよう御新姐ごしんぞさんが。きつ御待おまあそばせよ。此處こゝに。ござんすか。」とさゝやいて、すぐに、ちよろりとえる。
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
呑まない私と直次郎さんが怪しいと、蔭でさゝやき合つてるのを聽いて、驚いて飛び出しました。親分さん、お助けを願ひます
もし御承引なさりませなんだら、何卒それがしを此の場に於いてお手討ちになされて下さりませと、そう申し上げて、さてひそ/\とさゝやかれますのには
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんなに思っているんだから、せめて一日でも伊之吉に添わしてやりたいと思案にくれましたが、やがて花里の耳に口をよせ何事でございますかさゝやきます。
やくに今日けふは如何せしや出來いでこぬは不思議なりとてさゝやきけるこゝ名主なぬし甚左衞門のせがれがフト心付お三ばゞの方へいたり戸を押明おしあけて見ればそも如何いかにお三ばゝは圍爐裡ゐろりの中へかしら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
義政の心には明は夢想郷ユウトピアのやうに思はれた。鸚哥はそこからの秘密の使者つかひででもあるやうに、将軍の耳に色々な言葉をさゝやいた。義政は籠に入れてそばを離さず可愛かあいがつた。
雖然けれども悠長なして不斷の力は、ともすると人の壓伏に打勝ツて、其の幽韻はさゝやくやうに人の鼓膜に響く。風早學士は不圖ふと此の幽韻を聞付けて、何んといふことは無く耳を傾けた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
夏の夜、この橋の上に立つて、夜目よめにもしるき橋下の波の泡を瞰下みおろし、裾も袂も涼しい風にはらめかせて、數知れぬさゝやきの樣な水音に耳を澄した心地は長く/\忘られぬであらう。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
此の時彼女はつと客に寄り添うて「此所で子供と老母とを早く見せ物へ入れて、それから二人きりになりませうよ……。」といふ意味を簡短にさゝやいた。客は直ぐそれを承知した風だつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
蟲のも、我を咎むる心地して、繰擴くりひろげしふみ文字もじは、宛然さながら我れを睨むが如く見ゆるに、目を閉ぢ耳をふさぎて机の側らに伏しまろべば、『あたら武士を汝故そなたゆゑに』と、いづこともなくさゝやく聲
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
勘次かんじ矢立やたてごと硬直かうちよく身體からだ伸長しんちやう屈曲くつきよくさせて一/\とはこんだ。かれ周圍しうゐ無數むすう樹木じゆもくいてさゝやくのをみゝれなかつた。加之それのみでなくかれ自分じぶん耳朶みゝたぶらるさへこゝろづかぬほど懸命けんめい唐鍬たうぐはつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
東男あづまをとこ京女きやうをなごやなア。』なぞといふさゝやきが、人々のむれから漏れた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
さゝやいた。細君は笑つてうなづきながら
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
われは変らぬさゝやきを
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
としめやかに朱唇しゆしんうごく、とはなさゝやくやうなのに、恍惚うつとりしてわれわすれる雪枝ゆきえより、飛騨ひだくに住人じゆうにんつてのほか畏縮ゐしゆくおよんで
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そつと平次の横でさゝやいて、ワナワナとふるへる手を合せるのは、三十前後の年増女。あまり綺麗ではありませんが、ひなびた中にも品のある女でした。
彼がひそ/\とさゝやくが如く物を云いながら、女中共に講義をしているその声は、熱病患者のそれのように干涸ひからびて、うわずっているばかりでなく、へんに云い方が神経質で
聞居たりしがやがて一人の男は相手あひての肩にのぼりて難なくへいの中へ忍び入りまたかたへ乘たる男はへいの外に待居けるに程なく忍び入たる男出來りて何か密々ひそ/\さゝやきしが其の男は西の方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
とコソ/\暫くさゝやいて居りましたが、慾というものは怖いもので、度胸のない奴ですが
去事いざとなると、何だか氣おくれがする。何處かで、「心細い。」とさゝやくやうなこゑもする。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
何事か暫しさゝやきしが、一言毎ひとことごと點頭うなづきてひやゝかに打笑める男の肩を輕く叩きて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)