全然まるで)” の例文
今朝、暗いうちに呼びかけられた時とは全然まるで違った……否あの時よりも数層倍した、息苦しい立場におとしいれられてしまったのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其頃もう小皺が額に寄つてゐて、持病の胃弱の所為せゐか、はだ全然まるで光沢つやがなかつた。繁忙いそがし続きの揚句は、屹度一日枕についたものである。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それは全然まるで作物語つくりものがたりにでもありそうな事件であった。或冬の夕暮に、放浪さすらいの旅に疲れた一人の六部ろくぶが、そこへ一夜の宿を乞求めた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分は果してあの母の実子だろうかというような怪しいいたましい考が起って来る。現に自分の気性と母及びいもとの気象とは全然まるでちがっている。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
昨日の久能山の家康公の神廟しんびょうくらべると全然まるでお話にならない。辻堂のような粗末なものがある丈けで、石塔は一向見えなかった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
首筋にも、肩にも、殊に左の方は注意して見たが、傷らしい跡はどこにも残っていなかった。頗る元気で、全然まるで別人のように朗らかだった。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
人通りは全然まるで無し、大川端の吹雪の中を通魔のように駆けて通る郵便配達が、たった一人。……それが立停まって、チョッ可哀相にと云った。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この頃は正月になっても、人の心を高い空の果へ引揚げて行くような、長閑のどかたこのうなりは全然まるで聞かれなくなりました。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「なんて無邪気な性質なんだろう。なりは立派な娘だけれど、心は全然まるで赤ちゃんだよ」微笑ほほえみたいような心持ちをもって、彼女は姫のことを考えた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
洲の後面うしろの方もまた一尋ほどの流で陸と隔てられたる別世界、全然まるで浮世の腥羶なまぐさ土地つちとは懸絶れた清浄の地であつたまゝ独り歓び喜んで踊躍ゆやくしたが
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
まずそこらであろう……が、お藤が江戸におるとすれば、このたび喜左衛門店のお艶なる者が誘拐されたこととなんらの関係が全然まるでないとは思えぬ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「馬鹿言つてちや困まる、我社の危急存亡に関する一大事なのだ、我々は全然まるで、篠田の泥靴に蹂躙じうりんされたのだ——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かゝ議論ぎろん全然まるでこゝろあつしられたアンドレイ、エヒミチはつひさじげて、病院びやうゐんにも毎日まいにちかよはなくなるにいたつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しか此節このせつ門並かどなみ道具屋だうぐやさんがふえまして、斯様かやうしなだれ見向みむきもしないやうになりましたから、全然まるでがないやうなもんでげす、うもひど下落げらくをしたもんで。
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
風呂に入り乍ら蟋蟀きり/″\すを聴くなんて、成程なるほど寺らしい趣味だと思つたねえ。今迄の下宿とは全然まるで様子が違ふ——まあ僕は自分のうちへでも帰つたやうな心地こゝろもちがしたよ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なべのお白粉しろいを施けたとこは全然まるで炭団たどんへ霜が降ッたようで御座います』ッて……あんまりじゃア有りませんか、ネー貴君、なんぼ私が不器量だッて余りじゃアありませんか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「極く安直あんちょくなおとむらいでしょうな」と、同じ男が云った。「何しろ会葬者があると云うことは全然まるで聞かないからね。どうです、我々で一団体つくって義勇兵になっては?」
褌の色彩さへなかつたならば全然まるでたゞのつかみ合ひなのだもの! だから何時かの座談会でも地方の民謡、舞踊に就いては長時間に渡つて研究者の発表やら批判やらがあつたが
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
聽衆てうしゆうあいちやんが毛蟲けむしに、『うら老爺ぢいさん』を復誦ふくせうしてかすだんになるまでは、まつたしづかにしてゐましたが、全然まるで間違まちがつたことばかりふので、海龜うみがめあきかへつて、『可笑をかしなこと』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
芳賀矢一なども同じクラスだったが、是等これらは皆な勉強家で、おのずから僕等のなまけ者の仲間とは違って居て、其間に懸隔けんかくがあったから、更に近づいて交際する様なこともなく全然まるで離れて居ったので
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、人の事を全然まるで自分を責めるように、そう言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
全然まるで理由わけの無い反抗心を抱いたものだが、それも獨寢の床に人間並ひとなみの出來心を起した時だけの話、夜が明けると何時しか忘れた。
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お花というつれのある時はそうでもなかったが、自分一人のおりには、お島は大人同志からは、全然まるでけものにされていなければならなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母に話すと母は大変気嫌きげんを悪くしますから、成るべく知らん顔して居たほうがいんですよ。御覧なさい全然まるで狂気きちがいでしょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
不思議にここで逢いました——面影は、黒髪にこうがいして、雪の裲襠かいどりした貴夫人のようにはるかに思ったのとは全然まるで違いました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わしも篠田と云ふ奴を二三度見たことがありますが、顔色容体全然まるで壮士ぢやワせんか、仮令たとひ山木の娘が物数寄ものずきでも、彼様男あんなものゆかうとは言ひませんよ、よし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
今更に眼をみはらせる少女の全身の美しさ……否、最前の仮死体でいた時とは全然まるで違った清らかな生命いのちの光りが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それに一体のご様子が、山役人とは全然まるで違う、俺が保証する間者まわしものじゃあねえ。何か理由がありそうだ、ねえ旦那、どういうご用で、私達の山塞が知りたいんで?
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「源さのいかくなったには、わし魂消たまげた。全然まるで、見違えるように。しかし、おめえには少許ちっとていねえだに」
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
扨ものつそりは気に働らきの無い男と呆れ果つゝ、これ棟梁殿、此暴風雨あらしに左様して居られては済むまい、瓦が飛ぶ樹が折れる、戸外おもて全然まるで戦争のやうな騒ぎの中に
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
給料きふれうむさぼつてゐるにぎん……さうしてれば不正直ふしやうぢきつみは、あへ自分計じぶんばかりぢやい、時勢じせいるのだ、もう二百ねんおそ自分じぶんうまれたなら、全然まるでべつ人間にんげんつたかもれぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
本当に生好いけすかない気障きざな人だ。第一趣味が低いわ。低い所じゃない全然まるでゼロだわ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お前の阿母おっかさんや𤢖わろだろう。それだから、若旦那の方こそお前さん達をうらんでもいのに、お前さんの方で反対あべこべに若旦那を怨むなんて、早く云えば外道げどう逆恨さかうらみで、理屈が全然まるで間違っているんだよ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
全然まるで理由わけの無い反抗心を抱いたものだが、それも独寝の床に人間並ひとなみの出来心を起した時だけの話、夜が明けると何時しか忘れた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
不思議ふしぎにこゝでひました——面影おもかげは、黒髮くろかみかうがいして、ゆき裲襠かいどりした貴夫人きふじんのやうにはるかおもつたのとは全然まるでちがひました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
貴所あなたが気をつけんから落したのだ、待ておいで、今岩崎を呼ぶから」と言ったのは全然まるでこれまでの自分にないことで、児童は喫驚びっくりして自分の顔を見た。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「これじゃ全然まるで私達が職人のために働いてやっているようなものです」お島は遣切やりきりのつかなくなって来た生活の圧迫を感じて来ると、そう言って小野田を責めた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それだのに、チホンは、十日ばかり経つと全然まるで何事もなかったかのように自分の家へ帰って来た。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天下の政治を料理するなどと長広舌を振ひ乍ら、其人の生涯を見れば奈何どうだらう。誰やらの言草では無いが、全然まるで紳士の面を冠つた小人の遣方だ——情ないぢやないか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「ヘエ」と、伯母は良久しばし言葉もなく、合点がてん行かぬ気に篠田のおもてもれり「お前の神様のお話も度々たび/\聞いたが、私には何分どうも解らない、神様が嫁さんだなんて、全然まるで怪物ばけものだの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ピカピカ磨き上げた上に油でヌラヌラしている奴だから、手がかりなんか全然まるで無いんだ。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたくし中食後ちゆうじきご散歩さんぽ出掛でかけましたので、ちよつ立寄たちよりましたのです。もう全然まるではるです。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と一同声を揃えれば全然まるで芝居だ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お定にとつては、無論思設けぬ相談ではあつたが、然し、盆過のがつかりした心に源助を見た娘には、必ずしも全然まるで縁のない話でもない。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
箱根はこね伊豆いづ方面はうめん旅行りよかうするもの國府津こふづまでると最早もはや目的地もくてきちそばまでゐたがしてこゝろいさむのがつねであるが、自分等じぶんら二人ふたり全然まるでそんな樣子やうすもなかつた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
くもしろやまあをく、かぜのやうに、みづのやうに、さつあをく、さつしろえるばかりで、黒髪くろかみみどり山椿やまつばき一輪いちりん紅色べにいろをしたつままがふやうないろさへ、がゝりは全然まるでない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
全然まるで師範校時代の瀬川君とは違ふ。の時分は君、ずつと快活な人だつたあね。だから僕は斯う思ふんだ——元来君はふさいでばかり居る人ぢや無い。唯あまり考へ過ぎる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
全然まるで意外の方面にその犯人は居るのですよ……そして若し犯人を捕らえたら、あなたにお知らせ致しましょう……お嬢さん御安心なさいまし。断じてダンチョン氏は無罪です
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
植民地的な、活氣のある氣風の多少殘つてる處もあるかも知れないが、此函館の如きは、まあ全然まるで駄目だね。内地に一番近い丈それ丈不可いかん
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
梅子に対してはさすがの老先生も全然まるで子供のようで、その父子ふしの間の如何いかにも平穏にして情愛こまかなるを見る時は富岡先生実に別人のようだと誰しも思っていた位。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)