あだ)” の例文
彫刻といふものに何の理解もない法王は、この芸術家の折角の注文をあだに聞き過して、どうしても定めの椅子につかうとしなかつた。
御夢想ごむさうくすりぢやに……なん病疾やまひすみやかになほるで、ひないな……ちやうど、來合きあはせたは、あなたさまみちびきぢや……あだにはおもはれますな。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
つれなかりし昔の報いとならば、此身を千千ちゞきざまるゝとも露壓つゆいとはぬに、なまじあだなさけの御言葉は、心狹き妾に、恥ぢて死ねとの御事か。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
年齢のころは、見たところ二十四か五といったところだったが、たいへんあだっぽいところから、或いはもっと年増なのかも知れない。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もう三十二三にはなっているのだろう、着崩れた着物の下から、何かあだめいた匂いがしてやつれた河合武雄と云ってもみたい女だった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
われを君があだおぼし給ふなかれ、われは君のいづこにいますかをわきまへず、また見ず、また知らず、たゞこの涙にるゝおもてを君の方に向けたり。
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
第十五条 うらみを構へあだを報ずるは、野蛮の陋習にして卑劣の行為なり。恥辱をそそぎ名誉を全うするには、すべからく公明の手段をえらむべし。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
当のおせきにも分っていた——がいわゆるあだをなして隠然公然、多くの男の慰み者に堕し、うまく立廻って小金は蓄めたか知れないが
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
と、格子戸の奥の障子が、土間をへだてて明るみ、やがて障子が開き行燈あんどんをさげたあだっぽい女が、しどけない姿をあらわしました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「幸吉は挙げられている。——成瀬屋にあだをするのが幸吉でないという証拠は、幸吉がいない時、なんか凄いことをやるに限るだろう」
その上、重く堅いいわおを火の力によりつんざき、山形にわたくしを積み上げさせたということは、あだおろそかのすさびに出来る仕事ではない。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
イヤ、愚かものである丈けに、我身の危険などは顧みず、ただ恨みに燃えて、同類を裏切った首領にあだを報いようとするかも知れない。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこにはあだがあり、迫害があり、うるさい情実や陥穽かんせいがあるにしても、土地そのものだけには懐かしまずにはいられない力がある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「分りません。しかし、いまにきっと現われますよ、奴はヤンセンのあだを討つために、どこかで僕を狙っているに違いありませんからね」
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なおも並木で五割酒銭さかては天下の法だとゆする、あだもなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団ぶとん襟首えりくびさむく、待遇もてなしひややかひらうち蒟蒻こんにゃく黒し。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼等の考えによると、戦争は怨みを植えあだを構える。そこで、各国共に今後は一層武を練り、軍艦製造所を設くれば兵器製造所をも増す。
列強環視の中心に在る日本 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
この本陣の奥ふかく紛れこんでいたのだが、そのみずから名乗るごとく、旅のおんな占い師にしては、すこぶるあだすぎる風俗なので。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
唯懐ただおもひき人に寄せて、形見こそあだならず書斎の壁に掛けたる半身像は、彼女かのをんなが十九の春の色をねんごろ手写しゆしやして、かつおくりしものなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
も見ずににげさりけり斯ることの早兩三度に及びし故流石さすがの久八もいきどほり我が忠義のあだ成事なること如何いかにも/\口惜くちをしや今一度あうて異見せん者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
過日もさる物識りから承りましたが、唐土もろこしの何とやら申す侍は、炭を呑んでおしになってまでも、主人のあだをつけ狙ったそうでございますな。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人に怨恨えんこんを有し讐敵しゅうてきとなるものは、死後も同様に考え、冥土めいどに入りてそのうらみをむくい、そのあだを報ずることと信じておる。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その方は実務の人で忙しい体ですから、今も現にペテルブルグへ急いでおられます。かようなわけで一刻の時もあだやおろそかになりません。
あるひはり返るほどうしろに振向きたる若衆の顔を描き、半分しか見えざるあだ身体付からだつきによりてたくみに余情を紙外にあふれしめたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「いや、それがかえってあだとなるようでは、お互いに困るから、気をつけて帰り給え、君の旦那というのが、非常に腹を立っているそうだ」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夫のあだを討とうという一心でござりますから、顔色かおいろの変ったのを見せまいと、一角の寝床へそっと来て、顔を横に致しまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なおその上に神というものを認めて居りますけれども、どんな神でもあるいは腹を立てて人民に害を与えあだを加える事がある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
〽常からぬしあだな気を、知っていながら女房に、なって見たいの慾が出て、神や仏をたのまずに、義理もへちまの皮羽織……
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして失える希望とあだに過ごした光陰を歎く旧い悩みを喚びおこしながら、珍らしくも、ぼんやりと門前に立ちどまった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
だから晴賢討伐の勅命まで受けているが、それも政略的な意味で、必ずしも主君のあだに報ゆるという素志に、燃えていたわけではないのである。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
他は犬われは狐、とてもかなはぬ処なれば、復讐あだがえしも思ひとどまりて、意恨うらみのんで過ごせしが。大王、やつがれ不憫ふびん思召おぼしめさば、わがためにあだを返してたべ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
それをもいて振り落して全く新しい天地を見出そうとつとめているのである。その努力の効果は決してあだでない事は最近の作品が証明している。
つやッぽい節廻ふしまわしの身にみ入るようなのに聞惚ききほれて、為永ためなが中本ちゅうほんに出て来そうなあだ中年増ちゅうどしまを想像しては能くうわさをしていたが、或る時尋ねると
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然し、ともかく、精神病院の生活よりはマシであったことは確かであるから、二週間の野球見物をあだオロソカに思っているわけではないのである。
神経衰弱的野球美学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もしや、過ぎし曲者の由縁ゆかりの者にて、あだを報ぜんとするのでは有るまいか。油断のならぬと気着いた時に、ぞっとした。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
きた相手あいてにいうごとく、如何いかにもなつかしそうに、人形にんぎょうあおいだおせんのには、なさけつゆさえあだ宿やどって、おもいなしか、こえは一にふるえていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その日を始めとして、美人鷹匠はそのあだめいた姿を毎日空地に現わした。夕方引揚げる時には鳥籠は空っぽで、雀も鳩も売切れという繁昌はんじょうぶりだった。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そうして今度は前よりもウンと彼奴の金を使ってやるんだ。事によると彼奴めが俺にあだを討ちおおせた時が身代限りをしている時かも知れぬから見ておれ
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ある日、レーネットのあだは報ぜられた。——彼は印刷工場の仲間たちといっしょにいた。彼らは彼を好かなかった。
それでもあらそはれぬ證擔しようこは、眼と眉がお房にそつくりで、若い時分はお房よりもあだツぽい女であツたらうと思はれる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
『でも、あのやう澤山たくさんつては端艇たんていしづみませうに。』といふ、我身わがみ危急あやうきをもわすれて、かへつてあだひとうへ氣遣きづかこゝろやさしさ、わたくしこゑはげまして
そう心に呟きながら、猪口ちょくをはこぶ、彼女のあだッぽい瞳に、ほんのりと浮んで来たのは、夜目にも、白く咲いた花のような、かの女がたの艶顔えんがんだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
未来の細君をもって矚目しょくもくされた本人へふみをつけた恋のあだとは夢にも知らず、「やあ」と云って武右衛門君に軽く会釈えしゃくをして椽側えんがわへ近い所へ座をしめた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……手短かに言えば、つまりその、私が人類のあだ悪魔につけいられるまでには、一年とはかからなかったのです。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一年ひととせと二月はあだに過ぎざりき、ただ貴嬢きみにはあまり早く来たり、われにはおそく来たれり、貴嬢きみ永久とこしえに来たらざるをこいねがい、われは一日も早かれとまちぬ
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
置いて見たか解らないが、何時でも是方こっちの親切があだになる——貴様くらい長く世話したものも無い——それだけの徳が貴様にはそなわっているというものだ
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
従って彼の「船車せんしゃにも積まれぬ御恩、あだで返す身のいたずら」というごとき言葉もきわめて空虚にしか響かない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そなたはいよいよかみとしてまつられることになり、多年たねん連添つれそった良人おっととしてけっしてあだやおろそかにはかんがえられない。
だが口惜くやしかんべえ、なあお高! 人にうらみがあるものか、ねえものか、鬼になって棚田の家にあだを返してやれ! 生き代り生まれ代ってたたりをしてやれ。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なみだ藥鍋くすりなべした炭火ずみびとろ/\とがち生計くらしとて良醫りやういにもかゝられねばす/\おもこゝろぐるしさよおもへばてんかみほとけ我爲わがためにはみなあだいまこの場合ばあひ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
血の出るほどの苦しきかねをも調達して最愛の妻や病児をもあとに残して、あかぬ別れをえてしたるなるに、慈愛はなかなかあだとなりて、他に語るも恥かしと
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)