すそ)” の例文
すこし疲れて、体がほっと熱ばんで来ていながらはかますその処がうすら冷たくずっと下の靴できっちり包んでいる足の先は緊密に温い。
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
少し笑いながらすそをおろした。これは日課の、朝の散歩なのかも知れない。佐野君は、自分の、指さした右手の処置に、少し困った。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
服装はぴったりと体にあった燕の尾のようなすそのついた黒い上衣(その一つのポケットからとても長い白ハンケチがぶら下っていた)
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
「行列が動き出そうとするとき、乗物のの隙間から、花嫁のすそみ出していることに気が付いて、私が直してやりましたが——」
これでこそ貫目のある好男子になられたというものであると女たちがながめていて、指貫さしぬきすそからも愛嬌あいきょうはこぼれ出るように思った。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
宗近君は脱いだ両袖をぐるぐると腰へ巻き付けると共に、毛脛けずねまつわる竪縞たてじますそをぐいと端折はしおって、同じく白縮緬しろちりめん周囲まわりに畳み込む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
首筋だけ白粉おしろいをつけていて、そして浜子がしていたように浴衣のすそが短かく、どこかなまめいているように、子供心にも判りました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あるいは子供のスカートのすそが妙に厚ぼたくふくれているので何かと思って近寄ると、とても長い洋服にウンと縫上げがしてあった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
平生へいぜい腰かがみて衣物きものすその引きずるを、三角に取り上げて前に縫いつけてありしが、まざまざとその通りにて、縞目しまめにも見覚みおぼえあり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
幽霊のようなすそを引いて、するすると入って来て、後ろから白雲の模写ぶりをのぞきにかかりましたけれども、白雲はいっこう平気で
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時帝釈一の黄鼠と化して女のすそにあり、鉢に繋いだ緒をい切り鉢を地に落して仏の無罪を明らかにした(『菩薩処胎経』五)。
三が日の晴着はれぎすそ踏み開きてせ来たりし小間使いが、「御用?」と手をつかえて、「なんをうろうろしとっか、はよ玄関に行きなさい」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
襟へ入っていはしないか、むずむずするの、ふんどしへささっちゃおらんか、ひやりとするの、たもとか、すそか、と立つ、坐る、帯を解きます。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんなにして持って見ても、外套のすそから下へ、羽が二三寸出る。その上外套の裾が不恰好に拡がって、岡田の姿は円錐形えんすいけいに見える。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
主持しゅもちの侍が市内ですそべりの旅袴をはいている筈がない。では、浪人かというに浪人ふうでもなし、また旅の途中という様子もない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝早くお帰りになるあなたの足結あゆいらす露原よ。私も早く起きてその露原で御一しょにすそらしましょう、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
のべ用意ようい雨具あまぐ甲掛かふかけ脚絆きやはん旅拵たびごしらへもそこ/\に暇乞いとまごひしてかどへ立出菅笠すげがささへも阿彌陀あみだかぶるはあとよりおはるゝ無常むじやう吹降ふきぶり桐油とうゆすそへ提灯の
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ある春のゆうべ、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣ほうえ)のすそを引きながら、南蛮寺なんばんじの庭を歩いていた。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山脈のすそは温泉宿の小さい町が白い煙をめていた。停車場は町はずれの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
植込みを隔てて、そのくろぐろした小さい影のある姿が、まだ光を出さぬ電燈の下に、すそすぼがりの悄然しょうぜんとした陰影を曳いていた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それは、岩のかたまりが、すそひろがりに二すぢ長くつづいてゐるのでしたが、とほくから見ると、りつぱな八の字になつてゐます。
八の字山 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
両前を合せて赤い腰紐をぎゆうつとしめながら、一二歩歩いてみて少し短いのを、かかとで後のすそを踏へてのばしながらにつこりした。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
雑木山のすそや、柿の樹の傍やうまやの横手や、藪の下や、桐畑きりばたけや片隅にぽつかり大きな百合ゆりあふひを咲かせた農家の庭の前などを通つて。
やがて間もなく、真蒼まっさおになった女房が番台からすそみだして飛び降りて来るなり、由蔵の駆けて入った釜場の扉口とぐち甲高かんだかい叫びを発した。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人で屋外そとからでも帰って来ると、一番先におせんの足音を聞付けるのはこのマルだった。そして、彼女のすそに纏い着いたものだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
畳の上を膝でずっているすそさばきのふきの下から、東京好みの、木型のような堅い白足袋をぴちりとめた足頸あしくびが一寸ばかり見えた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
青年は橋の一にたたずみて流れのすそを見ろしぬ。くれないに染めでしかえでの葉末にる露は朝日を受けねど空の光を映して玉のごとし。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
もや金色こんじきの残照に包まれ、薔薇ばら色した黄、明るいねずみ、そのすそは黒い陰の青、うるおいのある清らかさ、ほれぼれとする美しさだ。
……トニオは、父の死の床のすそに立って、眼を熱くしながら、あの無言の強い感情に——愛と苦痛に、心から残りなく身を委ねていた。
すそ海草みるめのいかゞはしき乞食こじきさへかどにはたず行過ゆきすぎるぞかし、容貌きりようよき女太夫をんなだゆうかさにかくれぬゆかしのほうせながら、喉自慢のどじまん腕自慢うでじまん
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すそから見えるまたの部分が目にしみるほど白い。思わず眼を外らそうとした時、女は寝ころんだまま咽喉のどを反らせて高い声で歌い出した。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ただこれだけの歌ですが、わるい道という所から、すそを高々とたくって、白い足に続いた白い腹まで出して、ゆるゆると歩き廻るのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そのぼかされたすそには、さくら草が一面に散り乱れていた。白地に孔雀くじゃくを浮織にした唐織の帯には、帯止めの大きい真珠が光っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どんな女も七面鳥ほど上手にすそはまくれまい。また、日光もおそれない。七面鳥は日傘ひがさを持たずに出掛けるなんていうことはない。
しかし、若葉の風があわせすそをなぶるころになると、お高も、紺いろの空の下を植物のにおいに包まれて歩いてみたいこともあった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
餘所よそをんな大抵たいてい綺麗きれいあかおびめて、ぐるりとからげた衣物きものすそおびむすしたれて只管ひたすら後姿うしろすがたにするのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
四ツか五ツぐらいのその子は、母親の着物のすそにすがって添えもののようにあちこちし、まるい眼はきょとんと阿賀妻を見ていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
七八本のからの徳利を床の間に並べ、女のつまらなさを、すつかり了解したやうな晴々しさで、ゆき子の寝床のすそにへたばつてしまつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
けれどもまちがつてすその方へ走つたとみえて、なか/\明るいところへ出ません。そのうちにとう/\夜があけてしまひました。
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
腰元は振袖ふりそで白無垢しろむくすそをひいて、水浅黄みずあさぎちりめんの扱帯しごきを前にたらして、縄にかかって、島田のかつらを重そうに首を垂れていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
袖やすそのあたりが、恰度ちょうどせみころものように、雪明りにいて見えて、それを通して、庭の梧桐あおぎり金目かなめなどの木立がボーッと見えるのである
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
貧家に育てられたらしい娘は、わたくしよりも悪い天気や時候には馴れていて、手早くすそをまくり上げ足駄あしだを片手に足袋たびはだしになった。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
裏へ出る暗がりに、無雑作にかけてあるムシロのすそから、子供のように妙に小さくなった、黄黒く、つやのない両足だけが見えた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
葉子は口笛を吹きながら、しまセルの単衣ひとえすそかかげて上がって行くと、幼い時分から遊びれた浜をわが物顔にずんずん歩いた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
着いたとき彼女は、胸からすそにかけて派手な秋草模様のついた絽縮緬ろちりめん単衣ひとえに、けばけばしく金紙きんし銀紙ぎんしを張りつめた帯を背負っていた。
帽子をかぶっている広巳は、その風のために時どき帽子を持って往かれそうになった。羽織のそでなびき、袴のすそはまくれあがった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
昨夜ゆふべの収めざるとこの内に貫一は着のまま打仆うちたふれて、夜着よぎ掻巻かいまきすそかた蹴放けはなし、まくらからうじてそのはし幾度いくたび置易おきかへられしかしらせたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いながらすそかたに立寄れる女をつけんと、掻巻かいまきながらに足をばたばたさす。女房はおどろきてソッとそのまま立離たちはなれながら
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
瑞龍寺を出て、権現山ごんげんやますそを北へ添って行くと岐阜城、その途中を左へ折れて、町中まちなかの道を真直ぐに進むと長良ながら川の岸へ出る。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上衣のすそが、人家の屋根や軒にあたるといけないので、それは脱いで、手にかゝえ、チョッキ一つになって、歩いて行きます。