とど)” の例文
それは当分その地にとどまり、充分看護に心を尽くすべしとか云う、森成さんに取ってはずいぶんおごそかに聞える命令的なものであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その後も郷里へ帰省するたびに、時間の許すかぎりは方々を旅行したので、九州の主なる土地には靴の跡をとどめているというわけです。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
されどわが胸にはたといいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動かさじの誓いありて、つねに我を襲う外物をさえぎとどめたりき。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
御身おんみとて何時いつまでか父母の家にとどまり得べき、幸いの縁談まことに良縁と覚ゆるに、早く思い定めよかしと、いとめたる御言葉おんことばなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
美しいねえさんに船を漕いで貰う、お酌もして貰う、両天秤を掛けるところを、肴は骨までしゃぶッて、瓢箪は一滴をとどめずは情け無い。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
即ち、かの政治社会は潔清けっせい無垢むくにして、一点の汚痕おこんとどめざるものというべし。くありてこそ一国の政治社会とも名づくべけれ。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雪洞ぼんぼりを取ってしずかに退座す。夫人長煙管ながぎせるを取って、はたく音に、図書板敷にて一度とどまり、直ちに階子はしごの口にて、ともしびを下に、壇に隠る。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのなかにもなおわずかにわが曲りしつえとどめ、疲れたる歩みを休めさせた処はやはりいにしえのうたに残った隅田川すみだがわの両岸であった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
農家が各自の穀粉をくようになって、一旦起こりかけた粉屋こなやという専門業が早く衰えてしまい、名残なごりを粉屋の娘の民謡にとどめている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼は何とも自身の位置を説明ときあかしようが無くて、以前に仙台や小諸こもろへ行ったと同じ心持で巴里パリの方へ出掛けて行くというにとどめて置いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それでは、おもしろくないからそうというひとがあるかもしれないし、また、それでもよいと思ってとどまる方もあるだろうと思います。
降伏は受け難いが、和睦わぼくを結ぶなれば悪しかるまじ、その代りに、自分は質子ちしとして、筒井家にとどまる——という存念と相見える
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらに心にとどめておかねばならぬのは、どんな政治制度でも絶対万能で完全無欠なものなどは、存在し得ないということである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
ここで、こそこそと例の遊民どもは上陸し、乗客の大部分も下船しましたが、この二人は船の上にとどまったまま、談論にふけっているのです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼の眼と同じ高さのあたりに、裁判官席のそこの隅に、二人の人が腰掛けていて、彼の視線はただちにその人たちにとどまった。
少小より尊攘のこころざし早く決す、蒼皇そうこうたる輿馬よば、情いずくんぞ紛せんや。温清おんせいあまし得て兄弟にとどむ、ただちに東天に向って怪雲を掃わん
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
貴方あなたはお気の毒ながらたいへん醜いおかたゆえ、私のところにとどまっていただこうとは思いませぬから、ほんとうのことを申しますが、実は
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
母に慈愛のまなざしで諭されたことも有ったろうが、それも勿体ないが雲辺うんぺんとりの影、暫時しばしのほどしか心にはとどまらなかったのであったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今羅摩が牲にせんとせる馬、のがれて私陀の二児の住所へ来たので、二児はじめて五歳ながら勇力絶倫故、その馬をとらとどめた。
佐野が宿は源左衛門の宿なるべく、鉢の木の梅松桜を伐りたる面影をとどめて夏季の藜を伐るに転用したる処既に多少の厭味があるやうに思ふ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
くも書かれたり、ゆるゆる熟読じゅくどくしたきにつき暫時ざんじ拝借はいしゃくうとありければ、その稿本こうほんを翁のもととどめて帰られしという。
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
上野戦争後諸藩引払ひの時余の一家は皆尾州へおもむきたれど、ただ父なる人のみはなほとどまりて江戸の邸を守り給へり。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
去り行く青春をおしむ心である。これは空中の日の歩みを一つの所にとどめて動くなと望むにひとしい気持であると自嘲した。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
患者かんじゃおおいのに時間じかんすくない、で、いつも簡単かんたん質問しつもんと、塗薬ぬりぐすりか、※麻子油位ひましあぶらぐらいくすりわたしてるのにとどまっている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
扇紋おうぎもん畳扇たたみおうぎとして直線のみで成立している間は「いき」をもち得ないことはないが、開扇ひらきおうぎとしてを描くと同時に「いき」はかおりをさえもとどめない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
再会期し難きを思えば、入宋をとどめ給う師のめいもそむき難い。しかし今身命を顧みず入宋求法するのは、慈悲によって衆生を救い得んためである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その間に、大地主と船長とは甲板にとどまり、船長は舵手コクスンに声をかけた。船に残っている者の中の頭立かしらだった男なのである。
無論一体にきずだらけで処々ところどころ鉛筆の落書のあととどめて、腰張の新聞紙のめくれた蔭から隠した大疵おおきずそっかおを出している。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
殊にそれが、婉然えんぜんと微笑んだ時の、忘れ難き魅力に至るまで、その昔のおもかげをそのままとどめてはいたけれど、十幾年の歳月は、可憐なお下げの小学生を
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
このゆふべ隆三は彼に食後の茶をすすめぬ。一人わびしければとどめて物語ものがたらはんとてなるべし。されども貫一の屈托顔くつたくがほして絶えず思のあらかたする気色けしきなるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
名物のひょう その時はもう長く山上にとどまって居ったものですから余程寒くなりましたが、それをも打忘れたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
写真帖には処女の姿も幾枚かあったが、結婚の記念撮影を初めとして、いろいろの場合の面影がとどめてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは自分にとどまらないで絶えず外へ出てゆく好奇心のひとつの大きな原因になっている。嫉妬のまじらない無邪気な好奇心というものは如何にまれであるか。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
この時ぞく周章しゅうしょうの余り、有り合わせたる鉄瓶てつびんを春琴の頭上に投げ付けて去りしかば、雪をあざむ豊頬ほうきょうに熱湯の余沫よまつ飛び散りて口惜くちおしくも一点火傷やけどあととどめぬ。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
マザリンのもとに仏国は光威を欧洲に輝かせしもこれみな外貌の虚飾にして内にとどむべからざる腐敗のかもしつつありしなり、ルイ十四世に至てこの虚勢その極に達し
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
洗練に洗練を重ね、一点のしみもとどめない女の清々すがすがしさ、恐らく、そのあらゆる分泌物が馥郁ふくいくとして匂い、踏む足の下から、百花けんを競って咲き乱れることでしょう。
老いそめた女の化粧はなお一点の美くしさをとどめながらも、化粧をするという事その事がやがて一つの淋しさを思わしめる。この句もその心持を言っておるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
弱い者いぢめは此方こつちの耻になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方が無い、正太に末社がついたらその時のこと、決して此方こつちから手出しをしてはならないととどめて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わたくしはどこまでも三崎みさきとどまり、良人おっとをはじめ、一ぞくあととむらいたいのでございます……。
いつかまぶたは閉じるのじゃ、昼の景色をゆめ見るじゃ、からだは枝にとどまれど、心はなおも飛びめぐる、たのしくあまいつかれの夢の光の中じゃ。そのとき俄かにひやりとする。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
聴けば、杉田先生はお年寄役だけに、三十六計の奥の手も余り穏かならじとあって、単身踏みとどまり、なんとかかんとか胡魔化ごまかして、荷物をことごとく巻上げて来たとの事だ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
の四人の女も王様のお側付となって、直ぐにその日から御殿にとどまる事になりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
それ故一々いちいち名を記そうとは企てません。こういう気持こそは、もっと尊んでよいことではないでしょうか。実に多くの職人たちは、その名をとどめずにこの世を去ってゆきます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
結句「二時にしありけり」と云わないで『ありき』ととどめた処に深い感じがある。この一連の歌は、題目も新しく感じ方も新しい。そうして言外に寂しい情調が、しみ出て居る。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
つひかんためにして、しんめにせず、(一一六)ひとじやうなりいまわうもちひず、ひさしくとどめてこれかへさば、みづかうれひのこなり(一一七)過法くわはふもつこれちうするにかず
人は魚の如く其水の中を登って行くのであるが、清冷な水は岩面にいささかの汚泥をもとどめていないので、何処を蹈んでも更に滑る憂がない。約一時間半も登ると右から一つの沢が来る。
秋風吹きめて、避暑の客は都に去り、病を養うひとならではとどまる者なき九月初旬はじめより、今ここ十一月初旬はじめまで、日のあたたかに風なき時をえらみて、五十あまりのおんなに伴なわれつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私どもが漁場へ着いて間もなく疾風はやてが吹き起って、帰ることなどは思いもよらないくらいに海峡がひどく大荒れになったために、一週間近くも漁場にとどまっていなければならなくて
そこへ単身徒歩で登場して牛に直面し、機を見て急所へ短剣エストケの一撃を加えて目出度めでた仕留しとめるのが、3のマタドウル・デ・トウロスだ。このとどめをさす役が、闘牛中の花形エスパダなのである。
死んだ後までも彼らがとこしえに、彼女の胸になつかしい思い出の影像となってとどまっていると思えば、やっぱり、私は、捕捉ほそくすることの出来ないような、変な嫉妬しっとを感じずにはいられなかった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)