湯殿ゆどの)” の例文
かの女は、良人にもだれにもおかさせない塗籠ぬりごめの一室をもち、起きれば、蒔絵まきえ櫛笥くしげや鏡台をひらき、暮れれば、湯殿ゆどのではだをみがく。
夏の終りごろ、お葉の家は一時湯殿ゆどののない家に引き移らねばならなかつたのである。彼女は母親について新しい家に行つたのであつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
揚座敷のほうは、いわゆる独房で、縁付へりつき畳を敷き、日光膳にっこうぜん、椀、給仕盆などが備えつけてあり、ほかに、湯殿ゆどの雪隠せっちんがついている。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして妹たちだけがはいったままになっている湯殿ゆどのに忍んで行って、さめかけた風呂ふろにつかった。妹たちはとうに寝入っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
紅や白粉や軟らかい着物を脱ぎ捨てられたのを見た米友は、その場を見ると物凄い眼つきで湯殿ゆどのの方をにらみながら、また番傘を拡げました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふところに抱いてぬくめたがそれでも容易に温もらず佐助の胸がかえって冷え切ってしまうのであった入浴の時は湯殿ゆどの湯気ゆげこもらぬように冬でも窓を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
部屋は二階の隅っこにあって、そこの一方の丸窓をけると、すぐ目の下に、湖畔亭の立派な湯殿ゆどのの屋根が見えるのです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、とほされた部屋へやは、すぐ突當つきあたりがかべで、其處そこからりる裏階子うらばしごくちえない。で、湯殿ゆどのへは大𢌞おほまはりしないとかれぬ。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『語られぬ湯殿ゆどのにぬらすたもとかな』といふ芭蕉の吟のあるその湯殿の山に僕は参拝して、『初まゐり』のねがひを遂げた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
送りけるに或時旅人多くとまり合せし中に一人の若黨體わかたうていの武士あり風呂ふろに入たる樣子やうすなるにぞお花は例の如く老實まめ/\しく湯殿ゆどのへ到りお湯の加減かげんは如何や御脊中おせなか
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
縁側の左手には、湯殿ゆどのや台所があつて、そこは南方の特産物である巨大な蜘蛛や、おびただしい家守やもりなどの出没する場所——いやむしろ、定住地の観があつた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ふたりはよわりきっているおきさきさまを湯殿ゆどのにつれこんで、湯ぶねのなかにいれました。そうしておいて、ふたりは戸をしめると、さっさとにげてしまいました。
例えば室内に刀掛かたなかけがあり、寝床ベッドには日本流の木の枕があり、湯殿ゆどのにはぬかを入れた糟袋があり、食物もつとめて日本調理のふうにしてはし茶椀なども日本の物に似て居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そっとのぞいてみたら食物をぜんの上にあけて、口をつけて食べていたからというのがあり、また湯殿ゆどの湯気ゆげの中から、だらりと長い尻尾しっぽが見えたからというのもある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かなたの湯殿ゆどのに母も弟の思へる人も入りに行けど、さらばわれは踏むまじく、東京のせん湯に入りつけてはと母には申して、子らつれておあし持ちて横町の湯へまゐれば
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
箪笥たんすの抽出しを開いてお神さんの着物を盗み出した。それから湯殿ゆどのへ行って電気をひねった。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
門野かどのちやで、胡坐あぐらをかいて新聞を読んでゐたが、かみらして湯殿ゆどのからかへつてる代助を見るや否や、急に坐三昧ゐざんまいなほして、新聞を畳んで蒲団のそばりながら
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
湯気の白くいっぱいにこもった中に、箱洋燈はこらんぷがボンヤリと暗くついていて、といから落ちる上がり水の音が高く聞こえた。湯殿ゆどのは掃除が行き届かぬので、気味悪くヌラヌラとすべる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
国彦中尉は浴衣姿ゆかたすがたとなり、正坊を抱いてニコニコしながら座敷へはいってきた。入れちがいに旗男は、湯殿ゆどのの方に立った。途中台所をとおると、大きな西瓜が、まないたの上にのっていた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(六)神仏に関係あるもの(御岳、神座かぐら山、神奈備かんなび山、薬師岳、蔵王山、地蔵岳等)、(七)岩石、湖沼、温泉等に縁あるもの(六石山、七石山、湯殿ゆどの山、八海山、沼尻山、苗場山等)
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
最上もがみ川の上流、馬見※崎川のほとりに盃山という丘があるが、そこへ登ると、はるかに朝日岳、湯殿ゆどの山、羽黒はぐろ山、月山がっさんなどがのぞまれた。私は高校時代に一度だけ蔵王山に登ったことがある。
それからは毎日まいにち毎晩まいばんくら湯殿ゆどののおかままえすわらせられて、あたまからはいをかぶりながら、はちかつぎはみずをくんだり、をたいたり、あさはやくからこされて、よるはみんなの寝静ねしずまったあとまでも
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
床の間の天井に鼠が巣をつくっている。お母さんは此れを大層気にしていた。乃公は留守の中に退治して置いてやろうと思って、天井へ登った。天井は湯殿ゆどの垂木たるきを匍って行けば訳なく入られる。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、八畳二間ふたま、六畳一間ひとま、四畳半二間、それに湯殿ゆどのや台所があつても、家賃は十八円を越えたことはなかつた。僕らはかういふ四畳半の一間にこの小さい長火鉢を据ゑ、太平無事たいへいぶじに暮らしてゐた。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
将軍八代様のお湯殿ゆどの。八畳の高麗縁こうらいべりにつづいて、八畳のお板の間、御紋ごもん散らしの塗り桶を前に、お流し場の金蒔絵きんまきえの腰かけに、端然たんぜんとひかえておいでになるのが、後に有徳院殿うとくいんでんと申しあげた吉宗公で。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
五百は幼くて武家奉公をしはじめた時から、匕首ひしゅ一口いっこうだけは身を放さずに持っていたので、湯殿ゆどのに脱ぎ棄てた衣類のそばから、それを取り上げることは出来たが、衣類を身にまといとまはなかったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「上の段の、あの湯殿ゆどののついたへやがあるだろう、あそこだ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
湯殿ゆどの出る若葉の上の月夜かな 李千
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
湯殿ゆどのほとともりて月の伏家かな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「そして湯殿ゆどの御立番おたちばんでさ。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
きやくまへをなぞへに折曲をれまがつて、だら/\くだりの廊下らうかかゝると、もと釣橋つりばししたに、磨硝子すりがらす湯殿ゆどのそこのやうにえて、して、足許あしもときふくらつた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天井の張ってない湯殿ゆどのはり、看護婦室に薄赤い色をしてかなだらいにたたえられた昇汞水しょうこうすい、腐敗した牛乳、剃刀かみそりはさみ、夜ふけなどに上野うえののほうから聞こえて来る汽車の音
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
明治二十九年に丁度僕が十五になつたので、父は湯殿ゆどの山の初詣はつまうでに連れて行つた。その時父は四十五六であつただらうから現在の僕ぐらゐの年であるがもう腰がまがつてゐた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ところが、湯殿ゆどののなかには、ほんとうに地獄じごくのようにおそろしい火がおこしてあったものですから、美しいわかいお妃さまは、たちまちいきがつまって、んでしまいました。
みよ子さんが湯殿ゆどのの前を通りかかると、中で何か動いているものがあるので、戸をひらいたところが、そのうす暗い洗い場のすみに、大きな銅像みたいなものが立っていたというのです。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小姓達はいわゆるお湯殿ゆどの部屋二間にひかえている。衣服から髪までさばさばそこであらためて彼は橋廊下を戻って来た。と、その下から犬のように跳び出して、宵闇の庭面にわもに土下座した小者がある。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
配り在りけるが今夜はのお專に委細くはしく相談せんと思ふ故少し風もこゝろよく候へば湯に入りて來らんと湯殿ゆどのの方へ立ち出でければお專はとく縁側えんがはへ立ち出でかたへの座敷ざしきへ連れ行て貴方が湯に入り給はんと申さるゝ故荷物にもつ番に御ぜん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「それではお湯殿ゆどのばんでもおし。」
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
湯殿ゆどのは竹の簀子すのこわびしき 蕉
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
羽目はめの中は、見たところ湯殿ゆどのらしい。それとも台所かも知れないが、何しろ、うちにゃわかい女たちの声がするから、どんな事で吃驚びっくりしまいものでもない、と思います。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
美子姫は毎夜ベッドに這入る前に、湯殿ゆどので身体を清める習慣があった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さあ、亭主ていしゆとんでもかほをする。さがすのに、湯殿ゆどの小用場こようばでは追着おつつかなくつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わし先ず庭口にわぐちから入って、其処そこ縁側えんがわ案内あんねえして、それから台所口だいどこぐちに行ってあっちこっち探索のしたところ、何が、お前様御勘考ごかんこうさ違わねえ、湯殿ゆどのに西のすみに、べいらべいら舌さあいとるだ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病気がなおったと思った晩、手を曳いて、てらてら光る長い廊下ろうかを、湯殿ゆどのへ連れて行って、一所いっしょ透通すきとおるような温泉いでゆを浴びて、岩をたいらにした湯槽ゆぶねわきで、すっかり体を流してから、くしを抜いて
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湯氣ゆげあたゝかく、したなる湯殿ゆどの窓明まどあかりに、錦葉もみぢうつすがごといろづいて、むくりと二階にかいのきかすめて、中庭なかにはいけらしい、さら/\とみづおとれかゝるから、内湯うちゆ在所ありかかないでもわかる。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)