“有徳院殿”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
いうとくゐんでん50.0%
うとくいんでん50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
夫(それ)聖代(せいだい)には麟鳳(りんほう)來儀(らいぎ)し仁君(じんくん)の代には賢臣(けんしん)聚(あつま)ると理(うべ)なるかな我が朝(てう)徳川(とくがは)八代將軍有徳院殿(いうとくゐんでん)の御代に八賢士あり土屋相摸守(つちやさがみのかみ)松平右近將監(まつだひらうこんしやうげん)加納遠江守(かなふとほたふみのかみ)小笠原若狹守(をがさはらわかさのかみ)水野山城守(みづのやましろのかみ)堀田相摸守(ほつたさがみのかみ)大岡越前守(おほをかゑちぜんのかみ)神尾若狹守(かんをわかさのかみ)是なり然るに其有徳院殿の御代享保(きやうほ)二年大岡越前守町奉行(ぶぎやう)と成始めて工夫の捌(さば)きあり其原因を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
将軍八代様のお湯殿(ゆどの)。八畳の高麗縁(こうらいべり)につづいて、八畳のお板の間、御紋(ごもん)散らしの塗り桶を前に、お流し場の金蒔絵(きんまきえ)の腰かけに、端然(たんぜん)とひかえておいでになるのが、後に有徳院殿(うとくいんでん)と申しあげた吉宗公で。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)