少時しばし)” の例文
これらのことばを聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時しばし忘られき 五八—六〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
みなまた少時しばしもくしてしまふ。其中そのうちちやる。ドクトル、ハヾトフはみなとの一ぱんはなしうちも、院長ゐんちやうことば注意ちゆういをしていてゐたが突然だしぬけに。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
女等をんならみな少時しばし休憩時間きうけいじかんにもあせぬぐふにはかさをとつて地上ちじやうく。ひとつにはひもよごれるのをいとうて屹度きつとさかさにしてうらせるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
沈黙は少時しばし一座をおおうたことであろう。金七を退かせてから政宗は老臣等を見渡した。小田原が遣付けらるれば其次は自分である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
油断せる貫一が左の高頬たかほを平手打にしたたくらはすれば、と両手に痛をおさへて、少時しばしは顔も得挙えあげざりき。蒲田はやうやう座にかえりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
女は突然立止たちとゞまりて、近くの街燈をたよりに、少時しばし余が風采みなりを打眺め候ふが、忽ちべにしたる唇より白き歯を見せて微笑み候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
『申訳ございません』と明兆が出して見せると、禅師は感に入って、少時しばし言葉もなかった。以来、明兆が絵を描くのを大目に見てくれたという
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
本庄は呆気に取られて、少時しばしは口もきけなかった。ぽかんとして、直立不動の姿勢を崩さないでいるのを、宮岡警部は見て、笑いながら云った。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
煩悩六根の為めに妨げられたる其方そちの心では、わがことはえ分るまいが、古き法類ぢや、少時しばしわがいふことを聞かれよ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
と、局は、もの優しく微笑ほほえんで、また先の如く手を取つて、今度は横斜違よこはすかいに、ほの暗い板敷いたじき少時しばし渡ると、ぱっともみぢの緋の映る、脇廊下わきろうかの端へ出た。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ほかの者もみな息をんで、云い知れぬ恐怖に身をすくめていた。どの人も、死の宣告を受けたように、たたきもしないで少時しばしは沈黙をつづけていた。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は夕闇の間に少時しばし立停つて、普通着ふだんぎの儘で出掛けて來た自分の汚れた銘仙の着物を見つめたのであつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
やがて其旨を奧へ報ずべく立ち行きしが、少時しばし經ちて足音高く其處に立現はれしは、なつかしきわが友の姿。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
大島仁藏翁おほしまじんざうをう死後しご權藏ごんざう一時いちじ守本尊まもりほんぞんうしなつたていで、すこぶ鬱々ふさいましたが、それも少時しばしで、たちまもと元氣げんき恢復くわいふくし、のみならず、以前いぜんましはたらしました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
おぼろとも化けぬ浅葱桜あさぎざくらが、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時しばしまもえんに、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面やさおもての影になった半面を、障子のうちに傾けて
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いま少時しばしねえさんのひざまくら假寐かりねむすんだあいちやんのゆめいてほどけばうつくしいはな數々かず/\色鮮いろあざやかにうるはしきをみなして、この一ぺんのお伽噺とぎばなし出來できあがつたのです。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
少時しばしありて、樂人出でゝ奏樂席オルケストラに就きぬ。これを視るに、只是れ四奏の一組なりき。
陰気いんきあねは、少時しばしいもうとのことをわすれることができなかった。たとえ気質きしつちがっていても、そして、こうしているところすら、別々べつべつであっても、いもうとのことをわすれることができなかった。
灰色の姉と桃色の妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
近頃は西洋人も婦人まで草鞋わらじにて登る由なりなどしきりに得意の様なりしが果ては問わず語りに人の難儀をよそに見られぬ私の性分までかつぎ出して少時しばし饒舌しゃべり止めず、面白き爺さんなり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
梯子の中段に立ち止まって余は耳を澄ます事少時しばし、ここより上に昇るべきか昇るまじきか、甲板上になお海賊おらば、余はただちに殺されん、されど甲板上の光景を見ぬうちはどうも安心できず
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
も見ずしてにげ行きけり此方の父女おやこは思ひも因ぬ管伴ばんたう忠兵衞が斷りにゆめかと計り驚きつ又はあきれてかほ見合みあは少時しばし言葉もあらざりしがお光はわつと聲立て其所へかつぱと打伏つ前後ぜんご正體しやうたいなきさけびぬ父もなみだに目を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少時しばしして、突然
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
客は愕然がくぜんとして急に左の膝を一膝引いて主人あるじを一ト眼見たが、直に身を伏せて、少時しばしかしらを上げ得無かった。然し流石さすがは老骨だ。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ベアトリーチェはたゞ少時しばし我をかくあらしめし後、火の中にさへ人をさいはひならしむる微笑ほゝゑみをもて我を照らしていひけるは 一六—一八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
けた少時しばし竹藪たけやぶとほしてしめつたつちけて、それから井戸ゐどかこんだ井桁ゐげたのぞんで陰氣いんきしげつた山梔子くちなしはな際立はきだつてしろくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
果して人の入来いりきて、夕餉ゆふげまうけすとて少時しばしまぎらされし後、二人はふべからざるわびしき無言の中に相対あひたいするのみなりしを、荒尾は始て高くしはぶきつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
種彦はあまりの事に少時しばしはその方を見送ったなり呆然ぼうぜんとして佇立たたずんでいたが、すると今までは人のいる気勢けはいもなかった屋根船の障子が音もなくいて
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おらきこの附近あたりに住まふものぢや。われら家にて持つて来るものがおぢやるわ。少時しばしがほどここに待たれよ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
堀尾君は十万円の問題を提出する積りだったが、待て少時しばしと気がついた。これを用件に又明後日の晩罷り出る。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
驛の兩側を流れ落つる小溪、それにのぞみて衣洗へる少女をとめ二人三人ふたりみたりまばらに繁茂せる桑の畑などを見つゝ、少時しばしが程行けば、果して山田屋といへる飮食店あり。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
自分は初さんに置いて行かれた少時しばしの休憩時間内に、はからずもこの自滅の手前まで、突然釣り込まれて、——まあ、どんな心持がしたと思う。正直に云えば嬉しかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
箒を堂の縁下えんしたに差置き、御手洗みたらしにて水をすくい、かみ掻撫かきなで、清き半巾ハンケチたもとにし、階段の下に、少時しばしぬかずき拝む。静寂。きりきりきり、はたり。何処どこともなく機織はたおりの音聞こゆ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(云ひつゝ刀をこなたへ取らんとすれど、綾衣は鞘をつかんで放さず。二人は顏を見あはせて少時しばしは詞もなし。この時、流しの新内語りが三味線を持ちて出で、この家の門に立つ。)
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
よろしいわかつた!』つて女王樣ぢよわうさま少時しばし薔薇ばらはな檢査けんさしてられました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
されど神がこの者に聖なるつとめを許し給ふはその後たゞ少時しばしのみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五—一四七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
はらえを仕候也、と答えた。何しに紙の冠をばしたるぞ、と問えば、祓戸の神たちは法師をば忌みたまえば、祓をするほど少時しばしは仕てはべるという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貫一はあやしみつつも息を潜めて、なほ彼のんやうを見んとしたり。宮は少時しばしありて火燵に入りけるが、つひやぐら打俯うちふしぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
行々子よしきり土用どようえつたてえに、ぴつたりしつちやつたな」と呶鳴どなつたものがあつた。やうやしづまつた群集ぐんしふ少時しばしどよめいた。しかすぐしづまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
少時しばしは何の気苦労もない人のように目に見える空と町との有様をば訳もなく物珍し気に眺めやるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのは今少時しばしがほど明けて置かれよ。やよ。少時が程ぢや。(怒りて。)はれ。内に人が入りておぢやるといふにな。(門全く閉さる。内より女の声聞こゆ。)
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
少時しばし途絶えて、「でも、……大方水はいたやうだで、もうき帰つて来るでごわしやう」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その消えた後も、人の目の幻に、船の帆は少時しばしその萌黄の油を塗った。……「畳で言いますと」——話し手の若い人は見まわしたが、作者の住居すまいにはあいにく八畳以上の座敷がない。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武士さむらいも驚いて、思はず刀に手を掛けたが、待てしばし、広い世の中には病気又は怪我けがの為に不思議な顔をつ女が無いとも限らぬ、迂闊うかつに手をくだすのも短慮だと、少時しばしづツと見てゐるうち
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「されど」と少時しばしして女はまた口を開く。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と卓造君は尚お少時しばし前途を語り合った後
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わが肉我を離れて後少時しばし、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこのかこひの中に入らしめき 二五—二七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おんなつかしさ少時しばしも忘れずいずれ近きうち父様ととさまに申しあげやがて朝夕ちょうせき御前様おまえさま御傍おそばらるゝよう神かけて祈りりなどと我をうれしがらせし事憎し憎しと、うらみ眼尻まなじり鋭く
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
どぶや堀割の上にかけてある名も知れぬ小橋を見る時なぞ、何となくそのさびれ果てた周囲の光景が私の感情に調和して少時しばし我にもあらず立去りがたいような心持をさせる。
老人は何とも言はないで少時しばし玄關に立つたままでゐる。是れも、どうも事が意想の外であると思ふらしい風である。富之助が今日來る友達と云ふ人は彼より遙かに年上であると語つた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
何だと、……おれ政府おかみの厄介に為らうが為るまいが、何も奴等うぬらの知つた事つちやえだ。何が……この村の奴等……(少時しばし途絶えて)この藤田重右衛門に手向ひするものは一人もあるめい。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)