一室ひとま)” の例文
もつと当坐たうざ二月ふたつきばかりは、うかすると一室ひとまこもつて、たれにもくちかないで、考事かんがへごとをしてたさうですが、べつ仔細しさいかつたんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今まで蒸熱かった此一室ひとまへ冷たい夜風よかぜが、音もなく吹き込むと「夜風に当ると悪いでしょうよ、わたしは宜いからお閉めなさいよ、」
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
綾姫はその後何と思ったか、一室ひとまに閉じこもってこの鼓を夜となく昼となく打っていた。そうして或る朝何の故ともなく自害をして世を早めた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すわや願望のぞみのかなうともかなわざるとも定まる時ぞと魯鈍おろかの男も胸を騒がせ、導かるるまま随いて一室ひとまうちへずっと入る
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この上一室ひとまに閉籠もりて、影さへ人に見せられじとは、てもさても窮屈なる事と、少しは面白からず思ひしにや、その後は足も自づと遠ざかるを。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
左様さうですか」と篠田は暗涙をのんで身を起しつ「誠に、恐縮に御座ります」とふすま開きて、慣れたる奥の一室ひとまれり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かどT. Hamashimaはまじまたけぶみ, としるしてあるのは此處こゝ案内あんないふと、見晴みはらしのよい一室ひとまとうされて
今日は十一月四日、打続いての快晴で空は余残なごりなく晴渡ッてはいるが、憂愁うれいある身の心は曇る。文三は朝から一室ひとま垂籠たれこめて、独り屈托くったくこうべましていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
老主人夫婦と一人の給仕女との三人の家族の住む方は土地の傾斜のまゝに建てられて薄暗ぐらあなぐらの様に成つて居るし、客の席に当てた一室ひとまわづか十畳敷程の広さで
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
さもなくばくれない毛氈もうせん敷かれて花牌はなふだなど落ち散るにふさわしかるべき二階の一室ひとまに、わざと電燈の野暮やぼを避けて例の和洋行燈あんどうらんぷを据え、取り散らしたる杯盤の間に
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
西向きの一室ひとま、その前は植込みで、いろいろな木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいるだろう、今もそこには二人の婦人が……
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
その頃寺に居た徒弟共を一室ひとまに集めて、さて静かにいうには、今当山に訪れたものは、お前だちかねて知っておる通り、この一七日前に当山に於て葬礼の式を行った
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
その手入ていれを加えた物置というのは、今の学生二人のいる表二階の一室ひとまで、人間の身のけぐらいに白い光りの見ゆるのが、その大学生が縊死いしげた位置と寸分違わない。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
それで二人は半日ほど捜しあるいて、やっと見つけた愛宕あたごの方の或る印判屋の奥の三畳一室ひとまを借りることに取決め、持合せていたすこしばかりの金で、そこへ引移ったのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
年の暮れを一室ひとまこもって寝て送った。母親は心配して、いろいろ慰めてくれた。さいわいにして熱はれた。大晦日おおみそかにはちょうど昨日帰ったという加藤の家を音信おとずるることができた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
父は大きな廣い家の内の、四疊半一室ひとま居室ゐまに定めて、其處で食事をすれば睡眠もするし、客も引くといふ風であつた。其の四疊半は茶室仕立に出來てゐて、眞ん中に爐が切つてあつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それは一室ひとましかないような小さな寺で、戸締とじまりのない正面の見附みつけの仏壇の上には黒くすすけた金仏かなぶつが一つ見えていた。庭は荒れて雑草が生えていた。武士は何人たれかいないかと思って見附へ往った。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その一室ひとま硝子窓ガラスまどから町の裏側の屋根だの物干だのの見えるところが私達兄弟の勉強部屋によからうと言はれて、そこで私は銀さんと一緒に新規な机を並べ、夜はその部屋で二人枕を並べて寢ました。
ば爲ん物と朝暮思ひ消光くらしけるが長三郎は若きに似氣にげなくうきたるこゝろすこしもあらで物見遊山は更にもはず戸外おもてへ出る事をきらひたゞ奧まりたる一室ひとまこもり書籍をひもと讀事よむことを此上もなき快樂たのしみと爲しつゝ月日を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
離座敷の内部うち一室ひとま。——そこには屏風が立て廻してあった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何時いつしか壁も灰色はひいろ一室ひとまはけぶり
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
誰を、ああしやうずる一室ひとまなるらむ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
この頃じゃ、まるで一室ひとまの外へも出て来ないような始末。見かけはどんなでもよくよく心を知ってるのは、乳母だから、私に帰れ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の日奥の一室ひとまにて幸衛門腕こまぬき、茫然ぼうぜんと考えているところへお絹在所より帰り、ただいまと店にはいればお常はまじめな顔で
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
二階にかい體裁ていさいよき三個みつつへやその一室ひとままどに、しろ窓掛まどかけかぜゆるいでところは、たしか大佐たいさ居間ゐまおもはるゝ。
奥の一室ひとまの新しい畳を踏むと、私は今まで張り詰めていた気分が見る見るゆるんで来るように思った。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほツほツと片頬かたほに寄する伯母の清らけき笑の波に、篠田は幽玄の気、胸にあふれつ、振り返つて一室ひとますゝげたる仏壇を見遣みやれば、金箔きんぱくげたる黒き位牌ゐはいの林の如き前に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ミユンヘン大学のドクトル試験に及第してなほ此処ここの病院で研究を続けて居る深瀬さんのお世話で日本人に縁の深いパンシヨン・バトリヤの一室ひとまやつとまる事が出来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
お浪もかえす言葉なく無言となれば、なお寒き一室ひとまを照らせる行燈あんどん灯花ちょうじに暗うなりにけり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
海岸の松原蔭にある新しい宿屋の二階の一室ひとまに、やがて彼女は落着くことができた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
新仏しんぼとけの○○村の豪家ごうか○○氏の娘の霊である、何かゆえのあって、今宵こよい娘の霊が来たのであろうから、お前だち後々のちのちめにひそかにこれを見ておけと告げて、彼等徒弟は、そっと一室ひとまに隠れさしておき
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
この一室ひとま、あだなる「くい」の蝙蝠かはほり
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
家、いやその長屋は、妻恋坂下つまごいざかした——明神の崖うらの穴路地で、二階に一室ひとま古屋ふるいえだったが、物干ばかりが新しく突立つったっていたという。——
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
麹町こうじまちの宅に着くや、父は一室ひとまに僕をんで、『早速さっそくだがお前とく相談したいことが有るのだ。お前これから法律を学ぶ気はないかね。』
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
だれでも左樣さうだが、非常ひじやううれしいときにはとても睡眠すいみんなどの出來できるものでない。で、いへかへつたる吾等われら仲間なかまは、それからまた一室ひとまあつまつて、種々しゆ/″\雜談ざうだんふけつた。
僕等は埃及エヂプト模様の粗樸そぼくおもむきのあるきれを数枚買つた。絵葉書屋へはひると奥まつた薄暗い一室ひとまへ客を連れ込んで極端な怪しい写真を売附けようとするので驚いて逃げ出した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
お浪もかへす言葉なく無言となれば、尚寒き一室ひとまを照せる行燈も灯花ちやうじに暗うなりにけり。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかし白髪小僧は少しも驚きませんでした。相も変らずニコニコ笑いながら悠々と娘の両親に案内されて奥の一室ひとまに通って、そこに置いてある美事な絹張りの椅子に腰をかけました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
久しく一室ひとまに閉じ籠ってばかりいた笹村の目には、忙しい暮の町は何となく心持よかったが、持っている原稿の成行きは心元なかった。笹村はこれまでにも、幾度となくこんな場合を経験していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
茉莉花まつりくわよる一室ひとまのかげに
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
外出好そとでずきの綾子夫人が一室ひとまにのみ垂込めて、「ぱっとしては気味が悪い、雨戸を開け。」といわるるばかり庭のおもさえ歩行ひろわせたまわず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分はその日校務をおわると直ぐ宅に帰り、一室ひとま屈居かがんで、もがき苦しんだ。自首して出ようかとも考がえ、それとも学校の方を辞職してしまうかとも考がえた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
急ぎて先ず社務所に至り宿仮らん由を乞えば、袴つけたる男我らをいざないて楼上にかいに導き、幅一間余もある長々しき廊をかぎに折れて、何番とかやいう畳十ひらも敷くべき一室ひとまに入らしめたり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其頃岡崎から程近ほどちか黒谷くろたに寺中ぢちう一室ひとまを借りて自炊じすゐし、此処こヽから六条の本山ほんざんかよつて役僧やくそう首席しゆせきを勤めて居たが、亡くなつた道珍和上とも知合しりあひであつたし、う云ふ碩学せきがく本山ほんざんでもはばいた和上わじやう
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
綾子はたまらず、「あれえ!」と血を絞る声を立てられしが、と座を立ちて駈出かけいだし、一室ひとまの戸を内より閉じて、自らその身を監禁せり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何ぞ知らん此家は青樓の一で、今女に導かれて入つた座敷は海に臨んだ一室ひとまらんれば港内は勿論入江の奧、野の末、さては西なる海のはてまでも見渡されるのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
さまこそ異れ十兵衞も心は同じ張を有ち、導かるゝまゝ打通りて、人気の無きに寒さ湧く一室ひとまの中に唯一人兀然つくねんとして、今や上人の招びたまふか、五重の塔の工事しごと一切汝に任すと命令いひつけたまふか
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
上框あがりぐちが三畳で、直ぐ次がこの六畳。前の縁が折曲おりまがった処に、もう一室ひとま、障子は真中まんなかで開いていたが、閉った蔭に、床があれば有るらしい。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるゆうべ、雨降り風ちていそ打つ波音もやや荒きに、ひとりを好みて言葉すくなき教師もさすがにものさびしく、二階なる一室ひとまを下りて主人夫婦が足投げだしてすずみいし縁先に来たりぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さまこそかわれ十兵衛も心は同じ張りをもち、導かるるまま打ち通りて、人気のなきに寒さ一室ひとまうちにただ一人兀然つくねんとして、今や上人のびたまうか、五重の塔の工事一切そなたに任すと命令いいつけたまうか
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)