けん)” の例文
けんの余の空間を辷って巻き附くその全く目にも留らぬ廻転と移動とを以てして、いささかの裂けも破けも、傷つきもひるがえりもしないことだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
新九郎は何事が起ったのか、しばらくわからなかったが、やがて五、六けんばかり前へ、麓から急ぎ足に上って来た黒頭巾の男を見た。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直径十けんばかりの植込みを隔てて右手が洋式の平家、左手が日本風の平家で、中央は廊下でつながれ、玄関は日本建の方について居た。
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
台所のほうのは、一けんぐらいを隔てた障子のガラスに衝突する音がなかなかはげしくて、今にもガラスが割れるかと思ったそうである。
藤の実 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やっと二三十けんばかりの処に近づいて、月の光りにすかして見ると、提燈ばかりが歩いているのでなく、どうやら人が持っているのだ。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
国太郎は夢中で足の方を持ったが、どっしりと重い死人の体は思ったより遥かに扱い難く、物の十けんと歩かぬうちにもう息切がして来た。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
飛びつつ、いつか地にやゝ近く、ものの一二けんかすめると見た時、此の沈勇ちんゆうなる少年は、脇指を引抜ひきぬきざまにうしろづきにザクリと突く。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その縁側は一けん以上もある幅で、そして何処どこまで行けばしまひになるのか一寸ちよつとわからないやうに思はれるほど長く続いて居るのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
けんこっちへ来てテントの張ってある五、六軒の家を眺め、どうも縁なき衆生しゅじょうし難しと釈迦牟尼如来しゃかむににょらいがおっしゃってござるが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
亥「坊主を十二人頼むというので棺台などを二けんにして、無垢むくいのを懸けろというので、富士講に木魚講、法印が法螺の貝を吹く」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
高さ五けん以上もある壁のような石垣いしがきですから、私は驚いて止めようと思っているうちに、早くも中ほどまで来て、手近のかつらに手が届くと
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そしてとうとうわたしも先生から一けんもはなれないところで、並んで砂に埋まりましたわ。そしていろんなお話をうかがいましたわ。
人造人間 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
なあに。あいつは二ひきともきびんだからだいじょうぶだよ。」と言っているうちに、馬車は、十四、五けん手前で、ぱたりととまりました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
小女こむすめはその間を通って静かに茶店ちゃみせの方へ往った。山西は一けんばかりの距離を置いてゆっくりと、そしてあたりに注意して歩いた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人は起きつ転びつむしり合っているうちに、安行は自分の敵を突き退けて十けんばかりは逃げたらしい。敵もつづいて追って行った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飴色あめいろ暗紫色あんししよくをした肋骨ろくこつと手足の骨とが左右に一けん程の高さでぎつしりと積まれ、その横へ幾列にか目鼻のうつろに成つた髑髏どくろが掛けられて
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
其処そこへこう陣取りまして、五六けん離れたところに、その女郎屋の主人が居る。矢張やはり同じように釣棹つりざおを沢山やって、角行燈かくあんどうをつけてたそうです。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
それから二三十けんも行ったであろうか、道の両側が畠のようにひらけているところまで来て、またまたおどろかされてしまったのだ。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「板倉屋は雲南麝香うんなんじゃこうこうを持っているから、一二けん離れていても解るので、遠慮して誰も捕まえなかったと言うんだろう」
彼等の前方十けん位の処が松林のはずれになっていて、その直ぐ向うはあのB駅に近いカーブの鉄道線路である事が判ったんです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼は丸卓子テーブルの蔭を、寝台の一けんばかり手前まで匍って来ると、ソ——ッと顔を上げてみた。思ったよりも薄暗い、寝台の中に瞳を凝らした。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
五七けんほどなる四角或は三角なる雪の長さは二三十けんもあらんとおもふが谷によこたはりたる上に、なほいくつとなく大小かさなりたるなど
そばまどをあけて上氣じやうきしたかほひやしながらくらいそとをてゐると、一けんばかりの路次ろじへだててすぐとなりうちおなじ二かいまどから
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
が実際死人が、自分と数けんの、距離きょり内にあると云う事は、全く別な感情であった。その上啓吉は、かなり物見高い男である。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うしてほとん毎日まいにちごとつてうちに、萱原かやはらを三げんはゞで十けんばかり、みなみからきたまで掘進ほりすゝんで、はたはうまで突拔つきぬけてしまつた。
そして太い幹が地をって遠呂智おろちのうねりを思わせるが、一けんばかり這って、急に頭を斜に上の方へとちあがらせている。
そのうち大筒方が少しづつ西へ歩くので、坂本は西側の人家に沿うて、十けんほど前へ出た。三人の筒はほとんど同時に発射せられた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
地面を倹約する為に、塀は石崖のはずれに立ててあるのです。水面から塀の上部までは約二けん、塀の上部から二階の窓までは一間程あります。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
書棚は壁に片寄せて、けんの高さを九尺つらねて戸口まで続く。組めば重ね、離せば一段の棚を喜んで、亡き父が西洋むこうから取り寄せたものである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
感歓かんくわんまりて涙にむせばれしもあるべし、人を押分おしわくるやうにしてからく車を向島むかふじままでやりしが、長命寺ちやうめいじより四五けん此方こなたにてすゝむひくもならず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
どうもこんな竹は此処ここいらに見かけねえですから、よその国の物か知れませんネ。それにしろ二けんもあるものを持って来るのも大変な話だし。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はとっさに一、二けんとびのくと同時に、ピタリ乾雲を正面に構えながら、一方栄三郎を牽制けんせいしつつ、大声に呼ばわった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
刀のつかに巻く鮫の皮は、エビス鮫の子だ。長さ三四けんもあらうといふエビス鮫の親の皮についてゐる粒は想像しても分るやうに、鶏卵大位はある。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
お隣り——と言っても、裏の松山の間の小道を二十けんばかりも行った処だが——そのお隣りの中村という家では、どういうものか西瓜を作らない。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
名は藩士の所得に関係なきがごとくなれどもそのじつは然らず。たとえば江戸汐留しおどめの藩邸を上屋舗やしきとなえ、広さ一万坪余、周囲およそ五百けんもあらん。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わが万寿丸はその二十けん手前まで九ノットの速力で、大黒様のおしりの辺をねらってまっしぐらに突進して来たのだった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
葉子は軽く身ぶるいしながら、いちずに倉地のあとを追った。やや十四五けんも先にいた倉地は足音を聞きつけたと見えて立ちどまって振り返った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
砂を盛り上げ的を置いた安土あづちのところと、十けんばかりの距離にある小屋との間を往復しながら、寿平次はひとり考えた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この家は旧札差ふださしこしらえた家で、間口が四けんに二間半の袖蔵そでぐらが付いており、奥行は十間、総二階という建物で、木口きぐちもよろしく立派な建物であったが
ところどころに穴が開いていて、そこから杖をさし込むと、一けんもある杖がらくに沈み込んでしまうんだそうですよ。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして、不意に半分手を差し出している米の傍から、した。米は、三、四けん後を追いかけたが急に真蒼まっさおな顔をして走り止まると大声で泣いた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
歩道には大きな自然石が出鱈目に敷かれて、漁村のような原始的な建物が櫛比しっぴしている。通りの巾は一けんもあろうか。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
藤七が曰く、今日はとてもかなわず、さあ行くべしとて別れたり。四五けんも行きてのち心づきたるにかの餅見えず。相撲場に戻りて探したれどなし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
事というのは、工事の終った堤の一部が、五十けんばかり崩れて、初めからやり直さなければならなくなったのである。
列車は五けんぎ——十間過ぎぬ。落つばかりのび上がりて、ふりかえりたる浪子は、武男が狂えるごとくかのハンケチを振りて、何か呼べるを見つ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かれすこしばかりあましてあつたたくはへからむしくひでもなんでもはしらになるやら粟幹あはがらやらをもとめて、いへ横手よこてちひさな二けんはうぐらゐ掘立小屋ほつたてごやてる計畫けいくわくをした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
浮世うきよかゞみといふもののなくば、かほよきもみにくきもらで、ぶんやすんじたるおもひ、九しやくけん楊貴妃ようきひ小町こまちくして、美色びしよくまへだれがけ奧床おくゆかしうてぎぬべし
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さてその人と私らはわかれましたけれども、今度こんどはもう要心ようじんして、あの十けんばかりのわんの中でしか泳ぎませんでした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
水はせいぜい膝がしらぐらいの深さしかないが、五けんほどの幅で、岩にせかれながら相当早いをつくって流れている。ちょっと手軽にゆきそうもない。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
相当に運動神経が発達しているから、二、三けん空中に舞いあがり途中一回転のもんどりを打って落下したが、それでも左頭部をコンクリートへたたきつけた。