あか)” の例文
「まるで作り物のようでござりまする。七夕のあかい色紙を引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、こうもなろうかと思われまする」
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、あかたすきで、色白な娘が運んだ、煎茶せんちゃ煙草盆たばこぼんを袖に控えて、さまでたしなむともない、その、伊達だてに持った煙草入を手にした時、——
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
耕地の向うには、静かな雑木林があって、燃えるようにあかい木の葉や、金色のように黄ろい木の葉が、梢にまだたくさん残っていた。
さうしたあかいろどられたあきやまはやしも、ふゆると、すっかりがおちつくして、まるでばかりのようなさびしい姿すがたになり
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
母はお愛想を云うのさえ顔をあからめてしまう風だし、ぼくらは奥へ逃げ込んで女中を呼びたてる始末なので、何とも妙な事であった。
私の眼にはいたる所にナオミのあかい唇が見え、そこらじゅうにある空気と云う空気が、みんなナオミのいぶきであるかと思われました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
『まあ、何と申上げていゝか解りませんけれど——』とお志保は耳の根元までもあかくなつて、『私はもう其積りで居りますんですよ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
朝の汽車はたいへんさわやかに走っています。野も山も鮮やかな緑にえたって、つつじの花の色も旅を誘うようにあかい色をしていました。
とうさん、しゃくやくも、あかしましたよ。また今年ことしも、きれいなはなくでしょうね。ああ、げんぶきもしましたよ。
さまざまな生い立ち (新字新仮名) / 小川未明(著)
人混みを掻き分けて入ると、亀沢町のとある路地に、あか鹿子絞こしぼり扱帯しごきで首を絞められた若い男が虚空こくうつかんで死んでいるのでした。
そのあかい口びるを吸わして首席を占めたんだと、厳格でとおっている米国人の老校長に、思いもよらぬ浮き名を負わせたのも彼女である。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ホノルル・ブロオドウェイの十仙店テンセンストアで、ぼくは、あかのセエムがわ表紙のノオトを買いました。初めて、米国の金でした買物、金五十仙なり
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
目と眉と睫毛まつげは黒きを要し、唇と頬と爪はあかきを要し、胴と髪と手は長きを要しとは、手の長い者は盗みすると日本でいうと違う。
そのろうのように艶のある顔は、いくぶん青褪めてはいたけれど、形のいい弾力のある唇は、まるで薔薇の花片はなびらを置いたようにあかかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とあまり露骨に語り出されてお登和嬢急に顔をあかくし半分は聴かぬふりしてサッサと我家へ帰り去りぬ。去られても今は惜しくなし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そして太郎たろうさんのあかい実のような頬や、若い草のような髪の毛をそよそよと吹いた。けれど子供は、何も知らぬほど深く眠っていました。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
「そうかねえ……」と、自分は彼女のニコニコした顔とあかい模様や鬱金色うこんいろの小ぎれと見くらべて、くすぐったい気持を感じさせられた。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
天神の山には祭ありて獅子踊ししおどりあり。ここにのみは軽くちりたちあかき物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。獅子踊というは鹿しかまいなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
べて神聖しんせいものはてよろこびる。われらがしゆきみはこのあかいばらうへに、このわがくちに、わがまづしい言葉ことばにも宿やどつていらせられる。
女は少年の左の頬の処へ白い顔を持って往ったが、やがてあかい唇を差しだしてそれにつけた。少年は死んだ人のように眼も開けなかった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おせい様は鼠小紋ねずみこもんの重ねを着て、どこか大家たいけの後家ふうだった。小さくまとまった顔にくちびるが、若いひとのようにあかいのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ある画家ゑかきの使つてゐるあかの色が、心憎いまで立派なので、仲間は吸ひつけられたやうにそのの前に立つた。そして不思議さうに訊いた。
飲みつけもしない酒の酔いに目の縁をほんのりとあかくした葉子が、どうかするとあの時の新聞記事のことで、ちくちく愚痴をこぼすので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この神秘的な事件の閉幕を、僕はこういうケルネルの詩で飾りたいのですがね。色は黄なる秋、夜のともしびを過ぎればあかき春の花とならん——
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
博士は彩色の飾文字かざりもじを散らした聖典を見つめてゐて、たまに眼を放てば、うつすり曇る水盤の中に泳ぐ二ひきの魚のきんあかとを眺めるのみだ。
欝金草売 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
そのゆったりした肩にはあかい光のあるもやがかかって、かっ色の毛きらずビロードをたたんだような山のはだがいかにも優しい感じを起させる。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして傾斜地を埋めた青黒い椴松とどまつ林の、白骨のように雨ざらされたこずえが、雑木林の黄やあか葉間はあいに見え隠れするのだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
風情ふぜいのなま/\に作り候物にまでお眼お通し下され候こと、かたじけなきよりは先づ恥しさに顔あかくなり候。勿体もつたいなきことに存じ候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と青年は寒気の中を急いだためにその健康な色のほほをなおりんごのようにあかくし、汗ばんだその額を一ぬぐいして、息を吐きながらいった。
白い真珠色の衣服きもの袖口そでくちには、広い黒天鵞絨くろびろうどのやうなものでふちが取つてあつて、頭にはあかい絹で飾りをつけてをりました。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
をぢが張る四つ手の網に、月さしていろくづ二つ。その魚のくちびるあかき、この魚の背の鰭青き、うつつともへばつめたく、幻と見ればらひつ。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
朝の空気を吸う唇にべには付けないと言い切って居るその唇は、四十前後の体を身持みもちよく保って居る健康な女の唇のあかさだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いいえ、もうすっかりいいの」と彼女は答えて、小さなあかいバラを一輪み取った。——「すこしつかれているけれど、これもじきに直るわ」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
いよいよ蝋管ろうかんに声を吹き込む段となって、文学士は吹き込みラッパをその美髯びぜんの間に見えるあかいくちびるに押し当てて器械の制動機をゆるめた。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
公主はあかにしきで顔をくるんでしっとりと歩いて来た。二人は毛氈もうせんの上へあがって、たがいに拝しあって結婚の式をあげた。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
戸外そとの楓の木が枝を差し入れ、虫のためにあかく色づいている葉を、いっそう紅く血のような色に、その焔は照らしていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
松は墓標の上に翠蓋すいがいをかざして、黄ばみあからめる桜の落ち葉点々としてこれをめぐり、近ごろ立てしと覚ゆる卒塔婆そとば簇々ぞくぞくとしてこれをまもりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
あかと白の派手なだんだら縞を染め出した大檣帆メンスルの裾は長い檣柱マストの後側から飛び出したトラベラーを滑って、恰度カーテンを拡げたように展ぜられ
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
銀鼠ぎんねずみの空に、くっきりとあかく染め抜かれたアドバルーンの文字が、勝利の狼烟のろしのように、たかだかとあがっているのだ!
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私はあかい花の模様のある毬を大きいのと小さいのと二つを取った。屋台店の上にはまだいろいろなのがあった。私はそれらにぼんやりと見とれた。
得もいわれぬ優しい匂やかなばら色の光が、隅から隅まで満ち渡って、四壁と家具を金で染めた上、紗のとばりを柔らかくあかく燃え立たせている。
そこへ来るとふらりふらり辿たどって来た足を、ものうげに薄野原すすきのはらの中にとどめて、ふっと後ろを顧みると、東山を打越えて見透し、島原の灯があかい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
憲ちやんは色白く唇あかき美少年にして、予は曾てこの友の如く無邪氣に尊き子供心を長く失はざりし人を見たる事なく世にもめでたき人に思ひしが
あまあしがたち消えながらも何處どこからとなく私のはだを冷してゐる時、ふとあかい珊瑚の人魚が眞蒼まつさをな腹を水に潜らせる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
見よ、あした近きとき、わたつみのゆかの上西のかた低きところに、濃き霧の中より火星のあかくかゞやくごとく 一三—一五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あか薄様うすように包まれたおふみが目にたつので院ははっとお思いになった。幼稚な宮の手跡は当分女王に隠しておきたい。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
その砂利の間の薄暗がりから、頭だけ出している小さな犬蓼いぬたでの、血よりもあかい茎の折れ曲りを一心に見下していた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
兎角とかくするほどあやしふねはます/\接近せつきんきたつて、しろあかみどり燈光とうくわう闇夜やみきらめく魔神まじん巨眼まなこのごとく、本船ほんせん左舷さげん後方こうほうやく四五百米突メートルところかゞやいてる。
北野きたのはづれると、麥畑むぎばたけあをなかに、はな黄色きいろいのと、蓮華草れんげさうはなあかいのとが、野面のづら三色みいろけにしてうつくしさははれなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
空が赤く焼けて、燃えるやうな雲がたな引き、地上には木々の青葉があからんで、林の深さを思はせ、その中を吹き出して来る風が胸の中に流れ込んで来る。
牧場の音楽師 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)