)” の例文
床柱とこばしらけたる払子ほっすの先にはき残るこうの煙りがみ込んで、軸は若冲じゃくちゅう蘆雁ろがんと見える。かりの数は七十三羽、あしもとより数えがたい。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春は水嵩みずかさゆたかで、両岸に咲く一重桜の花の反映の薄べに色に淵はんでも、瀬々の白波しらなみはます/\えて、こまかい荒波を立てゝゐる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
探りながら歩いてゆく足が時どきへこみへ踏み落ちた。それは泣きたくなる瞬間であった。そして寒さは衣服にみ入ってしまっていた。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
安永あんえい二年十二月二十日の事で、空は雪催しで一体に曇り、日光おろしの風は身にみて寒い日、すると宗悦は何か考えて居りましたが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
少し意地悪い人にったら、「西洋の旦那」という言葉のかげには、封建性が骨までみ込んだ一種の卑屈さがあるといわれるであろう。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そうした幾通かの中に、薄青色の唐紙の薫物たきものの香を深くませたのを、細く小さく結んだのがあった。あけて見るときれいな字で
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
高坂はもと来たかたかえりみたが、草のほかには何もない、一歩ひとあしさき花売はなうりの女、如何いかにも身にみて聞くように、俯向うつむいてくのであった。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丑松が胸の中に戦ふ懊悩あうなうを感ずれば感ずる程、余計に他界そとの自然は活々いき/\として、身にみるやうに思はるゝ。南の空には星一つあらはれた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ああ、うち彼下あのしただ……と思う時、始めて故郷を離れることの心細さが身にみて、悄然しょんぼりとしたが、悄然しょんぼりとするそばから、妙に又気が勇む。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いよいよ押借りであると見きわめた番頭は、彼等が何を取り出すかと見ていると、その風呂敷からは血にみた油紙が現われた。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なあに、どうせHさんのことだ。ひよつとするとどこか柱のかげあたりに、例の血あぶらのみか何かがこびりついてゐでもして、それを
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その「ね」といふ響きと、だん/″\に顏の底から笑ひをみ出させて來る樣な表情とに、人を惹きつける可愛らしさがあつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
それも思えば一家の貧窮がKの心にわたったしるしだった。君はひとりになると、だんだん暗い心になりまさるばかりだった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
別れを惜しんでいると、処女の親しみを感じるけれども、昂奮し出すと、売女ばいたのいや味が油のようにみ出す。兵馬は、これを迷惑がって
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「處が、先生は何時もやさうな顏をしてお教へになります。そして先生のお教へになることはちつとも身にみません。」
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
竹鉄砲紙の弾丸たまよし、花火筒につめよ押しこめ、煙硝よめとはじけと、ぱんぱんと響け、火花よ飛びちれと、幼な児我は。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
がいよいよ今度は、今のことが身にみて気にかかり出したのでございましょう。身体を洗う手も間もなく止めて、また
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目にみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何處どこへ行きますのやなア。』と、お光は黒い油のみ込んだ枕木まくらぎの上を氣味わるさうに踏みつゝ、うしろから聲をかけた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それも自分ゆえであると、善吉の真情まごころが恐ろしいほど身にむ傍から、平田が恋しくて恋しくてたまらなくなッて来る。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「だめだ、都人みやこびとふうみたやつは。ひとりの甥など、たのみにすることはない。よし、おれひとりでも、果してみせる」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「吾妹子が赤裳あかもの裾の湿ぢむ今日の小雨こさめに吾さへれな」(巻七・一〇九〇)は男の歌だが同じような内容である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
さうして豆腐とうふたびみづ刺込さしこむのがふるへるやうにみた。かさ/\に乾燥かわいたみづへつけるたびあかくなつた。ひゞがぴり/\といたんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
色の浅黒い筋骨のたくましい大男であったが、東北では指折りの豪農の総領で、そのころはまだ未婚の青年であり、遊びの味は身にみてもいなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
埃と白墨チヨオクみた詰襟の洋服に着替へ、黒いボタンを懸けながら職員室に出て来ると、目賀田は、補布つぎだらけな莫大小メリヤスの股引の脛を火鉢にあぶりながら
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
珠運しゅうん種々さまざまの人のありさま何と悟るべき者とも知らず、世のあわれ今宵こよい覚えての角に鳴る山風寒さ一段身に
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茱萸はとうとう尽きてしまった、ハンケチは真赤にんでいる、もう鳥井峠の頂上は遠くはないようであった。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
今の母はやはりれっきとしたさむらいの家から来たりしなれど、早くより英国に留学して、男まさりの上に西洋風のみしなれば、何事も先とは打って変わりて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
何處どこいともまをしがたけれど華魁衆おいらんしゆとて此處こゝにてのうやまひ、たちはなれてはるによしなし、かゝるなかにて朝夕あさゆふごせば、きぬ白地しらぢべにこと無理むりならず
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と鳴いてゐるのだと、幼い耳にみつけられた物語の出雲の嬢子が、そのまゝ自分であるやうな気がして来る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
かつてこの地でおのれに従って死戦した部下どものことを考え、彼らの骨が埋められ彼らの血のみ込んだその砂の上を歩きながら、今の己が身の上を思うと
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
背後うしろの方で老宰相のあえぎあえぎ云うのが聞えた。小さな青い鳥が左側のいわとがりにとまって、く、く、くと耳にみるように鳴いた。李張の眼がそれに往った。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
クリストフの音楽に心酔してると自称していた——(というのは、享楽主義と無政府的精神とは、第三共和政府の番犬どもの間にまでみ込んでいたのである。)
名もなつかしき梅津うめづの里を過ぎ、大堰川おほゐがはほとり沿ひ行けば、河風かはかぜさむく身にみて、月影さへもわびしげなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
真黒い壁や、天井の隅々までも血の絶叫と、冷笑がみ込んでいた。それ程左様さようにこの工場の職工連は熱心であった。それ程左様にこの工場の機械は真剣であった。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
身にんだ罪業ざいごうから、又梟に生れるじゃ。かくごとくにして百しゃう、二百生、乃至ないしこうをもわたるまで、この梟身をまぬかれぬのじゃ。つまびらかに諸の患難をこうむりて又尽くることなし。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
すると宗七は、もうすっかり芸人のふうが身にみわたっているに相違ない。まるで生れからの恋慕流しか、未知の武士の前へ出たように、おずおずと頸すじを撫でて
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
苔の厚い庭土にしとしととみ込む雨足だの、ポトーリポトーリと長閑のどからしく落ちる雨垂れの音などに気がまとめられて、手の先から足の爪先まで張り切った力でまるで
二十三番地 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そしてアルコールをました脱脂綿で二の腕をゴシゴシこすってから、器用に注射の針を入れた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さればと云つて今自分がどんな反抗的計画を企てたところで、彼を痛い目に合はすことも出来ず「白川を優遇しなければならなかつたんだ」と思ひませることも出来ない。
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
尤も主人の總七は女房のお信が死んでからは、稼業の事などは一向身にまなかつたやうで、死んで了つたところで、店の締括しめくゝりに何の不自由もあるわけは無かつたのです。
しかも年久しく島人の心にみこんだものを、一朝にさし替え置きかえることができないのは、どこの民族もみな同じことだが、ことに巫言ふげんをさながらに信じていた国では
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしなさけないことには、我々はこの世に生まれてから、人と人との関係において金銭は何らかのむくいを払うにあらざれば手にし得られぬものと、脳髄のうずいに深くんでいる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「キツネ」艦の話は勿論もちろん、フアレエルの作品にみてゐるものは東洋の鴉片アヘンの煙である。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
痛さが手の筋へみ渡ッた,が痛さと一しょに嬉しさも身に染み渡ッた,嬉しいから痛いのか、痛いから嬉しいのか? 恐らく痛いから嬉しいので……まアどうでもいいとして
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
教室の柱や壁には生徒達のいたづら書きのあとが黒々とみ込んでゐた光景を思ひ出す。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
此日はいつもより身にみて愛想よくし、三人とも暮方まで思ふ存分遊び興じ升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
ぼくにはよく解らないながら、川北氏の一言一句はネルチンスキイの肺腑はいふわたるとみえ、彼はいかにも恐縮きょうしゅくした様子で、「I'm sorry.」を繰返くりかえしてはうなずいていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あとれい快活くわいくわつなる武村兵曹たけむらへいそうがやつてて、武骨ぶこつなる姿すがた親切しんせつに、吾等われら海水かいすいみ、天日てんぴこがされて、ぼろ/\になつた衣服ゐふく取更とりかへやら、洗湯せんたう世話せわやら、日出雄少年ひでをせうねんためには
冬空にこごえる壁、洋燈、寂しい人生。しかしまた何という沁々とした人生だろう。古く、懐かしく、物のにおいのみこんだ家。赤い火の燃える炉辺ろへん。台所に働く妻。父の帰りを待つ子供。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)