なま)” の例文
どこからか甲高い、少々なまめかしい声が聞こえて来た。吾輩はバッタリと立止まった。バッタリというのは月並な附け文句ではない。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
背後うしろからお才を呼んで、前垂まえだれの端はきりりとしながら、つまなまめく白い素足で、畳触たたみざわりを、ちと荒く、ふいと座をったものである。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
途中のある旅館における雨のわびしい晩に、従兄への葉子の素振りのなまめかしさが、いきなり松川の嫉妬しっとを抑えがたいものにあおりたてた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると店の灯も、町の人通りも香水こうすいの湯気を通して見るようになまめかしく朦朧もうろうとなって、いよいよ自意識をたよりなくして行った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わが伯龍の、無言の動作しぐさは、云はぬは云ふにいやまさる、かうした人情本の仇夢を、いとなまめかしく私たちに覗かせて呉れた。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
と、小太郎の前に立った富士春は、紅縮緬べにちりめんの裏をなまめかしく返した胸のところへ、わざと手を差入れて、胸の白さを、剥き出しにしていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
或る時、霊公がちょうにいて、上卿しょうけい孔寧こうねい儀行父ぎこうほとに戯れ、チラリと其の衵服はだぎを見せた。なまめかしい女ものの肌着である。二人はギョッとした。
妖氛録 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ブラテエル、モレエヌ、水蓼みづたで、もつとなまめかしい姿よりも、おまへたちの方が、わたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
もう時江は、自分自身でさえも、そのなまめいた空気に魅せられてしまって、鉄漿かねをつける小指の動きを、どうにも止めようがなくなってしまった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この座敷の西に続いた部屋で女の衣摺きぬずれが聞こえ、若々しい、なまめかしい声で、しかもさすがに声をひそめてものを言ったりしているのに気がついた。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
新古今集しんこきんしゅうの和歌は、ほろび行く公卿くげ階級の悲哀と、その虚無的厭世感えんせいかんの底で歔欷きょきしているところの、えんあやしくなまめかしいエロチシズムとを、暮春の空ににおかすみのように
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
若々しく、美しく、気品があって、房々とした金髪、真白な肌、なよなよとしてなまめかしい中にうれいを含んだ様子は、まだこのほどの事件の驚きが消え失せぬようであった。
毛の多い、豊滿な肉躰で、何處かに押し隱したなまめかしさがあり、眼の配り、さゝやかな微笑、身のこなし、言葉の匂ひなどから、容易ならぬ聰明さを感じさせる女でした。
駕のうちから考えてきた恋の言葉やなまめきもえおののいて、ジッと息をのんでしまった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お君は、どうやら自分の手で、それを本式の長髱ながづとの片はずしに結んでしまい、ばらふの長いこうがいでとめて、にっこりとなまめかしい色をたたえながら、例の奥方の写真を取り上げました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
磯之丞とはなまめきたる弱々しき人ならんと心配してゐる折からに、表の方より入り来る男は、年ごろ四十一二歳にて、背は五尺四五寸、頬ひげ黒く延び、筋骨太く、見上ぐるほどの大男
寄席と芝居と (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
静かな空気を破ってなまめいた女の声が先ほどから岸で呼んでいた。ぼんやりしたあかりをむそうに提げている百トンあまりの汽船のともの方から、見えない声が不明瞭になにか答えている。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その時にはいつも気が滅入めいるような匂いに慣れていたものですが、この室では——実はわたしは女のなまめかしい香りというものを知らないのですが——なんとなくなま温かい、東洋ふうな
にしむやうななまめかしいこゑ大屋根おほやねかたへといてく。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ああ、なまめく戀の日は夏のうてな
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
にしきの帯を解いた様な、なまめかしい草の上、雨のあとの薄霞うすがすみ、山のすそ靉靆たなびうち一張いっちょうむらさき大きさ月輪げつりんの如く、はたすみれの花束に似たるあり。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十畳ばかりのその部屋には、彼のわびしい部屋とは似ても似つかぬ、何か憂鬱ゆううつなまめかしさの雰囲気ふんいきがそこはかとなくただよっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いわんやそれが若い、なまめかしい声なるに於いてをや……といったような第六感がピインと来たから、特別に悠々と振返った。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし僕は、地図を見ながら、南行のスケデュールを組んでいました。と、隣りから、湯のはねるなまめかしい音がする。いま、ミス・ヘミングウェーが御入浴中なのです。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雨樋といあふれるドシャ降りと、青光りの稲妻に障子をしめて、お綱はグッスリ枕についた……、しきい一重ひとえの隣には、宵に、お綱のなまめいたしゃくに酔った孫兵衛が、これもグーッと寝ついている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少し受けくちですが、知的で引き締つて、いさゝかのなまめかしさもありません。
富士春は、大仰に、そして、なまめかしく、身体をけて
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
繰拡くりひろげたペイジをじっ読入よみいつたのが、態度ようす経文きょうもんじゅするとは思へぬけれども、神々こうごうしく、なまめかしく、しか婀娜あだめいて見えたのである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
途中には奥行きの相当深いらしい料亭りょうていへいの外に自動車が二三台も止まっていたりして、何かなまめかしい気分もただよっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
部屋は薄暗く、水色の覆いが掛っていて、肩に腰に、妙になまめかしい、ぬくもりが触れてくる。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さやさやと寄って来たなまめかしい姿の影が、不意に新九郎の腕頸うでくびを握りしめた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その赤い横頬と、青い襟筋が朝日に照されて、女のようになまめかしかった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
珍らしい、面長な、それは歌麿の絵、といっていいなまめかしいうちに、うっとりと上品な。……すぼめた傘は、雨が晴れたのではありません。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪が昨日よりも一層きつみだれ方で、立てた膝のあたりから、友禅の腰巻きなどがなまめかしくこぼれていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四五人雪洞ぼんぼりの下に集い寄って、真赤な桜炭の上で手と手が寄り添い、玉かんざしや箱せこの垂れが星のようにきらめいている——とでも云えば、そのくらまんばかりのなまめかしさは
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うつつなだけに、無心なだけに——お綱の姿態しなも、常より増してなまめかしい。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その横に下町風の大桃割ももわれに結った娘が、用足しに出た途中であろう。前垂まえだれをかけたまま腰をかけて、世にも悩ましく、なまめかしく、燃え立つような頬と眼を輝かせながら、男にもたれかかっている。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「杉、じいやかい。」とこの時に奥のかたから、風こそすさべ、雪のは天地を沈めてしずかに更けく、畳にはらはらとなまめく跫音あしおと
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人の女と一人の女形おやま、その美しい円味まるみ、匂いこぼれるようななまめかしさ、悩ましさはともかくとして、おりふし「青楼十二時」でもひもどいて、たつこくの画面に打衝ぶつかると、ハタと彼は
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
外から帰って、ふと二階の梯子はしごをあがって行くお島の耳に、その日もひるから来て話込んでいたその年増としまなまめかしい笑い声がれ聞えた。嫉妬しっとと挑発とが、彼女の心に発作的におこって来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
御容子ごようすのいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこかなまめかしさが過ぎております。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汚れた足袋をぬぎすてた足のつまはずれなどが、なまめいて見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんな、めうがあつた。それだのに、なまめかしい湯気ゆげかたちは、はなのやうに、かすかゆすれつゝのまゝであつた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ははッ、(恐る恐る地につけたるひたいもたぐ。お沢。うとうととしたるまま、しなやかにひざをかえ身動みじろぎす。長襦袢ながじゅばん浅葱あさぎつま、しっとりとかすかなまめく)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
着物きものは、ちやつた、おなじやうながらなのをて、阿母おふくろのおかはりにつた、老人としよりじみた信玄袋しんげんぶくろげた、朱鷺色ときいろ襦袢じゆばん蹴出けだしの、内端うちわながら、なまめかしい。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……艶々つやつやなまめいたおんなじゃが、ええ、驚かしおった、おのれ! しかも、のうのうと居睡いねむりくさって、何処どこに、馬の通るを知らぬ婦があるものか、野放図のほうずやつめが。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗くなる……薄暗い中に、さっと風にあおられて、なまめかしいおんなもすそが燃えるのかと思う、あからさまな、真白まっしろな大きな腹が、あおざめた顔して、宙にさかさまにぶら下りました。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若旦那わかだんなは、くわつと逆上のぼせたあたまを、われわすれて、うつかり帽子ばうしうへから掻毮かきむしりながら、拔足ぬきあしつて、庭傳にはづたひに、そつまどしたしのる。うちでは、なまめいたこゑがする。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小庭こにはへだてた奧座敷おくざしき男女なんによ打交うちまじりのひそ/\ばなし本所ほんじよも、あのあんまおくはうぢやあわたしいやアよ、とわかこゑなまめかしさ。旦那だんな業平橋なりひらばしあたりうございますよ。おほゝ、とけたこゑおそろしさ。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
向う角の火災保険の煉瓦れんがに映る、縁結びのあかあかりは、あたかも奥庭の橋に居て、御殿の長廊下を望んで、障子越の酒宴さかもりながめる光景ありさま! 島田の影法師がなまめくほど、なお世に離れた趣がある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)