あたり)” の例文
旧字:
それから浅草の今パノラマのあるあたりに、模型富士山が出来たり、芝浦にも富士が作られるという風に、大きいもの/\と目がけてた。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
そのあたりを打見ますと、樵夫きこりの小屋か但しは僧侶が坐禅でもいたしたのか、家の形をなして、ようや雨露うろしのぐぐらいの小屋があります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
暑中休暇に、どこかそのあたり歩行あるいて見よう。以前幾たびか上下したが、そののちは多年ふもとも見舞わぬ、倶利伽羅峠を、というに過ぎぬ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
偶々たまたま道に迷うて、旅人のこのあたりまで踏み込んで、この物怖しの池のほとりに来て見ると、こは不思議なことに年若い女が悄然しょんぼりたたずんで
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
またもう少し観察力が細かくなったところで、そのあたりの草木に注意して三本松とかウルイ沢くらいの名を附けておけば十分である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして左足も捥ぎとられているとみえて、鮮血はすでにドスぐろあたり一帯の草の葉を染め、斑々はんはんとして地上一面にこびりついていた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「うわーッ、いたいいたい」大辻老は起きも上らず、腰のあたりをさすっていた。「三吉やーい。三吉やーい。助けに来てくれやーい」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大きな顔に大きな目鼻がついて、頬のあたりに太いしわが刻まれていた。俗にいう一寸法師だった。大人の癖に子供の脊丈せたけしかなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鳴子なるこ案山子かかしの立っているあたりから折々ぱっと小鳥の飛立つごとに、稲葉にうずもれた畦道あぜみちから駕籠かごを急がす往来ゆききの人の姿が現れて来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「斯うやってお客さまののどあたりを当っているところへグイッと地面が持ち上ったんで、剃刀かみそりが一寸も入って即死したと言うんです」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
近くて便利な所を人並に廻って歩けば、それで目的の大半は達せられるくらいな考えで、まず相模さがみ伊豆あたりをぼんやり心がけました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さしも遣る方無くかなしめりし貫一は、その悲をたちどころに抜くべきすべを今覚れり。看々みるみる涙のほほかわけるあたりに、あやしあがれる気有きありて青く耀かがやきぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
暫くしてから氷に手を添へた心程こゝろほど身を起して気恥きはづかしさうに鏡子があたりを見廻した時、まだ新しい出迎人でむかへにんもとつれの二人も影は見えなかつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
氷よりも滑かなる床のすべり易きに、吾は小心翼々としてぬき足さし足一分刻みに歩みつゝ、壁際に置かれたるソフアのあたりに立ちて見る。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
『歯が脱けて演説の時に声が洩れて困まる』と、此頃口癖のやうに云ふとほり、口のあたりが淋しく凋びてゐるのが、急に眼に付くやうに思つた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
此のあたりにかうよろしき人の住むらんを今まで聞えぬ事はあらじを、は都人の三七三つ山まうでせしついでに、海めづらしくここに遊ぶらん。
吉野は膝頭の隠れるあたりまで入つて行く。二人は暫し言葉が断れた。螢が飛ぶ。小供らも二人のさまを見て、我先にと裾を捲つて水に入つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その下の人道じんだうを胸のあたりに真鍮の徽章を附けた善男善女の団体が坊さんにれられて幾組も練つて歩き、電車も皆その団体で一杯に成つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
家族が食事したり、茶を飲んだり、客を迎えたりする炉辺ろばたの板敷には薄縁うすべりを敷いて、耕作の道具食器の類はすべてそのあたりに置き並べてある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
羅摩これを見て大いに悔い、二子にその国をわかち、恒河のあたり隠栖いんせい修道して死んだというのが一伝で、他に色々と異伝がある。
以前は琉球あたりの無人島で信天翁あはうどりと同棲した事もあつたが、その細菌学の研究に憂き身をやつして、とうと博士の学位を取るまでになつた。
それでもこの家へ着くと始めて見るこのあたりの風景が気に入ったのか割に元気になって、自分の部屋にきめた東室へ道具を持ち込むと、金剛へ
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
私は立ちどまった。女も私に気がいたのか、ななめに後をり返った。その顔の輪廓りんかくから眼のあたりが、どうしてもお八重であった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれくるしさにむねあたりむしり、病院服びょういんふくも、シャツも、ぴりぴりと引裂ひきさくのであったが、やがてそのまま気絶きぜつして寐台ねだいうえたおれてしまった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
今にも母の首にしがみ付いて頬のあたり接吻せっぷんしそうに、あまえた強請ねだるような眼付で顔をのぞかれ、やいやいとせがまれて、母親は意久地なく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その日私達四人の者は日の暮れるまで其あたりの探検に時間を費しました。そして全く日の暮れた頃一つの緑地に着きました。
曲りくねってくうちに、小川こがわに掛けた板橋を渡って、田圃たんぼが半分町になり掛かって、掛流しの折のような新しい家のまばらに立っているあたりに出た。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かれはこわがつて慄ひ乍ら酒をいで出すと、異人は黙つて飲み乾し、また遊の方へ顔を向けて、あたりには構ひませなんだ。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
ただ偶然、その責任に驚かされてこの一ぜん飯屋を飛び出した米友は、役割の家の塀のあたりをグルグルと廻っていました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
予、五子、佐々木ノ三人ハ瓢亭ノ半月弁当デ晝食ノ後、鹿ヶ谷ノ法然院カラ始メテ黒谷ノ真如堂、一乗寺ノ曼殊院あたりヲドライブスルコトニ決メル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「……昨夜間潭夢落花さくやかんたんらっかをゆめむ可憐春半不還家あわれむべししゅんぱんいえにかえらず江水流春去欲尽こうすいりゅうしゅんさってつきんとほっす……」というあたりは私だけには大いに心遣りのつもりがあった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
るとそのあたり老木ろうぼくがぎっしりしげっている、ごくごくさびしい深山しんざんで、そして不思議ふしぎ山彦こだまのよくひびところでございました。
古老の話によると、幕末のころ、日本橋通一丁目あたりに「柳川屋」という店があり、ここでかつて見たこともない「どじょうなべ」なるものを食わした。
一癖あるどじょう (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
市郎はあッと顔を押えながら、腹立紛はらたちまぎれの殆ど無意識に、お杉の胸のあたりを強く突くと、彼女かれは屏風倒しに撲地はたと倒れた。袋の山毛欅は四方に散乱した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その胸のあたりを、一突ひとつき強くくと、女はキャッと一声いっせい叫ぶと、そのまま何処どことも知らず駈出かけだして姿が見えなくなった。
月夜峠 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
指されたあたりを源内先生が眼で辿って行くと、床に敷いた油団ゆとんの端が少しめくれ、その下から紙片のような白いものが覗出のぞきだしている。源内先生は、頷いて
堀ばた通り九段のあたりふきかくる雪におもてむけがたくて頭巾ずきんの上に肩かけすつぽりとかぶりて、折ふしばかりさし出すもをかし、種々の感情胸にせまりて
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
倒れた下は梯子段ゆえドシン/\と頭からせなから腰のあたりを強く叩きながら頭が先になって転げおちる、落た下に丁度丸い物があったから其上へヅシンと頭を突く
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
明方あけがたにはまたぽつ/\降って居たが、朝食あさめしを食うと止んだ。小舟でつりに出かける。汽車の通うセバットの鉄橋のあたりに来ると、また一しきりざあと雨が来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
このあたりりはまったく田舎である。小川があり土橋が架かり、水田があり木立がある。畑に耕す人の姿も見える。歩いているうちに私は駒下駄の鼻緒はなおを切った。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
荷物を運ぶといっても、人家稠密ちゅうみつの場所とて、まず駒形堂あたりへ持って行くほかに道はない。手当り次第に物を持って、堂の後ろの河岸の空地くうちへと目差して行く。
片手を男の肩に置いて、片手で男の髪をまさぐるのが癖であつた。足を横に投出して、片手でヒタヒタと乳のあたりを叩くのも癖であつた。人を打つたなそこは痛かつた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
一方、白根噴火口ヘ回った連中は、焼石のゴロゴロした中を辿たどって遂にいただきの噴火口のあたりへ出たそうである。
日にげたる老翁ろうおう鍬を肩にし一枝いっしの桃花を折りて田畝でんぽより帰り、老婆浣衣かんいし終りて柴門さいもんあたりたたずあんにこれを迎ふれば、飢雀きじゃくその間をうかがひ井戸端の乾飯ほしいいついば
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
このあたりではもちろん農業のうぎょうはいたしますけれどもたいていひとりでにいいものができるような約束やくそくになっております。農業のうぎょうだってそんなにほねはおれはしません。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
肉体的とも精神的とも分野をつき止めにくいあこがれが、低気圧のうずのように、自分の喉頭のどのうしろのあたりうっして来て、しっきりなしに自分にかわきをおぼえさせた。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新羅しらぎ使等が船上で吟誦した古歌として、「天離あまざかるひなの長道ながぢを恋ひ来れば明石の門より家のあたり見ゆ」(巻十五・三六〇八)があるが、此は人麿の歌が伝わったので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
あの往来は丁度ちょうど今の神田橋一橋外の高等商業学校のあるあたりで、護持院ごじいんはらと云う大きな松の樹などが生繁おいしげって居る恐ろしい淋しい処で、追剥おいはぎでも出そうな処だ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
見らるる如く某は、このあたり猟師かりうどに事ふる、猟犬にて候が。ある時わしとって押へしより、名をば鷲郎わしろうと呼ばれぬ。こは鷲をりし白犬しろいぬなれば、鷲白わししろといふ心なるよし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
お国の目の縁が少し紅味をさして、猪口ちょくをなめる唇にも綺麗な湿うるおいを持って来た。睫毛まつげの長い目や、ぎわの綺麗な額のあたりが、うつむいていると、莫迦ばかによく見える。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)