おど)” の例文
御所へ水を入れるところのせきの蔭から、物をも言わずおどり出でた三人の男がある。大業物おおわざものを手にして、かお身体からだも真黒で包んでいた。
はっと思うたが及ばない、見れば猪口は一つおどって下の靴脱くつぬぎの石の上に打付ぶつかって、大片おおきいのは三ツ四ツ小片ちいさいのは無数にくだけてしまった。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
車夫は諸声いっせい凱歌かちどきを揚げ、勢いに乗じて二歩を抽き、三歩を抽き、ますますせて、軽迅たまおどるがごとく二、三間を先んじたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けさから一旦衰えかかった木枯しがまたはげしく吹きおろしてきて、馬の鬣髪たてがみのような白い浪が青空の下に大きくおどり狂っていた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
土堤の右手のほりのようなところから、鉄甲てつかぶとをかぶった水色羅紗の兵士が一人携帯電話機の受話器だけを持っておどり出し、大喝一声
宇佐川鉄馬は小さい身体をおどらせると、苦もなく生垣いけがきを越えて、四角な顔を醜くゆがめたまま、逃げ腰ながら一刀の鯉口こいぐちを切ります。
手の切れるほどあたらしい紙幣であれば、私の心はいっそうおどった。私はそれを無雑作らしくポケットにねじこみ、まちへ出掛けるのだ。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中からおどり出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
船長せんちやう一等運轉手チーフメートうしなつて、船橋せんけうあがり、くだり、後甲板こうかんぱんせ、前甲板ぜんかんぱんおどくるふて、こゑかぎりに絶叫ぜつけうした。水夫すゐふ
それでも馬の走りがゆるやかになったりすると、案内者は一種奇怪な叫び声をあげて、またもや馬を激しくおどらせるのでした。
優美高潔かね備えて、おしむところは短慮小心、大事のなしがたからん生れなるべけれども歳は、廿七、一度おどらば山をも越ゆべしとある。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ええ、存じています。あの衝当つきあたりにあるのが摂津国屋の墓でございます。」抱かれている穉子おさなごはわたくしを見て、しきりに笑っておどり上がった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その隙に客は座をって立った。しかし梅八を突きのけておどりこんだ武田魁介が、逃げようとする客の肩をがっしとつかんだ。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし折れて電光の如くおどつた鋒尖きつさきはマス君のパンタロンはげしくいたに過ぎなかつた。人人は奇蹟の様に感じてホツと気息いきをついた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
紅い庚申薔薇こうしんばらの花びらは、やがて蜜にった蜂の後へ、おもむろに雌蜘蛛の姿をいた。と思うと蜘蛛は猛然と、蜂の首もとへおどりかかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妙信 あんなにおどり込んで、また本堂の片すみにつく這いながら、自分の邪婬じゃいんは知らぬことのように邪婬の畜生のとわめくのがはじまろうわ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
私は母を追い出したという父の弟らしい人に裏町であったとき、私は一種の狂気的な深い怨恨のためにおどりかかろうとさえ思ったのであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
二人は、玄関の出窓へ行って、そっと外をのぞいた。門をおどり越えて来たらと、あらかじめの隠れ場所も、その間に考えていなければならない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど私たちが尼寺の下へ来た時、わたしの馬が路からおどり出ようとしたのを、そのままにひとむちあてて、路を突っ切って一目散に走らせた。
見ると七人の頭が小さな辮子べんすを引いて眼の前に浮び上った。部屋中に浮び上って黒い輪に挟まれながらおどり出した。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
そしてかるおどりあがる心をせいしながら、その城壁の頂きにおそる恐る檸檬を据ゑつけた。そしてそれは上出來だつた。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
そして、いまにもなにか不思議ふしぎな、めずらしいものが、その小山こやまのいただきのあたりにおどがらないかと、はかない空想くうそういだきながらっていたのでした。
北の少女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は武器の類はとらなかったが、僕におどりかかって来て、その長い腕を僕に巻きつけた。彼はもう自暴自棄になり、ただひたすら復讐の念に燃えていた。
師父ブラウンが持物を集めるために傍らをむいた時に、三人の警官は薄暗うすやみの木蔭からおどり出た。フランボーは芸術家であり、またスポーツマンであった。
その尾におびただしく節あり、驚く時非常な力で尾肉を固く縮める故ちょっとさわれば二、三片にれながらおどり廻る。
彼方かなたの狐も一生懸命、はたの作物を蹴散けちらして、里のかたへ走りしが、ある人家の外面そとべに、結ひめぐらしたる生垣いけがきを、ひらりおどり越え、家のうちに逃げ入りしにぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
轍の音が急に高くなり、車体がひどくおどりだしたので、いよいよ馬車が丸石の鋪道へ乗りこんだことが分った。
そのその場におもむき実地踏査とうさげたのに、どうして七、八歳の子供が一里余の山道を、しかもあまたの小流をおどりつ越えつつ走ったろうと考えると
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その時には、その池に一杯になる位沢山大きい鯉がいて、月明りの下でさかんおどっていた。勿論養魚場だろうと思っていたのに、今度来て見ると一匹もいない。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今川橋いまがはばしきは夜明よあかしの蕎麥掻そばがきをそめころいきほひは千きんおもきをひつさげて大海たいかいをもおどえつべく、かぎりのひとしたいておどろくもあれば、猪武者いのしゝむしやむか
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
電線が高くなったり低くなったり、おどるようにして跡へ消えてく。折々停車場で列車が留まるが、寝ているのでプラットフォオムに立っている人は見えない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
宝永四年と云えば、富士が大暴れに暴れて、宝永山ほうえいざんが一夜に富士の横腹を蹴破っておどり出た年である。富士から八王子在の高尾までは、直径にして十里足らず。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
御殿場のここの駅路うまやじ、一夜寝て午夜ごやふけぬれば、まだ深き戸外とのもの闇に、早や目ざめ猟犬かりいぬが群、きほひ起き鎖曳きわき、おどり立ち啼き立ちくに、朝猟の公達か、あな
駅燈がちらと車窓まどをかすめると、やがて車体が転車台のところでがたがたおどったものだから、うとうとしかけたばかりの若い女は、その震動と音響で目をさました。
麦畑の間にテントを張ったりあるいは林の中に敷物を敷いて思い思いの面白い種々の遊びをなし、御馳走を喰い酒を飲みあるいは歌をうたい踊をおどるという遊びをするです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
月より流るゝかぜこずえをわたるごとに、一庭の月光げつくわう樹影じゆえい相抱あひいだいておどり、はくらぎこくさゞめきて、其中そのなかするのは、無熱池むねつちあそぶのうをにあらざるかをうたがふ。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
孫は、あーッ駄目だッと思うと、西蔵犬に噛みつかれたまま、デューランにおどりかかって、頭で彼を突き倒すと、左に匕首をとって相手の顔を滅多斬めったぎりにしてしまった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
そのたまけむりの消えやらぬうちに、われは野獣のゆるがごとき獰猛どうもうなる叫び声を高く聞けり。モルガンはその銃を地上に投げ捨てて、おどり上がって現場より走り退きぬ。
山から落ちた勢いをなしくずしに持ち越して、追っけられるようにおどって来る。だから川と云うようなものの、実は幅の広いたき月賦げっぷに引き延ばしたくらいなものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上から圧しつけるのを支えながら、おどり上った梢は、高く岩角に這いあがり、振りかえって谷を通る人を、覗き込んでいる、この谷を通る人は、単調な一本道でありながら
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
みぎうたうたおわるとともに、いつしかわたくしからだくる波間なみまおどってりました、そのときちらとはいしたわがきみのはっとおどろかれた御面影おんおもかげ——それが現世げんせでの見納みおさめでございました。
続いて石鹸だらけの肉体をおどらせて、ザブンと荒々しく足を踏み入れた職人風の二人。彼等はもう必然的の労働の様に、妙に亢揚こうようした息使いで各々足の先で湯の中を探って廻った。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『エッ! 何んですって?』とルパンはおどり上って驚いた。『ではドーブレクが……』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
近くの野面のづらをわたり、べきべきたる落雲を破って、天と地との広大無辺な間隙を一ぱいにふるわす、チビ公はだまってそれを聞いていると、体内の血が躍々やくやくおどるような気がする。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
僕が倒れると、その怪物は僕をおどり越えて、船長へぶつかっていったらしかった。僕がさっき扉の前に突っ立っていた船長を見たときには、彼の顔は真っ蒼で一文字に口を結んでいた。
そして最後に、血に狂った怪人恩田が、激情の余波のやり場もなく、おどり狂うようにして眼界を消え去ってしまうと、あとには人間の形態を失ったギラギラした色彩が乱れ散っていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と口のうちにて称名しょうみょうを唱え、枕橋の欄干へ手をかけて、ドブンと身をおどらして飛込みにかゝると、うしろに手拭を鼻被はなっかぶりにした男が立って居りましたが、この様子を見るより早くお雪を抱止め
うちへ訪ねて行っても同様に寂しいので、帰って来ればどこかへ来るだろうと、心待ちに待ち、電話の鈴が鳴るたびに胸がおどり、お座敷がかかるたびに、お客が誰だか箱丁はこやに聞くのだったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それを隷官にわし、また往って大市橋のある処へ出たが、その橋の袂にいる乞児を見つけると、隷官を曳きとどめるようにして、突然その乞児の肩におどりあがり、頬を打ちおもてつまみだした。
義猴記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この時突然、店の庭先で太鼓がとどろいた、とんと物にかまわぬ人のほかは大方、おどり立って、戸口や窓のところに駆けて出た、口のうちをもぐもぐさしたまま、手にナフキンを持ったままで。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)