はだえ)” の例文
あわれ、何しに御身おんみはだえけがるべき。夫人はただかつてそれが、兇賊きょうぞくの持物であったことを知って、ために不気味に思ったのである。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その風は裳裾もすそたもとひるがえし、甲板の日蔽ひおいをあおち、人語を吹き飛ばして少しも暑熱しょねつを感じささないのであるが、それでもはだえに何となく暖かい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一個の蟇口、十円足らずの金銭がこうして二つの魂を奪い、生命をさらっていくのかと思いますと、はだえあわの噴くのを覚えます。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
こう口先きだけはたしなめるように云うても眼は笑ってお初のぼってりとして胸もとの汗ばんだはだえをこっそりと愉しんでいる。
神楽坂 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
ひりひりとはだえをかすめる粉雪の痛さをじっと忍びながら、きたならしい色をした空や、みすぼらしい北国の自然や、植物園のむさくるしい裏庭や
はだえを切るように風が寒く、それに埃の立ちようもひどかったから、どこの家でもみな雨戸を細目にしてこもっていた。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
既にその時すらも余程堪え難くなって来て長者の着て居った毛皮の着物を二枚も借りて着て居ってもなお夜分は随分寒気がはだえとおす位でありますから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
エレーンに八万四千の毛孔ありて、エレーンが八万四千の香油を注いで、日にそのはだえなめらかにするとも、潜めるエレーンは遂に出現しきたはなかろう。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
◯十三節に「そのはだええだ蝕壊くいやぶらる、すなわち死の初子ういごこれが肢を蝕壊るなり」とあるを見れば、この悪人必滅の主張があきらかにヨブを指したものであること確実である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
はだえ艶にことば潔く妙相奇挺きてい黒白短なく、肥痩所を得、才色双絶で志性金剛石ほど堅い上に、何でも夫の意の向うままになり、多く男子を産み、種姓劣らず、好んで善人を愛し
今川家重代じゅうだいという松倉郷まつくらごうの太刀、左文字の脇差、籠手こて脛当すねあてくつなどとを加えれば、十貫目をも超えるだろうと思われる武装であり、はだえへ風のはいるすきまもないよそおいだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こちら向かんせ、雪のはだえが見とうござんす」というようなたわごとが書いてある。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
蚊のくちばしといえば云うにも足らぬものだが、淀川両岸に多いアノフェレスという蚊の嘴は、其昔其川の傍の山崎村にんで居た一夜庵いちやあんの宗鑑のはだえして、そして宗鑑におこりをわずらわせ
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
人を離れて夜気とみにはだえに迫り、イエスは身震いするような驚愕きょうがくに襲われました。
肌理きめ細かくはだえ柔かく、性穏和である。三椏なくば紙は風情を減ずるであらう。
和紙の美 (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
翁が特に愛していた、蝦蟇出がまでという朱泥しゅでい急須きゅうすがある。わたり二寸もあろうかと思われる、小さい急須の代赭色たいしゃいろはだえPemphigusペンフィグス という水泡すいほうのような、大小種々のいぼが出来ている。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこで言葉が切れた、少しまえから風が出たとみえ、庭の櫟林がひょうひょうと枝を鳴らしている、それは夜の暗さとはげしい寒気を思わせ、聞く者のはだえを粟立たせるような響きをもっていた。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
身を切るように寒さがはだえに浸みた。老婆は、痩せ細った手をきちんと膝の上に重ねている——この時私は老婆の向いている方向には、なんかあるのでないかと思ったから、その方を見たが何もない。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
太き両手をひざの上に組みて、はだえたゆまず、目まじろがず、口を漏るる薩弁さつべんよどみもやらぬは、戯れにあらず、狂気せしにもあらで、まさしく分別の上と思えば、驚きはまた胸をく憤りにかわりつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして長い間、はだえをも傷られず
下襲したがさねの緋鹿子ひがのこに、足手あしてゆき照映てりはえて、をんなはだえ朝桜あさざくら白雲しらくもうらかげかよふ、とうちに、をとこかほあをつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、その海の上を吹いて来る風が、底の方から一脈の冷気を誘うて来る。その冷気がはだえに快よい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
銀色の玉兎ぎょくとが雲間に隠顕いんけんして居る光景は爛漫らんまんたる白花びゃくげを下界に散ずるの趣あり、足音はそくそくとして寒気凜然りんぜんはだえに迫るものから、荷持にもちも兵士もふるいながら山を登りますと
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もともと脂肪あぶら肥りの血色のよいはだえが、こんな時には、磨きをかけたように艶光りして、血糸のあやがすけてみえる丸っこい鼻の頭には、陽ざしに明るい縁の障子が白く写っているように見える。
女心拾遺 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
「角が二本……雪のはだえにはみるみるうろこが生えて、丹花たんかの唇は耳まで裂けた」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鶯坂うぐいすざかの上を西へ曲って、石燈籠いしどうろうの列をなしている、お霊屋たまやの前を通る頃には、それまではだえを燃やしていた血がどこかへ流れて行ってしまって、自分の顔のあおくなって、膚にあわを生ずるのを感じた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
きぬ引まくれ胸あらわに、はだえは春のあけぼのの雪今やきえ入らんばかり、見るからたちまち肉動ききも躍って分別思案あらばこそ、雨戸ひらき飛込とびこんで、人間の手の四五本なき事もどかしと急燥いらつまでいそがわしく、手拭を
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
露垂るばかりの黒髪は、ふさふさと肩にこぼれて、柳の腰に纏いたり。はだえの色真白く、透通るほど清らかにて、顔はいたく蒼みて見ゆ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
咫尺しせきも弁ぜぬ大雪 そうすると雪が大層降って来たです。だんだんはげしくなってどうにもこうにも進み切れない。もう自分の着て居るチベット服も全身しめってその濡りがはだえに通って来たです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
やがて桟橋を離れて大海原にうかむとまた涼風がはだえにしみて寒いくらいである。私は臥床ねどこにはいる。朝七時半起床。もう佐田さたの岬がそこに見え、九州の佐賀関の久原くはらの製煉所の煙突を見る所まで来ている。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一家惣領そうりょうの末であった小山小四郎が田原藤太相伝のを奉りしより其れに改めた三左靹絵ひだりどもえの紋の旗を吹靡ふきなびかせ、凜々りんりんたる意気、堂々たる威風、はだえたゆまず、目まじろがず、佐沼の城を心当に進み行く
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
といって、さすがの少年が目に暗涙をたたえて、膝下しっかに、うつぎの花にうずもれてうずくまる清いはだえと、美しい黒髪とが、わななくのを見た。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋の風衣とはだえ吹き分つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ものともなくはだえあわだつに、ふと顔をあげたれば、ありあけ暗き室のなかにミリヤアドの双のまなこ、はきとあきて、わがかたを見詰めいたり。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
着つけは桃に薄霞うすがすみ朱鷺色絹ときいろぎぬに白い裏、はだえの雪のくれないかさねに透くようなまめかしく、白のしゃの、その狩衣を装い澄まして、黒繻子くろじゅすの帯、箱文庫。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胸の血汐ちしおの通うのが、波打って、風にそよいで見ゆるばかり、たわまぬはだえの未開紅、この意気なれば二十六でも、くれないの色はせぬ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二の腕から、えりは勿論、胸の下までべた塗の白粉おしろいで、大切な女のはだえを、厚化粧で見せてくれる。……それだけでも感謝しなければなりません。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いで、霧となってにじを放ち、露と凝って珠ともなる。ここに白骨を包んでは、その雪のごときはだえとならずや、あの濡れたような瞳とならずや。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
転んで手をつくと、はや薬のにおいがしてはだえを襲つた。此の一町いっちょうがかりは、のきも柱も土も石も、残らず一種のんで居る。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
邪気おのずからはだえを襲うて、ただは済みそうにもない、物ありげに思い取られるので、お雪は薄気味悪く、やすからぬ色をして
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葛上亭長まめ芫青あお地胆つち、三種合わせた、猛毒、はだえあわすべき斑蝥はんみょううちの、最も普通な、みちおしえ、魔のいた宝石のように、炫燿ぎらぎらと招いていた。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
燈火ともしびはありませんが暗いような明るいような、畳の数もよく見える、一体そのあかりがというと、女が身にまとっている、その真蒼まっさおな色の着物からはだえを通して
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この美しいひとは、そのはだえ、そのかんざし、その指環ゆびわの玉も、とする端々透通すきとおって色に出る、心の影がほのめくらしい。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、小雨の夜の路地裏の待合で、述懐しつつ、恥らったのが、夕顔の面影ならず、はだえを包んだくれないであった。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……顔馴染かおなじみの濃いくれない薄紫うすむらさき、雪のはだえ姉様あねさまたちが、この暗夜やみのよを、すっとかどを出る、……とと寂しくなった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人は毀誉きよを耳にも懸けず、いまだ売買の約も整わざる、襯衣を着けて、はだえを蔽い、肩を納め、帯をめ、肩掛ショオルを取りてと羽織り、悠々として去らんとせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われ想像さうざうつて、見惚みとれたたまはだえせなかとほして、坊主ばうずくろ法衣ころもうつる、とみづなか天守てんしゆうつばり釣下つりさげられた、姿すがたけものおそふ、おもかげ歴然あり/\た。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蝋の灯は吹くとなき山おろしにあかくなり、くろうなりて、ちらちらと眼に映ずる雪なすはだえ白かりき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ろうは吹くとなき山おろしにあかくなり、くらうなりて、ちらちらと眼に映ずる雪なすはだえ白かりき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かれ恐懼おそれて日光を見ず、もし強いて戸を開きて光明そのはだえに一注せば、渠は立処たちどころに絶して万事まむ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)