やまい)” の例文
お縫は、つとめて、ほほ笑みを作り、どうして、久しぶりの良人を慰めようか、自分も、楽しもうか、そぞろ、やまいあついのも忘れて
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
迷い込んでお遊びになっておるところへゆきかかって、やまいになった者もあるそうでございます、お客様、私はでたらめは申しません
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今夜、わたしは、その最後の一幕ひとまくを見たのです。そのせまい小路で、その女は死のやまいにとりつかれて、寝台しんだいの上に横になっていました。
「三年目でございます。初めのうちはなんとも思いませなんだが、このごろは、ぶらぶらやまいにかかるほど、気がふさいでまいりました」
そのいきおいで天子てんしさまのからだにおやまいがおこるのだ。だからあのへびかえるしてしまわないうちは、御病気ごびょうきなおりっこないのだよ。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そして、私も亦、若し彼女との逢う瀬がこのまま半年も続いたなら、きっと六郎氏と同じやまいにとりつかれてしまったに相違ない。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしはむなしく終吉さんのやまいえるのを待たなくてはならぬことになった。探索はここに一頓挫いちとんざきたさなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
このやまいは俗に「石そこひ」と申しまして、眼球の内圧の亢進によるのですから、眼球は硬くなりますが、眼底の検査をして
痴人の復讐 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
病気にやと胸まずとどろくに、やがて目をあげて此方こなたを見たまう時、莞爾にっことして微笑ほほえみたまえば、やまいにはあらじと見ゆ。かかることしばしばあり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
医は肉体のやまいなおし、易は精神の病を癒す。いわばどっちも仁術だ。わしの力で出来るだけの事は骨を折ってしてあげよう。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これで物入やかご鉈鞘なたざやなど、山や野で用いる色々の品をこしらえます。他国にないもので、いずれも形が立派でどこにもやまいのない仕事であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かかる苦心は近頃やまい多く気力乏しきわが身のふる処ならねば、むしろ随筆の気儘なる体裁ていさいをかるにかじとてかくは取留とりとめもなく書出かきいだしたり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
やまいというものは仕方がのうてな、身共も至ってこの賽ころが大好物じゃが、その方共が用いるところはどこの寺場じゃ」
余はやまいってこの陳腐ちんぷな幸福と爛熟らんじゅく寛裕くつろぎを得て、初めて洋行から帰って平凡な米の飯に向った時のような心持がした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おもいがけないやまいが急におもって、それとなく人々が別れを告げにあつまるとき、その人も病院を訪れたというが、武子さんはわなかったのだった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
だれからかねえでも、おいらの見透みとおしだて。——人間にんげんは、四百四びょううつわだというが、しげさん、おめえのやまいは、べつあつらえかもれねえの」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「ソレソレ、それがお前のやまいというものだ」三次は、ちょっと優しい眼になって、お妙のほうへ擦り寄りそうにしながら
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ある冬の日のこと、父親は仕事から帰って来て、気分が悪いと言って床についたなり、やまいは急に重くなって、それきり頭が上がらなくなりました。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
話せばやまいにもさわろうと思って、誠に不憫ふびんでござる、是非お話申したい事がございますから、どうか蔵の中へおで下さい
馬琴の衒学癖げんがくへきやまい膏肓こうこうったもので、無知なる田夫野人でんぶやじんの口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いでや公判開廷の日には、やまいと称して、出廷を避くべきかなど、種々に心を苦しめしかど、その甲斐かいついにあらざりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
二郎はやまいを養うためにまた多少の経画けいかくあるがためにと述べたり、されどその経画なるものの委細は語らざりき。人々もまたこれを怪しまざるようなり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここへ書くのも恥かしいことだが、無反省な若い心を持っていた私は不図ふとした事から時子の胸のやまいを知って驚いた。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は、大事を決行する前に、たとい些細ささいやまいにしろ、こうした病にかかったのを悔んだ。彼は、黒船に乗るまでには、少しでも治療しておきたいと思った。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
里人さとびとからそんなにまでしたってもらいましたわたくしが、やがてやまいめにたおれましたものでございますから、そのめに一そう人気にんきたとでももうしましょうか
予が漸次ぜんじ浮腫をきたすや、均しく体温上昇し、十二月は実にやまいの花盛りなりしが如し、然れども足を引摺ひきずりながらも、隔時の観測だけは欠くことなかりしが
数旬をやまいいえ退院たいいんせんとする時、その諸費をはらわんとせしに院吏いんりいう、君の諸入費しょにゅうひ悉皆しっかい福沢氏よりはらわたされたれば、もはやその事に及ばずとなり。
日本で初めてこのやまい流行はやり出したのは明治二十三年の冬で、二十四年の春に至ってますます猖獗しょうけつになった。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この天皇の御代みよには、はやりやまいがひどくはびこって、人民という人民はほとんど死に絶えそうになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
南無阿保原なむあぼはらの地蔵尊、口中こうちゅう一切いっさいやまいを除かせたまえ」と言って、その煙草を御供え申したのだそうである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたしは頼みなき身をこのたより少なき無情の夫の家にながらえいる、最早もはやわたしやまい到底とうてい治ることもあるまい
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
ボーイ長は、その時、鉄のサイドが、同時に彼のベッドの一方である、その寝箱の中で、海のものとも山のものともつかない傷と、やまいとのためにうなっていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
当時外国公使はいずれも横浜に駐剳ちゅうさつせしに、ロセツは各国人環視かんしの中にては事をはかるに不便ふべんなるを認めたることならん、やまいと称し飄然ひょうぜん熱海あたみに去りて容易よういに帰らず
然るに学者が平生より養生の法を説きて社会をいましむることあれば、あるいはそのやまいを未発に防ぎ、あるいはたとい発病に及ぶも、大病にいたらずしていゆるを得べし。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
高湿因循の海辺に起る風土のやまいで、足は描ける象の脚の如くに肥え、ふぐりは地に曳くようになるというが、これがそれとも思えぬから、山添は山添だけの智慧で
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ここを以て治めば、やまい愈えずということなし、という。果して言うところのごとくに、治めてえずということなし。得志、つねにその針を以て柱のうちに隠し置けり。
不幸にも娘は旅の途中、やまいを得て家に帰って来たが、間もなく、とうとう此度こんどは、あの世の旅の人となってしまった、父や兄の悲歎は申すまでもなかったが、やがて
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
何故なぜだらうと思つて聞いて見ると、この奥さんの良人をつと逗子づしの別荘にやまいを養つてゐた時分、奥さんは千枝ちえちやんをつれて、一週間に二三度づつ東京逗子間を往復したが
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そんな役得でもなきゃ、十手捕縄御返上だ。“子曰く”なんか持薬じやくにするような、悪いやまいはねえ」
毎日まいにち毎日まいにちおきほうては、とおふねていますうちに、そのかいもなく、ふとやまいにかかって、それがもとになって、とお異郷いきょうそらでついにくなってしまいました。
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
常陸ひたちの親王のお書きになった紙屋紙かんやがみの草紙というのを、読めと言って女王にょおうさんが貸してくれたがね、歌の髄脳ずいのう、歌のやまい、そんなことがあまりたくさん書いてあったから
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ひとつは二人とも躰にわるやまいツてゐるからでもあらうが、一つはまた面白おもしろくない家内かない事情じゞやう益々ます/\おもひ助長ぢよてうせしむるやうになツてゐるので、自然しぜん陰欝ゐんうつな、晴々はれ/″\しない
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一方に医者の薬を浴びるほど飲んでも一方で食物の注意を怠ればそれがためになおるべきやまいも急に癒らず、場合によると薬の効目ききめを打消して一層病を重くする事もあります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
けれども医者の予言よげんはなかなか実現じつげんされなかった。アーサはなかなか死ななかった。もう二十度も追っかけ追っかけ、なんぎなやまいという病にかかって、それでも生きていた。
また近年出て来た『歌経標式かきょうひょうしき』でありますが、奈良朝の末の光仁こうにん天皇の宝亀年間に藤原浜成ふじわらのはまなりが作ったという序があって、歌の種類とか歌のやまいというようなことを書いたもので
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
またなおるべきやまいも財産のないために治し得ぬこともあり、借金の返せぬために首をくくる男もあって、生命が貴いか財産が貴いか判然せぬごとき場合さえすこぶるしばしばある。
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重いやまいのために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付くぎづけされてしまったにかかわらず、自由に自国語を話し、その上独、仏、羅
鸚鵡のイズム (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かれ半年はんとし無職むしょく徘徊うろうろしてただパンと、みずとで生命いのちつないでいたのであるが、その裁判所さいばんしょ警吏けいりとなり、やまいもっのちにこのしょくするまでは、ここにつとめっていたのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかしそれらの人たちも私よりは幸福だ——こうして希望もなしにやまいの床に横たわっているよりは……。こう思って、清三ははるかに満州のさびしい平野に横たわった同胞を思った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これより先、師匠のやまいあつしと聞き、彼の亀岡甚造氏には見舞いに来られました。