“殆:ほと” の例文
“殆:ほと”を含む作品の著者(上位)作品数
野村胡堂23
中谷宇吉郎12
内田魯庵10
夏目漱石10
島崎藤村7
“殆:ほと”を含む作品のジャンル比率
文学 > 日本文学 > 日本文学7.0%
文学 > 日本文学 > 小説 物語3.3%
歴史 > 伝記 > 個人伝記3.0%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
健三はほとんど考えの及ばないような眼付をして、極端に近い一種の個人主義の下に存在しているこの一家の経済状態を眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほとんど粉韲ふんさいせられざるものはるまいとおもはるゝ、しかこの三尖衝角さんせんしやうかく
外国の人に一番分りやすい事でほとんど字引にもせないとうような事が此方こっちでは一番むずかしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は元来、しゃべる事が下手へただ、おまけに大阪弁だから、先ず日本語としてもほとんどなっていないといっていい位いだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
丁度ちょうどなつのことでございましたから、小供こどもほとんどいえ内部なかるようなことはなく
その頃から私とは段々疎遠となって余り往来しなくなったゆえ、その頃からの緑雨の晩年期についてはほとんど何にも知らない。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
自分ばかりじゃない、その頃から以後は美妙が時折寄稿した雑誌の編輯者以外には美妙と往来したものはほとんどなかったろう。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
勿論もちろん概念的には色の思想があったに違いありませんが、夢の中ではほとんど絶対に色に対する感覚が無かったのです。
容色きりょうを生命とする女の身になったら、ほとんど堪えられないさびしみが其所そこにあるに違ないと健三は考えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下座敷には箪笥たんすも、茶戸棚ちゃとだなも、長火鉢も、子供等の母親が生きていた日とほとんど同じように置いてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほとんど同時どうじ飛付とびついて雄獅子をじゝのために、ズボンは滅茶苦茶めちやくちや引裂ひきさかれ
世間せけんほとんどすべての建築けんちくこと/″\眞正しんせい建築けんちくでないことになるが
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
最近の明治時代の事どもは勿論であるが、遠い江戸時代に遡ってほとんど何でも知らないことはないと言っていい位であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わが歌舞伎の世界からいわゆる竹本劇と翁の作物とを取除いたならば、その内容はほとんど空虚になってしまうかも知れない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金など持っている少年はほとんど無いが、英国人の技師長は、途方もない金をとって、将軍と同じように威張っていると説明されて
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
ところが東都出発の数日以前から、ほとんど毎日のように暴風大雨たいうで、各地水害の飛報は頻々ひんぴんとしてきたる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ただその現われにおいては愛から生れた行為と、愛の真似から生れた行為とを区別することが人間に取ってはほとんど不可能だ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ほとんど直立せる断崖絶壁を登ること一里八丁、樵夫きこりが連れて来た犬が莫迦ばかえ付いて始未におえぬ。
なにかものをいつてなかつたことはほとんどい、それにひとからいてたことはかつてないので
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
芭蕉は「漂泊の詩人」であったが、蕪村は「炉辺の詩人」であり、ほとんど生涯を家にこもって、炬燵に転寝をして暮していた。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
顎があし緊乎しツかり接合くツついてしまつてるので、ほとんどくちくことも出來できませんでした
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それから観眤かんじを極めると云うほとんど追字訳ついじやくのような処もあって、原話げんわからすこしも発達していないが
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
事実今までの千枚の人工雪の写真を見ると、雪の結晶のほとんど全種類がその中にあるので、前の結論はうそではない。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかしこのモノクロオムは、すべての優秀なそれと全く同じやうに、ほとんど無限な色彩をその単色のなかに含ませて居た。
次ぎに本篇二頁下段「余は幼なきころより厳重なる家庭の教へを受け云々」より以下六十余行はほとんど無用の文字なり。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
今迄の転々とした生活で、知り合いの家という家はほとんど使い尽してしまっていたし、そういう処は最早二度の役には立たなかった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
どっちの仕事も「季節労働」なので、(北海道の仕事はほとんどそれだった)イザ夜業となると、ブッ続けに続けられた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
まゆ商法に失敗して、養家の身代をほとんどってしまい、其恢復の為朝鮮から安東県に渡って、材木をやった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
こないだ、盗賊の害を、未然に防いでくれたというので、土部家の歓待は、前にもまして、今はほとんど、内輪の者も同然の心易さだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
幽界ゆうかいでは、何所どこをドーとうってくのか、途中とちゅうのことはほとんどわかりませぬ。
大正十四年たいしようじゆうよねん但馬地震たじまぢしん二十秒間にじゆうびようかん全部ぜんぶほとんどをさまり
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ニセコの山頂でこのやくっていたのとほとんど同じ頃、苫小牧とまこまいの飛行場でも、悲しむべき事件が起っていた。
硝子を破る者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし『赤い鳥』ではそれがほとんど全部変名になっていて、随分意外な方が、意外な題目で書いておられるのもちょっと面白かった。
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
朝のうちはお客さんはほとんど無かったので、笠原の食うごはんのように装わして、飯をかせ、腹につめこんだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
表をったり来たりする他の主婦かみさんで、彼女のように束髪にした女は、ほとんど無いと言ってもい。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二里も来たかと思う頃、路はほとんど直角に右に折れて居る。最早もう茶路の入口だ。路傍に大きな草葺の家がある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、いいざま、土間に、ほとんどはだしではね下りて、びっくりする婆やには見向きもせず、格子の止め釘をはずして、ガラリとあけて、
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もっとも動物性食品には含水炭素がんすいたんそほとんどないからこれは当然植物から採らなければならない。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
殊に曲馬団では、ほとんど肉シャツ一枚で、乳がその形において現れ、彼女らは皆黒か赤のビロウドの猿股さるまた穿いていた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そうしてその小さな茂みがマイ・ミクスチュアらしいかおりをただよわせているのに気がついたのもそれとほとんど同時だった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
現金のたくはへはほとんどなく、時々庭から出入りするらしく、ひどくその邊を踏み固めて居るのが眼につきます。
ほとんど毎日まいにちぬといつとほ人間にんげんらしき色艷いろつやもなし
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
多与里は一日一杯、ほとんど瞬きもせずに、いやどうかすると、呼吸もせずに、モデル台の上に立っているようでした。
それの外形や、間どりや、窓などの部分の意匠のデテイルなどが、ほとんど毎夜のやうに、彼のノオトブックの上へ縦横に描き出された。
勝子は若かった日の岸本とほとんど同じ年配で、学校を出て許嫁いいなずけの人と結婚してから一年ばかりでくなったのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
消防せうばう群集ぐんしふほとんど皮膚ひふかれるやうなあつさをおそれて段々だん/\とほざかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
空隙すきまのあらん限り押し込んでしまうので、石炭を積む処は炭庫すみぐら以外にほとんど無いと云っていい。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほとんど、必然的に——倉さん等、先輩の言葉を信ずれば——心にもなき殺人を行わなければならなかったのだ……。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しかし漢詩の本質的風格とも言うべき、あの直截で力強い、筋骨質の気概的表現を学んだ人はほとんどすくない。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日露干戈かんくわを交へてまさに三えつ月、世上愛国の呼声は今ほとんど其最高潮に達したるべく見え候。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
近衛師団のわれらに対する待遇が初めに冷淡なりしは真に一、二の人の不心得より出でたるものにしてほとんど偶然の結果ともいふべきか。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
代助と平岡とは中学時代からの知り合で、ことに学校を卒業してのち、一年間というものは、ほとんど兄弟の様に親しく往来した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助はこの瞬間に、三千代の事をほとんど忘れてしまった位、空に散るあわれな石炭のけむりに刺激された。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土地の大半はほとんど小泉の所有と言っても可い位で、それを住む人にき与えて、次第に山村の形を成した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だからその当時まで私が奉職していた警視庁の仕事ぶりなぞも、ほとんど明治時代とえらぶところがなかった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
の脈を打つて伸びつ縮むに連れて、画工、ほとんど、無意識なるが如く、片手又片足を異様に動かす。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
兩眼りようがんほとんど茫乎ぼうツとなるまで料理人クツク凝視みつめてられましたが、やがてふとこゑ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
原子の蔵する勢力はほとんど全部原子核の中にあって、最近の物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その晩平次とお靜はほとんど寢ずの番をさせられて了ひました。彈み切つた少女お玉は、兎もすれば飛び出して、兩國へ歸らうとするのです。
恐らく数十万年前の人間の声は、異性を呼ぶ時と、異性と争う時の外にはほとんど必要のないものだったでしょう。
法悦クラブ (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
併し吉田は、温泉の町の遊廓へ、出張費を持って行くことがほとんどなかった。彼は出張費の大半で新しい本を買うことにしているのであった。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ほとんど一人も残さないで、糞壺へ引きあげてきた。中には「仕方なしに」いて来たものもいるにはいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ただ土の下へ心が沈むだけで、人情から云っても道義心から云っても、ほとんど此圧迫の賠償ばいしょうとして何物も与えられていない。
その家あるがために風景がよく見えるという位の家がほとんどない。これは何も芦屋に限らない、現代日本の近郊の大部分は同じ事ではあるが。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
おばさんがほとんどひとりで話し手になっていたが、無口なおじさんもときどきそれへ短い言葉をさんだ。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その結果の発表後数カ月のうちに、ほとんど同時に亜米利加と独逸とで全く同じような研究の発表があった。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
戸が何んの抵抗もなく開いて、八五郎が突つ轉んだのは、まさに、正面佛壇の下に横たへた、ほとんど半裸體らたいの死骸の上だつたのです。
そのあいだわずかに六箇月のあいだであるが、故郷の様子は何も聞かないから、ほとんど六ヶ年も遇わぬような心地こころもち
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
然るに帰国って考えてみると梅子さんの為めに老人の描いていた希望はほとんどくうになって了った。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ほとんどひといきに、二三日前にちまえ奉公ほうこうた八さい政吉まさきちから、番頭ばんとう幸兵衛こうべえまで
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ほとんど何里四方小丘の起伏する自然公園は青く椀状にくねってロンドン市の北端を抱き取って居る。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中間の墨色のような所はほとんどないし、白い斑点の形も殆んどどの顔でも同じような恰好かっこうである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そしてこの競争は、誰の眼にも、いや笠森仙太郎自身の眼にさえ、丹波丹六の勝利が、ほとんど決定的なものに見えたのも無理のないことでした。
突然そいつをやられた時には、悪夢でも見ているようで身がすくんで、ほとんど生きた空もありませんでした。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
燕王衝撃はなはつとむれどもづることを得ず、ほとんど其のるところとならんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かれほとんど絶對ぜつたい同情どうじやう慰藉ゐしやとにかつしてたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
明六社中の論文も、岸田吟香氏の新聞も東京日々新聞の如きも皆ほとんど言文一致の躰裁を以て書かれたり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
当時の青年は皆その風を望んで蘇峰に傾倒し、『国民之友』はほとんど天下の思想界に号令する観があった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
韻ハ水風ニただよヒ、経廻けいかいノ人、家ヲ忘レザルハナシといい、釣翁ちょうおう商客、舳艫じくろ相連ナリテほとンド水ナキガ如シ
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貝殻を運んで来た者も、もうれているので、あまり口はきかないし、事務員もほとんど無言のままだ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家の裏口に出てカルサン穿きで挨拶する養子、帽子を振る三吉、番頭、小僧の店のものから女衆まで、ほとんど一目におげんの立つ窓から見えた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
希臘ギリシアのミソロジーを知らなくても、イブセンを讀むにはほとんど差支さしつかへないでせう。
『伝説の時代』序 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
これが須磨子を知っている人のほとんどがいだいた感じではなかったろうか、この偶然の言葉が須磨子の全生涯を批評しているようだといわれた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
明治四十年の六月、突然急痾きゅうあに犯されてほとんど七十余日間病牀びょうしょうの人となった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
歴史の女神はかつて常に欧洲の天を往来して、いまほとんど東洋の地に人間あるを知らざりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
よ、徳川氏瓦解がかいに際し、旗下きかの士にして、御蔵元おくらもとに負債したる総高、ほとんど一千万円に上りしというにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
兄弟とは言いながら、ほとんど命令的に金の無心をして寄した電報の意味を考えつつ三吉は家へ帰った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はたちになるやならずの頃に、既に私たちのほとんど全部が、れいの階級闘争に参加し、或る者は投獄され、或る者は学校を追われ、或る者は自殺した。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
絵に限らず、あらゆる芸術あるいはすべての芸事において技法のない芸事はほとんどないといってよい。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
ほとんど雨に晒されてしまったような、輪型固麺麭クレンデリや長靴の絵を描いた看板が眼についた。
北海道ほくかいだう移住後いぢゆうご冬時とうじ服裝ふくさうは、内地ないちりしときほとんどことならず。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
マジメに実行するツモリであったかドウか知らぬが、この時分はこうした茶気ちゃき満々な計画がほとんど実行され掛ったほどシャレた時代であった。
公費患者は一ヶ月の食料が一人あたり三円というので、ほとんど残飯だけを食わされていたらしい。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ふだんは、自分の身体の中に骨があることはほとんど感じないのであるが、そのとき道夫は全身をつらぬく、自分の骨が一せいにおどりだすように感じた。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はほとんど口をきく事も出来ませんでした、「足の勇」の推論には、少しの隙もありません。蛇口の後ろの壁の穴、その裏はお勝手の電熱器、長い火箸。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
三月はじめの曇った日で、風はなく、浅い水路の水はよどんだように澄んでおり、実際には流れているのだが、ほとんど静止したままのように見えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
宿下りに名をりてお城をぬけ出した奥女中たちが、三そうの舟に美しい顔を並べ、土手をうずめている見物の顔も、また、ほとんどその大半が
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
妻の貞操や処女の童貞の如きは、全然、彼等の名誉の観念に一任されてゐるが、不貞の妻などといふものは、ほとんど一人ひとりもゐないといつてもいい。
日本の女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
気象学上の定義からいえば雨と称すべきものかも知れないが、その大粒の雲粒は、ほとんど水平に近い線をなしてかなりの速力で飛んで行くのがよく見える。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
中には消息「せうそこ」などと云つて、是れもほとんど假名で通用する國語のやうになつて居る。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)