ほと)” の例文
しかし『赤い鳥』ではそれがほとんど全部変名になっていて、随分意外な方が、意外な題目で書いておられるのもちょっと面白かった。
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そういう墓石のあったことさえ、いままで私はほとんど気づかなかった。気づくことはあっても、それを気にしないで見すごしていた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これからはほとんど人の歩るいた事のないような谷合を通り、前黒山まえぐろやま釈迦しゃかヶ岳の山の中腹を迂回して深林の薄暗い中をくのである。
春になり仕事が無くなると、カムサツカへ出稼でかせぎに出た。どっちの仕事も「季節労働」なので、(北海道の仕事はほとんどそれだった)
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そして、終戦後、めっきり増えて来た、ちんぴらの不良少女や、若い露天商の女の粗末そまつな刺青なぞはほとんど眼にもめて来なかった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
戸が何んの抵抗もなく開いて、八五郎が突つ轉んだのは、まさに、正面佛壇の下に横たへた、ほとんど半裸體らたいの死骸の上だつたのです。
良心と云う奴は、今ではほとんど先天的の不可抗力を以て、人間の胸に喰い込んで居るから、その桎梏を破壊する事は、到底出来ない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この山の上に住むものは、十一月から翌年の三月まで、ほとんど五ヶ月の冬を過さねば成らぬ。その長い冬籠ふゆごもりの用意をせねば成らぬ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
或時はこんな光景がほとんど毎日のように三人の間に起った。或時は単にこれだけの問答では済まなかった。ことに御常は執濃しつこかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こないだ、盗賊の害を、未然に防いでくれたというので、土部家の歓待は、前にもまして、今はほとんど、内輪の者も同然の心易さだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
薯蕷じねんじやう九州きうしゆう山奥やまおくいたるまで石版画せきばんゑ赤本あかほんざるのなしとはなうごめかして文学ぶんがく功徳くどく無量広大むりやうくわうだいなるを当世男たうせいをとこほとんど門並かどなみなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
呼吸をめていた、兵さんは、ウンとうなりながら、ほとんど奇蹟きせき的な力で腰をきった。が、石は肩に乗り切らないで背後うしろに、すべった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それの外形や、間どりや、窓などの部分の意匠のデテイルなどが、ほとんど毎夜のやうに、彼のノオトブックの上へ縦横に描き出された。
セザンヌやゴーグの感染時代には、素描の確実な画家や林檎りんごを林檎と見せる画家は、ほとんどこの世から一時姿を消さねばならなかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
ほとんど立続たてつづけに口小言くちこごとをいいながら、胡坐あぐらうえにかけたふる浅黄あさぎのきれをはずすと、火口箱ほぐちばこせて、てつ長煙管ながきせるをぐつとくわえた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
こたへ それは東洋種と西洋種とに分けられるかも知れない。けれども多少の西洋種をまじへて居ないものはほとんどないと云つてもいいだらう。
東西問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして此等これら損失そんしつほとんど全部ぜんぶ地震後ぢしんご火災かさいるものであつて、被害民ひがいみん努力どりよく次第しだいによつては大部分だいぶぶんまぬかられるべき損失そんしつであつた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
近衛師団のわれらに対する待遇が初めに冷淡なりしは真に一、二の人の不心得より出でたるものにしてほとんど偶然の結果ともいふべきか。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
当時とうじわたくしりましては、んだ良人おっとうのがこのける、ほとんど唯一ゆいいつ慰安いあんほとんど唯一ゆいいつ希望きぼうだったのでございます。
もちろん文句は同じもので、先生はほとんど息をころしている。するとかれらの中から、船宿「千本」のちょうの呼びかける声がする。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼らはかくの如く辛苦して達せり、ほとんど生命を賭して達せり、しこうしてすでに艦に上れり、しかれどもその志を達するあたわざるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
汽車は西へ西へと走って、日の夕暮ゆうぐれ十勝とかち国境こっきょう白茅はくぼうの山を石狩いしかりの方へとのぼった。此処の眺望ながめは全国の線路にほとんど無比である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
これ実に愕心がくしん瞠目だうもくすべき大変転也。歴史の女神はかつて常に欧洲の天を往来して、いまほとんど東洋の地に人間あるを知らざりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
街道には一人の通行人も無かったし、これから川崎までは、ほとんど人家の無い道であった。川崎は、未だ深い眠りの中にいるうちに通った。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そのほとんどが強制移民であればなおのこと——あなた方はちがいますよ、先ずサッポロを中心に、兵農兼備の屯田兵とんでんへいを養わねばなりません
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ほとんど背負い切れないほどの負債をにないながら、劇の向上進歩に専心努力した彼の功績は、明治の演劇史に特筆大書せらるべきものである。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ところで、一刻いつこくはや仕上しあげにしやうとおもふから、めし手掴てづかみで、みづ嚥下のみおろいきほひえてはたらくので、時間じかんも、ほとんど昼夜ちうや見境みさかひはない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
殊更ことさらに俳優をして観客の群集中に出没せしむるが如きは西洋近代の文学論を以てしてはほとんど解釈すべからざるものたるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
併し吉田は、温泉の町の遊廓へ、出張費を持って行くことがほとんどなかった。彼は出張費の大半で新しい本を買うことにしているのであった。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
神様は深く人間をお愛しになつて、その心に十分の九まで自分の魂をお吹込みなさるつもりです。ですからほとんど神様と同じになるわけです。
悪魔の尾 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ところが真空のなかではこの圧力がほとんど無くなってしまうのですから、それで水は低い温度で沸騰することになるのです。
ロバート・ボイル (新字新仮名) / 石原純(著)
これが須磨子を知っている人のほとんどがいだいた感じではなかったろうか、この偶然の言葉が須磨子の全生涯を批評しているようだといわれた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
芭蕉は「漂泊の詩人」であったが、蕪村は「炉辺の詩人」であり、ほとんど生涯を家にこもって、炬燵に転寝をして暮していた。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼の国では国民の動員がほとんどその極限に達しているのに、日本では二十歳以下の青年は、まだ軍隊に召集されていない。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
このへん一帯をおおうているてしもない雑木林の間の空地に出てから間もない処に在る小川の暗渠あんきょの上で、ほとんど干上ひあがりかかった鉄気水かなけみずの流れが
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
耕地整理こうちせいりになっているところがやっぱり旱害かんがいいねほとんど仕付しつからなかったらしく赤いみじかい雑草ざっそうえておまけに一ぱいにひびわれていた。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しか其麽そんなことは勘次かんじくるしめてのさもしいこゝろあるもの挽囘ばんくわいさせるちからいうしてないのみでなく、ほとんどなんひゞきをもかれこゝろつたふるものではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
次ぎに本篇二頁下段「余は幼なきころより厳重なる家庭の教へを受け云々」より以下六十余行はほとんど無用の文字なり。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
今余を以てこれをるに、本邦政治の改良すべきもの、法律の前進すべきもの、一にして足らず、ほとんど皆なこれを更始すべきが如し(大喝采)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
彼の駭きは、前よりも、もっとはげしかった。彼は、声こそ出さなかったが、ほとんど叫び出しでもするような表情をした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところで日本の古い話し本に、今云った事とほとんど同じ感情的経験を起させる小説の断片が、不思議にも残っている。
茶碗の中 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
彼は自分の最も働き盛りのほとんどすべての歳月と精力とをその子供等の教育費や、それから娘たちの嫁入りの仕度したくの為めに費さなければならなかつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
けれどもぼく故郷くに二萬石にまんごく大名だいみやう城下じやうかで、縣下けんかではほとんどふにらぬちひさまちこと海陸かいりくとも交通かうつう便べんもつとかいますから、純然じゆんぜんたる片田舍かたゐなか
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
十月もなかばを過ると、落葉の早い碧梧桐あおぎり、朴、桜などはほとんどちり尽し、ほかの樹木も枝がうすくなって、透いて見える秋の空がくっきりと高かった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ソコでその私のかんがえから割出わりだして、この徳川政府を見るとほとんど取所とりどころのない有様で、当時日本国中の輿論よろんすべて攘夷で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
被害者が富豪の子息であり、支那の留学生というところから、事件は重大となったと見え、その日の夕刊の社会面はほとんどその記事で埋められていた。
広東葱 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
じぶんの家へれて来て和歌をみあっておもいを述べ、それから観眤かんじを極めると云うほとんど追字訳ついじやくのような処もあって、原話げんわからすこしも発達していないが
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ほとんど、必然的に——倉さん等、先輩の言葉を信ずれば——心にもなき殺人を行わなければならなかったのだ……。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そして翌日になってますますつかれ、ほとんど息が絶えそうになった。王はおそれて、送って孝廉の許に帰した。孝廉はまたそれを舁がして喬の許へ帰した。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
不幸にしてわが国にこの種の人はほとんどない。富者は多けれども神をおそるるの信仰なきは勿論もちろん、わが生みし子をすら治め得ざるもの比々ひひ皆しかりである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)