つか)” の例文
向柳原は縄張内で、平次も暮へかけて一と働きしましたが、こればかりは、雲をつかむようで、全く手の付けようがなかったのでした。
男は入口にうずくまるフランシスに眼をつけると、きっとクララの方に鋭いひとみを向けたが、フランシスの襟元えりもとつかんで引きおこした。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
つかまされたものはこの作家もまた一日に三度三度のめしを食べた、あの作家もまた房事を好んだ、等々の平俗な生活記録にすぎない。
父はもう片足の下駄げたを手に取っていた。そしてそれで母を撲りつけた。その上、母の胸倉むなぐらつかんで、崖下がけしたき落すと母をおどかした。
変化へんげの術ももとより知らぬ。みち妖怪ようかいに襲われれば、すぐにつかまってしまう。弱いというよりも、まるで自己防衛の本能がないのだ。
時は、洋行帰りの新人や、学者たちの間に、丁度演劇改良熱の勃興ぼっこうしつつあったおりで、勘弥はその機運をいちはやくもつかんだのだ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は、有王が泣き止むのを待って、有王の右の手をつかんで、妻をさしまねくと、有王をぐんぐん引張りながら、自分の小屋へ連れて帰った。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『水汲むギリシヤ少女』と云ふ名画の写真や一重芍薬ひとへしやくやくの艶なるをつかしにしたる水瓶など筆立や墨汁壺インキつぼに隣りて無雑作に列べらる。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
青嵐居士は、自分がこういう意見の所有者ではない、広く歴史を読んでいる間に、こういう史上の事実をつかみ出でて語るものらしい。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふと思いついて、頭の上を手さぐりして、天井からはすッかいに引っ張られている紐をつかんで、手繰たぐり寄せると、大丈夫手答えがある。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一喝いっかつして首筋をつかみたる様子にて、じょうの内外一方ひとかたならず騒擾そうじょうし、表門警護の看守巡査は、いずれも抜剣ばっけんにて非常をいましめしほどなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そいつをつかめば自分は偉くなれる、さうすれば、自分は世の中の人々を救ふことが出来るに違ひない——さう良寛さんは考へてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
或る晩などは逃後にげおくれた輝方氏が女中につかまつて、恋女房の蕉園女史にしか触らせた事のない口のはたを思ひ切りつねられたものださうだ。
お銀は格子につかまって、窓へ上ったり下りたりしているその子供の姿をじっと眺めていた。その姿はどこか影が薄いようにも思えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かたつかんで、ぐいとった。そので、かおさかさにでた八五ろうは、もう一おびって、藤吉とうきち枝折戸しおりどうちきずりんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
栄二はすばやく手を伸ばし、万吉の腕をつかんで、よせと囁きながら坐らせた。ほんの一瞬のことだったが、義一は見のがさなかった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでいて彼女は相手の吹きかける議論の要点をつかむだけの才気を充分に具えていた。彼女はすぐ小林の主意を一口にまとめて見せた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは細部に亙って客観的に一々調べてゆくというのでなく、先生自身の立場から直観的にその本質的な内容をつかむという風であった。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
この怪談仕掛物のはげしいのになると真のやみの内からヌーと手が出て、見物の袖をつかんだり、蛇が下りて来て首筋へ触ったりします。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
いきなりシューラの両肩りょうかたつかんで、自分の寝室しんしつへ引っぱって行った。シューラは心配しんぱいになって、むねがどきりとした。ママはこういった。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
枯つ葉一つがさつか無え桑畑の上に屏風びやうぶたててよ、その桑の枝をつかんだひはも、寒さに咽喉のどを痛めたのか、声も立て無えやうなかただ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ベルセネフは叫ばすまいとして隻手かたてを口にやろうとした。それがために女をつかんだ手が緩んだ。エルマは揮り放して林に沿うて逃げた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「十三囘忌くわいき、はあ、大分だいぶひさしいあとの佛樣ほとけさまを、あのてあひには猶更なほさら奇特きとくことでござります。」と手拭てぬぐひつかんだを、むねいてかたむいて
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
赫怒かくどした佐伯に詰責されて禿は今度はおい/\声を挙げて泣き出し、つかまへようとした私から滑り抜けて飛鳥のやうに舎監室に走つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
かの女はこんな出来上った美丈夫が、むす子の友達だなんて信じて好いのかと思った。むす子を片手でつかんで振りまわしそうにも思えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さながら矢のごとくに流れる眼眩めまぐるしさ! しかも波の色の毒々しいまでのドス黒さ! 黒泡のたてがみを逆立たせつつみ合いつかみ合い
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
『それも駄目だめだ』とこゝろひそかにおもつてるうちあいちやんはうさぎまどしたたのをり、きふ片手かたてばしてたゞあてもなくくうつかみました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
不意にムックリと身を動かした乾分こぶんの多市が、親分の危急! と一心につかみ寄せた道中差どうちゅうざしとこの上から弥助を目がけてさっと突き出す。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みぞの底の汚泥をつかみ出すのは世態に通じたもののすることでは無い、と天明度の洒落者しゃれものの山東京伝はったが、秀吉も流石さすがに洒落者だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
中川君、それではね、食卓を飾るのに西洋風の粗雑なつかしの花を用いずとも我邦わがくにには古来より練習した活花いけばなの特技があるでないか。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
けれど泥がふかいから、足がはまつたら最後二度と拔けなかつた。水の外につかまるものが無いのだから、もがけばもがくほどどろに吸はれて行く。
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
その人はおどろきおそれて遂に馬から転げおちると、怪物は跳りかかって彼をつかもうとしたので、いよいよ懼れて一旦は気絶した。
そしてその手紙の要点をつかまえようと努力した。手紙の内容をつづめて見れば、こうである。政治は多数を相手にした為事しごとである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さっき胡坐あぐらをかいていた処へどっさり腰をおとすが否や、腹掛はらがけの中から汚れた古ぎれに包んだものをつかみ出したのは、勲章にちがいない。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その中は、瓢箪ひょうたんを立てたような青い酒壜があった。目賀野はその酒壜の首をつかむと外に出し、もう一方のいた手を戸棚の奥へ差入れた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
紀久子はそう心の中につぶやいて、手文庫の底からそこにありたけの紙幣さつつかむと、それをポケットに突っ込んで自分の部屋を出た。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
室へ戻って見るとお房は一時気のちがった少女のようで、母親の鼻の穴へ指を突込み、顔をつかみ、急に泣き出したりなぞしていた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その紙片の上に書かれてある文字を見て、法水はギュッと心臓をつかまれたような気がした。検事は、むしろ呆れたように叫んだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自己の霊と肉とをひっさげてその神秘をつかまんとするものは恋である。最も内面的に直観的に「女性」なるものを捕捉する力は恋である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
文麻呂 さ、しっかりとおつかみ! しっかりとお掴み!……お前のいのちよりも大切な……(なよたけは死んでいる)なよたけ‼
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
と手を引き伴藏の方を見ると、伴藏はお札をつかんで倒れて居りますものだから、そでで顔を隠しながら、裏窓からズッとうちへ這入りました。
また起き上がって椅子いすの背をつかんで、椅子を前へずらせながら歩き出した。「マリイや。マリイや。おれは一人では死なれない。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
お勢が開懸あけかけた障子につかまッて、出るでも無く出ないでもなく、唯此方こっちへ背を向けて立在たたずんだままで坐舗のうちのぞき込んでいる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
番兵につかみ出さる で翌朝六時に食事を終えてじきに猟宮かりみやに出掛けて行きまして、まず番兵の居らぬ所から柵内さくないに入りましたが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そればかりか、生きているうちはぬらぬらしているから、これをつかんでくしに刺すということだけでも、素人しろうとには容易に、手際てぎわよくいかない。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
兩手でつかまへて力一ぱいゆすぶるやうな聲、嘆聲をあげてあはれを賣るやうな聲、哀音をしのばせて可憐さを訴へるやうな聲。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
のちにわかつたが、原因げんいん青酸加里せいさんかりによる毒殺どくさつだつた。死体したい両手りょうてがつきのばされて、はちのふちにつかみかかろうという恰好かっこうをしている。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
と男はいうと彼女の手首をつかまえて背を向けると両手で彼女の足を抱いて歩き出した。母は男の背の上で「あぶない険い。」と笑い声でいった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
ところが、それほどの疑惑にもかかわらず、私は何一つ、疑い以上の、ハッキリしたものをつかむことは出来ないのでございました。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
じつくもつかむやうなはなしだが、まんが一もと旅亭やどや主人しゆじんんでいてると、果然くわぜん! 主人しゆじんわたくしとひみなまではせず、ポンと禿頭はげあたまたゝいて