形見かたみ)” の例文
俊寛は、ふと鳥羽とばで別れるとき、妻の松の前から形見かたみに贈られた素絹しろぎぬの小袖を、今もなおそのままに、持っているのに気がついた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「姉さんがこの間買ってもらった裁縫箱よ。姉さんの形見かたみにって、うちの祖母さんが私に持って行けって言うから私持って行ったのよ」
わたくし自身じしん持参じさんしたのはただはは形見かたみ守刀まもりがたなだけで、いざ出発しゅっぱつきまった瞬間しゅんかんに、いままでんで小屋こやも、器具類きぐるいもすうっと
成経 何か形見かたみに残したいがわしに何もあろうはずがない。このふすまをあなたにのこします。わしはこれで雨露あめつゆをしのぎました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「ほかの品と違って、まあ、早く云えばお駒の形見かたみのようなものだというので、御仏壇に入れて置いたんだそうです」
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
形見かたみ時計とけいは、にもどっても、自分じぶん父親ちちおやとてもふたたびこのかえるものでない。自分じぶんは、おろかしくもむかしゆめをとりかえそうとおもっていたのだ。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たつた一本殘つた母の形見かたみの金簪を持出して、それにまで銀流しをかけて、お六を最後の犧牲にしようとしたのです。
昔気質むかしかたぎの金兵衛は亡父の形見かたみだと言って、その日の宗匠崇佐坊すさぼう茶縞ちゃじまの綿入れ羽織なぞを贈るために、わざわざ自分で落合まで出かけて行く人である。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「お前さんは正直者だ。感心な男だ、お蔭でたすかったよ。これは幾等いくらもしないものだが、先の夫の形見かたみでね。」
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ばあやも跡の事心附て自慢のかね黒/\と大奧樣が形見かたみの鼠小紋三紋附着ておよろこびやら、皆々の御禮も兼て。
うづみ火 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
流轉るてんうまはせては、ひめばれしこともけれど、面影おもかげみゆる長襦袢ながじゆばんぬひもよう、はゝ形見かたみ地赤ぢあかいろの、褪色あせのこるもあはれいたまし、ところ何方いづく
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それのみならず、遺産だの形見かたみだのといふ言葉は、死、葬式などの言葉と並んで行く。前から聞いてゐた私の伯父は——私のたゞ一人の親戚は、死んでしまつた。
まだ新嫁にいよめでいらしッたころ、一人の緑子みどりご形見かたみに残して、契合ちぎりあった夫が世をお去りなすったので、あとに一人さびしく侘住わびずまいをして、いらっしゃった事があったそうです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
「この懐中鏡は私の死んだ姉の形見かたみです。その死んだ姉というのが、今云った北川すみ子なのですよ。びっくりなさるのは御尤ごもっともですが、実はこういう訳なんです」
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
四十を越したお宗さんは「形見かたみおくり」を習つてゐるうちに真面目まじめにかういふことを尋ねたりした。この返事には誰も当惑たうわくした。誰も? ——いや「誰も」ではない。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
潮気しほけたつ荒磯ありそにはあれどみづぎにしいも形見かたみとぞし 〔巻九・一七九七〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
⦅いっそあれは、死んだ後でおれの形見かたみとしてあの男にやるように遺言に書いておこうわい。⦆
僕はいま、寝床に腹這はらばいになって、この「最後」の日記をつけている。もういいんだ。僕は、家を出るんだ。あしたから自活だ。この日記帳は、僕の形見かたみとして、この家に残して行こう。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これを形見かたみのこしておきますから、いつまでもわたしをわすれずにいてください。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
初めては女のが宜い、おめえの顔を見たら形見かたみろうと思ってねえ、おれは枕元へ出したり引込ひっこましたりして、他人ひとに見られねえ様に布団の間へ揷込さしこんだり、種々いろ/\な事をして見付からねえように
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あたしのつかいふるしでござんすが、この紅筆べにふでは、おまえ王子おうじときに、あたしにおくんなすった。今では形見かたみ役者衆やくしゃしゅうの、おまえのおるように出来できますまいけれど、辛抱しんぼうしておくんなさい。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
佐渡や日向のような留錫りゅうしゃく期間の長い個所に、幾多の遺作があることは当然ですが、今日までの調査では滞留わずか三日間の所にすら形見かたみが残るのです。それ故如何に調査せねばならぬ個所が多いか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おきなめようとあがくのをひめしづかにおさへて、形見かたみふみいておきなわたし、またみかどにさしげるべつ手紙てがみいて、それにつき人々ひと/″\つて不死ふしくすり一壺ひとつぼへて勅使ちよくしわたし、あま羽衣はごろも
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
亀の徒者おとも其図そのづいだす、是も今は名家の形見かたみとなりぬ。
翁にとりては此が形見かたみのつもりであったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
母の形見かたみ小手鞠こてまり
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
れい御神鏡みかがみがいつのにかえられてり、そしてそのわきには、わたくしはは形見かたみの、あのなつかしい懐剣かいけんまでもきちんとせられてありました。
維新いしんへんれは靜岡しづをかのおとも、これは東臺とうだい五月雨さみだれにながす血汐ちしほあかこヽろ首尾しゆびよくあらはしてつゆとやえし、みづさかづきしてわかれしりのつま形見かたみ此美人このびじんなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この、むかしからあったかんざしは、んだおばあさんが、おかあさんにのこしていった、形見かたみでありました。だから、おかあさんが、それを大事だいじにしていたのに、無理むりはありません。
お母さんのかんざし (新字新仮名) / 小川未明(著)
「平次か、何分頼むぞ。巨勢金岡の繪が惜しいのではない、私は父親の形見かたみがなつかしい」
母さんを記念するものも、だんだんすくなくなって、今は形見かたみの着物一枚残っていない。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
徐四は形見かたみの毛裘や頸飾りを売って、その金を善覚寺に納め、永く彼女の菩提を弔った。
今やそれは單なる貨幣の遺産ではなかつた——生命と、希望と、慰樂の形見かたみであつた。
「真草苅る荒野にはあれど黄葉もみぢばの過ぎにし君が形見かたみとぞ来し」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
亀の徒者おとも其図そのづいだす、是も今は名家の形見かたみとなりぬ。
いよいよ駄目だめ観念かんねんしましたときに、わたくし自分じぶん日頃ひごろ一ばん大切たいせつにしていた一かさね小袖こそでを、形見かたみとして香織かおりにくれました。
さりながらお寫眞しやしんあらば一まい形見かたみいたゞきたし此次このつぎ出京しゆつけうするころにははや立派りつぱ奧樣おくさまかもれず、それでもまたつてたまはるかとかほをのぞけば、ひざして正体せうたいもなし
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「これは、あなたのおとうさんの形見かたみだ。いつでも、ご入用にゅうようのときは、さしげたかねだけかえしてくだされば、時計とけいをおかえしいたします。」と、主人しゅじんは、かさねていいました。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
お仲はお元からいくらかの形見かたみを分けてもらって、またどこへか奉公に出たようでした。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
襟止めブロウチりますね。」とフェアファックス夫人が云つた。私はテムプル先生がお別れの形見かたみに下さつた小さな眞珠の飾を持つてゐた。それを附けて、私たちは階下したに下りて行つた。
これは見た方が面白かったので、シャリアピンのレコードとしてはさまで優れたものでないが、とにもかくにもシャリアピンの映画レコードとしてよき形見かたみであることは疑いを容れない。
それも子供らの母親がまだ達者たっしゃな時代からの形見かたみとして残ったものばかりだった。私が自分の部屋にもどって障子の切り張りを済ますころには、茶の間のほうで子供らのさかんな笑い声が起こった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
孤獨こどくしもよけの花檀くわだんきくか、だけ後見うしろみともいふべきは、大名だいみやう家老職かろうしよく背負せおをてたちし用人ようにんの、何之進なにのしん形見かたみせがれ松野雪三まつのせつざうとてとし三十五六、おやゆづりの忠魂ちうこんみがきそへて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それは、永久えいきゅうになくしてしまったとおもっていた、おかあさんの形見かたみ指輪ゆびわでありました。
海のまぼろし (新字新仮名) / 小川未明(著)
身許不明の四国遍路が形見かたみにのこした笛は、まったく世にたぐい稀なる名管であった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
此瓶だけを形見かたみにやれ——と書いてます。
この怪物と格闘した形見かたみとして、彼は頬や手足に二、三カ所の爪のあとを残された。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つれなくえし有明ありあけつき形見かたみそらながめて、(あかつきばかり)とうめきけんからず。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わたしは、北海道ほっかいどう知人ちじんがありますので、そこへたよっていきたいとおもいます。しかし、それにしては、すこし旅費りょひりません。それで、んだちち形見かたみですが、ここに時計とけいっています。
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
形見かたみこそ今はあだなれ、ランスの町の人たちもおそらく私と同感であろうと思われる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)