あが)” の例文
あがはなの座布団に男女連れがかけていた。入って行った石川の方に振り向いた女の容貌や服装が、きわだって垢ぬけて贅沢ぜいたくに見えた。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼女はそっと寝床から起きあがって、半分開いてあった窓の戸を押し開いた。蒼白い月の光は、静かな芝草の上やくさむらの上に流れていた。
そのうち、水底にもぐつてゐたお父さんが真珠貝をとつて、あがつて来ました。潜水かぶとをまづぬぐと、すぐ大きな亀に目をつけました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「どうも上方流かみがたりゅうで余計な所に高塀たかべいなんか築きあげて、陰気いんきで困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっとあがって御覧なさい」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御酒ごしゆをめしあがつたからとてこゝろよくくおひになるのではなく、いつもあをざめたかほあそばして、何時いつ額際ひたひぎはあをすぢあらはれてりました。
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
で、げないばかりに階子はしごあがると、続いた私も、一所にぐらぐらと揺れるのに、両手を壇のはじにしっかりすがった。二階から女房が
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「与惣さん。」勘次があががまちから声をかける。「先刻小太郎が見えてね、戸が締ってて、いねえようだからって先へ行きやしたよ。」
「そうか、高い渡船銭わたしせんだな」といいながら、八人前三十二銭渡して岸にあがると、岸上の立札にはあきらかに一人前一銭ずつと書いてある。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
鳴神なるかみおどろおどろしく、はためき渡りたるその刹那せつなに、初声うぶこえあがりて、さしもぼんくつがえさんばかりの大雨もたちまちにしてあがりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
おこし我等は今宵こよひよんどころなく用事あれば泊る事はならざれどもあつさり遊んで歸らんと夫より新宿しんじゆくの相摸屋へあがりしが其夜九ツ時分品川を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこへあがると、何十町か向うの岡の上に、きんの窓のついたお家が見えました。男の子は、まいにち、そのきれいな窓を見にいきました。
岡の家 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「そしてブラブラ歩くにはいい場所ですよ。あなたがそれにあがるとそれ等の低い丘がどんなに大きく見えるかという事は驚異ですなあ」
砧村きぬたむら途中とちう磨石斧ませきふひろひ、それから小山こやまあがくちで、破片はへんひろつたが、此所こゝまでに五ちかあるいたので、すこしくまゐつてた。
さますと、せっかく呼びだした霊がおあがりになってしまいます。あなたがここでジタバタなすっても、どうなるものでもありませんから
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
センイチはうちあがりこんで、まだびく/\してるセイに、森の中のこと、悪魔の姿を借りたことを、くはしく話してきかせました。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ある朝、学校の校庭で、御真影ごしんえい最敬礼ののち、校長先生は、出征軍人を父に持つ生徒を、講壇にあがらして、その所感を述べさせた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
そこで、熊もとうとうおこっちまって、ぬっとあとあしで立ちあがった。ところがキーシュはぐんぐん熊のそばまで歩いてゆくじゃないか
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
最近彼の運も少しは好くなつてゐたが、客としてあがつてくる若いお店者たなものなどを見ると、つい厭な気がして、弟の境涯きやうがいを思ひやつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
禿あがったひたいにも、近眼鏡きんがんきょうかした目にも、短かに刈り込んだ口髭くちひげにも、——多少の誇張を敢てすれば、脂光やにびかりに光ったパイプにも
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あんたはん、何でここのうちへ入っておいでやした。ここは私のうちとちがいます」と、いいながらあがかまちをあがって、娘に向って
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼の足が一歩々々梯子段をのぼって行くほど、逆に彼を引きおろすようにする何物かゞあって、少年は心でそれとたゝかいながらあがり詰めた。
栄二は傘をすぼめて戸袋に立てかけ、格子をあけてはいると、あがはなの六じょうではいつもの小僧が、麻の袋を持って板に打ちつけていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よるのこたァ、こっちがてるうちだから、なにをしてもかまわねえが、お天道様てんとうさまが、あがったら、そのにおいだけにめてもらいてえッてよ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「旧幕の頃には天領として郡代ぐんだいが置かれたものでして、ついこのしもの土手に梟首場さらしくびばの跡がございますが」と町長、椅子から伸びあがった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
てうはポオト・サイドに着き、出帆までにわづかに余された二時間を利用して港にあがつた。コロムボ以来十三日目に土を踏むのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
いけのきれいななかへ、女蛙をんなかへるをうみました。男蛙をとこかへるがそれをみて、おれのかかあ は水晶すいしやうたまをうんだとおどあがつてよろこびました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
虎「それじゃアあの子が二階へあがったら私ははずしてお湯にくよ、先刻さっき往ったがもう一遍くよ、早くしておくれでないといけねえよ」
「よきはどうしたんだ」おつぎはきしあがつてどろだらけのあしくさうへひざついた。與吉よきち笑交わらひまじりにいて兩手りやうてしてかれようとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こうあがはなのところにひざを突いている老婆の眼が言った。意気な細君らしく成った豊世の風俗は、昔気質むかしかたぎの老婆には気に入らなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほかなにもさしげるものとてございませぬ。どうぞこのたきのおみずなりとあがれ……。これならどんなに多量たんとでもございます……。』
土間の入口で、阿爺ちゃんの辰さんがせっせと饂飩粉うどんこねて居る。是非ぜひあがれと云うのを、後刻とふりきって、大根を土間に置いて帰る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
月の暈は、土地では「月のあがりに日のさがり」と言って、これが降る前兆とされるが、——今夜は「月の下り」だから降らぬ、とYが言う。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
お給金もたくさんだし領地からあが収入みいりも大したものでしたが、彼はそれを、うまくしめくくっていくことが出来ませんでした。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
「どこかツーラかオリョル県あたりがいいな。……第一に、別荘なんかは要らないし、第二に、と言ってあがだかは確かでなくちゃあね。」
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
はあ、こんなに早くあがって済みませんでしたけれど……。そのかわりめったにお目にかかれない御主人にお目にかかれまして……。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しばらく辛抱してゐた天滿橋を南へあがる、御城の近所の下宿に比べて、月に十圓違ひではあるが、その差は十圓以上に思はれた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
雙喜はわたしの母親に向って何か言ったが、わたしも前艙いちのまの方へ出た。船は平橋に来て停った。われわれはごたごたおかあがった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「僕に損害をかけた賠償として、あがりの二割ぐらいは寄越してもよかろうじゃないか。僕だってその時間は全然つぶれてるんだ」
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「イヤ、実はね、昨夜ここの所で変なものを見たのですよ」彼はそういいながら、ズカズカと中へ入ってあががまちに腰をおろした。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
炎天を走って来たお蔭で、一時にあがった冷酒の悪酔いと一緒に、別荘の中へあばれ込んで、戸障子や器物を片っ端からタタキこわし初めた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『ハ。弟は加留多を取つた事がないてんで弱つてましたが、到頭引張られて行きました。マおあがんなさい。コラ、清子、清子。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
見れば米友はあちら向きになって、いま旅の仕度をしてあがはなに腰をかけて、しきりに草鞋わらじの紐を結んでいるところであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天井てんじようまであがつたならば、屋根やねまで打拔うちぬいて火氣かきくこと。これはほのほ天井てんじようつてひろがるのをふせぐに效力こうりよくがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
翼はさきの見えざるばかり高くあがれり、その身のうちに鳥なるところはすべて黄金こがねにてほかはみな紅まじれる白なりき 一一二—一一四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
すなわちこの地方でいう農神降のうじんおりと、農神あがりの日であって、それ故にまたオシラ様は農神のことと、思っている人も少なくないらしい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ある時、須磨子が湯上りの身体からだに派手な沿衣ゆかた引掛ひつかけてとんとんと階段はしごだんあがつて自分の居間に入ると、ふと承塵なげしに懸つた額が目についた。
さすれば自分は救助船に載せられて、北へも南へも僅か三マイルほどしかない、手に取るやうに見えるむかうの岸にあがる事が出来やう。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
赤いたすきを十文字に掛けて、あがくちの板縁に雑巾ぞうきんを掛けている十五六の女中が雑巾の手を留めて、「どなたのところへいらっしゃるの」と問うた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ねえ。プリンスと、妹と、レクと、メツツを返しておくれよ。」と、いきなり、大男のひげにとびついて、鼻をよじあがつて
プリンス・アド (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
四条通りを西へ幾筋目かの辻をあがつてとかさがつてとかと、道はくはしく教へられたが、もとより充分呑込めもせず、見当もつかぬ位だつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)