つつ)” の例文
今更おつつみなさる必要は無からう、と私は思ふ。いや、つい私は申上げんでをつたが、東京の麹町こうじまちの者で、はざま貫一と申して、弁護士です。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
手四箇では盆の四日間にあんがまあが来る。もとは芭蕉の葉で面をつつんでゐたが、今は許されなくなつて薄布を以てする。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
サウシの『随得手録コンモンプレース・ブック』二に、衆蛇に咬まれぬよう皮に身をつつみ、蛇王に近づきち殺してその玉を獲たインド人のはなしあり。
きずつつみ歯をくいしばってたたかうが如き経験は、いまかつて積まざりしなれば、燕王の笑って評せしもの、実にその真を得たりしなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
内儀は白糸の懐に出刃をつつみし片袖をさぐてて、引っつかみたるままのがれんとするを、畳み懸けてそのかしらり着けたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「えり垢の春をたゝむ」というのは、かなり巧な言葉遣いで、その衣につつまれた三春行楽の迹も、自ら連想に上って来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
猿橋えんきょうあたりへ来ると、窓から見える山は雨が降っているらしく、模糊もことして煙霧につつまれていたが、次第にそれが深くなって冷気が肌に迫って来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
栗毛くりげこまたくましきを、かしらも胸もかわつつみて飾れるびょうの数はふるい落せし秋の夜の星宿せいしゅくを一度に集めたるが如き心地である。女は息を凝らして眼をえる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのミニアチュアの幻の街の石垣ほどにも細かに積重り合うた虫が、茎の表面を一面に無数の数が、針の尖ほどの隙もなく、つつみ覆うて居るのであつた。
島は記念かたみのふくさを愛蔵して、真志屋へ持って来た。そして祐天上人ゆうてんしょうにんから受けた名号みょうごうをそれにつつんでいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
平家物語を詠じた歌の一つで、頭をつつんだ叡山の山法師どもが日吉の神輿を担いで山を降る件である。
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
晴やかな笑声につつまれていた一座は、急に沈黙の群像のように黙りこくって仕舞しまった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
谷間の空気はドンヨリと薄く濁って、末は低く垂れた幽鬱な空の方に拡がって行く。其下に富山平原の一部が一様に灰色の幕につつまれて、死滅した世界のようにしずかに横たわっている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そのころ私は気紛きまぐれなかんがえから、今迄いままで自分の身のまわりをつつんで居たにぎやかな雰囲気ふんいきを遠ざかって、いろいろの関係で交際を続けて居た男や女の圏内から、ひそかに逃れ出ようと思い
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「神はきずつけまたつつみ、撃ちて痛め、またその手をもていやし給う」のである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今は何をかつつむべき、某が名は黄金丸とて、以前は去る人間につかへて、守門の役を勤めしが、宿願ありていとまひ、今かく失主狗はなれいぬとなれども、決して怪しき犬ならず。さてまた御身が尊名怎麼いかに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
しんち五じやうけり、の・しやうたる、士卒しそつ最下さいかなるもの衣食いしよくおなじうし、ぐわするにせきまうけず、くに(七〇)騎乘きじようせず、みづかかてつつになひ、士卒しそつ勞苦らうくわかつ。そつ(七一)しよものり。
あるじ一〇あふごをとりて走り出で、の方を見るに、年紀としのころ一一五旬いそぢにちかき老僧の、かしら紺染あをぞめ一二巾をかづき、身に墨衣のれたるを穿て、一三つつみたる物を背におひたるが、つゑをもてさしまねき
ここにその伺へる賤の男、その玉を乞ひ取りて、恆につつみて腰に著けたり。この人、山谷たにの間に田を作りければ、耕人たひとどもの飮食をしものを牛に負せて、山谷たにの中に入るに、その國主こにきしの子あめ日矛ひぼこに遇ひき。
げんに斯かる法の行はるる所にては火の付きたるホクチ樣のものをくさつつ空中くうちうに於てはげしくうごかすなり。コロボツクルも此仕方このしかたを以てえ草に火焔くわえんうつし、此火焔をば再びたきぎてんぜしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
とこはごは引つたくる如く取つて下手に来り「これだ、この金だ、己がちやあんとこの紙につつんで置いた、おれの金に相違ねえといふ証拠は、一枚々々桐の極印が打つてあらあ、すんでのとこで玉なしにする処だ」
それが己をつつんで、余所の国々へ飛んで行けばい。
つつまれた心の温かさは人にも稀れであるといふ。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
足の踏所ふみど覚束無おぼつかなげに酔ひて、帽は落ちなんばかりに打傾うちかたむき、ハンカチイフにつつみたる折を左にげて、山車だし人形のやうに揺々ゆらゆらと立てるは貫一なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お島は小野田の失望したような顔を見るのがいやさに、小野田がいつか手本を示したように、そっと直しものの客の二重廻しなどを風呂敷につつみはじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
津田ははっきりした返事も与えずにへやの中に這入はいった。そこには彼の予期通り、白いシーツにつつまれた蒲団ふとんが、彼の安臥あんがを待つべく長々と延べてあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蓮歩れんぽを移す裾捌すそさばきにはら/\とこぼるゝ風情、蓋し散る花のながめに過ぎたり。紅裙こうくんじやくたましひつつむいくばくぞや。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
朝立あさだちに臨んで握飯を腰に著けるのであろう。しとどに置いた露の中を分けて行くのに、濡れ透ることを恐れて、常よりも今一重余計につつむという意味らしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
由って掘り試むるに、銀あって中に夥しく金をつつめり、その銀数片を夢判じにやると、銀より金が欲しいおぼし召しから、卵黄きみの方も少々戴きたいものだと言うたそうな。
竜池は祝儀の金を奉書につつみ、水引を掛けて、大三方にうずたかく積み上げて出させた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まやは即まやの国から来る神で、簑笠で顔をつつんで来て、やはり、家々を祝福して廻る。宮良メイラ村には、海岸になびんづうと言ふ洞穴があつて、黒また・赤またと称する二人の神が現れる。
鬼の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
まだ二聯装れんそうの機関銃の引金を引かないのに、向ってきた敵機は、爆弾でも叩きつけられたかのように、機翼全体に拡がる真赤な火焔につつまれ、木の葉のように、海上目懸けて、墜落して行った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
家貧しければ身には一五三麻衣あさごろも青衿あをえりつけて、髪だもけづらず、くつだも穿かずてあれど、かほ一五四もちの夜の月のごと、めば花の一五五にほふがごと綾錦あやにしき一五六つつめる一五七京女﨟みやこぢよらうにもまさりたれとて
清らにつつみまつりぬ。
萌黄もえぎの風呂敷につつんだその蒲団を脊負いださせるとき、お島は気嵩きがさな調子で、その時までついて来た順吉をはげました。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いと更におもてつつまほしきこの場を、頭巾脱ぎたる彼の可羞はづかしさと切なさとは幾許いかばかりなりけん、打赧うちあかめたる顔はき所あらぬやうに、人堵ひとがきの内を急足いそぎあし辿たどりたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
乗り合いは切歯はがみをしつつ見送りたりしに、車は遠く一団の砂煙すなけぶりつつまれて、ついに眼界のほかに失われき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中に知った人を一人ももたない私も、こういうにぎやかな景色の中につつまれて、砂の上にそべってみたり、膝頭ひざがしらを波に打たしてそこいらをまわるのは愉快であった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
クラウストンの『俗話小説の移化テールス・エンド・ポピュラル・フィクションス』一に引いたカシュミル国の譚に織工ファッツ一日を一たび投げて蚊七疋殺し武芸無双と誇って、杼と手荷物と餅一つつつんだ手巾を持って武者修行に出で
席と席とは二三尺を隔てて、己の手をかざしているのと、奥さんに閑却せられているのと、二つの火鉢が中に置いてある。そして目は吸引し、霊は回抱する。一団の火焔かえんが二人をつつんでしまう。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこらが全くよるとばりおおつつまるる頃まで、草原を乗まわしている、彼女の白い姿が、往来の人たちの目をいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
またこれ賊の遺物なるを白糸はさとりぬ。けだし渠が狼藉ろうぜきふせぎし折に、引きちぎりたる賊のきぬの一片なるべし。渠はこれをも拾い取り、出刃をつつみて懐中ふところに推し入れたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
健三の眼を落しているあたりは、夜具の縞柄しまがらさえ判明はっきりしないぼんやりした陰で一面につつまれていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
トダ人水牛を失う時は、術士ひそかに石三つ拾い夜分牛舎の前に往き、祖神に虎の歯牙を縛りまた熊豪猪やまあらし等をも制せん事を祈り、かの三石を布片につつみ舎の屋裏にかくすと、水牛必ず翌日自ら還る。
神代かみよから昼も薄暗い中を、ちらちらと流れまする五十鈴川を真中まんなかに、神路山がつつみまして、いつもしずかに、神風がここから吹きます、ここに白木造しろきづくりの尊いお宮がござりまする。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お延のすぐ前に坐っていた十四になる妹娘の百合子ゆりこ左利ひだりききなので、左の手に軽い小さな象牙製ぞうげせいの双眼鏡を持ったまま、そのひじを、赤いきれつつんだ手摺てすりの上にせながら、うしろをふり返った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陝西せんせい竜泉、相伝う毎春夜牝馬を放ち、この泉水を飲ましめ自ずから能く懐孕かいようす、駒生まれて毛なく、起つ能わず、氈を以てこれをつつめば数日内に毛生ず、三歳に至らざるに、大宛馬だいえんばとほぼ同じ〉。
かれは手も足も肉落ちて、赭黒あかぐろき皮のみぞ骸骨がいこつつつみたる。たけ低く、かしら禿げて、かたばかりのまげいたる十筋右衛門とすじえもんは、略画りゃくがからすひるがえるに似たり。まゆも口も鼻も取立ててうべきところあらず。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
全く世界一色いっしきの内につつまれてしまうに違ないと云う事を、それとはなく意識して、一二時間後に起る全体の色を、一二時間前に、入日いりひかたの局部の色として認めたから、局部から全体をそそのかされて
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その鼻と上唇をった裁判あった時、妻の母いわく、この男は悋気りんき甚だしいから、妾それを止めんとて、高名な道士に蛇の頭を麻の葉につつんでもらい、婿の頭巾のひだの中へ入れるつもりでしたと言い