蒸暑むしあつ)” の例文
するとある蒸暑むしあつい午後、小説を読んでいた看護婦は突然椅子いすを離れると、寝台の側へ歩み寄りながら、不思議そうに彼の顔をのぞきこんだ。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蒸暑むしあつうちにもすべてがみづやうつきひかりびてすゞしい微風びふうつちれてわたつた。おつぎはうすからもち拗切ねぢきつて茗荷めうがせてひとつ/\ぜんならべた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
また瀬戸内海の沿岸では一体に雨が少なかったり、また夏になると夕方風がすっかりいでしまって大変に蒸暑むしあついいわゆる夕凪が名物になっております。
瀬戸内海の潮と潮流 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一日に十里も歩けば、二日目は骨である。二人は大胯おおまたに歩いた。蒸暑むしあつい日で、二人はしば/\額の汗をぬぐうた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
空は蒸暑むしあつい雲がきいでて、雲の奥に雲が隠れ、雲と雲との間の底に蒼空が現われ、雲の蒼空に接する処は白銀の色とも雪の色ともたとえがたき純白な透明な
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
今年ことし非常ひじやうあつさだつた。また東京とうきやうらしくない、しめりびた可厭いや蒸暑むしあつさで、息苦いきぐるしくして、られぬばん幾夜いくよつゞいた。おなじくあつかつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
現今げんこんでは精神病者せいしんびやうしや治療ちれう冷水れいすゐそゝがぬ、蒸暑むしあつきシヤツをせぬ、さうして人間的にんげんてき彼等かれら取扱とりあつかふ、すなは新聞しんぶん記載きさいするとほり、彼等かれらために、演劇えんげき舞蹈ぶたふもよほす。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それは蒸暑むしあつい夏の陽が、平和な島の草や木に、キラキラあたっているある日であったが、ジョン少年と日出夫とは、海岸の岩へ腰を掛け、愉快な会話に耽けっていた。
その日も蒸暑むしあつかつた。すべてに公平なお天道様てんとうさまは、禅坊主が来たからといつて、つておきの風を御馳走する程の慈悲も見せなかつた。皆はえりくつろげて扇をばたばたさせた。
「いまに車掌さんが知らせに来ますよ。それまでは、すこし蒸暑むしあついが、我慢しましょうや」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だから主馬頭モンテイロが宮廷に宿直とのいの夜なんか、蒸暑むしあつい南国のことだから窓を開け放して、本人は寝巻か何か引っかけた肉感的エロティックなスタイルのまんま、窓枠にもたれて下の往来を覗きながら
風のあふり蒸暑むしあつく、呼吸いき出入でいりも苦しいと……ひとしほマノンの戀しさに、ほつと溜息ためいきついた……風のあふり蒸暑むしあつく、踏まれた花のが高い……見渡せば、入日いりひはなやぐポン・ヌウフ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
殊に門司もじまちを午後三時に散歩した時のやるせなき蒸暑むしあつさが直ちに思い出された。
すると気候はおそろしく蒸暑むしあつくなつて来て、自然とみ出る脂汗あぶらあせ不愉快ふゆくわいに人のはだをねば/\させるが、しかまた、さうふ時にはきまつて、の強弱との方向の定まらない風が突然とつぜんに吹きおこつて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
じっとり霧がこめて、いとど蒸暑むしあつい夜だった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現今げんこんでは精神病者せいしんびょうしゃ治療ちりょう冷水れいすいそそがぬ、蒸暑むしあつきシャツをせぬ、そうして人間的にんげんてき彼等かれら取扱とりあつかう、すなわ新聞しんぶん記載きさいするとおり、彼等かれらために、演劇えんげき舞蹈ぶとうもよおす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼の郷里熊本などは、昼間ひるまは百度近い暑さで、夜も油汗あぶらあせが流れてやまぬ程蒸暑むしあつい夜が少くない。蒲団ふとんなンか滅多に敷かず、ござ一枚で、真裸に寝たものだ。此様こんなでも困る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
が、それは必ずしも子供の病気のせいばかりではなかった。そのうちに、庭木を鳴らしながら、蒸暑むしあつい雨が降り出した。自分は書きかけの小説を前に、何本も敷島しきしまへ火を移した。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まぼろしのやうな蒸暑むしあつにはに、あたか曠野あれのごと瞰下みおろされて、やがてえてもひとみのこつた、かんざしあをひかりは、やはらかなむねはなれて行方ゆくへれぬ、……ひと人魂おにびのやうにえたのであつた。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
丸文まるぶんへと思いしが知らぬ家も興あるべしと停車場前の丸万と云うに入る。二階の一室狭けれども今宵こよいはゆるやかに寝るべしと思えば船中の窮屈さ蒸暑むしあつさにくらべて中々に心安かり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
橋の眼鏡めがねしたを行くむらさきの水の色、みるに心が結ぼれて——えい、かうまでも思ふのに、さてもつれないマノンよと、恨む途端とたんに、ごろ、ごろ、ごろ、遠くでらいが鳴りだして、かぜあふり蒸暑むしあつい。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
すると気候は恐しく蒸暑むしあつくなって来て、自然とみ出る脂汗あぶらあせが不愉快に人の肌をねばねばさせるが、しかしまた、そういう時にはきまって、その強弱とその方向の定まらない風が突然に吹き起って
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
午後になって、いやに蒸暑むしあつ空気くうきたたえた。ものうい自然の気を感じて、眼ざとい鶴子が昼寝ひるねした。掃き溜には、犬のデカがぐたりと寝て居る。芝生には、ねこのトラがねむって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蒸暑むしあつかつたり、すゞぎたり、不順ふじゆん陽氣やうきが、昨日きのふ今日けふもじと/\とりくらす霖雨ながあめに、時々とき/″\野分のわきがどつとつて、あらしのやうなよるなどつゞいたのが、きふほがらかにわたつたあさであつた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蒸暑むしあついのがつゞくと、蟋蟀こほろぎこゑ待遠まちどほい。……此邊このあたりでは、毎年まいねん春秋社しゆんじうしや眞向まむかうの石垣いしがき一番いちばんはやい。震災前しんさいぜんまでは、たいがい土用どよう三日みつか四日よつかめのよひからきはじめたのが、年々ねん/\、やゝおくれる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのまゝ押開おしあけると、ふすまいたがなんとなくたてつけに粘氣ねばりけがあるやうにおもつた。此處こゝではかぜすゞしからうと、それたのみうしてつぎたのだが矢張やつぱり蒸暑むしあつい、押覆おつかぶさつたやうで呼吸苦いきぐるしい。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
蒸暑むしあつで、糊澤山のりだくさん浴衣ゆかたきながら、すゞんでると、れいやなぎ葉越はごしかげす、五日いつかばかりのつき電燈でんとうけないが、二階にかい見透みとほしおもてえんに、鐵燈籠かなどうろうばかりひとつ、みねだうでもるやうに
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)