芝生しばふ)” の例文
私は門のところにためらひ、芝生しばふの上にためらつた。鋪石道を往きかへりした。硝子戸ガラスど鎧戸よろひどしまつてゐて内部を見ることは出來なかつた。
そこでは、芝生しばふはもう緑に色づいていたのですが、まわりのやぶや木々は、まだ、はだかで、褐色かっしょくの木のはだを見せているのでした。
青山浩一あおやまこういちは、もと浜離宮はまりきゅうであった公園の、海に面する芝生しばふに腰をおろして、向うに停泊ていはくしている汽船を、ボンヤリと眺めていた。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おとなしく手をとられて常人のごとく安らかに芝生しばふ等の上をあゆむもの、すべて老若ろうにゃく男女なんにょあわせて十人近い患者のむれが、今しも
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ある日も、王子は芝生しばふの上にころんで、むこうの高いかべをぼんやりながめていました。かべむこうには、青々とした山のいただきのぞいていました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
H温泉旅館の前庭の丸い芝生しばふの植え込みをめぐって電燈入りの地口行燈じぐちあんどんがともり、それを取り巻いて踊りの輪がめぐるのである。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
左の方はひろい芝生しばふつづきの庭が見え、右の方は茄子なすとか、胡瓜きゅうりを植えた菜園に沿うて、小さい道がお勝手口へつづいている。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
沙利じゃりを敷いた路は思うように歩けなかった。左側の街路とおりに沿うた方を低い土手にして庭前にわさき芝生しばふにしてある洋館の横手の方で犬の声がした。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
むかしはあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗きれい芝生しばふになってしまいましたね。それに白いさくなどをおつくりになったりして。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして、あの中庭の芝生しばふの上を自由に散歩する事も出来るし、愉快にあのベンチによる事も出来るんだと、庭の方を見て居た。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
四、五歳の青い目の子供が聞いた次の話が、六歳の薔薇色ばらいろの口から即席に作られたのも、この庭の芝生しばふの上においてである。
みんなは、つかれたので、おもおもいの場所ばしょやすみました。あちらのベンチに、こちらの芝生しばふに、三にん、四にんというふうに。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
合宿前の日当りの芝生しばふに、みんなは、円く坐って、黒井さんが読みあげる、封筒ふうとう宛名あてなに「ホラ、彼女かのじょからだ」とか一々、騒ぎたてていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
席を立った宗近君は、横から来て甲野さんの手を取るや否や、明け放った仏蘭西窓フランスまどを抜けて二段の石階を芝生しばふくだる。足が柔かい地に着いた時
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅葉山もみじやまから西北に、丘となり芝生しばふとなり、山となり渓谷となる所は、有名な吹上の大園で、林間堂濤どうとうの響きをなすものは
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども今度はさっきのように、一町も二町も逃げ出しはしません。芝生しばふのはずれには棕櫚しゅろの木のかげに、クリイム色にった犬小屋があります。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし彼女がすわってる隅からは、右手の方に、隣家の二つの中庭の向こうに、ハンカチほどの芝生しばふの片隅が見られた。
庭には沈丁花ちんちょうげあまが日も夜もあふれる。梅は赤いがくになって、晩咲おそざき紅梅こうばいの蕾がふくれた。犬が母子おやこ芝生しばふにトチくるう。猫が小犬の様にまわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
王子はみんながちょっといなくなったひまに、玻璃はりでたたんだ自分のおへやから、ひょいっと芝生しばふびおりました。
座敷から見渡すと向うの河原の芝生しばふが真青にでて、そちらにも小褄こづまなどをとった美しい女たちが笑い興じている声が、花やかに聞えてきたりした。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
芝生しばふに立つやいな、振り仰いで見ると、早くも今の雨戸は締まって心ありげに落花が打っているばかり、空家はやっぱりただの空家で、物音一つしない。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
はなれないものでござりますからわたくしも葉と葉のあいだへ顔をあててのぞいてみましたら芝生しばふ築山つきやまのあるたいそうな庭に泉水がたたえてありまして
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
短く美しく刈り込まれた芝生しばふの芝はまだえていなかったが、所まばらに立ち連なった小松は緑をふきかけて、八重やえ桜はのぼせたように花でうなだれていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
みぎよそほひでスリツパで芝生しばふんで、秋空あきぞらたか睫毛まつげすまして、やがて雪見燈籠ゆきみどうろうかさうへにくづほれた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さうすると又人足を呼びあつめて今度は松の木の下、庭一面に青い芝生しばふを敷きつめる事に取りかゝつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
道夫は、おかしいやらはずかしいやら、そしてまたうれしいやらで庭石の上から芝生しばふへ下りようとした。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
中央公園脇の王様丘コングス・ヘイに、王城のような大邸宅を構えて、定紋打った大門の鉄扉てっぴくぐってから、両側に並んだ石造の獅子や、毛氈もうせんを敷き詰めたごとき眼も遥かな芝生しばふ
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「それでは一刻いっこくも早く、ふたりをおしどりにしてください。」老人はうなずいてまず若者を、月光が何ものにもさえぎられていない美しい芝生しばふの上につれていった。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
二人は犬ころのように芝生しばふの上をころがって歩く。どっちも成績がよかったから、嬉しくて仕方がない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
芝生しばふを隔てて二十けんばかり先だから判然しない。判然しないが似ている。背格好かっこうから歩きつきまで確かにたけしだと思ったが、彼は足早に過ぎ去って木陰こかげに隠れてしまった。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
顔蔽いせる者 二分間前まで日あたりのよい芝生しばふの上で友人とたのしく話していた。その時友の一人がふとした思いつきで、たれか煙突にのぼって見せないかと言った。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
署長しょちょうはケンプ博士はくしからピストルをりて、外にでた。ところが、アダイ署長が芝生しばふの上を門に近づいて、中ほどにきたときである。目に見えない怪物かいぶつが、署長をおそった。
梅のほかには一木いちぼく無く、処々ところどころの乱石の低くよこたはるのみにて、地はたひらかせんきたるやうの芝生しばふの園のうちを、玉の砕けてほとばしり、ねりぎぬの裂けてひるがへる如き早瀬の流ありて横さまに貫けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
寺の門を配した豪奢ごうしゃな別荘もある。廃寺の庭は広々とした芝生しばふで、少年が一人寝転んでんやり空を見ていた。白い雲が、疏水の水に影をおとして流れている。いい天気だった。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これらの丘の上をおおっているうす芝生しばふの中には、人々の名前が切りこまれていました。
そして雪さんの背から子供をおろして、路傍みちばた土手どて芝生しばふの上に腰をかけ、まだ眠っている子を揺り起して、しゃくり込むように泣きながら乳首ちくびを無理に子供の口に押し込んだ。
青々としたる芝生しばふに咲き残れる薔薇ばらの花半ばは落ちて、ほのかなるかおりは庭に満ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
まあいちばんよく教えてもちったのは、休憩きゅうけいの時間で、木の根かたや、小砂利こじゃりの山の上や、または芝生しばふなり、道ばたの草の上が、みんなわたしの木ぎれをならべるつくえが代わりになった。
またのものは尼寺あまでらちひさき芝生しばふうへに百合の紋章打つたる天幕てんとを張りたる如し。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
走るのは畜生ちくしょうだし、乗るのは他人だし、本命といっても自分のままになるものか、もう競馬はやめたと予想表は尻にいて芝生しばふにちょんぼりとすわり、残りの競走レースは見送るはらを決めたのに
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
らちもなく万年青おもとあらひ、さては芝生しばふつてひろ姿すがたわれながらられたていでなく、これを萬一もし學友ともなどにつけられなばと、こヽろ笹原さヽはらをはしりて、門外もんぐわい用事ようじ兎角とかくいとへば
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひよどりの来る高いけやきこずえはすっかり秋の色にそまり、芝生しばふの中に一叢ひとむら咲き乱れているコスモスの花は、強い日差しに照り映えていた。子供たちは、広い芝生を喜んで、いつまでもけ廻っている。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
南さがりになっている芝生しばふに、色のめた文字摺もじずりがあちこち立っています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
○ベースボールに要するもの はおよそ千坪ばかりの平坦なる地面(芝生しばふならばなおし)皮にて包みたる小球ボール(直径二寸ばかりにして中は護謨ゴム、糸のたぐいにて充実じゅうじつしたるもの)投者ピッチャーが投げたる球を
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
労役牛の汗、ほこりで白い撒水さっすい自動車の鼻、日射病の芝生しばふ、帽子のうしろに日覆布おおいを垂らしたシンガリイス連隊の行進、女持ちのパラソルをさして舗道に腰かけている街上金貸業者、人力車人リキシャ・マン結髪シイニョン
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
羽子板を犬くわへ来し芝生しばふかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
芝生しばふにいる
湖水の女 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
芝生しばふの方へ歩きながら、私は、眼を上げて、やしきの前を見渡した。三階建がいだてで、かなりのものだつたが、さう宏大ではなかつた。
シェル修道院の昔の水道のおおいとなってほとんど丘を取り巻いてる芝生しばふの小道まで達した時、彼は一つの帽子がやぶの上から見えてるのを認めた。
見ると、自分はしろにわ芝生しばふの上にころんでるのでした。からだ中あせぐっしょりになってむねが高く動悸どうきしていました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)