まが)” の例文
取上見るに女の生首なまくびなりよつ月影つきかげすかして猶熟々つく/″\改し處まがふ方なき妻白妙が首に候間何者の所業なるやと一時はむねも一ぱいに相成我を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此夜、御所の溝端に人跡絶えしころ、中宮の御殿の前に月を負ひて歩むは、まがふ方なく先の夜に老女を捉へて横笛が名を尋ねし武士なり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
呆気あっけに取られて目も放さないで目詰みつめて居ると、雪にもまがうなじさしつけ、くツきりしたまげの根を見せると、白粉おしろいかおりくしの歯も透通すきとおつて
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして「どうぞ御覧下さい奥様の御自筆です」とロザリオ青年の持って来た紙片を指し示したが、なるほどまがいもなく妻の自筆であった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にてまがふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三—七五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
声ざまに聞き覚えもござれば、「しめおん」がかうべをめぐらして、その声の主をきつと見れば、いかな事、これはまがひもない「ろおれんぞ」ぢや。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
... 御存知ごぞんじありませんか」という声がまがいなくツァ・ルンバに違いございませんから「知って居る」と笑いながら答えました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ソコで横浜に来た所が、まさしく仙台人だ、捕縛しようかと云うに、まがう方なき発狂人だ、ドウにも手の着けようがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それが、手指ばかりでなく、腹部にも腰の回りにも、ももにも、数は少ないが広がっている。まがう方なく、疥癬しつである。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
屠手として是処に使役つかはれて居る壮丁わかものは十人ばかり、いづれまがひの無い新平民——殊に卑賤いやしい手合と見えて、特色のある皮膚の色が明白あり/\と目につく。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼の眼は大きく碧くて、鳶色とびいろ睫毛まつげに被はれ、象牙にもまが白皙はくせきの高い額には、心なしの金髮の捲毛がこぼれてゐる。
それは暦の上でもはつきり現れてゐるし、房一の身辺でもまがふことなく通過した。たしかにいろんなことが、予期したことも予期しないことも起つた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
白木綿しろもめんが、ねずみ木綿とまがうほど、ほこり雨露あめつゆに汚れていた。油気のない髪、日焦ひやけ痩落やせおちている頬、どことなく、志を得ない人間の疲れと困憊こんぱいまとっていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小僧は手に履刷毛くつはけげてゐる。まがかたもない履磨きで、だい/\のやうに小さな顔は履墨くつずみで真黒に汚れてゐる。
まがかたなく其處そこには、普通あたりまへはなよりも獅子しゝぱな酷似そつくりの、ひどくそッくりかへつたはながありました、また其眼そのめ赤子あかごにしては非常ひじようちひさすぎました、まつたあいちやんは
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
眞物ほんものまがふばかりの素晴らしいできで、道八の手から諸方に賣り渡され、あらゆる鑑定者の眼までくらまして、今日では日本の寳のやうに持てはやされてをるのでした。
「お言葉ではござりますが、まがいもなく、女形雪之丞、脇田一松斎の愛弟子まなでしに、相違ござりませぬ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
小手垣味文が漆喰しっくい細工の村越滄洲、こて先で朝野名士の似顔額面数十枚を作って展覧会を催したり、東両国中村楼大広間の大天井を杉板まがいに塗り上げて評判の細工人。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
オオ、そうだそうだ、昨夜もらった包み金、まことうそか、と開いて見れば、まがう方なき五円紙幣。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
六時三分の上り列車に乗ったのは、正真まがいなしの信造だったんです。それから先が違うので——立腹した信造はその足で直ぐ蒲田の永辻の家へ行って、居合した卓一をなじったのです。
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それは、彼女の証言によれば、まがうべくもない本人の筆蹟で、殊に中には、米国の五ドル紙幣で百ドルの大金が封入してあったのだ。手紙には宿所が記入してなかったが、文言は次のようだった——
羽子板はごいたなどが山と高く掲げられるのも見ものでありますが、酉町とりのまち熊手くまでなど、考えると不思議にも面白い装飾に達したものであります。玩具の犬張子いぬはりこなどにも、何かまがいない江戸の姿が浮びます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
恋ひわびて泣くまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらん
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
雲にして山にまがふも山にして雲に紛ふも咎むる勿れ
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
私は見た、沼かとまがふ巨大な魚梁やなが沸き返るのを
ながめやればはるか向ふに燈火ともしびの光のちら/\と見えしに吉兵衞やうやくいきたる心地こゝちし是ぞまがひなき人家ならんと又も彼火かのひひかり目當めあてゆき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、珍らしいと思ったのは、薄汚れた鬱金木綿うこんもめんの袋に包んで、その荷に一ちょうまがうべくもない、三味線をゆわえ添えた事である。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いかなるまがい宝石よりも、ダイヤの真を写すものは硝子ガラスだといわれているだけあって、白金の鎖にちりばめてあるものは、ことごとく硝子玉ばかりである。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その男はまがいもなく西北原でマナサルワ湖の辺を共に巡礼して居りましたかの兄弟三人の中の一番の弟で、私の横面をばして倒した男なんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
されど自慢の頬鬢掻撫かいなづるひまもなく、青黛の跡絶えず鮮かにして、萌黄もえぎ狩衣かりぎぬ摺皮すりかは藺草履ゐざうりなど、よろづ派手やかなる出立いでたちは人目にそれまがうべくもあらず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
たった一粒身に着いていた珊瑚珠さんごじゅも、小間物屋に見せれば、それは練玉ねりだまというまがい物だと分って、お金にはならず、腹が立つやら悲しいやらで涙も出ません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにもよく似てはいるが、どちらも近頃出来の写しで、真物しんぶつじゃありません。本物が三百両するものなら、まがい物や写しは、よく出来ていても三匁や五匁で買えます
男はここまで云いかけると、敏子の眼がじっと彼の顔へ、そそがれているのに気がついた。その眼には涙のただよった底に、ほとんど敵意にもまがい兼ねない、悲しそうな光がひらめいている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、利休の驚いたのは、この席できず入りの肩衝を見つけたからではありません。その茶入がまがふ方もなく、ついこなひだ堺衆なにがしの茶席で見かけた雲山そのものだつたからでした。
利休と遠州 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
身体にへばりついたシャツをはぎとると、背部に最もひどい傷があつた、それはまがふところのない刃物による刺傷だつた。新しい血がはぎとられたシャツの下から、またゝく間にふき出し、したゝり落ちた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
素顔に口紅でうつくしいから、その色にまがうけれども、可愛いは、唇が鳴るのではない。おつたは、皓歯しらは酸漿ほおずきを含んでいる。……
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さして來掛きかゝるを近寄ちかよりればまがふ方なき千太郎成ければ是はと思ひし久八よりも千太郎は殊更ことさら驚怖おどろきしが頭巾づきん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
こういう間に、士気いよいよ高い蜀の大軍は、猇亭こていから川口にいたる広大な地域に、四十余ヵ所の陣屋と壕塁ごうるいを築き、昼は旌旗せいきくもまがい、夜は篝火かがりびに天を焦がしていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
絨毯じゅうたんを敷き詰めた洋間でありながら、ブェランダまがいの広い縁側がついて、明け放した大きな硝子ガラス戸からは海や谷底を見下ろして、さっきよりもっと眺望のいい部屋でした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
油火あぶらびのかすかな光の下で、御経おんきやう読誦どくじゆし奉つて居つたが、たちまちえならぬ香風が吹き渡つて、雪にもまがはうず桜の花が紛々とひるがへいだいたと思へば、いづくよりともなく一人の傾城けいせい
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
我々はまがいもないチベット人ですら、出入ではいりをするに実に困難こんなんを極めて間道でもあれば脱けて行きたいと思う位苦しんで居りますが、それをまああなたはどこからお越しになったか
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
青海せいかいの簾高く捲き上げて、前に廣庭を眺むる大弘間、咲きも殘らず散りもはじめず、欄干おばしま近く雲かとまがふ滿朶の櫻、今を盛りに匂ふさまに、月さへかゝりて夢の如きまどかなる影、朧に照り渡りて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
まがふことなく、それは神原喜作だつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
衣摺きぬずれが、さらりとした時、湯どのできいた人膚ひとはだまがうとめきがかおって、少し斜めに居返いがえると、煙草たばこを含んだ。吸い口が白く、艶々つやつや煙管きせるが黒い。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おうっと答えて、そこからこなたへ歩いて来る三人を見れば、まがうなき昨日の呉用であり雷横であり、また一ばんどんじりから、のそのそ来るのは黒旋風の李逵りきだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今度は低いながらも前よりは一層明瞭にまがう方なく女のすすり上げているばかりではなく、むせびながら何か途切れ途切れに掻き口説いているような若い女の含み声が洩れてきたのであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その鳥の巣のやうな髪と云ひ、ほとんど肌も蔽はない薄墨色うすずみいろの破れころもと云ひ、或は又けものにもまがひさうな手足の爪の長さと云ひ、云ふまでもなく二人とも、この公園の掃除をする人夫にんぷたぐひとは思はれない。
東洋の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂えんまどうだと、女人を解いた生血と膩肉あぶらみまがうであろう、生々なまなまと、滑かな、紅白の巻いた絹。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くもくもきたり、やがてみづごとれぬ。白雲しらくも行衞ゆくへまがふ、蘆間あしまふねあり。あは蕎麥そば色紙畠しきしばたけ小田をだ棚田たなだ案山子かゝしとほ夕越ゆふごえて、よひくらきにふなばたしろし。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すぐその御手洗のそばに、三抱みかかえほどなる大榎おおえのきの枝が茂って、檜皮葺ひわだぶきの屋根を、森々しんしんと暗いまで緑に包んだ、棟の鰹木かつおぎを見れば、まがうべくもない女神じょしんである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)