むらが)” の例文
と下にむらがっている男の中でも、図抜けて背の高い柿色の道服に革鞘の山刀を横たえた髯むじゃらな浪人が、一人の乾分こぶん我鳴がなりつけた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな松ののさばりかかった上品な墓だ。頭の上ではほろろと鳥が啼き名も知れぬ白い、小さな草花があたりにむらがり咲いていた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
まだ、朝早あさまだき、天守てんしゆうへからをかけてかたちくもむらがつて、処々ところ/″\物凄ものすさまじくうづまいて、あられほとばしつてさうなのは、かぜうごかすのではない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
常春藤きづたむらがった塀の上には、火の光もささない彼の家が、ひっそりと星空にそびえている。すると陳の心には、急に悲しさがこみ上げて来た。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
浅みどりの葉の色茎の色、日の光に透くやうに見えたるに、小き花のいと繁くもむらががりて紅う咲きたる、もてあそびものめきたれど憎からず。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
街には宗徒むらがりて、肩と肩と相摩するさま、むかし紅海を渡りけん時も忍ばる。簷端のきばには古衣、雨傘その外骨董どもを、懸けもならべもしたり。
あすこの三つ二つ、三つ二つは今しも大きな塊りとなってうしおのように前に押寄せ、丁字街の口もとまで行くと、突然立ち停まって半円状にむらがった。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
「あすこが大阪かね」私は左手の漂渺ひょうびょうとした水霧すいむの果てに、虫のようにむらがってみえる微かな明りを指しながら言った。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
六月の中旬のことで、庭の隅には丈の高い紅と白とのスウィートピイが美しくむらがり咲いていた。花の前に立って、三造は、しばらく涙のかわくのを待った。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……今、物音の聞えたところ、丘の向う側には素晴らしく賑やかな大都会がある。……其処には、家々の窓から灯が、きらきらとむらがつて輝いて居る……。
「あゝ、もうよさう、考へるのは止さう。もつと静かに休まなければならない体だ。何事をも捨てたやうに、このむらがつて来る千万の考慮をも捨てよう……」
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それがほろを打つ雨の音に打ち勝つように高く自分の耳に響いた時、自分はこのはてしもない虫のれて、果しもない芒のむらがりを眼も及ばない遠くに想像した。
初秋の一日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ミヤマオダマキがうす紫の花をむらがして、岩角に立っているのが、色彩が鮮やかで、こんな寒い雪や氷の、磽确こうかくな土地も、深碧の空と対映して、熱帯的トロピカルに見えた。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それはられてぐつしやりとしめつていね土手どてしばうへぱいされてあつたからである。いねはぼつ/\とむらがつて野茨のばらかぶのぞいてこと/″\ひろげられてある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「左様——」と阿賀妻はほほ笑んだ、「野には、ふくいくと匂うきのこが今を限りとむらがり生えていましたな」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし良三は自ら双臂胸腹さうひきようふくを摩して、粟粒大ぞくりふだいの物がはだへに満ちてゐるのを知つた。夜が明けた。良三は紅疹のむらがり発したのを見て喜に耐へず、大声に「先生」と叫んだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
凍つた石が、終りに黒山を成して氷の上に積み上げられる頃は、「やつか」の底には青藻と共に揺れ動いてゐる魚族がある。日が射せば水底にむらがり光る魚の腹が見える。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
妻は斯かる夕彼の黒き髯むらがり生ぜる、赤き眼の驚くべく輝ける大男共の群に取残されしものに候。
その上に密生してむらがっている細かい枝までがこの木特有の癖を見せて、屈曲して垂れさがり、そのさきを一せいにねあげる。柘榴の木立こだちの姿はそういうところに、魅力がある。
土人たちは幾つかの煤色の天幕テントの前にむらがっていたが、私たちの舟が通ると盛んに色々の光るきれを頭の上でうち振った。私たちもこれに応えた。万歳アい、万歳アい。万歳アい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
試みに新緑の谷間を遡って見玉みたまえ。最奥の部落を離れて間もなく水際に大きな葉を拡げた大木の梢に、白い花のむらがり咲くのを見るであろう。それは一かかえも二抱もあるとちほうの木だ。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そこにだけしゃ切り立ったような黄褐色の毛がむらがり、全身はあまりにも短い滑らかな密毛に被われているために、さながら水に濡れた海豹あざらし膃肭臍おっとせいのようにヌラヌラした感があり
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
高い石段を踏んで門に入ると、薄暮の明りを透して紫の雲が本堂の前の庭一面にむらがり、好い香りが人を打つ。それはリラの花(支那語では紫丁香)が庭を埋めて真盛りに咲いてゐるのであつた。
町立病院ちやうりつびやうゐんにはうち牛蒡ごばう蕁草いらぐさ野麻のあさなどのむらがしげつてるあたりに、さゝやかなる別室べつしつの一むねがある。屋根やねのブリキいたびて、烟突えんとつなかばこはれ、玄關げんくわん階段かいだん紛堊しつくひがれて、ちて、雜草ざつさうさへのび/\と。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
眠れるいにしえの花園の咲きてむらがる花の中
若楓は幹に手をやつただけでも、もう梢にむらがつた芽を神経のやうに震はせてゐる。植物と言ふものゝ気味の悪さ!
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もう誰彼の識別みわけもつかない。むらがりかかってゆく烏に似ていた。大地の雪が粉になって、太刀と人影を吹雪に巻く。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの中島なかじまは、むらがつたはなゆきかついでるのです。きしに、はなかげうつところは、松葉まつばながれるやうに、ちら/\とみづれます。小魚こうをおよぐのでせう。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
出がけに見ると、家の入口の左右に、黄と紅と紫との鮮やかなクロトンの亂れ葉が美しくむらがつてゐた。
その泣いた目で見たぼやけた山茶花さざんくわの枝ぶりと、それのぼやけてむらがつた花の一つ一つが、不思議と
街のかたを見おろせば、貧人の兒どもむらがりて、松明まつより散る火の子を眺め、手を打ちて歡び呼べり。
ぽつ/\とむらがつた村落むら木立こだちいづれもこと/″\あかいくすんだもつおほはれてる。さうしてひくあひせつして木立こだちとのあひだ截然くつきりつよせんゑがいてそらにくほどさえる。さうだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
また石畳の両側には、境内に住んでいる限りの僧俗が、ほとんど一人も残らずむらがっている。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其時、私は糸立いとだてを着て、草鞋わらぢを穿いて歩いて行つた。浜島から長島までの辛い長い山路、其処には桃の花の咲いてゐるはたもあれば、椿の花の緑葉みどりはの中に紅くむらがつてゐる漁村もあつた。
春雨にぬれた旅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そして腰部にのみ長毛がむらがっている………もちろん幾度も幾度も他犬種との交配を図った結果、こういう畸形児みたいな犬の変種を創り上げているのでしょうが、何の必要があって
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
が、僕は今より十層倍も安っぽく母が僕を生んでくれた事を切望してまないのです。白帆しらほが雲のごとくむらがって淡路島あわじしまの前を通ります。反対の側の松山の上に人丸ひとまるやしろがあるそうです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
町立病院ちょうりつびょういんにわうち牛蒡ごぼう蕁草いらぐさ野麻のあさなどのむらがしげってるあたりに、ささやかなる別室べっしつの一むねがある。屋根やねのブリキいたびて、烟突えんとつなかばこわれ、玄関げんかん階段かいだん紛堊しっくいがれて、ちて、雑草ざっそうさえのびのびと。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
石鹸シヤボンの泡に似て小さく、むらがり青むある花は
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
若楓わかかえでは幹に手をやっただけでも、もうこずえむらがった芽を神経のように震わせている。植物と言うものの気味の悪さ!
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
結核性な匂いをもつ青白い瓦斯ガス燈が、ほそい眼をして、いつもそこにむらがおびただしい求食者の群を見下ろしている。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出がけに見ると、家の入口の左右に、黄と紅と紫との鮮やかなクロトンの乱れ葉が美しくむらがっていた。
聖彼得サン、ピエトロ寺の塔の湧出したる、橄欖の林、葡萄のはたけの緑いろ濃く山腹を覆ひたる、瀑布幾條かみなぎりつる巖の上にチヲリの人家のむらがりたるなど、皆かつがつ我筆に上りしなり。
草を、木を、山村を、橋を、山から山へとむらがつて靡いて来る雲を、竹藪を、その竹藪の下を両方から二つの川が丁字形をなして落ちて来るのをかれ等は同じ眼で同じやうに眺めつゝ歩いた。
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
おもてめた姿すがたである。皓齒しらはひとつも莞爾につこりほころびたら、はらりとけて、おび浴衣ゆかたのまゝえて、はだしろいろさつむらがつてかう。かすみはなつゝむとふが、をんなはなかすみつゝむのである。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大山たいざんしわに棲むものは、鳥獣ばかりとは限らない。彼女が駈け歩いた峰や沢や山畑の遠方此方おちこちから、忽ちにして、むらがり集まって来た人間は、二十名以上もある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
垣の中にむらがった松はまばらに空を透かせながら、かすかにやにを放っている。保吉は頭を垂れたまま、そう云う静かさにも頓着とんじゃくせず、ぶらぶら海の方へ歩いて行った。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夾竹桃が紅い花をむらがらせてゐる家の前まで来た時、私の疲れ(といふか、だるさといふか)は堪へ難いものになつて来た。私は其の島民の家に休ませて貰はうと思つた。
夾竹桃の家の女 (新字旧仮名) / 中島敦(著)
自分の全身にはほとん火焔くわえんを帯びた不動尊もたゞならざる、憎悪ぞうを怨恨ゑんこん嫉妬しつとなどの徹骨の苦々しい情が、寸時もじつとして居られぬほどにむらがつて来て、口惜くやしくつて/\、忌々いま/\しくつて/\
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
夾竹桃が紅い花をむらがらせてゐる家の前まで來た時、私の疲れ(といふか、だるさといふか)は堪へ難いものになつて來た。私は其の島民の家に休ませて貰はうと思つた。
男は草の中にたたずんだ儘、茫然と庭の跡を眺めまはした。其処には半ば埋もれた池に、水葱なぎが少し作つてあつた。水葱はかすかな新月の光に、ひつそりと葉をむらがらせてゐた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)