まれ)” の例文
ところがこれに反して抽象的な論理的な思考に至ってはその見るべきものがきわめてまれであるということは、実に驚くばかりである。
日本文化と科学的思想 (新字新仮名) / 石原純(著)
昔のままに現在までも続いていると云う住家はほとんんどなく、極めてまれに昔の美しさのある物を発見するのがすこぶる難しいことなのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
この不思議な退化をなしつつある少女は一つのまれな才能を示すやうに見えた。それは彼女の素描にあらはれる特殊な線の感じにおいて。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
そういえば、此の頃は誰も来ない、来ても食事どきはよける、坐って酒を飲むような者はごくまれで、用事が済めばさっさと帰ってゆく。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかれども俳句は理想的の者極めてまれに、事物をありのままに詠みたる者最も多し。しかして趣味はかへつて後者に多く存す。例へば
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そも/\くま和獣わじうの王、たけくしてる。菓木このみ皮虫かはむしのるゐをしよくとして同類どうるゐけものくらはず、田圃たはたあらさず、まれあらすはしよくつきたる時也。
もとよりかかる変わった事件は彼の生涯しょうがいにおいてきわめてまれであった。われわれはただわれわれの知るところだけを物語るのである。
一人も他の部屋へ入ってむだ口を利くこともあまりなかったが、階下から才次などが上ってきて勉強を乱すことはなおさらまれだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
まれに我々は、聡明らしく見える老人が、前を通り去る我々を見詰めて、懐古的瞑想にふけりながら、厳格な態度で頭をふるのを見た。
ルウベンスまたタアナアの描ける暴風の図は人をして恐怖の情を催さしむといへども暴風のもたらし来る湿気しっきの感を起さしむる事まれなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
高い山々は雪嵐に包まれて、全体の姿を顕す日もまれだ。小諸の停車場に架けたかけひからは水があふれて、それが太い氷の柱のように成る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見るに衣裳なり見苦みぐるしけれども色白くして人品ひとがら能くひなまれなる美男なればこゝろ嬉敷うれしくねやともなひつゝ終に新枕にひまくらかはせし故是より吉三郎もお菊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
単語は何か新しい思想を含んだものであって、普通にある言葉をわざわざ西洋語を借りて言い表わすことは、よしあってもまれである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
おつぎは勘次かんじ敏捷びんせふあざむくにはこれだけのふか注意ちういはらはなければならなかつた。それもまれなことでかずかならひとつにかぎられてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こういう人たちの話がまれに出ることがあると、先生は妙に興奮気味の口調で「僕はああいう人たちには、どうにも我慢が出来ない」
知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれもうずる人の少きにや、諸国の寺院に、夫人を安置し勧請かんじょうするものを聞くことまれなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今村の諸君弁護の労を快諾せられぬ、しかれ共我等同志が主義主張の故を以て法廷に立つこと、今後必ずしもまれなりと云ふべからず
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
突き止めてこの聖者から、世にもまれな幸福の秘訣ひけつを奪い取るか、でなければ、それが偽物であるのを観破して私の夢を安らかにしい。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うそではないのである。源氏の恋人である人は初めから平凡な階級でないせいであるか、何らかの特色を備えてない人はまれであった。
源氏物語:11 花散里 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この小さな、緑色に繁茂しげり栄えた島の中には、まれに居る大きなありのほかに、私たちを憂患なやまとりけもの昆虫はうものは一匹も居ませんでした。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
公の「遊戯」に関係した男女で無事に生命をまっとうしたものはまれであるのに、道阿弥が死をまぬかれたのは甚だ幸運と云わざるを得ない。
いかなる瑣末さまつな事件にも、この男のごとく容易に感服する人間は、滅多にない。いや、感服したような顔をする人間は、まれである。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また宴席、酒たけなわなるときなどにも、上士がけんを打ち歌舞かぶするは極てまれなれども、下士はおのおの隠し芸なるものを奏してきょうたすくる者多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
文「なアに雪女郎は深山しんざん雪中せっちゅうで、まれに女のかおをあらわすは雪の精なるよしだが、あれは天神様へお百度でも上げているのだろう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かつ傷つける人に真の慰めを送る力を持つことはまれなのであるが——自分にいろいろなことを打ち明けさせようとしないことをよろこんだ。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
刀長持かたなながもちの中には、古今の銘刀が何十振とあった。相州物、備前物、肥前その他、彼がまだ接したことのないまれな名匠の作もあった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土佐でヌタナロ、南奈路などというのもまた同じ語で、この国ではナルと併用せられている。ナラという地名も決してまれではない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
安物を買いに行って一番高価な自分の命を棄てなけりゃあならんような事がありますから、そこへ出かけて行く人間は余程まれです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
初めてぐううしのうて鰥居無聊かんきょむりょうまたでて遊ばず、ただ門につて佇立ちょりつするのみ。十五こう尽きて遊人ゆうじんようやまれなり。丫鬟あかんを見る。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかしその時、折竹は一つの石をじっと見詰め、じつにブラジル産にしてはまれともいいたい、その石の青色に気を奪われていた。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
今の個人陶工の作で、これに及ぶものを求めても、なかなか見つからぬのは、そういう自由さに達した作家が極めてまれなのを意味します。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それが今は、ひとしおひっそり閑と静まり返り、街燈もまれにちらほらついているだけで——どうやら、もう油がつきかかっているらしい。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
自分は容貌ようぼうの上のみで梅子さんを思うているのでない、御存知の通り実に近頃の若い女子にはまれに見るところの美しい性質をもっておられる
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
三間半の南向の椽側に冬の日脚が早く傾いて木枯こがらしの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたような気がする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ほう、生理的神経的の歪みですか。そしてこれを復習する極めてまれな幸運ですか。いや、お蔭さまで、あきらめがついてきました」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「その父賢にして、その子の愚なるものはめずらしからず。その母賢にして、その子の愚なる者にいたりては、けだし古来まれなり」
孟母断機 (新字新仮名) / 上村松園(著)
古く地中海に瀕せる諸国にひろがり十九世紀の始めスコットランドに甚だまれだったが今は夥しく殖えイングランド、アイルランドまたしかり
まれには「大変お早いんですねえ」などと言っても見た。雨の日などにはその家の妓が五人ほど集まって、一緒に三味線のおさらいをし出した。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
やが船尾せんびかたると、此處こゝ人影ひとかげまれで、すで洗淨せんじようをはつて、幾分いくぶん水氣すゐきびて甲板かんぱんうへには、つきひかり一段いちだん冴渡さへわたつてる。
古美術の本を携えて夢殿見物に出かける人は多いが、たとえば親鸞しんらんの太子奉讃の和讃を心にとなえつつ参詣さんけいする人はまれであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
晴れた日など若葉の間を真直ぐに前方を見ながら来る二人の満ち足りたような姿は、遠くから見ていてもまれに見る幸福そうな良い感じだった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
大人にも、子供にも、これくらい、よく読まれてきた本はまれです。これからもまだ多くの人々に読まれてゆくことでしょう。
最初彼が探偵事務所を訪ねてきた時から、そのたぐいまれなる美貌びぼうと、陰火のような押し殺された情熱が、探偵の心を打った。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
階段の踏石ふみいししりに冷たく、二人は近来まれな空腹を感じる。欠伸あくびをしたり、心窩みぞおち握拳にぎりこぶしで叩いたりして、その激しさを訴える。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
何分なにぶん空氣くうきかんなか侵入しんにゆうするので、今日こんにちこれをけててもほねのこつてゐるのはごくまれであつて、わづかにのこつてゐるくらゐであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
銃猟じゅうりょう道楽は天下に多し。走獣そうじゅう飛禽ひきん捕獲ほかくするの術は日に新しきを加うれどもその獲物えものの料理法を頓着とんじゃくするものははなはまれなり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
母親ははたいへん縹緻きりょうよしなので、むすめもそれにひなまれなる美人びじんまた才気さいきもはじけてり、婦女おんなみち一ととおりは申分もうしぶんなく仕込しこまれてりました。
とはいえ、ともかく新鮮な読物の極めてまれな一つが八十を過ぎた老人によってされたことは日本文化の貧困を物語ることでもあるかも知れぬ。
咢堂小論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いて言うならば、この物語は児童教育の貴重な参考書であり、その逆の意味では年少の読者にとってたぐいまれな少年文学の一つの見本である。
二月十一日、すなわち紀元節の日だが、この日はひどく寒く、午前六時に零下五度三分という、東京地方にはまれな低温だった。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)