むつ)” の例文
と、いろいろな話題を持ち出すのをきっかけに、——礼儀こそみださないが——家長を囲む一家族のように、むつみ合うのが例であった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰しもこれらの動物を眺めているうちに、ふしぎと調和されてくる総ての動物的な、珍らしいむつまじさ親密さをかんじるのであった。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
くもならば、くもに、うつくしくもすごくもさびしうも彩色さいしきされていてある…取合とりあふてむつふて、ものつて、二人ふたりられるではない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こうは、自分じぶんかんがえがわるかったとさとって、おつにわびたのであります。そのは、二人ふたりはあいかわらずむつまじく、なかよくらしていました。
幸福に暮らした二人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そしてなんとかお言葉をいただくことができます程度のむつまじさで御交際することはだれも非難のいたしようもないことでしょう。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
学の兄弟相かわらず随分むつまじく相交わり、互いに古学興隆の志を相励み申すべく、我執がしゅうを立て争論なぞいたし候儀これあるまじき事。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お絹にめられること、そうして、その日の晩餐も、むつまじく、お絹の待構えた手料理とお給仕で快く済ましてから、食卓のはなしがはずむ。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある時は女二人が一つ蒲団ふとんのなかで、むつまじそうに話しながら寝ているそばで、庸三は頭のつかえる押入のベッドのうえに横たわっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
二人だって、そうと知った上で、今までのむつまじさを回顧した時の方が、どんなに愉快が多いだろう。少なくとも僕ならそうだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食事がすむと、親子は友だちのようにむつまじく話した。家の困る話なども出た。ありもせぬ財布から五十銭借りられて行くことなどもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「旅の慰み、眼に見る物の珍しさ、お互いの間でつとめてなした遠慮、それが時たま私たちの間に昔のむつまじさの名残をいくらか蘇らせた。」
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
自然と人とは、時には獰猛どうもうに闘い、時には肉親のようにむつび合った。けれどもその闘うにしろ睦ぶにしろ両者の間には冥通する何物かがあった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その暁には、九条家と大谷家との御兄弟が、互にお三方さんがたとも御結婚になり、両家にとりてこの上のおむつみはないのでした。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「後添でいらつしやる、若殿樣とはまゝしい仲だが、至つておむつまじい。奧方には今年十九になる若葉樣といふ、それは/\お綺麗なお孃樣がある」
由利どのとのむつみもこれまでなるべく、またその口よりお城へれ候節は、いかなる大事となるやも計られず、いまは自ら死を覚悟いたし申し候。
これやこの人の我がに相むつなごむを見れば、今さらに喜ぶ見れば、この我やみぎりひだりに、とみかう見涙しながる。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
後は芝居の噂やら弟子どもが行状みもちの噂、真に罪なき雑話を下物さかなに酒も過ぎぬほど心よく飲んで、下卑げび体裁さまではあれどとり膳むつまじく飯を喫了おわ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
幼稚園に通うころより実の同胞きょうだいも及ばぬほどむつみ合いて、浪子が妹の駒子こまこをして「ねえさんはお千鶴さんとばかり仲よくするからわたしいやだわ!」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それであるから、姉妹きょうだいもただならぬほどむつまじいおはまがありながら、別後一度も、相思の意を交換した事はない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あるがなかにも薄色綸子うすいろりんず被布ひふすがたを小波さヾなみいけにうつして、緋鯉ひごひをやる弟君おとヽぎみともに、餘念よねんもなくをむしりて、自然しぜんみにむつましきさヽやきの浦山うらやましさ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
遠慮のない大声で物を言いますが、人柄は素朴で、引子ひきこを二人位置き、子供は三人あって、口数の少ない、おとなしそうな妻とむつまじく暮らしていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
互いにむつみ合うはおろかの事、かえって交互たがいに傷つけ合い、甲斐かいの武田は越後えちごの上杉、尾張おわりの織田、駿河するがの今川
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その雨その煙がまた互いに生あるもののごとくむつみあっている、とこういうのが正面の解釈でありまして
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
樹間隠このまがくれに見ゆる若き夫婦の盛装せるが、むつましげに語らひ行く影を、ツクヅクとお加女は見送りながら
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
父を失った兄弟は、文代さんという、美しく優しい妹を得て、世にもむつまじい三人兄妹が出来上った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
姉さんが一人、お悦といって後家ごけを通した人(後に私の養母である)、この人が台所をやるという風で、姉弟きょうだい三人水入らずで平和にむつまじくやっていたのであります。
微塵みじんも他意はなかったのだが、二歳になる晋太郎という子を抱いて来たとき、そしていかにもむつまじそうな夫婦の姿を前にして、生れて初めての激しい妬みを感じた。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふと、恋人どうしらしい男女が、頬をくっつけてむつまじげにひそひそとしゃべりあっている席が目に入った。二人の向い側のシートが空き、そこにしか空席がなかった。
赤い手帖 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
なお幾夜かくあるべくありしなり、阿園には夫婦のむつみいまだ尽きず、ねや温味ぬくみいまだに冷えず、恋の夢ただ見初めたるのみなりしなり、彼は哀れにも尼の願いを起し
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
なし今は男女五六人の暮しに成し處近所の者の世話にて女房をもち家内むつまじく繁昌はんじやう致しけり扨又肥前ひぜんの小猿は本町二丁目にてうり家をもとめ名を肥前屋小兵衞と改め糶呉服せりごふく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一日問をかけて曰ふ、「汝等一家むつまじく暮らす方法は如何にせば宜しと思ふか」と。群童こたへに苦しむ。其中尤も年けたる者にみさを坦勁と云ふものあり。年十六なりき。
遺教 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
しかれどもかみ和ぎ、しもむつびて、事をあげつらふにかなふときは、すなは事理ことわり自らに通ふ、何事か成らざらむ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
昔気質むかしかたぎの耳に立ち優れてよく響き渡り、かかる人に親しく語らうを身の面目とすれば、われたるあとよりすぐに訪い返して、ひたすらになおむつまじからんことを願えり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
棧橋の人混みにまぎれて異国趣味にむつみ、山の上から眼下に横たわる街々を眺めては平和を愛し、支那人の顔を見つめて首をかしげ、綺麗な道路と赤瓦の住宅とにおいて
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
その私の気持をただ一つつなぎ留めていたものはあの昨夜MRミスタ・シュータンとして、むつまじく語り合っていた時の太子の美しい印象や、あどけない口のききぶりやであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
可憐かれんの嬢が成行きかな。我不幸にして先妻は姦夫かんぷはしり、孤独の身なり、かかる醜婦と結婚せば、かかる悲哀に沈む事なく、家庭もむつまじく神に仕えらるるならんと云々うんぬん
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
母が、昨年死んでから、さびしくなった家庭は、取り残された人々が、その淋しさをつぐなうために、以前よりも、もっとむつまじくなるべきはずだのに、実際はそれと反対だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
江戸日本橋小網町こあみちょうの廻船問屋港屋太蔵みなとやたぞう方へ嫁に来ていて、夫婦仲もたいへんにむつましかったのだが、このお盆の十五日、ひわという下女を連れて永代へ川施餓鬼かわせがきに行った帰途かえりみち
ひとりこれ等の姉妹と道を異にしたるか、終に帰り来らざる「理想」は法苑林ほうおんりんの樹間に「愛」と相むつみ語らふならむといふに在りて、冷艶れいえん素香の美、今の仏詩壇に冠たる詩なり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
小供のなじむは早いもので、間もなく菓子ひとつを二ツに割ッて喰べる程むつみ合ッたも今は一昔。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
要は他人の夫婦仲のむつまじいのを見ると、自分たちの身に引きくらべてその幸福がうらやましくもあり、他人事ひとごとながら嬉しくもあって、決してイヤな気は起さないのが常だけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
したがつなにゆゑとなくむつましくはなれがたくおもはれたが、其後そのゝちかれ學校がくかう卒業そつぎやうして、元來ぐわんらいならば大學だいがくきを、大望たいもうありとしようして、幾何いくばくもなく日本ほんごくり、はじめは支那シナあそ
良人おっととの仲もむつまじく、所帯持もく、快濶かいかつではないが優しい中に熱烈な所のある婦人で、芸術上の希望を満たしたいために女優として立つに至ったのも良人との相談の上であって
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
もどかど歌川うたがわかじを着けさせ俊雄が受けたる酒盃さかずきを小春にがせておむつまじいとおくびよりやすい世辞この手とこの手とこう合わせて相生あいおいの松ソレと突きやったる出雲殿いずもどのの代理心得、間
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
梁の氏(『五雑俎』八に見ゆれど予その出処も子細も詳らかにせぬから、知った方は葉書で教えられたい)や、『発心集ほっしんしゅう』に見えたわが夫を娘に譲って、そのむつまじきを羨むにつけ
娘お徳どのと互いにむつましく暮し、両人の間に出来た子供は男女なんにょかゝわらず、孝助の血統ちすじを以て飯島の相続人と定めくれ、あと斯々云々こう/\しか/″\と、実に細かに届く飯島の家来思いの切なるなさけ
喬生のとなりに住む老翁ろうおうが少しく疑いを起こして、壁に小さい穴をあけてそっと覗いていると、べに白粉おしろいを塗った一つの骸骨が喬生と並んで、ともしびの下にむつまじそうにささやいていた。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
あるいは夫婦不徳の家に孝行の子女を生じ、兄弟姉妹団欒だんらんとしてむつまじきこともあらば、これは不思議の間違いにして、まれに人間世界にあるも、常にしかるを冀望きぼうすべからざる所のものなり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
奥さまはおむつと云って夫婦のあいだにお金と庄之助という子供がありました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夢遊病者のようになって彼方此方あっちこっち歩いていて、やっと気がいて帰って来たところで、女房の直が大きな古狸とむつまじそうに飯を食っているので、棍棒をって飛びこむなり狸を撲り殺した。
狸と同棲する人妻 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)