町家まちや)” の例文
時分時だというけれど、自分たちの住んでいた町家まちやのようにおつゆの匂いひとつただよってくるでもない。それも次郎吉には侘びしかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
うつくしき君のすまいたるは、わが町家まちやの軒ならびに、ならびなき建物にて、白壁しらかべいかめしき土蔵も有りたり。内証はいたく富めりしなりとぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きょうは風が南に変って、珍らしく暖いと思っていると、とりの上刻に又檜物町ひものちょうから出火した。おとつい焼け残った町家まちやが、又この火事で焼けた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この凧合戦のために、屋敷や町家まちやの屋根瓦がむやみにこわされる。毎年、凧の屋根なおしに数十両、数百両もかかる。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
弥吉は、部屋へかえると、通しをかけてあった大隅への奉公口の返事を、口入くちいれ業のある町家まちやをさして出かけて聞きに行った。どうせ浮いた髪結業だ。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
町家まちやといい、ことごとく、静かな夜空の下に、色も形もおぼろげな、ただ広い平面を、ただ、際限もなく広げている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さまざまな物売の声と共にそのへん欞子窓れんじまどからは早や稽古けいこ唄三味線うたしゃみせんが聞え、新道しんみち路地口ろじぐちからはなまめかしい女の朝湯に出て行く町家まちやつづきの横町よこちょう
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
江戸から遊びに来ておったおせい様とやらいう町家まちやの女隠居とねんごろになって、それとも夫婦約束をしたとわかって、若竹は、何もいわなかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
町家まちや戸毎こごとも、ひと頃よりは、よくなった。皆のふところ工合も、少しは富んできたかな?」と、ながめた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しきりと道の上に散っていた禅昌寺橋ぜんしょうじばしの通りを、まっすぐにゆき、町家まちやへはいったところを、左に曲った。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
清「イエ何う致しまして誠に不束者ふつゝかもので、屋敷育ちでとん町家まちや住居すまいを致した事がないので様子あいを一向に心得ませんから皆様に不行届勝ちで、それに一体無口で」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ここらの町家まちやは裏手に庭や空地あきちっているのがならいであるから、巡査等は同家どうけ踏込ふみこんでず裏庭を穿索せんさくした。が、縁の下にも庭の隅にも重太郎の姿は見えなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五十恰好の禿頭はげあたまのデップリした親爺おやじで、しまの羽織に前垂まえだれ雪駄せったという、おまりの町家まちやの旦那風だったが、帽子を冠らないで懐手ふところでをしたまま、自分のうちの材木置場から
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
高崎近くの豊岡とよおか張子はりこ達磨だるまで有名で、今も盛なものであります。すべて木型を用いて作ります。日を定めて市日いちびが立ちますが、農家や町家まちやなどでは年々あがなうことを忘れません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
御旅館ごりよくわんへ張せられ町家まちやには御旅宿ごりよしゆく相成候やあまつさへ御苗字ごめうじの表札をたてさせ給ふ事不審ふしんに存じ奉る此段うかゞひ申さん爲今日御招おんまねき申したり御身分のあきらかに仰聞おほせきかせられたしとぞ相述あひのべらる時に天一坊言葉ことば
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
船場せんばや島の内あたりに店を持つ町家まちやにしばしば見受けられる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見𢌞す程なれば我は餘ほど北山やら西山やら知らぬ方角の山吹躑躅つゝぢ見るも目のまはる程となりしに曲り下りる坂下に町家まちやありし事なればしかも下諏訪とありし事なれば嬉しやこゝぞと先へ驅けしが心あての龜屋なし立どまりて露伴子に聞けば何でもこゝ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
双方から打つ玉は大抵頭の上を越して、堺筋さかひすぢでは町家まちやの看板がはちの巣のやうにつらぬかれ、檐口のきぐちの瓦がくだかれてゐたのである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ぼっとなって、辻に立って、前夜の雨をうらめしく、空をあおぐ、と皎々こうこうとして澄渡すみわたって、銀河一帯、近い山のからたまの橋を町家まちやの屋根へ投げ懸ける。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立ちならんだ町家まちやの間を、流れるともなく流れる川の水さへ、今日はぼんやりと光沢つやを消して、その水に浮くねぶかの屑も、気のせゐか青い色が冷たくない。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
薩摩上布さつまじょうふに秋草の刺縫ぬいのある紫紺しこんの帯を町家まちや風にきちんと結んだ、二十二、三の下町の若御寮わかごりょう
浅草寺境内せんさうじけいだい弁天山べんてんやまの池も既に町家まちやとなり、また赤坂の溜池も跡方あとかたなくうづめつくされた。それによつて私は将来不忍池しのばずのいけまた同様の運命に陥りはせぬかとあやぶむのである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いまもふたりが立ち話をしていたごとく、その男女のすがたを見かけると、とある町家まちや軒下のきしたから
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、意気な姐御あねごの知らずのお絃と、こうして町家まちやずまいをしているのだから、帯屋小路の家へ来ていると、紅のついたる火吹き竹……新世帯めかして、水入らずである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まことにお恥かしい次第ですが、私の叔父といふのは箸にも棒にもかゝらない放蕩者で、若いときから町家まちやの住居をして、それからそれへと流れ渡つて、たうとう左官屋になつてしまひました。
魚妖 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
すずめつばめでないのだもの、鸚鵡が町家まちやの屋根にでも居て御覧なさい、其こそ世間騒がせだから、こゝへ来て引籠ひきこもつて、先生の小説ばかり読んで居ます。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大抵は此場をけ出ることが出来たが、安田が一にん逃げおくれて、町家まちやに潜伏したために捕へられた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
浅草寺境内せんそうじけいだい弁天山べんてんやまの池も既に町家まちやとなり、また赤坂の溜池ためいけ跡方あとかたなくうずめつくされた。それによって私は将来不忍池もまた同様の運命に陥りはせぬかとあやぶむのである。
「あそこです。あれが六条の柳町で——この頃町家まちやえてから、三筋町ともんでいますが」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町家まちやでは、前の年の寒のうちに寒水でつくった餅を喰べてこの日を祝い、江戸富士詣りといって、駒込こまごめ真光寺しんこうじの地内に勧請かんじょうした富士権現に詣り、麦藁むぎわらでつくった唐団扇とううちわや氷餅
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と、めじりの切れた目をちょっと細うして莞爾にっこりしながら、敷居際で町家まちや風の行儀正しく、私が面喰めんくらったほど、慇懃いんぎんな挨拶。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「巷東小築別開園。樹接隣叢緑影繁。半日清間纔領得。紅塵場裏亦桃源。」家計にちとの余裕があつたものか。宅を買ふと云ふより見れば、阿部邸の外の町家まちやであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
唯一人薄暗い町家まちやつづきの小道をば三島門前みしまもんぜんほうへとぼとぼ老体のあゆみを運ばせたのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あるいは丘に、坂、谷に、こみちを縫う右左、町家まちやが二三軒ずつ門前にあるばかりで、ほとんど寺つづきだと言ってもい。赤門には清正公が祭ってある。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
角を曲れば、茅町かやちょう町家まちやと池に沿うた屋敷とが背中合せになった横町で、その頃は両側に荷車や何かが置いてあった。四辻に立っている巡査の姿は、もう角から見えていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
気の抜けし麦酒ビール一杯のみてのち娘はやがてわれをいざなひ公園の人込の中をば先に立ちて歩む。その行先いづこぞと思へば今区役所の建てるとおりの中ほどにて、町家まちやの間に立ちたる小さき寺の門なりけり。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
という、そのお悦さんは、世話狂言の町家まちやの女房という風で、暖簾のれんを隔てに、細い格子に立ってのぞいている。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ごみごみしたそれらの町家まちやつきる処、備前橋びぜんばしの方へ出るとおりとの四辻よつつじに遠く本願寺の高い土塀と消防の火見櫓ひのみやぐらが見えるが、しかし本堂の屋根は建込んだ町家の屋根にさえぎられてかえって目に這入はいらない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
畑の裾は、町裏の、ごみごみした町家まちや、農家が入乱れて、樹立こだちがくれに、小流こながれを包んで、ずっと遠く続いたのは、山中みちで、そこは雲の加減で、陽が薄赤くさっす。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小屋こやて二ちやうばかりくとすぐさかがあつて、さか下口おりくち一軒いつけん鳥屋とりやがあるので、樹蔭こかげなんにもない、お天気てんきのいゝときあかるい/\ちひさなみせで、町家まちやのきならびにあつた。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「……ねえさん、ここの前を右へ出て、おおきな絵はがき屋だの、小料理屋だの、にぎやかな処を通り抜けると、旧街道のようで、町家まちやの揃った処がある。あれはどこへく道だね。」
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小屋を出て二町ばかりくと、直ぐ坂があって、坂の下口おりくちに一軒鳥屋があるので、樹蔭こかげも何にもない、お天気のいい時あかるいあかるい小さな店で、町家まちやの軒ならびにあった。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
陽炎かげらふは、しかく、村里むらざと町家まちやる、あやしき蜘蛛くもみだれた、幻影まぼろしのやうなものではく、あだか練絹ねりぎぬいたやうで、てふ/\のふわ/\と呼吸いきが、そのはねなりに飜々ひら/\ひろがる風情ふぜい
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
逢いに来た——と報知しらせを聞いて、同じ牛込、北町の友達のうちから、番傘を傾け傾け、雪をしのいで帰る途中も、そのおんなを思うと、とざした町家まちやの隙間る、ほのか燈火あかりよりもさっと濃いの色を
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縁でながめても、二階から伸上っても、それに……地方の事だから、板葺いたぶき屋根へ上ってみまわしても、実は建連たてつらなったにぎやか町家まちやに隔てられて、その方角には、橋はもとよりの事、川のながれも見えないし
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんほこら巫女みこは、やけのこつた町家まちやが、つたまゝ、あとからあとからスケートのやうに駈𢌞かけまはゆめたなぞと、こゑひそめ、小鼻こばなうごかし、眉毛まゆげをびりゝとしたなめずりをしてふのがある。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しろきは町家まちや屋根やねであつた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)