すず)” の例文
そして凝視ぎょうししているすずしいには深いかなしみの色がやどっていた。その眼で若者はさっきから一対いっついのおしどりをあかずながめていた。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「ああそうか。あすこはすずしいからな。将棋しょうぎをさしたり、ひるねをしたりするのにはいいだろう。」と、おとうさんはわらわれました。
おさらい帳 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こう口のうちでつぶやきながら、初めて瞑目めいもくをみひらいた法月弦之丞、そのすずやかなひとみには、何か強い記憶のものがよみがえっていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、今年もおそろひの派手な縮み浴衣ゆかたを着は着ても、最早もはやそのすそから玉のやうなかかとをこぼして蛍狩ほたるがりや庭のすずみには歩かなかつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その晩宗助は裏から大きな芭蕉ばしょうの葉を二枚って来て、それを座敷の縁に敷いて、その上に御米と並んですずみながら、小六の事を話した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おあげしましょう、なんなら上へおあがりになって、お休みになったら如何いかがでございます、奥のへやすずしゅうございますよ」
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「やあ、だいぶんすずしくなりましたねえ」と声をかけたものがある。もちろんそれは帆村荘六だった。光技は、どぎまぎして
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その上、朝早いのですずしくて、何とも言えない楽しい気がした。僕は子供の時の遠足の朝を思い出しながら気が勇み立った。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
あなたはうて居られた彼露台バルコニーゆうべ! 家の息達と令嬢とマンドリンをいて歌われた彼ヹランダの一夜! 彼ヷロンカの水浴! 彼すずしい
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
昨夜なア、うちの河堀と金沢が、ボオト・デッキですずんでいたら、暗いかげになったほうでガサゴソ物音がするんだそうだ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かせにしてめ寄るとなにとぞどこへなとおりなされて下さりませ一生独り身でらす私に足手まといでござりますとすずしい顔つきで云うのである
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ねむくなった。今夜こんやはどこにようかな、うすの中にしようか。かまの中にしようか。下にようか。二かいようか。そうだ、すずしいから二かいよう。
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ト同じ燈籠とうろうを手にげて、とき色の長襦袢ながじゅばんの透いて見える、うすものすずしいなりで、母娘連おやこづれ、あなたの祖母おばあさんと二人連で、ここへ来なすったのが、ねえさんだ。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今その格子戸を明けるにつけて、細君はまた今更に物を思いながら外へ出た。まだれたばかりの初夏しょか谷中やなかの風は上野つづきだけにすずしく心よかった。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日はすずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
白髥橋を徒歩で往来する人は、よくよく急ぎの用でもない限り、妙なもので、一度は立止って欄干らんかんもたれて、じっと川面かわもを見下している。夏のほかは、すずみの為とは云えぬ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あるゆうべ、雨降り風ちていそ打つ波音もやや荒きに、ひとりを好みて言葉すくなき教師もさすがにものさびしく、二階なる一室ひとまを下りて主人夫婦が足投げだしてすずみいし縁先に来たりぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それからひと月ばかり花前の新傾向しんけいこうはさしたる発展はってんもなく秋もようやくすずしくなった。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
フリージア、珍しくいい匂いでしょう? さっぱりしたいい匂いかぐと眼の中がすずやかになるでしょう。袍着わたいれのこと、ああ云っていらしたので気にかかります。悪寒がなすったのでしょうか。
『おすずみですか。』と吉野が言つて、一行はゾロ/\と玄関に寄つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
世人せじん、イヤ歌読みでも、俳人はいじんでも、また学者でも、カキツバタを燕子花と書いてすずしい顔をしておさまりかえっているが、なんぞ知らん、燕子花はけっしてカキツバタではなく、これをそういうのは
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
その時、ふっと私は、久方振ひさかたぶりで、すずしい幸福感を味わいました。
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
眞夏過ぎすだれうごかす廂合ひあはひの朝のすずかぜを君はたのめぬ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
やあ これはすずしい
「ほんとう、ここはすずしいよ。そんなら、明日あしたから、したで、おもしろいおはなしをしてくれたり、ハーモニカをいてかしておくれよ。」
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
切れ目のはっきりしたすずしいつきだけはうつされている男女に共通のものがあってこの土地の人の風貌ふうぼうを特色づけていた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
手摺てすりの前はすぐ大きな川で、座敷からながめていると、大変すずしそうに水は流れるが、むきのせいか風は少しも入らなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すずしいはずの信州や上越の山国地方においてさえ、夜は雨戸をあけていないと、ねむられないほどの暑くるしさだった。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
白布しらぬの汗止あせどめ、キッチリとうしろにむすび、思いきってはかまを高くひっからげた姿すがた——群集ぐんしゅうのむかえる眼にもすずしかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、ジョバンニ、お仕事しごとがひどかったろう。今日きょうすずしくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
建具たてぐ取払って食堂がひろくなった上に、風が立ったので、晩餐のたくすずしかった。飯を食いながら、ると、夕日の残る葭簀よしずの二枚屏風に南天の黒い影がおどって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、う申すのではござりませぬか、と言ひもだ果てなかつたに、島の毒蛇どくじゃ呼吸いきを消して、椰子やしの峰、わにながれ蕃蛇剌馬ばんじゃらあまんの黄色な月も晴れ渡る、世にもほがらかなすずしい声して
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「やめてもよかろう、やめて別院の下のすずしいところへ往って、一杯やるとしょうか」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
静子は、私よりも一足先に来て、すずしい土蔵の中のベッドに腰かけて待っていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大抵たいていのひとが暑さにかまけて、昼寝ひるねでもしているか、すずしい船室を選んで麻雀マアジャンでもたたかわしているのに、ぼくは炎熱えんねつけるような甲板の上ででも、あなたや内田さんと、デッキ・ゴルフや
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
こう暑くなっては皆さんがたがあるいは高い山に行かれたり、あるいはすずしい海辺うみべに行かれたりしまして、そうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送ろうとなさるのも御尤ごもっともです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真夏過ぎすだれうごかす廂合ひあはひの朝のすずかぜを君はたのめぬ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鈴虫すずむしが、すずしい声でなくようになりました。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
風はもすずし。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのとき、二人ふたりには、みずきよらかな、くさ葉先はさきがぬれてひかる、しんとした、すずしいかぜ川面かわも景色けしきがありありとうかんだのであります。
海ぼたる (新字新仮名) / 小川未明(著)
すずしいはずの信州しんしゅう上越じょうえつ山国やまぐに地方においてさえ、夜は雨戸をあけていないと、ねむられないほどの暑くるしさだった。
三十年後の東京 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その柱の一本につかまって青白いいきものが水を掻いている。薫だ。薫は小初よりずっと体は大きい。あごほおすずしくげ、整った美しい顔立ちである。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
心頭しんとうめっすれば火もすずし——と快川和尚かいせんおしょう恵林寺えりんじ楼門ろうもんでさけんだ。まけおしみではない、英僧えいそうにあらぬ蛾次郎がじろうでも、いまは、火のあついのを意識いしきしなくなった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
校長はせた白い狐ですずしそうなあさのつめえりでした。もちろん狐の洋服ですからずぼんには尻尾しっぽを入れる袋もついてあります。仕立賃もやすくはないと私は思いました。
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
苗代の水にうつ青空あおぞらさざなみが立ち、二寸ばかりの緑秧なえが一本一本すずしくなびいて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
仕方がないから部屋の中へはいってあせをかいて我慢がまんしていた。やがて湯に入れと云うから、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がった。帰りがけにのぞいてみるとすずしそうな部屋がたくさん空いている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五日目の大入おおいりねたあとを、すずみながら船を八葉潟やつばがたへ浮べようとして出て来たのだが、しこみもののすし煮染にしめびんづめの酒で月を見るより、心太ところてんか安いアイスクリイムで、蚊帳かやで寝た方がいゝ
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ほどよい位置につるされた岐阜提灯ぎふぢょうちんすずしげな光りを放っている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かれらは、電車道でんしゃみち横切よこぎって、みどりがたくさんはいる、しずかな、せみのごえのする、すずしいみちいそいだのであります。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
寺の前がすぐ大堰川の流で「梵鐘ぼんしょうは清波をくぐって翠巒すいらんひびく」というすずしい詩偈しげそのままの境域であります。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)