彼方此方かなたこなた)” の例文
そこは、帝都のあっちこっちを見下ろすに、可也かなりいい場所だった。眺めると、帝都の彼方此方かなたこなたには、三四ヶ所の火の手が上っていた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼方此方かなたこなたに駈け𢌞つて、たまを投げてゐる學生の姿が、日の輝きと眺望ながめ廣濶ひろさに對して、小さく黒く影の動いて居るやうに見える。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
目科も立留りてしば彼方此方かなたこなたを眺め居たるがやがて目指せる家を見出せし如く突々つか/\歩去あゆみさるにぞ藻西の家に入る事かと思いの外
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それへ答えるのではないが、すでに営中の彼方此方かなたこなたで、敵だッ、敵々ッ、と叫んでいるのが、耳には聞えているのに、なお、頭のどこかに
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
切て駈付かけつけ來り兩人にて又々彼方此方かなたこなたと尋ね廻り地内の鎭守稻荷堂或ひは薪部屋まきべや物置等ものおきとうのこらずさがしけれ共かげだに見えざれば掃部は不審いぶかりもう此上は和尚を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その所を出て本堂の彼方此方かなたこなたを見廻って居りますと始めはそんなに思いませんでしたが非常に嫌な臭いがして居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何をするかとうかゞっていると、彼方此方かなたこなたを蹈み分けて行って、云いようもなく腐りたゞれた死人の傍に寄って、或は眼を閉じ、或は眼を開いて祈念を凝らし
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのうち樽前たるまへ明治四十二年めいじしじゆうにねん噴火ふんかおいて、火口かこうからプレーしき鎔岩丘ようがんきゆうし、それがいまなほ存在そんざいして時々とき/″\その彼方此方かなたこなたばすほど小爆發しようばくはつをつゞけてゐる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
と友の言ひしは、猶それより彼方此方かなたこなたを逍遙して、美しき月の光を充分に賞し盡したるのちなりき。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
麝香草じゃこうそう薄荷はっか薔薇ばらの咲き乱れた花壇が彼方此方かなたこなたに設けられ、そして甃の両側には、緑の街路樹が眼路めじの限りに打ち続き、その葉陰に真っ白な壁、磨き上げたような円柱
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この季節特有の薄靄うすもやにかげろわれて、れたトマトのように赤かった。そして、彼方此方かなたこなたに散在する雑木の森は、夕靄の中にくろずんでいた。萌黄もえぎおどしのもみ嫩葉ふたばが殊に目立った。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
却説かへつてとく鷲郎は、今朝けさより黄金丸が用事ありとて里へ行きしまま、日暮れても帰り来ぬに、漸く心安からず。幾度いくたびか門に出でて、彼方此方かなたこなたながむれども、それかと思ふ影だに見えねば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ちょうど、今彼方此方かなたこなたと疲れた足取りで歩くという話が出たので、そのために起ったのかと思われるほどに、こちらへとやって来る足音が、鳴り響くようにその一劃に反響し始めた。
木戸口に殺到する群集のわめき声、将棋しょうぎ倒しの下敷きになって悲鳴を上げる老人、泣き叫ぶ女子供、その騒然たる物音の中にときわ高い怒号の声が、彼方此方かなたこなたに響きわたっていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
貞盛は良兼には死なれ、孤影蕭然こえいせうぜん、たゞ叔母婿をばむこの維幾を頼みにして、将門の眼を忍び、常陸の彼方此方かなたこなたき月日を送つて居た。良兼が死んでは、下総一国は全く将門の旗下はたしたになつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ひながらも王樣わうさまは、名簿めいぼ彼方此方かなたこなたさがしてられました、ところであいちやんは、つぎなる證人しようにんんなのだらうかとしきりにたくおもひながら、じつ白兎しろうさぎ瞻戍みまもつてました、がやが
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
あのあたりへ、夕暮ゆふぐれかねひゞいたら、姿すがたちかもどるのだらう、——とふともなく自分じぶん安心あんしんして、益々ます/\以前もとかんがへふけつてると、ほだくか、すみくか、谷間たにまに、彼方此方かなたこなた、ひら/\
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
亭乎すらりとした体を真直まつすぐにして玄関から上つて行くと、早出の生徒は、毎朝、控所の彼方此方かなたこなたから駆けて来て、うやうやしく渠を迎へる。中には態々わざわざ渠に叩頭おじぎをするばつかりに、其処に待つてゐるのもあつた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼女は何んでも約束通り探検を果そうと思う一心に小さな角燈の光にみちを照して彼方此方かなたこなたと歩いて居る内に森林の入口からおよそ四五町も来たとおぼしきころ、前方に当り一個の驚くべき物を発見した
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
彼方此方かなたこなたにむらむらと立なら老松奇檜ろうしょうきかいは、えだを交じえ葉を折重ねて鬱蒼うっそうとしてみどりも深く、観る者の心までがあおく染りそうなに引替え、桜杏桃李おうきょうとうり雑木ざつぼくは、老木おいき稚木わかぎも押なべて一様に枯葉勝な立姿
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
後甲板の彼方此方かなたこなたを、探し廻っている。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
彼方此方かなたこなたに浮んだ蓮田はすだの蓮の花は青田の天鵞絨ビロウドに紅白の刺繍ぬいとりをなし打戦うちそよぐ稲葉の風につれてもいわれぬ香気を送って来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おどろいて、彼方此方かなたこなたの家で、戸の音も聞えたが、外を見ると、みな首をひそめ、もとのように急いで戸をたててしまった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したたる眼も遥かな芝生の彼方此方かなたこなたには鬱蒼うっそうたる菩提樹ぼだいじゅがクッキリした群青ぐんじょうの空を限って
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
また菜花煙さいかえん彼方此方かなたこなた電光でんこうひらめくのがられる。このさい雷鳴らいめい噴火ふんかおとはうむられてしまふが、これはたん噴煙上ふんえんじようにて放電ほうでんするのみで、地上ちじよう落雷らくらいしたれいがないといはれてゐる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
麦畑は四方の白雪皚々がいがいたる雪峰の間に青々と快き光を放ち、その間には光沢ある薄桃色の蕎麦の花が今を盛りと咲き競う、彼方此方かなたこなた蝴蝶こちょうの数々が翩々へんぺんとして花に戯れ空に舞い
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼方此方かなたこなたと見物して來かゝる處に髮結床かみゆひどこの前にて往來の人が立噺たちばなしをなし居たるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
山は廣いので思い/\の半出家たちが彼方此方かなたこなたに宿を求め、めい/\己れのしょうにかなった教についてぎょうを修めているのであるが、或る晩そう云う人たちが或る宿房へ寄り合った時だった。
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふツくりあをく、つゆにじんだやうに、手巾ハンケチしろいのをとほして、土手どてくさ淺緑あさみどりうつくしくいたとおもふと、いつツ、上﨟じやうらふひたひゑがいたまゆずみのやうな姿すがたうつつて、すら/\と彼方此方かなたこなたひかりいた。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
二人は園内を彼方此方かなたこなたへと、つむじ風の様に走った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
道行く若いものの口々には早くも吉原よしわら燈籠とうろううわさが伝えられ、町中まちなかの家々にも彼方此方かなたこなた軒端のきばの燈籠が目につき出した。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこから往来の彼方此方かなたこなたを見まわす。欄干らんかんから橋の下をのぞいて見る。——だが、お通の姿は、まだここに見当らない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の通り石の転げて居るのがヤクに見えるではないか知らんと思うと彼方此方かなたこなたに動くです。こりゃいよいよヤクに相違ないと思ってその方向に進むと果せるかなヤク追いがその辺に居りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
唯好い加減に時間を見はからって彼方此方かなたこなたの横町を折れ曲るより外の方法はなかったが、丁度この辺と思う所に、予想の如く、橋もあれば、電車通りもあって、確かにこの道に相違ないと思われた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
このやま平均へいきん十年毎じゆうねんごと一回いつかいぐらゐ爆發ばくはつし、山側さんそくしようずる彼方此方かなたこなた中心ちゆうしんとして鎔岩ようがんながし、あるひ噴出物ふんしゆつぶつによつて小圓錐形しようえんすいけい寄生火山きせいかざん形作かたちづくるなどする、つぎに郵船ゆうせんがメシナ海峽かいきよう通過つうかすると
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
駈拔かけぬけんとて皆々駈出しやがて三里の松原に出で大勢の雲助共今や來ると彼方此方かなたこなたひそみ手ぐすね引て待伏たり半四郎はかみならぬ身の夢にも知ずたどり/\て道芝みちしばつゆ踏分ふみわけつゝ程なくも三里の松原へ差懸るに木の間の月は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自分は呆然として却て物珍らしく彼方此方かなたこなたを眺めながら歩いて行くと偶然にも向うから來掛る宇田流水に出會つた。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
土けむりの中で、宇喜多の部将のしゃがれ声が聞えると、彼方此方かなたこなたの散兵も、わっとときを合わせて退いて行った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いずれも真蒼まっさおな顔をして三人四人と寄合いながら何やらひそひそ話合っていると、土地の顔役らしい男がいかにも事あり気に彼方此方かなたこなたと歩き廻っていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
城主の笑い声に、何の意味ともしらず、彼方此方かなたこなたで、城兵たちも笑った。藤吉郎は、黙然もくねんと、満城からわき起る嘲笑をあびて立っていたが、やがてまた
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、彼方此方かなたこなたの小乱に打ち向い、一死一番、大義と大道へましぐらにおもむくことをなさずにしまったのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭はさして廣いと云ふではないが、歩むだけの小徑こみちを殘して、一面に竹を植ゑ、彼方此方かなたこなたに大きな海岸の巖石を据ゑ立てゝ、其のそばには陶器の腰掛を竝べた。
新帰朝者日記 拾遺 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼方此方かなたこなたに、こう駈け廻りつつ叫ぶ声が、夜叉やしゃの襲来のようであった。——若い声、しゃがれた声、いかり声。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを待構まちかまへて彼方此方かなたこなたから見物人が声をかけた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
敵の武者の乗りすてた駒が、鞍のまま、放牧されてあるように、彼方此方かなたこなたに駈けまわっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼方此方かなたこなたを無遠慮に眺めまわし、ああ懐かしいなア、などといったり、いつも変らず山鳩がいているの、この柿の木が大きくなったのと——独り合点にたわ言をつぶやいているてい
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その、わずかな郎党と、妻子をつれて将門は数日のあいだ、彼方此方かなたこなた、逃げまわった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また荒武者と荒武者とが、首を取りつ首を取られつ、たけびわして、火に火を降らせている血戦の中へ、ほとんど、気でも狂ったかのような姿で、彼方此方かなたこなたはしりめぐっていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼方此方かなたこなたで百足隊の伝令たちが、こう告げわたり馳け廻りしているまに、はや先陣山県三郎兵衛の隊、その他の部隊が、かいを出る雲のように動き出したが——時すでに遅かったといえる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)