店前みせさき)” の例文
湖畔にこういう突風が起りつつあることを知るや知らずや、道庵先生は抜からぬかおで、大津の旅宿鍵屋かぎや店前みせさきへ立現われました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょいとどうぞと店前みせさきから声を懸けられたので、荒物屋のばばは急いで蚊帳をまくって、店へ出て、一枚着物を着換えたお雪を見た。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
店前みせさきに、言い訳のように、数えられるほど「敷島」だの「大和」だのを並べて、他に半紙とか、状袋のようなものを少しばかり置いている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
まづしい店前みせさきにはおほがめかふわに剥製はくせい不恰好ぶかっかううをかはつるして、周圍まはりたなには空箱からばこ緑色りょくしょくつちつぼおよ膀胱ばうくわうびた種子たね使つかのこりの結繩ゆはへなは
馬越氏は皺くちやなの甲で、その大事な眼をこすつてよろこんだ。そして骨董屋の店前みせさきを出ようとして思はずどまつた。
茶屋は揃って、二階に役者紋ぢらしの幕を張り、提灯ちょうちんをさげ、店前みせさきには、贔屓ひいきから役者へ贈物の台をならべた。
今夜も又木戸番か何たら事だ面白くもないと肝癪まぎれに店前みせさきへ腰をかけて駒下駄のうしろでとん/\と土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛ひきまゆげに作り生際
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すると一軒の絵双紙屋の店前みせさきで、ひょッと眼に付いたのは、今の雑誌のビラだ。さア、其奴そいつの垂れてるのを一寸瞥見しただけなんだが、私は胸がむかついて来た。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
𣵀麻は絵草紙屋の前に立ち留まった。おれは西南戦争の錦絵を見ていると、𣵀麻は店前みせさきに出してある、帯封のしてある本を取り上げて、店番の年増にこう云うのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その一階の店前みせさきに、いろとりどりの美しい草花がはちにもられていっぱいに並んでいるのを。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かれまちまはるに病院服びやうゐんふくまゝめう頭巾づきんかぶり、上靴うはぐつ穿いてるときもあり、あるひ跣足はだしでヅボンした穿かずにあるいてゐるときもある。さうしてひとかどや、店前みせさきつては一せんづつをふ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
翌朝よくちょうになり伴藏は志丈を連れて我家わがやへ帰り、種々いろ/\昨夜ゆうべ惚気のろけなど云っている店前みせさき
小間物屋の小豆屋善兵衛あずきやぜんべえの二階へ上って、右衛門七という好きな人と、二人きりで、恥かしさに、じっと黙り合って、うかと二階から顔を出していた時、店前みせさき暖簾のれんの前に立ちどまって
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むら酒屋さかや店前みせさきまでくると、馬方うまかたうまをとめました。いつものやうに、そしてにこにことそこにはいり、どつかりとこしをろして冷酒ひやざけおほきなこつぷ甘味うまさうにかたむけはじめました。一ぱいぱいまた一ぱい
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
淡島屋のでなければ軽焼は風味も良くないし、疱瘡痲疹のまじないにもならないように誰いうとなく言いはやしたので、疱瘡痲疹の流行時には店前みせさきが市をなし、一々番号札を渡して札順ふだじゅんで売ったもんだ。
彼は薄暗い店前みせさきを覗いた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それは、大八車が一つ、この宿屋の店前みせさきについていて、そこに穀物類が片荷ばかり積み載せてあるその真中に、四角な鉄のおりが一つある。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その木材の蔭になって、日の光もあからさまには射さず、薄暗い、冷々ひやひやとした店前みせさきに、帳場格子ちょうばごうしを控えて、年配の番頭がただ一人帳合ちょうあいをしている。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今夜こんやまた木戸番きどばんか、なんたらこと面白おもしろくもないと肝癪かんしやくまぎれに店前みせさきこしをかけて駒下駄こまげたのうしろでとん/\と土間どまるは二十のうへを七つか十か引眉毛ひきまゆげつく生際はへぎは
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かれまちまわるに病院服びょういんふくのまま、みょう頭巾ずきんかぶり、上靴うわぐつ穿いてるときもあり、あるい跣足はだしでズボンした穿かずにあるいているときもある。そうしてひとかどや、店前みせさきっては一せんずつをう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
八百屋であったかの店前みせさきに、街の方を背にして立っていると、傍に立っていた姉が、『あれあれ』って不意に私の横腹の処を突くから私、何かと思って『えッ、何ッ』って背後うしろを向くと
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
助七は三吉の帰りを待ちかねて店前みせさきに出て居りまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ある、その店前みせさきへ一はの親雀おやすゞめがきて
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
ズカズカと茶袋ちゃぶくろが一人入って来ました。入って来ると共に茶袋は、店前みせさきに落ちていた紙片を手早く拾い取って、威丈高いたけだかに店の者をにらみつけます。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひかりもあからさまにはさず、薄暗うすぐらい、冷々ひや/\とした店前みせさきに、帳場格子ちやうばがうしひかへて、年配ねんぱい番頭ばんとうたゞ一人ひとり帳合ちやうあひをしてゐる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今夜も又木戸番か、何たら事だ面白くもないと肝癪かんしやくまぎれに店前みせさきへ腰をかけて駒下駄こまげたのうしろでとんとんと土間をるは二十の上を七つか十か引眉毛ひきまゆげに作り生際はへぎは
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ええ、ええ、ええ、うかがいます。お話はお馴染なじみの東京世渡草よわたりぐさ商人あきんど仮声こわいろ物真似ものまね。先ず神田辺かんだへんの事でござりまして、ええ、大家たいけ店前みせさきにござります。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兵馬は往来に面するところの障子を開いて見下ろすと、なるほど、かなり酔っているらしい一隊の茶袋が、この万字楼の店前みせさきに群がっている様子であります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
向うの路地の角なる、小さなまき屋の店前みせさきに、炭団たどんを乾かした背後うしろから、子守がひょいと出て、ばたばたと駆けてく。大音寺前あたりであめ屋の囃子はやし
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ちょうど、旦那があのお松という子をつれて店前みせさきへおいでなすった時、お面をよく見覚えておきました」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そう、」と極めてその意を得たという調子で、いそいそずッと出て、店前みせさきつちへ伝法にかがんだのは、滝太郎である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことに尾籠下品びろうげひんなのは、ある時、七人の手下と共に、ある商家を強請ゆすりに行った時、金を貸さなければ店前みせさきを汚すよといって、七人が七人、店前で尻をまくった。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
衣川ころもがわくいしばった武蔵坊弁慶の奥歯のようなやつをせせりながら、店前みせさきで、やた一きめていた処でございましてね。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とある店前みせさきかがりを焚いて、その前で多数の雲助が「馬方蕎麦そば」の大盤振舞にありついているところです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ははあ、幾ら俺が手下を廻すとって、まさかそれほどの事では交番へも引張ひっぱり出せないで、一名制服を着けて、洋刀サアベルびた奴を従えて店前みせさきわめき込んだ。」
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これ見ろ、これはいま貴様の家の店前みせさきで拾ったものじゃ、さあこれを見たら文句はあるまい
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この名残なごりであろう、枝に結えたさいころは一ツくるりと廻って、三が出て、柳の葉がほろりと落ちた、途端に高く脚をあげて、軍鶏は店前みせさきをとッとッと歩行あるき出した。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「誰でもございません、さきほど店前みせさきで追っ払いを食いました百姓で……」
実は、コトコトとその駒下駄の音を立てて店前みせさきへ近づくのに、ほっそさばいた褄から、山茶花さざんかの模様のちらちらと咲くのが、早く茶の間口から若い女房の目には映ったのであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
威勢よく店前みせさきへ着いた一ちょう駕籠かごたれを上げると一人の女。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
麻の法衣ころもで、ごそごそと通掛ると、その足袋屋の小僧の、店前みせさきへ水を打っていた奴、太粗雑いけぞんざいだから、ざっとねて、坊さんが穿きたての新しい白足袋を泥だらけにしたんだとね。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小股こまたの切れ上った女が、小風呂敷を抱えて店前みせさきに立って
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
隣のおでん屋の屋台が、軒下から三分が一ばかり此方こなた店前みせさきかすめた蔭に、古布子ふるぬのこ平胡坐ひらあぐらつぎはぎの膝かけを深うして、あわれ泰山崩るるといえども一髪動かざるべき身の構え。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
店前みせさきへ廻ると、「いい話がある、内証だ。」といきなり女房を茶の間へ連込むと、長火鉢の向うへ坐るか坐らないに、「達引たてひけよや。」と身構えた。「ありませんわ。」きまってら。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渠等かれらおのれこばみたるもの店前みせさきあつまり、あるひ戸口とぐち立並たちならび、御繁昌ごはんじやう旦那だんなけちにしてしよくあたへず、ゑてくらふもののなになるかをよ、とさけびて、たもとぐれば畝々うね/\這出はひいづるくちなはつかみて
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
店前みせさき縁側えんがはかべ立掛たてかけてあつたやつを、元二げんじ自分じぶん据直すゑなほして、こしける。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
フト立留まって、この茅家あばらやながめた夫人が、何と思ったか、主税と入違いに小戻りして、洋傘ひがさを袖の下へよこたえると、惜げもなく、髪で、くだんの暖簾を分けて、隣の紺屋の店前みせさきへ顔を入れた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
店前みせさきだの、小僧が門口かどぐちを掃いているところだと申しますのが、何んだかなつかしい、両親の事や、生れました処なんぞ、昔が思い出されまして、身体からだを煮られるような心持がして我慢が出来ないで
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
煙管きせるを逆に吹口でぴたり戸外おもてを指して、ニヤリと笑ったのが目に附くと同時に、四五人店前みせさきを塞いだ書生が、こなたを見向いて、八の字が崩れ、九の字が分れたかと一同に立騒いで、よう
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お孝は黒繻子くろじゅすの襟、雪のはだ、冷たそうな寝衣ねまきなりで、裾をいて、階子段はしごだんをするすると下りると、そこに店前みせさき三和土たたきにすっくと立った巡査に、ちょっと目礼をして、長火鉢の横手のひらき
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)