出入でいり)” の例文
こゝに住むこと約半年、さらに同町内の他へ移転した。すると、出入でいり酒商さかやが来て、旧宅にゐる間に何か変つた事は無かつたかと問ふ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
この野だは、どういう了見りょうけんだか、赤シャツのうちへ朝夕出入でいりして、どこへでも随行ずいこうしてく。まるで同輩どうはいじゃない。主従しゅうじゅうみたようだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男「おおきに待遠まちどおだったろうな、もっと早く出ようと心得たが、何分なにぶん出入でいり多人数たにんずで、奉公人の手前もあって出る事は出来なかった」
『それが近頃では、三味線が鳴ったり……大きな声では申されませぬが、町奴とかいう手輩てあい出入でいりして博奕ばくちをなさるお屋敷もあるとか』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(もう、あのおも、円髷まるまげに結われたそうな。実は、)とこれから帳場へも、つい出入でいりのものへも知れ渡りましたでござります。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この先生の言としては怪むにらない、もし理窟りくつを言って対抗する積りなら初めからこの家に出入でいりをしないのである。と彼は思い返した。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
出入でいり八百屋やおやの女房が飛んで来て、「大変でござります、唯今こちらさまのお猫さんが横町の犬に追われて向うの路次ろじに逃込みました、」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
とうさんのおうちにも出入でいりのお百姓ひやくしやうがありまして、おもちをつくとか、おちやをつくるとかいふには、屹度きつと手傳てつだひにれました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
陰気な燈火ともしびの下で大福帳だいふくちょう出入でいり金高きんだかを書き入れるよりも、川添いのあかるい二階家で洒落本しゃれほんを読む方がいかに面白かったであろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それが縁で浜田屋へも出入でいりするようになり、伊藤公にも公然許されて相愛の仲となり、金子男の肝入りで夫妻となるようにまとまった仲である。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
他人ひとばいしてせはしい勘次かんじがだん/\にりつゝあるたわら内容ないようにしてひどをしつゝ戸口とぐち出入でいりするのを卯平うへいるのがいやかつつらかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こわごわ門のとこまできてみると、大きな門はぴったり閉まって先生や小使が出入でいりするわきの小門だけがわずかに明いていました。
署長は関係者以外のものを全部庭内ていないに去らしめ門の内外には巡査を配置して絶対に出入でいりを厳禁し、直ちに兇行現場げんじょう及証拠品の調査を開始した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
余は病床日誌と金銭出納簿とをこしらえて、それに俳句を書くような大きなぞんざいな字で、咯血の度数や小遣の出入でいりを書いた。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「あの、旦那からだが、理由わけは覚えがあるだろうから何も云わないが、今日かぎり、出入でいりをしないようにって、そう云いつかって来たのだが」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
飾屋長八は単に渋江氏の出入でいりだというのみではなかった。天保十年に抽斎が弘前から帰った時、長八は病んで治療を請うた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
地下室のことについては、博士は『出入でいりの商人から人数に合わぬ食糧を買い込んでいるからさ——』こともなげに答えた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
貫一も彼のあるじもこの家に公然の出入でいりはばかる身なれば、玄関わきなる格子口こうしぐちよりおとづるるを常とせり。彼は戸口に立寄りけるに、鰐淵の履物はきものは在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この御方おかたは中津の御家中ごかちゅう、中村何様の若旦那で、自分は始終そのお屋敷に出入でいりして決して間違まちがいなき御方おんかただから厚く頼むと鹿爪しかつめらしき手紙の文句で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
江戸に下り余が家の(京橋南街第一衖)むかひの裏屋うらやに住しに、一日あるひ事のついでによりて余が家に来りしより常に出入でいりして家僕かぼくのやうに使つかひなどさせけるに
店先にはまじめくさった年輩の男たちばかり出入でいりしているのを見て、これは女などには用の無いところと、奥には何があるのかをのぞいて見ようともせずに
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
客になってはウイスキーをめに来たり、また出入でいりの電気屋として配電の拡張かくちょう工事や、問題のネオン・サインの電気看板の取付けにやって来たりなどして
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出入でいりの料理屋の菊屋から奥様にと云つて寿司の重詰ぢうづめが来たと云つてお照が見せに来た。片手は背に廻して先刻さつきから泣いて居る榮子をぶつて居るのである。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
大阪の或る工場こうじやう出入でいりする辨当屋の小娘あり。職工の一人ひとり、その小娘のほほめたるに、忽ち発狂したる由。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
だから、圭子に精神的陰翳がないから駄目と、あっさり云われても、姉の世話係として、劇団へ出入でいりするうちに、自分も舞台へ出る機会を掴むつもりでいた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鐵檻てつおりくるま出入口でいりぐちは、不思議ふしぎにも車室しやしつ頂上てうじやうまうけられて、鐵梯てつていつたつて屋根やねから出入でいりするやうになつてる。
一方では憲政会熊本支部にもひそかに出入でいりしている男であるが、小野、津田、三吉の労働幹部のトリオがしっかりしているうちは、まだいうことをきいていた。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
活動写真の弁士といったような男や、髪だけ芸者のように結った公園あたりの女が、始終出入でいりをします。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
当日は親戚、朋友の間には必ず贈品呈書するを例とし、下女下男、出入でいり、小作の者には多少の金を与え、近隣の貧民にも多少の愛を施す等、またわが歳末のごとし。
欧米各国 政教日記 (新字新仮名) / 井上円了(著)
既に相手方が右の始末だから、無理もない話だが、出入でいりの者が皆矢張やっぱり私を然う思って、書生扱にする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
神影向の地と信じて、神人の祭りの時に出入でいりする外、一切普通の人殊に男子を嫌ふ場処が、御嶽オタケである。神は時あつて、此処に凉傘リヤンサンを現じて、其下にあふるのである。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
うちうめかれしをお出入でいり槖駝師たくだしそれなるものうけたまはりて、拙郎やつがれ谷中やなか茅屋ぼうおくせきれしみづ風流みやびやかなるはきものから、紅塵千丈こうじんせんぢやう市中まちなかならねばすゞしきかげもすこしはあり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女中や出入でいりのものには三十代に見える。日外いつぞや夫人を操さんの姉さんと思い違えた運転手は多大のチップに有りついた。それほどお若い大奥さんを婆と呼ぶのは叛逆はんぎゃくに等しい。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
其れに倫敦ロンドンでは上野公園に幾倍する大きな公園が幾つも街の中に有つて、例へば日本人が自分の庭で遊ぶ様に出入でいりの心易いのが娘ばかりで無く一般人の散歩に都合が好い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
岡野氏はその前房州へ往つた折、うまい松魚かつをを食はされたが、生憎あひにく山葵が無くて困つた事を思ひ出して、出がけに出入でいりの八百屋から山葵をしこたま取寄せる事を忘れなかつた。
使いに行けば油を売る。鰻谷うなぎだにの汁屋の表に自転車を置いて汁を飲んで帰る。出入でいり橋の金つばの立食いをする。かね又という牛めし屋へ「芋ぬき」というシュチューを食べに行く。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
何分なにぶん月がい晩なので、ステッキを手にしながら、ぶらぶら帰って来て、表門へ廻るのも、面倒だから、平常ふだん皆が出入でいりしている、前述の隣屋敷の裏門から入って、竹藪を通抜とおりぬけて
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
彼は天井板を一枚一枚叩き試みて、人間の出入でいりした形跡がないかを調べ廻ったのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ことに其日山木の娘の梅子と云ふのと密会したのは何故であるか、其上に山木の長男むすこの剛一と云ふのなどは常に篠田の家へ出入でいりして居るでは無いか——ことに君等は知らぬであらうが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
風のあふり蒸暑むしあつく、呼吸いき出入でいりも苦しいと……ひとしほマノンの戀しさに、ほつと溜息ためいきついた……風のあふり蒸暑むしあつく、踏まれた花のが高い……見渡せば、入日いりひはなやぐポン・ヌウフ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
その奥方様に私が自身でお眼にかかっておりましたならば、何とか致しようも御座いましたろうものを……若い者の鳥渡ちょっとした出入でいりを納めに参いっておりまする間に、飛んだ無調法を忰奴せがれめが……
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かぞえれば百にもあまおんな出入でいり出来事できごとは、おせんの茶見世ちゃみせやす人達ひとたちあいだにさえ、くともなく、かたるともなくつたえられて、うそまこと取交とりまぜた出来事できごとが、きのうよりはきょう、きょうよりは明日あす
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
急ぐ物から大家たいけの事ゆゑ出入でいりの者まで萬事行屆かする其爲に支度にかゝりて日を送りまだ當日さへさだめざりけりさても此方は裏店うらだな開闢かいびやく以來いらい見し事なき釣臺三荷の結納物をかつぎ入ける爲體ていたらくに長家の者は目を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
金の出入でいり、借金、貯蓄等のことを調べさせました。
彼自身いまだ質屋の暖簾のれんくぐった事のない彼は、自分より貧苦の経験に乏しい彼女が、平気でそんな所へ出入でいりするはずがないと考えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さて其の年も暮れ、あくれば嬢様は十七歳にお成りあそばしました。こゝにかねて飯島様へお出入でいりのお医者に山本志丈やまもとしじょうと申す者がございます。
陰気いんき燈火ともしびの下で大福帳だいふくちやう出入でいり金高きんだかを書き入れるよりも、川添かはぞひのあかるい二階洒落本しやれほんを読むはうがいかに面白おもしろかつたであらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
其処そこには例の魔だの天狗てんぐなどという奴が居る、が偶々たまたまその連中が、吾々われわれ人間の出入でいりする道を通った時分に、人間の眼に映ずる。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは大塩の屋敷に出入でいりする猟師清五郎と云ふ者が、火事場に駆け附けて引き返し、同心支配岡翁助をうすけに告げたのを、岡が本多に話したのである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ことに宗十郎の実弟には、評判の高い田之助たのすけがあったし、有明楼は文人画伯の多く出入でいりした家でもあったので、お菊はかなりな人気ものであった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)