牡丹ぼたん)” の例文
幅七分に長さ五寸あまりの翡翠ひすいで、表には牡丹ぼたんの葉と花が肉高な浮彫りになっている、翡翠といっても玉にするほどの品ではないが
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
牡丹ぼたんに対し中国人は丹色たんしょくの花、すなわち赤色せきしょくのものを上乗じょうじょうとしており、すなわち牡丹に丹の字を用いているのは、それがためである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
牡丹ぼたんは、盛装した美しい侍女が水を与うべきもの、寒梅は青い顔をしてほっそりとした修道僧が水をやるべきものと書いた本がある。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
「あのお寺の大きな床いっぱいに、狩野山楽の牡丹ぼたんに唐獅子が描いてあって、とても素晴しいのですってね、米友さん見なかった?」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
突き当りに牡丹ぼたん孔雀くじゃくをかいた、塗縁ぬりぶちの杉戸がある。上草履を脱いで這入って見ると内外うちそとが障子で、内の障子から明りがさしている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると、その門や、あたりの様とは、余りにもふさわしくないあでやかな絵日傘が、門の蔭から、牡丹ぼたんの咲くように、ぱちんと開いた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私が再びうなずきながら、この築地つきじ居留地の図は、独り銅版画として興味があるばかりでなく、牡丹ぼたん唐獅子からじしの絵を描いた相乗あいのり人力車じんりきしゃ
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
細身の蝋塗鞘ろふぬりざや赤銅しやくどうと金で牡丹ぼたん目貫めぬきつか絲に少し血がにじんで居りますが、すべて華奢で贅澤で、三所物も好みがなか/\に厭味です。
色の白い人があかくなったので、そりアどうも牡丹ぼたんへ電灯をけたように、どうも美しいい男で、暫く下を向いて何も云えません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
神樂囃子かぐらばやし踊屋臺をどりやたい町々まち/\山車だしかざり、つくりもの、人形にんぎやう、いけばな造花ざうくわは、さくら牡丹ぼたんふぢ、つゝじ。いけばなは、あやめ、姫百合ひめゆり青楓あをかへで
祭のこと (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
床の間にはこのあいだの石膏の像はなくて、その代りに、牡丹ぼたんの花模様の袋にはいった三味線らしいものが立てかけられていた。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
取上て見れば牡丹ぼたんの繪にうらには詩をかいて有り又此通り親骨おやぼねに杉田三五郎と記してあれば全く敵は三五郎に相違無さうゐなし是によつて先生に助太刀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
美青年の美しさを凄艶せいえんと言い得るならば、このお嬢さんの美しさは華麗であった。桃色の牡丹ぼたんの花が今咲きそめたようにあでやかであった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……その匕首のつけ根から流れ出た血潮が、あの白地に大胆な赤線を配した洋服の上へ、さっと牡丹ぼたんの花を散らしたように、拡がっていた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼は庭先にふくらんで来ている牡丹ぼたんつぼみに目をやりながら、この街道に穏便おんびんのお触れの回ったのは正月十日のことであったが
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
牡丹ぼたんや桜のように直ぐ散ってしまう花には同情が持てない。れてもしがみ付いている貝細工草かいざいくそう百日草ひゃくにちそうのような花にかえって涙がこぼれる。
現代若き女性気質集 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
臨終いまわきわに、兼てより懇意こころやすくせし、裏の牧場まきばに飼はれたる、牡丹ぼたんといふ牝牛めうしをば、わが枕ひよせ。苦しき息をほっ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
荒れた庭の唯ひとつの装飾である牡丹ぼたんは、その根のところに、彼がしじみのからを一面にしきつめたから、もう犬も掘り返せなくなってしまった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
鹿角かづの郡などの最も草深い田舎をあるくと、はなやかな笑い声よりもさきに目に入るのは、働く女たちの躑躅つつじ色、牡丹ぼたん色などのかぶり物である。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「さてさて不風流の者どもだの。あれは雪村せっそんの風景よ。……文珠狂いの牡丹ぼたんの香炉の、頂きから立ち上る香の煙り、あの匂いがわかるかの?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美しくえがかれた梅や牡丹ぼたんや菊や紅葉もみじの花ガルタは、その晩から一雄の六いろの色鉛筆で惜しげもなくいろどられてしまいました。
祖母 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
老人はもうじぶんの手ではどうすることもできないとおもった。牡丹ぼたんか何かの花が咲いたようについと来て立った者があった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その日の夕方、日のかげる頃を見計って朝太郎の吉松殿は、牡丹ぼたんに丸の定紋じょうもんのついた、立派な駕籠かごに乗せられて、城下の方へつれて行かれました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
模様は「山水」のほか「四君子しくんし」とか「まがき牡丹ぼたん」とか、おそらく二十種近くありましょうが、中で特に持映もてはやされましたのは山水絵でありました。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
着付はその代々の好みになっているのですが、父の代になりましてからは牡丹ぼたんに蝶々ということにめてしまいました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
牡丹ぼたん匂阿羅世伊止宇にほひあらせいとう苧環をだまきの花、むすめざかりの姿よりも、おまへたちのはうがわたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
満枝はさすがあやまちを悔いたる風情ふぜいにて、やをら左のたもとひざ掻載かきのせ、牡丹ぼたんつぼみの如くそろへる紅絹裏もみうらふりまさぐりつつ、彼のとがめおそるる目遣めづかひしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
八重の桜も散りそむる春の末より牡丹ぼたんいまだ開かざる夏の初こそ、老躯ろうく杖をたよりに墓をさぐりに出づべき時節なれ。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
葉は牡丹ぼたんに似たり、こはラムプの下にて一夜に捏ねたる者なりと誇りかにいへば円テーブルはをかしとて人は笑ふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
たなうへ見事みごとしろ牡丹ぼたんけてあつた。そのほかつくゑでも蒲團ふとんでもこと/″\綺麗きれいであつた。坂井さかゐはじくら入口いりくちつて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たとえば藤の花と牡丹ぼたんのごときはほとんど同時に咲きます。東京の電車の中の広告を見ましても亀戸かめいどの藤の案内と四ッ目の牡丹の案内とは同時に出ます。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
其時はもう「蟻、牡丹ぼたんに上る、観を害せず」で、殴った奴は蟻、自分は大きな白牡丹と納まりかえったのである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうして上げて、貴方あなた、そうして上げて頂戴ちょうだい! と、私の方を向いている妻の眼が、しばたいている。牡丹ぼたんはもう散ったが、薔薇ばらは花壇一杯、咲き乱れている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
しばらしづか聽耳きゝみゝててゐたぼくはさうつて、友人いうじんはうかへつた。いつのにかかれひざうへには丸顏まるがほをんな牡丹ぼたんのやうなわらひをふくみながらこしかけてゐる。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
冬ごもりの芍薬しゃくやく牡丹ぼたん百合ゆりや水仙の芽がそれぞれもち前のみどりや赤のあざやかな色で土を割ってのぞいているのをみて閑子は思い出しているのだろう。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ピオニーと云うのは前から飼っているコリー種のめすで、去年の五月に神戸の犬屋から買った時にちょうど花壇に咲いていた牡丹ぼたんちなんで名をつけたのだが
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お銀の手で、青が出来かかった時、じらしていた友人が、牡丹ぼたんを一枚すんなりしたそのてのひらに載せて、剽軽ひょうきん手容てつきでちらりとお銀の目前めさきへ突きつけて見せた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
瓜が夏で西瓜が秋というのは、藤が春で牡丹ぼたんが夏なのと同じく、季節の境目におけるやむをえぬ現象であろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
五月藻作氏と連れ立った断髪の五月あやめ女史や、女学校の三年生で三段の腕を持つ籌賀ちゅうが明子さんなどの婦人客が一座の中に牡丹ぼたんの花のように咲いていました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
春であるなら遅い早いにかゝはらず、牡丹ぼたんで名高い吉助園きちたすゑんと云ふ植木屋へ最初に行くのです。それから上本町うへほんまちの博物場へ廻るのです。なか島公園しまこうゑんへも行くのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
紀久子は低声で叫んでベッドの上からぱっと床の上に飛び下りたが、その瞬間に、短刀から飛んだ血糊は紀久子の寝巻の肩へ、牡丹ぼたんの花の模様のように広がった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
どうしたというのだろう、作物つくりものの象の胸先が大輪の牡丹ぼたんの花ほどに濡れ、そこから血が赤く糸をひく。
八重桜と紅葉もみじにしきと、はりぼての鹿とお土産みやげと、法隆寺の壁画、室生寺むろうじ郡山こおりやまの城と金魚、三輪明神みわみょうじん恋飛脚大和往来こいびきゃくやまとおうらい長谷寺はせでら牡丹ぼたんときのめでんがく及びだるま
七月もなかばになった。庭先に敷き詰めた、白い砂利の上には、瑠璃子の好きな松葉牡丹ぼたんが、咲き始めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
飛沫しぶきたててのけぞる七郎右衛門の武者袴に、時ならぬ牡丹ぼたんの花が、みるみるにじみひろがってゆく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日によってはまた、浅間の頂からちょうど牡丹ぼたんの花弁のような雲の花冠が咲き出ていることもある。
軽井沢 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あるかなきかの桃色の泡が真鍮しんちゅうおけの中からいて出てくると、これが霧のような綿菓子になる。長い事草花を見ない私の眼には、まるでもう牡丹ぼたんのように写ります。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
文明ぶんめい元年の二月なかばである。朝がたからちらつきだした粉雪は、いつの間にか水気の多い牡丹ぼたん雪に変って、ひるをまわる頃には奈良の町を、ふかぶかとうずめつくした。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
錦子が煩悶はんもんに煩悶した三、四年の間を、美妙と留女との歓楽はつづいて、前川——浅草花川戸のうなぎ屋——に行き、亀井戸の藤から本所ほんじょ四ツ目の植文うえぶん牡丹ぼたん見物としゃれ
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
葉子が気にしていた便所の屋根の前には、庭のすみにあったしいの木が移してあったりした。玄関前の両側の花壇の牡丹ぼたんには、わらで器用に霜がこいさえしつらえてあった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)