そそ)” の例文
たまたま燻製屋台へ買いに来た金博士の若いお手伝いの鉛華えんかをルス嬢が勘のいいところで発見、そこへベラントが特技をそそぎ込んで
その谷にそそぐ川はビエーヴル川であるから、この谷はパリの郊外こうがいではいちばんきたない陰気いんきな所だと言いもし、しんじられもしていた。
黄色いほこりですぐ知れた。空地の草ッ原では、はや執行の寸前とみえ、正午しょううまこくの合図を待って、首斬り刀に水をそそぐばかりらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に細君は自分のもっているあらゆる眼の輝きを集めて一度に夫の上にそそぎかけた。それから心持腰をかがめて軽い会釈えしゃくをした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗像博士は、満面にしゅそそいで、川手氏にというよりは、寧ろ我れと我が心に誓うもののように、烈しい決意を示すのであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「爾の力は強きこと不弥の牡牛おうしのようである。われは爾のごとき強き男を見たことがない。」と卑弥呼はいって反絵の酒盃に酒をそそいだ。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
手に携えていた香華こうげを、木標の前の竹筒にさして、無言に立っていると、娘は阿枷の水を汲んで、墓木ぼぼくと花とにそそいでいる。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とにかく、彼の目がその像にそそがれている時のほかは、彼はどうしても姫が金になってしまったとは信じられませんでした。
これに反し、われわれの最もそそぐべき心掛こころがけは平常毎日の言行——言行と言わんよりは心の持ち方、精神の態度である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ト木彫のあの、和蘭陀オランダ靴は、スポンと裏を見せて引顛返ひっくりかえる。……あおりをくつて、論語は、ばら/\と暖炉に映つて、かっと朱をそそぎながら、ペエジひらく。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ながねむりから、いま、がさめたように、満面まんめん紅潮こうちょうそそいで、にっこりとしたものがあります。それは、純吉じゅんきちでした。
からす (新字新仮名) / 小川未明(著)
ぜにげては陰陽いんようさだめる、——それがちょうど六度続いた。おれんはその穴銭の順序へ、心配そうな眼をそそいでいた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人の世のあじきなさ、しみじみと骨にもとおるばかりなり。もし妾のために同情の一掬いっきくそそがるるものあらば、そはまた世の不幸なる人ならずばあらじ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
背筋せすじへ水をそそがれる思いで、言葉を交わしていた伝七は、ふと気付いたことがあるままに、早々にして席を立った。
ああ背立ち割られ鉛の熱湯そそがれようとままよ、いのちのかぎりこんかぎり、扇一本舌三寸でこの私は天地万物あらゆる姿を写しいださいでおくものか。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
荒れ果てた墓場のような地下室——うす暗い明りを背中にした六つの眼が、じっと少女の上にそそがれているのだ!
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
よろめき、へとへとになり、地べたに倒れ、顔と顔とを押しつけ、両眼は猫の片眼にそそいだまま、坐ってしまう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
妖怪はそのときすでに鯉を平げてしまい、なお貪婪どんらんそうな眼つきを悟浄のうなだれた頸筋くびすじそそいでおったが、急に、その眼が光り、咽喉のどがゴクリと鳴った。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仮令たといお手紙を上げたとて、うそまことになりもせず、涙をどれ程そそいでも死んだものが生き戻りはいたしますまい。
彼が不得要領ふとくようりょう申立もうしたてをすればるほど、疑惑うたがいの眼はいよいよ彼の上にそそがれて、係官は厳重に取調とりしらべを続行した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし人間にんげん至誠しせいもうすものは、うした場合ばあいたいしたはたらきをするものらしく、くしびなかみちからわたくしからむすめに、むすめから小供こどもへと一だうひかりとなってそそぎかけ
女はそこの横町よこちょうを左へ曲った。むこうから待合まちあいの帰りらしい二人のわかい男が来たが、その二人の眼は哲郎の方へじろじろとそそがれた。彼はきまりが悪かった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
嵐は益〻え狂い、雪は滝のように降りそそぎ、硫黄ヶ滝の絶壁は経帷子きょうかたびらで蔽われたように、白一色の物凄さ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
然しながら都会を養い、都会のあらゆる不浄をはこび去り、新しい生命いのちと元気を都会にそそぐ大自然の役目を勤むる田舎は、都会に貢献する所がないであろう乎。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
京都の駅に着いた時、もう降り始めていた小雨が、暗くなると本降りになって夜を通して蕭条しょうじょうと降りそそぐ。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
現今げんこんでは精神病者せいしんびょうしゃ治療ちりょう冷水れいすいそそがぬ、蒸暑むしあつきシャツをせぬ、そうして人間的にんげんてき彼等かれら取扱とりあつかう、すなわ新聞しんぶん記載きさいするとおり、彼等かれらために、演劇えんげき舞蹈ぶとうもよおす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そのあと、やっと思いきったように、立ちあがるには立ちあがったが、それでもすぐには室を出ようとせず、うつろな眼を戸口にそそいだまま、立ちすくんでいた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
草でも木でも最も勇敢ゆうかんに自分の子孫しそんぎ、自分の種属をやさぬことに全力をそそいでいる。だからいつまでも植物が地上に生活し、けっして絶滅ぜつめつすることがない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
源叔父はこぎつつまなこを遠きかたにのみそそぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳そらみみに聞き、一言もまじえず。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここに至りてようやく其者流に移る者多し。およそ儒者に漢土のことを談ずるときは意をそそいでき、商估しょうこに利得のことをはなしするときは耳をそばだてて聴く。農や工や皆しかり。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
(まぐろの茶漬けというものは、きたての御飯の上に、まぐろを二切れ三切れ、おろし少々載せて、醤油しょうゆをかけ、その上から煎茶せんちゃの濃い熱いのをそそいで食うのである)
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
川はちょうどこの吉野山の麓あたりからやや打ちひらけた平野にそそぐので、水勢のはげしい渓流のおもむきが、「山なき国を流れけり」と云うのんびりとした姿に変りかけている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あまつさへ細雨をそそぎ来りしが、はなはだしきに至らずしてみ、為めにすこしく休暇きうかすることを得たり。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
平助はいろいろ考えていましたが、ふと名案めいあんが浮かんできました。村の側を流れてる川が海にそそごうという川口のそばに、大きな入江いりえがありまして、深い深い沼を作っていました。
正覚坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それより湯を煮立にたてて焼錐やききりの穴よりそそぎ込みて、ついにそのヤマハハを殺し二人ともに親々の家に帰りたり。昔々の話の終りはいずれもコレデドンドハレという語をもって結ぶなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その家にはみせ妓夫ぎふが二人出ていた。大きい洋燈らんぷがまぶしくかれの姿を照らした。張り見世の女郎の眼がみんなこっちにそそがれた。内から迎える声も何もかもかれには夢中であった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「源太郎君、もう数学はあれで沢山だから、これから暗記あんきものに全力をそそぎ給え」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
真面目な雅致のある方の句はわかって居るが微細な点に意をそそいだ句の味は少しわかりかねるようである。いわば元禄趣味はよくわかって居るが天明趣味の句はまだわからない処がある。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
人工心臓の発明に力をそそいでくれなかったかと痛嘆するのでありました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
力なげ首悄然しおしおおのれがひざ気勢いきおいのなきたそうなる眼をそそぎ居るに引き替え、源太郎は小狗こいぬ瞰下みおろ猛鷲あらわしの風に臨んで千尺のいわおの上に立つ風情、腹に十分じゅうぶの強みを抱きて、背をもげねば肩をもゆがめず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「へえ、いらっしゃい」と、薄暗い店で算盤そろばんをはじいていた番頭が顔をあげて私を迎えたが、多分私の身窄みすぼらしいなりを見て物にならないと思ったのであろう、再びまた算盤と帳簿との上に目をそそいだ。
地に傾けてその酒をおれにそそいでくれ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
一様いちやうしろいぬみみそそがれる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
海にこそそそぎいでしか
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「クリムスビーというと、北海ほっかいそそぐハンバー河口かこうを入って、すぐ南側にある小さい町です。河口は、なかなかいい港になっています」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分を仰いだと思うと、その城太郎が、はっと、手をつかえてしまった容子ようすに、沢庵も眼をそそいで、初めてそれと気づいたのであった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こっちでいくら思っても、向うが内心ほかの人に愛のまなこそそいでいるならば、私はそんな女といっしょになるのは厭なのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の主義はなにごとについても最善をつくし全力をそそぐということであるんですが、先生のは、あやふやじゃありませんかといわれたことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
毒じゃない、私は医師いしゃです。早くお飲みなさい。という顔をまずきって、やがて四辺あたりを見廻しつ、泰助に眼をそそぎて、「あれは誰方どなた。泰助は近く寄りて、 ...
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも自分の中にある或心もちは、ややもすれば孤独地獄と云ふ語を介して、自分の同情を彼等の生活にそそがうとする。が、自分はそれをいなまうとは思はない。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)