なし)” の例文
壁の上になしを書きつけて回っていた(訳者注 七面鳥は前の時の国王ルイ十八世の紋章、梨は後の時の国王ルイ・フィリップの紋章)
花盛りのなしの木の下でその弟とも見える上品な男の子と手鞠てまりをついて遊んでいる若い娘の姿に、阿呆あほうの如く口をあいて見とれていた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ある家からは茶やビスケットを持ち出して来た。ビールやサイダーのびんを運び出すのもあった。わたしの家からもなしを持ち出した。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かきはまたなしきりとちがつて、にぎやかなで、とうさんがあそびにたびなにかしらあつめたいやうなものがしたちてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
をどり周圍しうゐにはやうや村落むら見物けんぶつあつまつた。混雜こんざつして群集ぐんしふすこはなれて村落むら俄商人にはかあきんどむしろいて駄菓子だぐわしなし甜瓜まくはうり西瓜すゐくわならべてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今、彼のすぐ眼の前の地面に金盞花きんせんかや矢車草の花が咲き、それから向うの麦畑のなかに一本のなしの木が真白に花をつけていた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
中には一夜いちやの中に二人まで、あの御屋形のなしの花の下で、月に笛を吹いている立烏帽子たてえぼしがあったと云う噂も、聞き及んだ事がございました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
林檎りんごの木(向い側のなしの木に)——お前さんの梨さ、その梨、その梨、……お前さんのその梨だよ、あたしがこさえたいのは。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
背が高く、強壮で、その顔は、顳顬こめかみや額のほうは狭くてせ、下の方は広く長く、あごの下がれていて、ちょうど干乾ひからびたなしのようだった。
果物くだもの畑のなしの実は落ちましたが、のたけ高い三本のダァリヤは、ほんのわづか、きらびやかなわらひを揚げただけでした。
まなづるとダァリヤ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そりゃ、知りゃしません。……どうして分かるもんですか。ペラゲーヤはどうしたって言いっこはないし。一昨日おとといパパはなし
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「いいえ、僕は、こんなこころよい気持ちのときに、君の胡弓こきゅうが聴きたいのだ。どうぞ、いてください、なしの花のお雪さん。」
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そのうえ、砂糖づけのすもも、桃、なし、まるめろの実が、見ごとにいく皿もならび、にしんの照り焼、とりの蒸し焼はいわずもがな。
とき蕎麥そばへば——ていと——なし。——なんだか三題噺さんだいばなしのやうだが、姑忘聽之しばらくわすれてきけていふのは、かつて(いまうだらう。)なしべるとふとふ。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
第一の密使も、第二の使いも、なしのつぶてなので、左馬介は、おとといも、追っかけに三度目の使いを駿府へやって
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小婢こおんなが茶を運んで来た。菓子が無いので、有り合せのなしき、数が無いので小さく切って、小楊枝こようじえて出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「海外注文」を出してもらったが、一年以上たってもただ一冊手に入っただけで、残りのものはなしのつぶてである。
錯覚数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
山下門から日比谷の壕端ほりばたに沿い、桜田門の前から右へ永田町のなし木坂きざかをくだり、半蔵門から内廓くるわへはいって将軍家の上覧を経、竹橋門たけばしもんを出て大手前おおてまえへ。
それにその裏手が、なしだの桃だのの苗木が植えつけられてあり、なおそれに続いて荒れた雑木林があって、そこには食べられる小さなきのこがあったりした。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
ゆき子は、時々、富岡の事を考へないわけではなかつたが、富岡には、幾度手紙を出してもなしのつぶてであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そればっかりを楽しみにこの年齢としになるまで働いてきたんだ、その親を置きざりに勝手に突っ走って、二年もなしのつぶてとは、それですむと思っているのか
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
新しきなし林檎りんごの実とは、果樹園の群を去りて家の棚の上、空しき影のうちに熟してあり。そのくして甘きあじわひはしたたり、香気は池の水のごとくに沈みて動かず。
少し極端にいえば、外国にかきに種が六つあるという論文が出ると、なしには八つあるという論文が日本で一、二年後に出るような程度のことがまだかなり多いのである。
語呂の論理 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
わざとらしく俯伏うつぶいてゐたが、其處そこへ女房がなしを五つばかり盆に載せ、ナイフをへて持つて來たので、顏を上げてそれを受け取ると、器用きような手付きで梨の皮をいて
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その間、妾は貞雄をどんなに待ちびたことだろう。堪えかねた妾は幾度も、南八丈島の彼の許へ手紙を出したけれど、それはなしつぶて同様で、返答は一つもなかった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『遠野物語』の中にも書いてある話は、同郡松崎村の寒戸さむとというところの民家で、若い娘がなしの樹の下に草履を脱いで置いたまま、行方知れずになったことがあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
村の点燈夫てんとうふは雨の中を帰っていった。火のいた献灯けんとうの光りの下で、なしの花が雨に打たれていた。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
必ずしも藤を春とし牡丹を夏とするの要なし。なし西瓜すいか等また必ずしも秋季に属せずしてなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
饗応きょうおうというふうでなく椿餠つばきもちなし蜜柑みかんなどが箱のふたに載せて出されてあったのを、若い人たちは戯れながら食べていた。乾物類のさかなでお座敷の人々へは酒杯が勧められた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
くだもの屋の溝板どぶいたの上にはほうり出した砲丸ほうがんのように残り西瓜すいかが青黒く積まれ、飾窓かざりまどの中には出初めのなし葡萄ぶどうが得意の席を占めている。ふとった女の子が床几しょうぎで絵本を見ていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それ故に直接しおをふくんだ潮風を受けるために多少の風害はあるとしても、農民達はたゆまざる努力に依って、年々、大根、いもねぎなどの野菜類はもとより、無花果いちじく枇杷びわなし
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
近き畑の桃の花、垣根の端のなしの花、昨夜の風に散ったものか、苗代のまわりには花びらの小紋が浮いている。行儀よく作られた苗坪ははや一寸ばかりの厚みに緑を盛り上げている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そこには近頃流行のいわゆるビタミンを多量に含んだ、そして常食で欠乏している糖分やカロリーのたくさんなあけびだのなしだのくりだのが、素晴らしく豊かにみのっているからである。
なし 八三・九五 七・〇〇 〇・〇七 〇・二六 三・二八 〇・二九 五・一五
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
門院の女房達の中に、花も恥じらう、うら若い乙女(小宰相)を一目見た時から、すっかり心をうばわれてしまった。歌を詠み、恋文を書いては送ったが、小宰相からは、なしのつぶてである。
ぼくはおきぬなしをむいて、ぼくひとりいつてる浴室よくしつに、そつともつれたことをおもひ、二人ふたり溪流けいりう沿ふて散歩さんぽしたことをおもひ、そのやさしい言葉ことばおもひ、その無邪氣むじやき態度たいどおもひ、その笑顏ゑがほおも
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
折節おりふしロンドンの子女しじょは春のさかりのなしの花や日本から移された桜の花の咲いておる中に三々五々歩を運んでおりましたが、その光景が日本の花の盛りに見る感じとはどことなく違っておりました。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
柹を葡萄ぶどうなしと区別するためであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
矢張なしつぶてであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半蔵は表庭のなしの木の幹にかさを立てかけて置いて、汗をふいた。その時、簡単に、両村のものの和解をさせて来たあらましを父に告げた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
約束の枚数に達したので、ペンを置き、なしの皮をむきながら、にがり切って、思うことには、「こんなのじゃ、仕様がない。」
思案の敗北 (新字新仮名) / 太宰治(著)
俗間の大祭典の溌溂はつらつたる伝統、剛健な古木に働きかける春の精気など——すべて、時としては野生の堅いなしのように人の舌を刺すものであり
大将「次は果樹整枝法、その六、たな仕立、これは日本においなし葡萄ぶどう等の栽培さいばいに際して行われるじゃ。棚をつくる。棚を。わかったか。十番。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
林檎りんごの木(向かい側の木に)——お前さんのなしさ、その梨、その梨、……お前さんのその梨だよ、わたしがこさえたいのは。
ついになしを書いてしまって、それから彼にルイ金貨を一つ与えながら言った、「これにも梨がついているよ。」また浮浪少年は喧騒けんそうを好むものである。
なしの葉の病の場合はあるいは毛虫などとの類似から来る連想によるかもしれないが、後の針状結晶と毛虫とでは距離があまりに大き過ぎるようである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さぞうちたての蕎麥そばのゝしつて、なしつてることだらう。まだそれ勝手かつてだが、かくごと量見りやうけんで、紅葉先生こうえふせんせい人格じんかく品評ひんぺうし、意圖いと忖度そんたくしてはゞからないのは僭越せんゑつである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
丁度ちやうどそれは子孫しそん繁殖はんしよく自己じこ防禦ばうぎよとの必要ひつえうまつたわすれさせられたなし接木つぎきが、おほきなとげみきにもえだにもたなくつたやうに、恐怖おそれ彼等かれらつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
山絵図をひろげ、つぶさに、四顧しこの地勢と考え合わせてみると、どうやら加賀境をうしろに、越中の西端、五位山ごいさんからなしとうげへ、向いつつあるように思われた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前度にりて、鶏舎のしまりを厳重にしたが、外にしめ出しては詮方しかたが無い。なしの木の下に埋葬。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)