夜半やはん)” の例文
このごろ、毎日のごとく夜半やはんからあかつきにかけて空襲警報が鳴る。しかし多くは、空襲警報だけに終って、敵機の投弾とうだんは、ほとんどなかった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
余が箱根の月大磯の波よりも、銀座の夕暮吉原の夜半やはんを愛して避暑の時節にもひとり東京の家にとゞまり居たる事は君のく知らるゝ処に候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
八五郎が平次の家へ飛んで来たのは、まだ夜半やはん前、馬のように達者なくせに、息せき切って、これだけ説明するのもかなり手間取ります。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そは両三日前妹が中元ちゅうげんの祝いにと、より四、五円の金をもらいしを無理に借り受け、そを路費ろひとして、夜半やはん寝巻のままに家を
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ぐわつ十一にちまちまつつたる紀元節きげんせつ當日たうじつとはなつた。前夜ぜんやは、夜半やはんまで大騷おほさわぎをやつたが、なか/\今日けふ朝寢あさねどころではない。
その夜半やはん、身近になにか人の気配がするので、ハッとして頭をあげて見ると、女が、大きな眼をして青木の枕元に坐っていた。
昆虫図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大阪の雑誌『宝船』第一号に、蘆陰舎百堂ろいんしゃひゃくどうなる者が三世夜半亭やはんていを継ぎたりと説きその証として「平安へいあん夜半やはん翁三世浪花なにわ蘆陰舎ろいんしゃ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
人も、うまやの馬も、寝しずまったころを、ここの一室では、しょくひかりをあらためて、さあこれからと、杯を分け持つ夜半やはんだった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(これにもかぎらずさま/″\の術あり)雁のる処をふるは夕暮ゆふぐれ夜半やはんあかつき也、人此時をまちて種々いろ/\たくみつくしてとらふ。
それよりも、徹夜の温習おさらいに、何よりか書入かきいれな夜半やはんの茶漬で忘れられぬ、大福めいた餡餅あんもあぶったなごりの、餅網が、わびしく破蓮やればすの形で畳に飛んだ。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余が枕辺近く寄って、その晒しをけた時、僧は読経どきょうの声をぴたりとめた。夜半やはんかして見た池辺君の顔は、常と何の変る事もなかった。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜半やはん隅田川すみだがはは何度見ても、詩人S・Mの言葉を越えることは出来ない。——「羊羹やうかんのやうに流れてゐる。」
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
くて夜半やはんまで草を分けて詮議したが、安行の行方は依然不明であった。加之しかも夜の更けると共に、寒い雨が意地悪く降頻ふりしきるので、人々も寒気かんきうえとに疲れて来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
正午しやうごまた夜半やはん十二もととし、このときには短針たんしん長針ちやうしんたゞしくかさなあふて十二ところす。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
温度をんどいちじるしく下降かかうした。季節きせつ彼岸ひがんぎて四ぐわつはひつてるのであるが、さむさはりついたやうにはなれなかつた。夜半やはん卯平うへいはのつそりときて圍爐裏ゐろり麁朶そだべた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なれども長居ながいは無用とおぼしめされましたか、御ひょうじょうがおわりますと、夜半やはんにきよすをしのんでおたちのきあそばされ、みのゝくに長松をすぎてながはまへおかえりなされまして
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夜半やはん眼覚め、防寒ばうかんの為炉中にたきぎとうぜんとすれば、月光清輝幽谷中にわたり、両岸の森中しんちうには高調凄音群猿のさけぶをく、して水源未知の利根をれば、水流すゐりう混々こん/\、河幅猶ほひろく水量甚おほ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
さうして日が昏れ 夜半やはんに及んでからも 私の心は落ちつかなかつた
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
夜半やはんの神秘がねています。
然れども幸か不幸か、余は今なほ畳の上に両脚りょうきゃくを折曲げ乏しき火鉢ひばち炭火すみびによりてかんしのぎ、すだれを動かすあしたの風、ひさしを打つ夜半やはんの雨をく人たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
れよりも、徹夜てつや温習おさらひに、なによりか書入かきいれな夜半やはん茶漬ちやづけわすれられぬ、大福だいふくめいた餡餅あんもあぶつたなごりの、餅網もちあみが、わびしく破蓮やればすかたちたゝみんだ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この夜半やはんの世界から犬の遠吠を引き去ると動いているものは一つもない。吾家わがやが海の底へ沈んだと思うくらい静かになる。静まらぬは吾心のみである。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
櫻木大佐等さくらぎたいさらは二十四夜半やはん電光艇でんくわうていじやうじて、本島ほんたうはなれ、その翌日よくじつ拂曉ふつぎようには、橄欖島かんらんたう島蔭しまかげ到着たうちやくする約束やくそく
またある時はふと眼がさめると、彼女と一つとこの中に、いない筈の男が眠っていた。迫ったひたい、長い睫毛まつげ、——すべてが夜半やはんのランプの光に、寸分すんぶんも以前と変らなかった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一年ひとゝせせきといふ隣駅りんえき親族しんぞく油屋が家に止宿ししゆくせし時、ころは十月のはじめにて雪八九尺つもりたるをりなりしが、夜半やはんにいたりて近隣きんりん諸人しよにんさけよばはりつゝ立さわこゑねふりおどろか
月も三こうまでをかぎりとする。四更といってはもう夜半やはんをすぎてあかつきにちかいころ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後醍醐ごだいご天皇の延元えんげん元年以来五十余年で廃絶はいぜつしたとなっているけれども、そののち嘉吉かきつ三年九月二十三日の夜半やはんくすのき二郎正秀と云う者が大覚寺統だいかくじとうの親王万寿寺宮まんじゅじのみやほうじて、急に土御門つちみかど内裏だいりおそ
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
柱時計の夜半やはんの歌
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
暗夜にふなばたを打つ不知火しらぬひの光を見た。水夫が叩く悲しい夜半やはんの鐘のを聞いた。ちがつた人種の旅客を見た。自分の祖国に対するそれ等の人々の批評をも聞いた。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
親爺おやぢの云ふ所によると、かれと同時代の少年は、胆力修養のめ、夜半やはん結束けつそくして、たつた一人ひとり、御しろきた一里にあるつるぎみね天頂てつぺんのぼつて、其所そこの辻堂で夜明よあかしをして
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
人間にんげん勝手かつてなもので、わたくし前夜ぜんや夜半やはんまでねむられなかつたにかゝはらず、翌朝よくあさくらうちからめた。五三十ぷんごろ櫻木大佐さくらぎたいさ武村兵曹たけむらへいそうともなつて、わたくし部室へやたゝいた。
その実陰険のいまわしき影を有するが故に、夜半やはん宇宙を横領する悪魔の手に導かれて、おのずから外形にあらわるるは、あたかも地中にひそめる燐素りんその、雨に逢いて出現するがごときものなればなり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まさに夜半やはんをすぎている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の死ぬ時には、こういう言葉を考える余地すら余に与えられなかった。枕辺に坐って目礼をする一分時いっぷんじさえ許されなかった。余はただその晩の夜半やはんに彼の死顔しにがおを一目見ただけである。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誰やらの詩で読んだ——気狂きちがひになつた詩人が夜半やはんの月光に海の底から現れ出る人魚の姫をいだ致死ちしの快感に斃れてしまつたのも、思ふにう云ふ忘れられた美しい海辺うみべの事であらう。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
十人は十人の因果いんがを持つ。あつものりてなますを吹くは、しゅを守って兎を待つと、等しく一様の大律たいりつに支配せらる。白日天にちゅうして万戸に午砲のいいかしぐとき、蹠下しょかの民は褥裏じょくり夜半やはん太平のはかりごと熟す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜半やはんに山田の奥さんの所からかけたという説明が書いてあった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)