あへ)” の例文
井戸端に水を汲んでゐる女衆や、畑から帰つて来る男衆は、良平があへぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
割合に身が大きく命を取留めた魚は川下に下れる限り下つたのもあり、あるものは真水のづるところにかたまつてあへいでゐるのもある。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
だから目的めあての場所に来るころには、惣兵衛ちやんは疲れてしまつた。ほつぽこ頭巾の下で、はあはあとあへいでゐるのが聞えた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
さあ、これからが名代なだい天生峠あまふたうげ心得こゝろえたから、此方こツち其気そのきになつて、なにしろあついので、あへぎながら、草鞋わらぢひも締直しめなほした。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼の胸は暴虐な壓縮に堪へられずに意志にさからつて擴がり、自由を得る爲めに、力強い跳躍をするかのやうに、一度、あへいだ。
なん審問しんもん?』あいちやんはあへぎ/\けました、グリフォンはたゞ『それッ!』とさけんだのみで、益々ます/\はやはしりました、かぜうたふし、——
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
やつら、資本家しほんか将軍しやうぐんたしかにった!——だがおれたち、どんそくあへ労働者らうどうしゃ農民のうみんにとつてそれがなん勝利しやうりであらう
私にはその大きな腹が、あへいだ呼吸に波打つてでもゐるやうな気がした。やがて赤蛙はのたりのたり歩きだした。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路をあへぎ/\伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山があゐとかしたやうな空に巍然ぎぜんとしてそびえて居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
やり入れたるが水は馬の太腹にも及び車の臺へ付く程なれば叩き立られたる痩馬向ふの岸に着きかねてあへぐに流石さすが我武者馬丁がむしやべつたうすべなくておのれ川中へ下り立ち四人を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
依然として雰囲気ふんゐきの無い処で、高圧の下に働く潜水夫のやうにあへぎ苦んでゐる。雰囲気の無い証拠には、まだ Forschungフオルシユング といふ日本語も出来てゐない。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さういふ場合にかぎつて、房一は彼女等の背中に、熱ばんだ小さな顔を上向きにしてあへぐやうな呼吸をしてゐる幼児を見、その手遅れであることを認めるのであつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
急ぎしに※らずも踏迷ふみまよあへぎ/\漸々やう/\秋葉の寶前はうぜんに來りしが此時ははや夜中にてゴーン/\となりしは丑刻やつかねなれば最早もはや何へも行難しふもとへ下ればおほかみ多く又夜ふけに本坊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
居常唯だ書籍に埋もれ、味なき哲理に身を呑まれて、いたづらに遠路にあへぐものをして、忽焉こつえん、造化の秘蔵の巻に向ひ不可思議の妙理を豁破くわつぱせしむるもの、夏の休息あればなり。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「落ちいてゐる」と代助が答へた。けれども其言葉はあへいきあひだくるしさうに洩れて出た。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二人は、この部屋の窓から、灰色の空を眺め、下の路地をうろつく浮浪者ルンペンを見下し、近くの線路を往復する汽車のひゞきを聞き、木枯の後の海鳴りのやうな都會のあへぎ聲をきいた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
私は風呂敷包を襷にして背中にしよひ、洋傘かうもりを杖につき、あへぎ喘ぎその坂を攀ぢ登りましたが、次第に歩き疲れて、お文さんの兄さんや銀さんから見ると餘程後れるやうに成りました。
權山ごんざんといふたうげは、ひくいながらも、老人らうじんにはだいぶあへいでさねばならなかつた。たうげ頂上ちやうじやうからは、多田院ただのゐん開帳かいちやう太鼓たいこおときこえて、大幟おほのぼり松並木まつなみきおくに、しろうへはうだけせてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
水がれて細く——その細い溝の一部分をなほ細く流れて男帯よりももつと細く、水はちよろちよろあへぎ喘ぎ通うてゐた。じめじめとした場所を、一面に空色の花の月草が生え茂つて居た。
けれども、或る夜は發作ほつさあへぎ迫る胸をおさへながら、私は口惜くやしさに涙ぐんだ。る日は書きつかへて机のまはりにむなしくたまつた原稿紙のくづを見詰めながら、深い疲れに呆然ばうぜんとなつてゐた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
流石さすがに意見をことにする点もないではなかつたが、それを言はうと口をむくつかせてゐる中に、話が狂奔して別事に移るから、此方もあへぎ/\走つて其の尻に附く、なか/\口を開く暇がなかつたが
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼は此頃このごろ午後からきまつたやうに出る不快な熱の為めに、終日閉ぢこもつて、堪へ難い気分の腐触ふしよくと不安とになやまされて居る。寝たり起きたりして、あへぐやうな一日々々を送つてゐるのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
あへぎ/\塀の内から叫ぶのは紛れもない、庭男の權助爺の聲です。
はた永の徒歩かちに疲れしにや、二人とも弱り果てし如く、踏み締むる足に力なく青竹あをだけの杖に身を持たせて、主從相扶け、あへぎ/\のぼり行く高野かうやの山路、早や夕陽も名殘を山の巓に留めて、そばの陰、森の下
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
湯槽ゆぶねに仰向いたエルアフイの胸はまだ魚のやうにあへいでゐた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、あへぎながらも。
馬なればつにまかせてひたあへげ若し人ならば何といふらむ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
最後の頼みとせしわが「愛」さへあへげる負傷者ておひなり。
失楽 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
吐息をひらかせる ゆふぐれの あへぎの薔薇の花。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
あへぎてのぼるなだら坂——わが世の坂の中路なかみち
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
あへぎぬ、浪に。手なとりそ。ああ、幻よ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
さうすればそのうちあへぎも平静に復し
又恐るべき殺戮の中に最後のあへぎなす
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
聞け、今、巷にあへげるちり疾風はやち
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
肩をめむとあへぎゆく。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あへぐ人のごと
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
皺だらけな顏が白くなつた上に大粒おほつぶな汗をにじませながら、脣のかわいた、齒のまばらな口をあへぐやうに大きく開けて居ります。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
動止うごきやんだ赤茶あかちやけた三俵法師さんだらぼふしが、わたしまへに、惰力だりよくで、毛筋けすぢを、ざわ/\とざわつかせて、うツぷうツぷあへいでる。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この靜かな聲は起ち上らうとする獅子しゝあへぎだつたから——「ジエィン、あなたはこの世で一方の途を行き、私には別の途を行かせようといふ積りなの?」
今のヰルヘルム第二世のやうに、dämonischデモオニシユ な威力をしもに加へて、抑へて行かれるのではなくて、自然の重みの下に社会民政党はあへもだえてゐたのである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なすあへぎながらものいふが苦しげなれば此方こなたよりこゝはなどゝとはん時のほか話しかけるに及ばずと云へど左れど國自慢に苦しげながら又不問語とはずがたりするも可笑をかし野尻を過ぎ三戸野みとのにて檜笠ひのきがさ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
忘れるなといふ一生の教訓をしへの其生命いのち——あへぐやうな男性をとこ霊魂たましひの其呼吸——子の胸に流れ伝はる親の其血潮——それは父の亡くなつたと一緒にいよ/\深い震動を丑松の心に与へた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あへげば、紅火こうくわ煩悩ぼんなう』の血彩ちいろくんずる眩暈くるめきよ。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たゆげのあへぎ「生藥いくぐすり、一のやしなひ。」
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
折節をりふしあへこゑ。口にづるを
めしひたるうをかとぞあへげる中を
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
皺だらけな顔が白くなつた上に大粒おほつぶな汗をにじませながら、唇のかわいた、歯のまばらな口をあへぐやうに大きく開けて居ります。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふと前方の道に當つてわだちの音が聞えたと思ふと、私は山と積み込んだ荷車があへぎ/\丘を上つて行くのを見た。そして餘り離れてゐない處に二匹の牛と牛追ひ達もゐた。
いま、くるま日盛ひざかりを乘出のりだすまで、ほとんくちにしたものはない。直射ちよくしやするひかりに、くるまさかなやんでほろけぬ。洋傘かうもりたない。たてふゆ鳥打帽とりうちばうばかりである。わたしかた呼吸いきあへいだ。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
賞して騷しきかたは見もかへらず三人跡よりあへぎ來りて無し/\影もなし大かたは此邊の貴家豪族が選び取て東京紳士の眞似をなしがん雪舟と共に床の間にあがめ置くなるべし憎むべし/\といふ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)