兎角とかく)” の例文
一人旅の心安さに朝の出立は兎角とかく遅くなり勝だ。寝覚の里の南はずれまで行くと、教えられた通り駒ヶ岳登山道と書いた杭があった。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
兎角とかくするうちに馬車は早やクリチーの坂を登り其外なる大通おおどおりを横に切りてレクルースまちに入り約束の番地より少し手前にて停りたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
今更兎角とかく執成とりなしは御聴入れも可無之これなかるべく、重々御立腹の段察入さっしいり候え共、いささか存じ寄りの儀も有之これあり、近日美佐子同道御入来被下間敷候哉ごじゅらいくだされまじくそうろうや
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兎角とかく一押いちおし、と何處どこまでもついてくと、えんなのが莞爾につこりして、馭者ぎよしやにはらさず、眞白まつしろあを袖口そでくち、ひらりとまねいて莞爾につこりした。
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
近代の女性はなかなか巧利こうり的な所もあって兎角とかく利害の打算ださんの方が感情よりも先に立って利害得失を無視してどこまでも自分の感情を
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
此福一はとしわかけれど俳諧はいかいもざれ哥をもよむものなれば、あるじ、こはおもしろしとて兎角とかくがかきたるをよませてきけば、そのうたに
「あそこに茂った矢筈やはずぐさが、兎角とかくそこらにはびこりますが、いささかのこしてそのほかを刈りとりましてよろしゅうござりますか?」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ついぞ學資がくし問題もんだいあたまおもうかべたことがなかつたため、叔母をば宣告せんこくけたときは、茫然ぼんやりして兎角とかく挨拶あいさつさへ出來できなかつたのだとふ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
右の件々御報のかたがたかくの如くに御座候。当年は兎角とかく不順の気候御保重成され可く候。頓首不宣。五月十三日。毅堂宣拝。春濤森賢契。梧右ごゆう
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
書認かきしたゝめ有ける故夫なら翌日あすまたこれもたせて取に上ますが田舍者ゐなかもの兎角とかく迷路まごつきやすき故下谷と云てもわからぬことが有つて間取ひまどるから大屋さんの名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
公子二人は美服しているのに、温は独り汚れあかついたきぬを着ていて、兎角とかく公子等に頤使いしせられるので、妓等は初め僮僕どうぼくではないかと思った。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
神経説を完全に証拠立てたなどとおおいに得意がって居ましたが、兎角とかく、偏狭な性質に陥り易い学者たちは、容易にそれを認めるに至りません。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一座はそれについて重大なる責任を思いながらも、昨日の惨劇におびえ切って兎角とかく、議案にまとまりがつかない様子であった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兎角とかくするほどむすびのつなかれて、吾等われら兩人りやうにんせたる輕氣球けいきゝゆうは、つひいきほひよく昇騰しようたうをはじめた。櫻木大佐等さくらぎたいさら一齊いつせいにハンカチーフをつた。
いや勿論もちろん、これには御主おんあるじ擁護おうごもあらうて。自分じぶんふことは、兎角とかく出放題ではうだいになる、胸一杯むねいつぱいよろこびがあるので、いつもくちからまかせを饒舌しやべる。
「まア御立派でございますこと。」と、兎角とかくかう言ふものを見たがる妻は、一尺ばかり開いたまゝになつてゐた襖から顏を突き出して言つた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
稽古けいこ引取ひきとつてからでも充分じうぶんさせられるから其心配そのしんぱいらぬこと兎角とかくくれさへすれば大事だいじにしてかうからとそれそれのつくやう催促さいそくして
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
英人がづ運輸通商の便を計つて新領土の民心を収めようとする遣口やりくち兎角とかく武断の荒事あらごとに偏する日本の新領土経営と比べて大変な相違である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
東国人の近藤勇としては、尤もな言ひ分で、けだし池田屋事変は、当時兎角とかく軽視され勝ちの、関東男児の意気を、上方に示したものと云つてよい。
兎角とかく男は不愉快らしく、人家の壁に沿うて歩いていて、面白げに往来ゆききする人達ひとたちに触れないようにしているので、猶更なおさら押し隔てられやすいのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
未来のことをあてにしてゐますと、兎角とかく、何事に会つても直ぐその事ばかり気になつて自分の当面の事よりも、はやく其処にゆきつかうとあせる。
男性に対する主張と要求 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
妾はスペインでロダンさんに約束したことは兎角とかく流れ勝だったのですが、ジョージ・佐野はそれについてとらえ難い不安に襲われていたようです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
兎角とかく東京東京と難有ありがたさうに騒ぎまはるのはまだ東京の珍らしい田舎者ゐなかものに限つたことである。——さう僕は確信してゐた。
ロシア人という奴は兎角とかくそうで、自分より一級でも位の上の人間には、躍起やっきになって接近したがり、伯爵や公爵にちょっと会釈でもして貰える方が
『誰やらが云うた——真っすぐにあるけば人に突き当り……と。世間は兎角とかく、程よく、よろけて歩くのがよろしいよ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、世の中の出来事は兎角とかく志とはちぐはぐになって食違くいちがいたがるものであった。室町の停留場はぐに近付いた。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
食堂を出た頃から晴代は兎角とかく木山の姿を見失ひがちで、二番目の綺堂物きだうものの開幕のベルが鳴りわたつたところで、多分木山がもう座席で待つてゐるだらうと
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼は中々の横着者おうちゃくもので、最初はじめ兎角とかくに自分の素性来歴を包もうと企てたが、要するにれは彼の不利益におわった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人間にんげんもうすものは兎角とかく自分じぶんちから一つでなんでもできるようにかんがちでございますが、じつだいなり、しょうなり、みなかげから神々かみがみ御力添おちからぞえがあるのでございます。
あなたが(このあなたがは、とてもではあらはせないけれど、語氣ごきつよめてつているのですよ)兎角とかくまあちやんのこゑ母親はゝおやらしい注意ちういをひかれがちなのを
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
一つは性質から、一つは境遇から、兎角とかく苦悩の多い過去が、ほんの若年ですら私の人生には長く続いてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
部屋へ来ては気休めに成るやうなことを言つて聞かせ、廊下へ出てはキヤツキヤツと笑ひ騒ぐ女中達に取繞とりまかれながらも、夫人の耳は兎角とかく患者の噂に傾いた。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
製薬には兎角とかく徳利とくり入用にゅうようだから、丁度よろしい、塾の近所きんじょ丼池筋どぶいけすじ米藤こめとうと云う酒屋が塾の御出入おでいり、この酒屋から酒を取寄せて、酒はのん仕舞しまって徳利は留置とめお
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「なにネ、若い方は兎角とかく耻づかしいもんですよ、まア其のうちが人も花ですからねエ——松島さん、たまには、老婆おばあさんのお酌もお珍らしくてう御座んせう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あんた方は兎角とかくつまらない事を穿ほじくり出しては人を嫌がらせる癖がありますね。ええ、私はドルガンは虫が好かなかったのです。何う云う訳か気が合わないでね。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我々の、未だ完全に世界化されない生活感情では、兎角とかく外国で起った事は、まるで異った遊星に生じた現象ででもあるかのような、間接さを以て、一般に迎えられる。
アワァビット (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
『不自由もあるまいが、独り者というのは兎角とかくその不自由勝ちのもので——』と、水を向けてみた。
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
エヽ当今たゞいま華族様くわぞくさまとはちがひまして、今をること三十余年前よねんぜん御一新頃ごいつしんごろ華族様故くわぞくさまゆゑ、まだ品格ひんがあつて、兎角とかく下情かじやうことにはおくらうござりますから、何事なにごと御近習任ごきんじゆまかせ。殿
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その中間の姿即ち粉体や膠質の性質は兎角とかく物理的な研究の範囲外に取り残されている傾向がある。
霜柱と白粉の話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
関西では兎角とかく、ジャワ、ブラジル系のコーヒーが多いのに、此の店のは、モカの香り。そして、洋菓子も、流石に老舗を誇るだけに、良心的で、いいものばかりだった。
神戸 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
兎角とかく日本人という奴の国民性が然らしむるのか、無料理髪券でも謎をかけたように思われ勝ちな気がして、本姓を名乗る気になれないのは、敢て僕ばかりではあるまい。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
自分じぶんの一心理しんり標準へうじゆんとし、これたゞしいものと獨斷どくだんして、の一心理しんり否認ひにんすることは兎角とかく誤妄ごもうおちいるのおそれがある。これはおほい考慮かうりよしなければならぬことである。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
兎角とかくこんな誤謬をいつまでも固執して目醒めぬものは、主として俳人である。俳人は歌ヨミよりは精しく草木を識ってはいるが、しかしその字面に対しては存外無学である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
舞踏も不承不承、話も兎角とかく滅入り勝ちで、お通夜のような、重い心持がへやの中に漲ります。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
兎角とかくは胸迫りて最後の会合すらいなみ候心、お察し被下度候、新橋にての別離、硝子戸ガラスどの前に立ち候毎に、茶色の帽子うつり候ようの心地致し、今なおまざまざと御姿見るのに候
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
兎角とかくのふるまいをもとより快からず思って、両人力をあわせ一勝負して亡師の鬱憤うっぷんをはらそうとはかり、ついに北条家の検使を受け、江戸両国橋で小熊と兎角立ち会い、小熊
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
のぼりかけしが梅花道人兎角とかくに行なづむ樣子に力餅の茶店に風を入れこゝにて下駄を捨てゝ道人と露伴子は草鞋わらじとなりしが我と太華山人は此の下駄は我々の池月摺墨いけづきするすみなり木曾の山々を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
人間という奴は兎角とかく我身に引較ひきくらべて人の心を推しはかるもので、その結果一度誤った判断を下すと仲々間違いに気がつかぬものですよ。又幽霊を現す手順もうまく行っていました。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
都へ行つて将門の横暴を訴へ、天威をりてこれをほろぼさうといふのである。将門はこれをさとつて、貞盛に兎角とかく云ひこしらへさせては面倒であると、急に百余騎をひきゐて追駈けた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
兎角とかくは年長の人々を不快がらせずに、出来るだけの事をなすといふにとど度者たきものと存じ候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)