信濃しなの)” の例文
弘治こうじ三年(一五五七)七月、越後えちごのくに春日山かすがやまの城中では、いま領主うえすぎ謙信けんしんを首座として、信濃しなのへ出陣の軍議がひらかれていた。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これに多数を意味する接尾音をつけた「シンヌ」はたくさんな山地でこれが「信濃しなの」に似るなどちょっとおもしろいお慰みである。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
恵林寺えりんじほのおのなかからのがれたときいて、とおくは、飛騨ひだ信濃しなのの山中から、この富士ふじ裾野すそのたいまで、足にかけてさがしぬいていたのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてとうとう信濃しなの諏訪湖すわこのそばで追いつめて、いきなり、一ひねりにひねり殺そうとしますと、建御名方神たけみなかたのかみはぶるぶるふるえながら
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
近国の諸侯で尾州藩に属し応援を命ぜられたのは、三河みかわの八藩、遠江とおとうみの四藩、駿河するがの三藩、美濃の八藩、信濃しなのの十一藩を数える。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
みねにじである、たににしきふちである。……信濃しなのあき山深やまふかく、しもえた夕月ゆふづきいろを、まあ、なんはう。……ながれ銀鱗ぎんりんりうである。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
信濃しなのから燒岳を越えて飛騨ひだへ下りたことがある。十月の中旬であつた。麓に近い山腹に十軒あまりの家の集つた部落があつた。
いわ嵯峨さがのお釈迦しゃか様が両国の回向院えこういんでお開帳だとか、信濃しなのの善光寺様の出開帳だとか——そのうちでも日蓮宗ははなやかだった。
こんな女が——(何も彼もいけない、どんな目に逢わされるか解らないから、隙があったら山越えをして、飛騨か信濃しなのへ逃げるように——)
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
信濃しなのの奥にふみ迷って、おぼつかなくも山路をたどる夏のゆうぐれに、路ばたの草木の深いあいだに白点々、さながら梅の花の如きを見た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たいへん御利益のある地蔵様だそうで、信濃しなの身延みのぶのほうからも参詣人が昼も夜もひっきりなしにぞろぞろやって来るのだ。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二月の二十九日、山道を心がけた貞盛に、信濃しなの小県ちひさがた国分寺こくぶじの辺で追ひついて戦つた。貞盛も思ひ設けぬでは無かつたから防ぎを射つた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「これは珍しゅうございますな」「大河があります。岩があります?」「信濃しなのあたりの地図でもあろうか?」「ここには十文字の符牒がない」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
迷信は地方により種々雑多にて、四国地方の犬神いぬがみのごとき、出雲いずも地方の人狐にんこのごとき、信濃しなの地方のオサキのごときは、特にその著しきものなり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
もっともこの裂織は他の国々にもあって、信濃しなののような山国では農家で好んでこれを織り、ほとんどどの家でも用います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その伊賀いがのアベ(阿拜あはい)は「アハイ」となり信濃しなののツカマ(筑摩)は「チクマ」となつたやうなれいはなほ若干じやくかんある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
「ま! クロを仕止めましたな! もうこれまでじゃ、お家にあだなす悪人ばら、村井信濃しなのが娘、田鶴たずがお相手いたしまする。お覚悟なされませい!」
このついでにしるしてきたいのは、飛騨ひだ信濃しなの國境こつきようにある硫黄嶽いおうだけ一名いちめい燒岳やけだけたか二千四百五十八米にせんしひやくごじゆうはちめーとる)である。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
この日を作始めという例は信濃しなのにも石見いわみにもある。丹後たんご因幡いなばで春亥の子というのも、この二月始めの亥の日であって、共に田畠に出て耕作のまねをした。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ちょうどその時、東半球日本国信濃しなのの国の山中、清々しい山気と朝靄の中に、一つの奇蹟がおこなわれていた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
信濃しなのの高原に見るような複雑した雲の変化を見ることはできなかったが、ひろい関東平野を縁取ふちどった山々から起こる雲の色彩にはすぐれたものが多かった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
総滝そたきとは新潟にひがたみなとより四十余里の川上、千隈川ちくまかはのほとり割野わりの村にちかき所のながれにあり。信濃しなの丹波島たんばじまより新潟にひがたまでを流るゝあひだながれたきをなすはこゝのみなり。
唐木からきの机に唐刻の法帖ほうじょうを乗せて、厚い坐布団の上に、信濃しなのの国に立つ煙、立つ煙と、大きな腹の中からはちうたっている。謎の女はしだいに近づいてくる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして、一週間ぐらい休暇をおとりになると、山がお好きだったので、一人で信濃しなのの方へ出かけられた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
次いで佐藤三吉さんきち博士の診察を受けたこと。今はすでに重篤の状態にあることをも云つた。そして、赤彦門下の三人の女流は岡ふもとさんと一しよに明日信濃しなのに立つこと。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
輔之には登勢とせというむすめ一人ひとりしかなかった。そこでやまいすみやかなるとき、信濃しなのの人それがしの子を養ってとなし、これに登勢を配した。登勢はまだ十歳であったから、名のみの夫婦である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
足跡そくせき常陸ひたち磐城いわき上野こうずけ下野しもつけ信濃しなの、越後の六ヶ国にわたり、行程約百五十里、旅行日数二週間内外、なるべく人跡絶えたる深山を踏破して、地理歴史以外に、変った事を見聞けんもん
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
くま本州ほんしゆうやまさんするものは、アジア大陸たいりくさんする黒熊くろぐま變種へんしゆです。秩父ちゝぶやま駿河するが甲斐かひ信濃しなの相模さがみ越中えつちゆう越後等えちごなど山中さんちゆうにをり、ややまぶどうをこのんでべてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
信濃しなの飛騨ひだの境なる白骨温泉しらほねおんせんの名は、誰の耳にも熟してはおりませんでした。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『金剛』『信濃しなの』『伊勢』『扶桑』『陸奥』みんな、ひどい傷をうけている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
それを培養せぬ故古来無用の物になりいたのだ。邦人の不注意なるこの類の事が多い。足利時代に成ったらしい「柿本氏系図」に信濃しなのの前司さるがきと出たれば本よりかの国の名産と見える。
これを人身にたとうれば、陸奥むつ出羽でわはその首なり。甲斐かい信濃しなのはその背なり。関東八州および東海諸国はその胸腹、しかして京畿けいきはその腰臀ようでんなり。山陽南海より西に至ってはのみ、けいのみ
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
古いころから、人が通り風の気にふれると、不意に皮膚が裂けて鎌形の傷がつき、はなはだしく出血して生命いのちをおとすことがあった。越後えちご信濃しなのや京都の今出川いまでがわの辺ではたびたびあったことである。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かくて藤八はお節を同道どうだうして島田宿の我が家へ歸り宿場しゆくば用向ようむき萬事の儀は弟岡崎屋藤五郎へ頼みおき寄場よせばへ人を走らせ雲助がしら信濃しなのの幸八を呼寄よびよせ駕籠かごちやう人足三人づつ尤も通し駕籠なれば大丈夫だいぢやうぶな者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
といってさわいでいるうちに、太子たいしはもう大和やまと国原くにばらをはるかあとのこして、信濃しなのくにからこしくにへ、こしくにからさらにひがし国々くにぐにをすっかりおまわりになって、三日みっかのちにまた大和やまとへおかえりになりました。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この春に京都から越前えちぜんまで廻って秋はまた信濃しなのの方へ出向くなどの計画もあった。そのたんびに寺へ寄附する金のたかも少くなかった。お庄は時々、そんな内幕のことを、年増の女中から聴かされた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
右手は越後えちご越中えっちゅう、正面は信濃しなの飛騨ひだ、左手は甲斐かい駿河するが。見わたす山々は、やや遠い距離を保って、へりくだっていた。しかも彼らは、雪もて、風もて、おのれを守り、おのれの境をまもっていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
十二月三十一日 信濃しなの神社は宗良むねなが親王をまつる。奉納の句を徴さる。
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
風流はさぶいものとは三馬さんばが下せし定義なり山一つ越えて輕井澤となれば國も上野かうづけ信濃しなのとなり管轄縣廳も群馬が長野と變るだけありてさぶさは十度も強しといふ前は碓氷うしろは淺間の底冷そこびえに峠で流せし汗冷たく身輕を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「すこし信濃しなののほうを歩いて来ました」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
信濃しなの飛騨ひだとを限る連山である。
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(八月一日、信濃しなの山中にて)
文章の一形式 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「おまえなどは知らないでもいいことだが、お使いをする褒美ほうびとして聞かしてやろう。ここは甲斐かい信濃しなの駿河するがさかい、山の名は小太郎山こたろうざん
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とうとう、彼は信濃しなのと美濃の国境くにざかいにあたる一里塚いちりづかまで、そこにこんもりとした常磐木ときわぎらしい全景を見せている静かなの木の下まで歩いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
座頭ざとうまをすやう、吾等われら去年いぬるとしおとにきゝし信濃しなのなる木曾きそ掛橋かけはしとほまをすに、橋杭はしぐひまをさず、たによりたに掛渡かけわたしのてつくさりにてつな申候まをしさふらふ
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ここで中部と名づけるのは便宜上、美濃みの飛騨ひだ尾張おわり三河みかわ遠江とおとうみ駿河するが伊豆いず甲斐かい信濃しなのの九ヵ国を指します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それから信濃しなのへおはいりになり、そこの国境くにざかいの地の神をち従えて、ひとまずもとの尾張おわりまでお帰りになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
飛騨ひだ信濃しなのを縄張りとして、運上によって営む生活は十万石の大名にも勝り、部下に信頼されることも、武士さむらい時代より一層厚く、いわば賤民の王として
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
空の色も鮮やかすぎるし、吹く風もあらあらしく思えた。隅田川の眠たげな水を見た眼には、五月雨さみだれ水嵩みずかさの増した信濃しなの川はおどろおどろしいとしかみえない。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
全体信濃しなののその二人の故郷といふのは、越後ゑちごの方に其境を接して居るから、出稼でかせぎといふ一種の冒険心には此上もなく富んで居るので、また現在その冒険に成功して
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)