いん)” の例文
是天地方円はうゑんあひだ生育そだつゆゑに、天地のかたちをはなれざる事子の親にるに相同じ。雪の六出りくしゆつする所以ゆゑんは、ものかず長数ちやうすういん半数はんすうやう也。
かれ以外に、夜詰よづめにも、常より多くの侍がつめたが、妙に、その晩は徳島城に鬼気があった。いんにみちた人の心が鬼気をよぶのだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠相もまた変物へんぶつ泰軒たいけんの性格学識をふかく敬愛して初対面から兄弟のように、師弟のようにいんように手をかしあってきた仲だったが
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いんこもつた聲なんか出したつて、凄くも何ともないよ、——第一、この寒いのに、當もなく谷中を半刻も歩く奴があるものか」
金環蝕が五月八日であるから、九日の午前一時に生れた俵士はいんが終ってように移ろうとするとき、人生の第一歩をみだしたわけである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
ことにその語音が尻すぼまりになつて、つまり「バンザイ」の「イ」が閉口音になつてゐるために、いんの氣を帶びてゐる。
樹木とその葉:07 野蒜の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
いんにこもったふくみ声で、きゃくはぴしりと言った。おかみさんはおどろいて、客のほうを見た。客はかの女をにらんでいる。
「開けてください、まことにお手数さま!」と誰かが門の外で、いんにこもった低音バスで言うのだった。「電報ですよ!」
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
うつうつしながらぬかせるように鬱陶うっとうしい、羽虫と蚊の声がいんこもって、大蚊帳の上から圧附おしつけるようで息苦しい。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから、本家ほんけ附人つけびととして、彼がいんに持っている権柄けんぺいを憎んだ。最後に、彼の「家」を中心とする忠義を憎んだ。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いんにこもったような冷たい一重ひとえまぶたの目と、無口さだけが、かろうじて彼女の体面を保ってでもいるようだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
孝孺篇後へんごに書して曰く、予がこの文をつくりてより、いまかつて出して以て人に示さず。人のこの言を聞く者、みな予を訾笑ししょうして以て狂とし、あるいいんこれ詆詬ていこうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上士の残夢いまめずしていんにこれをむものあれば、下士はかえってこれを懇望こんぼうせざるのみならず、士女のべつなく、上等の家にいくせられたる者は実用に適せず
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そののち不図ふと御贔負ごひいきこうむ三井養之助みついようのすけさんにお話すると、や、それはいけない、幽霊のいんに対しては、相手はようのものでなくてはいけない、夜の海はいんのものだから
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
「きょうは、夫婦喧嘩でね、いんにこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る」
桜桃 (新字新仮名) / 太宰治(著)
李張は科挙に及第して文官になったが、鄭宰相がいんよう推輓すいばんしてくれるのでめきめきと栄達えいたつした。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
またようといえばよかれいんといえば気味悪く思うもあれども、はたして事物に陰陽いんようの差があるものならば、両者の間の差は性質の差にして善悪、曲直の差ではあるまい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いんこもって……一ツ……二ツ……三ツ……ボ——ン……ボ——ン……ボ——ン……ボ——ン……ボ——ンボ——ンボ——ンボ——ン…………ボオ——オオ——ンン……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
常明寺じょうみょうじから響く鐘の音が、ここばかりはいんこもるかと聞きなされて、古市の町の明るいを見ながら、この鐘の響を聞くと、よけい、寂しさが身にみるように思われます。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
安岡は、そのことがあってのちますますさびしさを感ずるようになった。部屋が広すぎた。松が忍び足のように鳴った。国分寺の鐘がいんにこもって聞こえてくるようになった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
妾の幸福さいわいは、何処どこの獄にありても必ず両三人の同情者を得ていんよう庇護ひごせられしことなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
青眼鏡は我とわが言葉に感動して、さもおかしそうに、いんにこもった笑声を立てたが、ふと気がつくと、聞手の珠子は、もうさっきから、彼の云い草なぞ聞いてはいなかった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と風間老人は、わたし達の先に立って、暗い急な螺旋らせん階段を登りながら言った。その声がまた、長い高い塔内に反響して、なんとも言えないいんにこもったつぶやくような木霊こだまを伴うのだった。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
落雷を、土中どちゅううずめて、自由の響きを束縛そくばくしたように、しぶって、いらって、いんこもって、おさえられて、岩にあたって、包まれて、激して、ね返されて、出端ではを失って、ごうとえている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほう火竜かりゅう他方たほう水竜すいりゅう——つまりよういんとのべつはたらきがくわわるから、そこにはじめてあの雷鳴らいめいだの、稲妻いなづまだのがおこるので、あめくらべると、この仕事しごとほうはるかに手数てすうがかかるのじゃ……。
なるほど、みやくはうおほうございますな、みやくわりにするとねついんにこもつてりますな。「モウ/\わたしとても助かるまいと思ひます。「そんな事をおつしやつちやアいけませんよ、どうかしつかりなさい。 ...
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
入相いりあひかねこゑいんひゞきてねぐらにいそぐ友烏ともがらす今宵こよひ宿やどりのわびしげなるにうつせみのゆめ見初みはじめ、待合まちあひ奧二階おくにかい爪彈つめびきの三下さんさがすだれるゝわらごゑひくきこえておもはずとま行人ゆくひと足元あしもとくる煩惱ぼんなういぬ尻尾しつぽ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わざと声色をつくりながら、突然いんにこもった声で呼びました。
キヌのいんにこもった笑いは、明瞭に、そういっていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
人のからだ男はやうなるゆゑ九出きうしゆつし(●頭●両耳●鼻●両手●両足●男根)女は十しゆつす。(男根なく両乳あり)九ははんやう十は長のいん也。
「はい、その周馬めでござります。恋敵こいがたきのあなた様が、江戸を去ったのを幸いにして、いんように、お千絵様を責め悩ますじゃございませんか」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酉刻むつ(六時)頃ぎりぎり、金龍山の鐘がいんこもってボーンと鳴るのと、伊勢屋新六がドボンとやらかしたのと一緒だ」
いんようかばい立てでもするどころか、この玄蕃、組与頭戸部近江へごまをこころも手伝って、自分から先に立って喬之助いじめに日を暮らしたのだった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……酒氣しゆき天井てんじやうくのではない、いんこもつてたゝみけこげをころ𢌞まはる。あつかんごと惡醉あくすゐたけなはなる最中さいちう
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ドウ云うように身分を取立てゝもらいたい、ドウ云うようにして禄を増して貰いたいと云うような事は、いんにもようにもどんな事があっても藩の長老に内願などしたことがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なるほど、今日は朝から陰気臭い日和ひよりであった、関の小万こまん魂魄こんぱくが、いまだにこのにとどまって気圧を左右するのか知らん、「与作思えば照る日も曇る」の歌が、いんに響けば雨が降る。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もしなおかかる者をして囚徒を取り締らしめんには、囚徒は常に軽蔑を以て取締りを迎え、おもてに謹慎を表していんに舌を吐かんとす、これをしも、改化遷善を勧諭する良法となすべきやは。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
骨ばかりこの世に取り残されたかと思う人の、まばらなひげ風塵ふうじんに託して、残喘ざんせんに一昔と二昔を、互違たがいちがいに呼吸する口から聞いたのは、少なくとも今が始めてである。の鐘はいんに響いてぼうんと鳴る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ほほう、家重代とは勿体もったいつけおったな。きこうぞ。きこうぞ。急に何やらいんにこもって参って、きかぬうちから襟首が寒うなった。離れていては気がのらぬ。来い、来い。みな、もそっとちこう参って、ぐるりと丸うなれ」
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
陰中いんちゆうやうつゝみ、陽中やうちゆういんいだくは天地定理中ぢやうりちゆう定格ぢやうかく也。老子経らうしきやう第四十二しやういはく万物ばんぶつ陰而いんをおびてやうをいだく沖気以ちゆうきもつてくわをなすといへり。
そして、いんに千早の孤塁をたすけ、何とか突破口を見いだして、金剛山との合流をはかっておられるのではなかろうか。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二人共小さい聲ではあつたけれど、男の方の聲は、いんに籠つて、斯う色つぽくて甘つたるい癖に、何となくゾツとしたといふのも無理はありませんね」
だがまた、女中の言伝ことづてによると、その男は、別に悪意を持っている様子もない——いや、悪意どころか、いんに何かを感謝している口ぶりであったという。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
続いてまた、トン、トン、トン、と叩く音、いんこもったその物凄さというものは——。
毎年一丈以上の雪中に冬をなせども寒気かんきは江戸にさまでかはる㕝なしと、江戸に寒中せし人いへり。五雑組ござつそにいへる霜はつゆのむすぶ所にしていんなり、雪は雲のなす所にしてやうなりとはむべなり。
「何でこの風が味方に不吉なものか。思え。時はいま冬至とうじである。万物枯れていんきわまり、一よう生じて来復らいふくの時ではないか。この時、東南の風きそう。何の怪しむことがあろうぞ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「斯う、金龍山の鐘がいんこもつてボーンと鳴ると、五ざうへ沁み渡りますぜ」
とかくその背後には、後白河法皇の院政確立と、清盛へのお憎しみによる御使嗾ごしそうがあるのは争いがたいことで、法皇と清盛とは、いんように、龍攘虎搏りゅうじょうこはくの虚実をつねに蔵しています。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな手輕なもんぢや御座いません。太鼓と笛で、馬鹿囃子そつくりですが、それが、遠いやうな近いやうな、いんに籠つたやうな、口ではちよいと申し上げ憎いやうな不思議なもので御座います」
「そんな手軽なもんじゃございません。太鼓と笛で、馬鹿囃子そっくりですが、それが、遠いような近いような、いんこもったような、口ではちょいと申し上げにくいような不思議なものでございます」